止まった時の中で


日の昇らぬ内に毛布から這い出て、素足で温度がない絨毯の上に降り立つ。

足の裏から繊維の感触と、冷気を感じながら鏡台まで歩き、ドレッサーを開けて櫛を取り出す。


ハイレガード王国において一般的な毛髪の一つ、胸元まである茶色の髪を毛先を中心に解す。


染子で染めた髪というものは、手触りが悪く、絡まりやすいのだ。


鳶色の地毛は、染子をよく吸い上げており、水を被っても落ちることは無い。



仕上げに紫紺のリボンで髪を一つにまとめ、ジャグに入っていた水をタオルの上に垂らして、濡れたタオルで顔を拭く。


そして壁に掛けてある無地の白シャツと、黒のスラックスを履き、白法衣で覆う。

最後に黒い帯を腰のあたりで締め、茶革のブーツを履いて踵を鳴らせば終了。


鏡には、血色感というものがまるでなく、目が一切の光を宿していない、感情が抜け落ちた女が写っていた。


もちろん、自分だ。



とても、昨日人を殺してきた人間とは思えない程、動きのない顔。



紙にナイフを当てたときのように、簡単に切れた男。


上がる血飛沫の色も、黒に見えた。


如何に騎士道に沿った訓練を積んだところで、人は殺せない。


人を殺すためには、人を殺すしかない。


効率よく殺せるようになるまでは、何年もかかる。


一瞬の感情の揺れすらなく、相手が恐怖を感じる暇もないうちに、一太刀で頭と胴体を切り離す。


「」


僅かに頬に飛んだ血液がまだ残っているような気がして手の甲で擦るも、肌は相変わらず青白かった。



目覚めたい。

これが夢だというのならば、早く。



これが現実ならば、眠ったままでいたい。



終わりのない暗闇を歩いているようで。



毎朝目覚めは訪れるというのに、自分が本当に起きているのかいまいち実感が沸かない日々が続く。


二三日は何も飲まず、食わずでいても気にならないが、全く飢餓感が無いわけではなく、最低限の食欲が戻る。



今日も喰種のように。

死んだような自分自身を引き摺って寮の自室を出る。


ほぼ意識はない状態で、機械的に部屋の鍵を閉め、廊下に立つ。


階段までの通路に視線を流す。


もちろん誰もいない。

早朝ということもあるだろうが、黒寮は結局寮長と私と、無断外泊の常連の先輩。

合計三人になった。


人の気配が全くない。


気の流れが止まった空間で、自分という存在を感じながら歩く。









――今日も、一日が始まる。



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