全て燃えてしまえばいい





アイギス様が死んだ時、私はまず王国民を根絶やしにしてしまおうと思った。




事実、私なら王都を燃やすことならできる。




命と引き換えでもいい。




王都を燃やせば、判決に玉璽を押した王も、原告の第二王子も、それを支持した国民もまとめて殺すことができる。



――「罪もない一般人を巻き込むべきではない」

――「どんな罪人も法廷で裁かれるべきだ」



異論反論はいくらでもあるだろうが、

ならば何故、アイギス様に死刑判決が出たとき、誰も何もしなかったのか。

罪もない公爵様、奥様、ハルマ様が殺されなければいけなかったのか。



お前たちがしたように。



私も。



「復讐の神、エリニュスよ。願わくば、この私に力を授け給え」


祈りの言葉を口にし、意識を集中する。


目を閉じれば、燃え上がる王都が容易に想像できた。

私を中心に炎が広がり、一瞬にして人が跡形もなく焼き払われる瞬間が。


いくら神の力を借りたとしても、国土を焼き尽くすことはできない。

魔素に人体が耐えられずに、人体発火してしまう。

せいぜい、王都一帯。


……それでもよかった。



だから私は、頭の中に浮かぶ一つの魔法陣にありったけの魔素を流した。

周囲から魔素を吸い上げると、周囲の生命力まで吸ってしまうというのは本当らしい。

石畳と石畳の隙間に生える苔が枯れていくのが見える。



王都の東門広場前。



カッと目を開けば、断頭台と、処刑を見に来た町民があった。

壇上を降りていく、ギルベルト・グウェン・イーストフィールドの銀髪も視界に入った。

周辺を固める王都守備隊と魔法警邏隊一人一人の顔を記憶に焼きつける。




「――、」




異様な熱気が立ち込める。

さすがに魔法警邏隊は異変に気付き始めた。

大気が揺らぎ、空間中の魔素が斜がかかったように消え始めた。



もう遅い。

あと少しで、魔法陣に魔素を供給する工程が終わる。



後は魔法陣を現実世界で発動させるだけ。




今現在、王都が存在していることからも分かる通り、あの時、何故か私の魔法はただの衝撃波としかならなった。



紅い炎が街を焼き尽くす絵面ではなく、無色透明の衝撃波が私を中心に広がった。


突風にあおられたように町民が吹き飛び、窓ガラスが割れる。

窓枠からパラパラと降り注ぐガラスに、一筋の日の光が当たり、キラキラと輝く。

その光景は、1秒のようにも、永遠のようにも感じられた。


まるで神が時を止めたように。



確かに、神は願いを聞き届けたはずなのに。



魔法陣を書き換えられたわけでもないのに、炎属性ではなく殺傷能力の低い風属性の魔法に変わっていた。



信じられない、と目を見開く。


私以上の魔導士が対抗魔法を放ったのか。



いや、それもない。



炎属性の対抗魔法は、水属性。



ならば、魔法陣を崩されたのか。



それもない。

魔素を使って空に描かれた陣を崩す方法は、術者の意識または命を奪うしかない。




あれが何だったのか未だに分かっていないが、600年前から数多くの書物が所蔵されているここでならば、手掛かりがあるのではないか。



世界最古の学術都市にして、最先端の魔導研究機関が存在するこの町でなら。



五彗星とやらに近付く機会もできる。




好都合だ。



入学から一週間。

私は、学園入学以来図書館にいることが多い。



昼休みも。

放課後から、閉館時間にかけて。



読み切れなかったものは、10冊借りて夜更けまで読んで、翌朝開館と同時にラウンジで珈琲片手に本を読み始める。



授業時間が休憩時間。

理解していることを何度も繰り返されるのは不快だが、図書室から借りてきた本を肴に聞き流す。

頭が疲れてきたら、窓の外を眺めたり、目を開けたまま意識を遠くに飛ばしてみたり。



魔法史基礎。

魔導戦闘実践入門または舞踏研究Ⅰ。

法学入門。

薬草学入門。

帝国語初級。

魔導学基礎。

錬金術基礎。

王国文学Ⅰ。

生物学基礎。

天文学基礎。



一日2科目。

一週間で最低10科目。

初級や入門編ともなると、ほとんどが既習の内容だ。



その他、女性は淑女教育を一時間、男性は宮廷剣術を一時間強制的に受講させられる。

残りの、生体力学、獣医学、医学、法医学、会計士入門、経営学等の専門科目は希望者のみ受講が許される。



そのうち、医学、法医学を取ったので、私は文字通り朝から晩まで校舎にいる。


その日の最後の授業が終われば、月が高く上る頃まで図書室で本を読み耽り、

司書さんが見回りに来たら退館する。



時折学園を抜け出し、裏街で仕事を熟す。



慢性的な疲労感を少し感じながら、こんな毎日を積み重ねていく。




アイギス様が死んでからしばらく。


裏街で一日3件以上の仕事を請負い、疲れ果てるまで体力を消耗し、無理に寝ていた。


今ならば、復讐に向けて、少しでも策略を練るべきだったと分かる。



しかし、その時は、事実から目を背けることで精一杯だった。



こんなにも感情に振り回されるのは、後にも先にもこれきりにしたい。



そして計画もロクにせず、病弱な騎士爵の四女の代わりに学園に入り込んだ。

かといって、今更どう動くのが正解なのかも分からない。




事故を装って、五彗星を一人ずつ殺す?

――どうやって?



アイギス様の無実を証明する?

――証拠など出てくるのか?






ドサッと音を立ててベッドサイドに腰をかけ、そのまま上半身を倒す。




大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

ベッドサイドからぶらりと垂れ下がった手を胸の前に持ってきて、体を丸める。



そうすると、背中に込めていた力がスッと抜けた。




「‥‥」


少し頭が痛い。

第六感も含めて働かせながら、常に何かしらから情報を吸い上げていれば、自ずと頭痛持ちになる。



「……ハーブティーでも淹れるか」



反動を使って、重い背中をシーツから引きはがし、腰を上げる。


二歩。

棚までズルズルと足を引きずるように歩き、やや乱暴に棚を開けた。

腰骨ほどの高さで、幅は胴体2個弱の木棚は下町の家具屋で売られていたものだ。


木材に艶出しを塗っただけのものが一般的だが、この木棚は緑色の塗装が施されていた。

入学式があった週で、買い出しに行かなくてはと思っていた頃。

戸棚も買いたい物のうちの一つで。

いい機会だった。



金色の摘みを持ち、戸棚を開くと、スッとハーブの匂いが通り過ぎていった。

これもまた、下町の茶葉屋で見つけ買ったものだ。



寝る前に気分を落ち着ける効果がある薬草や、口をさっぱりさせてくれるハーブ、あとは普通の紅茶を買った。



珈琲を自分で淹れることは稀で、たいていサロンで注文する。



貴族の令嬢は菓子を好むらしいが、生憎と私は甘未が嫌いなので備えてはいない。

今出せるものと言ったら、干した肉と、干した芋くらいだ。



ついでにミルクパンを出し、空から水を注ぎ、一瞬で沸騰させる。


全て初級の魔法だ。


そして、ティースプーンに茶葉を入れ、閉じる。


茶葉が入っていた缶を閉じ、棚にしまう。


棚を閉じ、棚の上に出してあった茶器に湯を注ぎ、捨て、もう一度注いだ。


最後にティースプーンを入れ、クルクルと回すと、液体が段々と榛色に染まりだした。



カモミールの土臭いような、しかし、安心させてくれるような香りが鼻孔を擽る。



「あちっ」


手に持っていた茶器を棚の上に起き、窓の外に視線を向ける。



今日は一段と月光が届く。



雲がないからだろうか。



涼しくなりだした風が心地良い。



窓際まで歩き、遮光カーテンまで完全に引いてしまうと、月光はよりはっきりと見える。



黒ではなく、濃紺の闇を私はしばらく見つめていた。

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