402号室
扉はスライド式の内鍵と、鍵付きのレバー式外鍵。
踏めば軋み、天上では蜘蛛の巣が風に吹かれて揺れる。
備え付けの服棚はよく言えばアンティーク。悪いところはアンティーク”調”ではなく本当にアンティークなところだ。
蝶番が壊れ、填め戸のように扱わなくてはいけない。
机には過去の入居者が刻んであろう線。
椅子は支柱がよく外れる。
唯一ベッドはまともだったが、布団は染みだらけだったので明日街で買いなおすとする。
空気が埃っぽい。
窓を開け、外気を取り入れると、白レースのカーテンと黒い暗幕が揺れ、隙間から半分に割れた月が見えた。
私の手持ちの資金は、公爵家に匹敵するほどにはある。
非登録魔導士は魔法警邏隊に追われる代わりに、非常に稼ぎやすいのだ。
最近は、焚火程度の炎を手から出せるだけで魔法警邏隊に所属できると聞く。
多少骨のある人間はいることにはいるが、躱すのに困ったことは無い。
「灯れ」
部屋の中にいくつかある燭台に火を灯すイメージを描きながら、目を瞑ると次の瞬間には明るくなっていた。
「『蝋、ちり紙、石鹸、タオル、洗剤類は支給します』」
扉に貼ってあった寮規則に一通り目を通す。
支給品はエントランスに置いてあるらしい。
「まさか茶葉と食器もないのか」
机と椅子が一脚ずつと、服棚、燭台、ベッドのみ。
この中のどこにも食器を置くスペースがないことから、備品がないことは確かだった。
ふむ。
「あとで外出許可を申請しなければ」
二三日分の衣服と、一仕事分の呪符、暗器諸々。
最低限しか鞄には入れていない。
薬研や薬草、学園指定の教科書類、羽ペンとインク瓶、羊皮紙は授業が始まる前に、町に借りているバックヤードまで取りに帰る予定だった。
魔導士は無尽蔵に物を生み出すことができるわけではない。
自分が所有するものを移動させたり、所有するもを変形させることしかできない「等価交換の原則」というものが関わっている。
そして、元素や所有物を変形させるのならば、変形前と変形後、両方の物の構造を頭の中で具体的に思い浮かべることができないと、魔法は現実世界に顕現させることはできない。これは「構成要素の原則」の一つ。
指先にマッチ一本分の炎をつけたり、消したり。
今日行くか、明日行くか。
どうでもいいことを迷っていてもしょうがない。
フッと息を吹きかけ炎を消し、髪を纏めていた紐を引き抜き、机の引き出しにしまった。
寮長が待っている。
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