寮長
八角の間を出て、中央校舎沿いに歩く寮長を追う。
彼女は私が付いてきていることを知っているかのように、振り返らず、スタスタと白い大粒な砂利道を歩く。
私達が歩いたところには、微かに砂塵が舞っている。
砂利道以外は芝生になっている。
緑と白のパターンが綺麗だ。
どこからか水音が聞こえるので、視線を彷徨わせていると、白い通路と芝生を何ブロックも隔てた内壁手前に、水路らしきものがあるのが見えた。
基本的に、学園内に漂っている魔素は特定の色に偏っていないのだが、内壁手前は青い光粒しか見えないことから、水が流れていると断定した。
後で見に行ってみたいものだ。
この水路があるということは、門以外に、外に通じる抜け穴が存在するということだ。
これはいずれ役に立つかもしれない。
学園をぐるりと囲む内壁の上に飾られているガーゴイルたち。
近くで見ると、恐ろしい表情をしているが、あれでも一応家屋の守り神だ。
神話にも度々登場する。
外壁から校舎までは馬車で5分はかかってしまうほど遠く、私の眼をもってしても、ここからでは外壁を視認できない。
ザッザッザッと、足を踏み出すたびに砂利と靴が擦れる音がする。
その音を聞いて、5分は経っただろうか。
通路の行き当たりを壁側に折れ、森に近付いていく。
「寮長」
「なんだ」
「どこに行くんですか?」
「寮の他にどこがある?」
ピタリと足を止め、こちらを振り返る寮長。
私も足を止め、間を保つ。
首を傾げる寮長目は、怪訝なものを見るように細められた。
「いえ、あの」
「はっきりしないな」
「他に寮生の方は」
「6学年併せて、10人いる」
「」
「何を気にしている?ここには気位の高い貴族などいないぞ。
お前もどこぞの貴族の庶子だろう?」
吐き捨てるように言い、鋭い視線を向けてくる寮長。
なるほど、納得した。
王立魔導学園は貴族の子息令嬢が集まる場所。
虫が出てこようものなら発狂してしまうかもしれない彼らが暮らしていけるとは到底思えない。
赤、青、白。
他の三寮よりも、圧倒的に地位が低いとは聞いていたが。
何をしたらここまで虐げられるのか。
黒寮の来歴が気になるところである。
スタスタと。
背筋を曲げることなく、真っすぐに前を見据えて歩く寮長。
足元を見れば、ヒールがついていない、黒い軍靴を履いていた。
髪の黒さに対して、白いうなじが目立つ。
「おい、」
「」
「視線が煩い」
後ろから寮長を観察していると、すぐ気づかれてしまった。
寮長のデータに「気配に敏い」を加える。
あまり警戒されても今後やりづらいので、敢えて視線を周囲に散らした。
ついに芝生が途切れ、右を見ても左を見ても針葉樹という環境になってきた。
足の裏から、腐葉土の柔らかい感触が、靴越しに伝わってくる。
匂いも独特だ。
山に入ったときに嗅ぐ匂い。
茶色くなった針葉や木の実が落ちている。
道なりに進むと、前方に横に長い、木製建築物が見えた。
中央には時計がハマっており、屋根は赤。
まるで、農村集落にある学校の典型だ。
恐らく、私が軽く蹴りを入れただけで壁に穴が空くだろう。
風が吹くたび、外壁の木板がガタガタと音をたてる。
「寮長、ここで寝れるんですか?」
「結界を張ればいいだろう」
「‥非魔道士はどうなりますか」
「カタコンベで寝れば音はしないぞ」
「カタコンベ……」
「百年以上前、学園の敷地拡大につき住民はどかされたが、墓はそのまま残っているぞ」
カタコンベ‥。
雑音が嫌なら地下墓地で寝ろと。
いつの間にか隣に立っていた寮長。
中々にひどい目ことを仰る。
彼女の耳にかかっていた黒髪がパラパラと落ち、鼈甲色の瞳が隠れていく。
見た目は中性的なのだが、喉仏が出ておらず声がソプラノに近いアルト。そして何よりも匂いが女性のものだ。
「あの、」
「ん?」
「なんとお呼びすればいいですか?」
「エヴァだ」
「私はクラッセン騎士爵が娘、アンティーヌ・フォン・クラッセンと申します。
どうぞアンとお呼びくださいませ」
「堅苦しい」
「すみません」
「別に。おい、」
「はい」
「これ」
懐から取り出されたのは、鍵束だった。
金属同士がぶつかり合い、ジャラジャラと音を立てる。
「部屋の鍵。好きな部屋を選んでもらって構わない」
寮生が極端に少ないが故に、部屋割りを決める必要もないということか。
ふむ。
一階は論外として。
二階も外部から侵入されやすそうだ。
となると三階以上。
「」
鍵束の中から、先頭の数字が3以上の塊の中から、適当に取った。
「ありがとうございました」
「これから寮の案内をする。荷物を部屋に置いたらエントランスまで来い。五分だ」
「はい」
時間指定までするあたり、頭のキレる方と見受けられる。
階段を上下する時間、部屋を見回す時間。
総合して、約5分かかる。
ここでぼーっとしているわけにもいかない。
鞄の持ち手を握り直し、エントランスに向かった。
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