四つの寮

金の刺繍が三本。

赤黒青白、それぞれ色のついた帯を腰に巻いている女性が二人と、男性が二人。


女性のうち一人は、髪が耳の辺りで切りそろえられていた。

胸元が膨らんでいることから、かろうじて女性だと判別できるほど顔が中性的だった。


これはかなり珍しい。



ハイレガード王国では、髪は魔力の象徴であることから短髪の人間は少ない。

短髪にするのは、非魔導士の軍人か余程魔力に自信のある者だ。


しかも黒髪、黒目。

顔立ちは王国人の特徴である白い肌と、彫りの深さがある。



顔が見えるくらいの距離まで近づくと、視線を感じ取っていたのか、黒髪黒目の女性に周辺で待機するように言われたので、中庭に面した柱に寄りかかって待つことにした。


「ねぇ」


ハンナが視線を正面のリンゴの木のてっぺんにやったまま、私に声をかけてきた。

私は眼だけ彼女の方に向けて続きを促す。


「アンはさ、どの寮に入るの?」


「特に希望は」


学園に4つある寮のそれぞれで最も優れた素質を持つ生徒が、一年間寮の統制を任されると聞いた。

そして、どの寮に入るかは、各寮の寮長が決めると。


「えー、無いの?」


「そういうハンナはどうなのですか?」


「敬語やめよ」


「癖です」


「訛りとか気にしてんの?」


「」


「ま、いいや。さすがに黒寮は除くとして、私はできれば赤寮か青寮がいいな」


「白寮は希望されないのですね」


「あったりまえ」


「理由をお伺いしても?」


「え、だってさ、白寮には五彗星いるじゃん。面倒い無理」


「なるほど」


「王族様の取り巻きになりたい奴か、尻ぬぐい要員しかいないじゃん。どっちもやりたくないや」


確かに。

世間一般の人間は、王族が学園にいるうちに接触を図り、顔を覚えてもらおうとするだろう。

ハイレガード王国において王族は神も同然。

王族に取り入れば、将来安泰というものだ。


アイギス様も白寮だった。

そして、いつも青寮の寮生を羨ましそうに見ていた覚えがある。


青寮は学問に秀でた寮。

図書館で見かける生徒はたいてい青寮の生徒であることを示す、青の帯を腰のあたりに巻いていた。


対して白寮は身分を重んじる。

本来は魔法を使うことができる者が入る寮だったが、高位貴族に魔法を使える子供が生まれやすいことから、いつしか身分重視の寮となった。


「赤寮希望してみれば?」


「いえ、私は…」


「自信ないとか言わないでよ?」


いつの間にか私の目をのぞき込んできたハンナにギョっとしながら、一歩引く。


白寮は魔法が使えないと入れないので、非魔導士として入学している私は確実に入れないのだが、残りの3寮から候補を選ぶなら、融通が利く寮が良い。


ふらっと消えても、大して気にされない寮。


そうなると、


「いえ、私は黒寮を希望しようと思います」


ぽつりと。

目を閉じながら答える。


目を閉じると、風の流れや、人の気配、草木が揺れる音をより感じた。


だからこそもちろん、ハンナが大きく息を吸い込んで、柱に預けていた背中をビクつかせたのにも気づいた。


「げ、マジ?」


「ええ」


片目を開けてハンナの表情を見ると、口を開け眉をひそめていた。


「せっかくのお顔が台無しですよ」


「いやいやいやいや、え。知らないの?」


「何がですか?」



「黒寮は『学園のゴミの掃きだめ』って呼ばれてんのよ?


食堂で座る席もないし、寮はボロボロ。


実践格闘技の時間も剣はガタガタ、

魔法薬学の時間も与えられる備品は他の寮のおさがり。

何より寮が森の中にあるおんぼろ屋敷って何?



そんな暮らしでいいの??」



「構いません」



「考え直しなよ」



友好的な空気は消え、信じられないものを見るような目で私を凝視するハンナ。


――終わったな。


やはり、お貴族様はお貴族様だ。



これ以上会話しても得はない。



「黒寮に入寮試験はないので、私はこのまま黒寮に行きます。


またどこかでお会いした際は、宜しくお願い致します。



……貴方に魔素の導きがありますように」



各寮が続々と召集をかけ始めている。

ハンナは2つの寮を希望しているから、個別試験ではなく、闘技場で行われる集団実技試験に向かうことになるだろう。



とりあえず私は、黒寮の寮長に付いて荷物が集積されているという舞踏室に行くことにした。




もちろん、黒寮希望者は私一人である。










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