新入生諸君

「新入生諸君!貴殿らの活躍を期待している」


バターのような安っぽい黄色の髪をキラリと艶めかせた第二王子が、

右手を挙げ、胸元に持っていく仕草を見せると、

割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。


隣で佇むティアラ・ワードロー笑みからは、宗教臭さしか感じなかった。


壇上の端で待機している他の三人のうち、


オルファン・エルメスは表情筋を一つも動かしていないものの、メガネ越しに見える目が明らかに正常者のものではないし、


テルガドット・リンシュラはというと、口角の際限を越えて相好を崩している。


唯一正気を保っていそうなイアン・キングズローは、キョロキョロと視線を彷徨わせ、何かを探している。


「行くぞ」


私達一般生徒の反応を一通り楽しんだ後に、満足げに頷き、5人並んで大聖堂から出ていった。


本当に自由だ。


学園長は止める気無く傍観しているし、

副長は腰を四十五度に曲げて礼をしているあたり、

学園の腐敗度は末期のようだ。


味方に引き込むか否か迷う余地もない。


失望感に顔が一瞬だけ凍った。

それも瞬きのうちに溶かし、記憶に残らない凡人の平凡な顔に戻った。


「えー、これにて入学式を終了します。新入生は掲示板前に控えている各寮の寮長の指示に従うように」


学園長が解散といわんばかりに、事務連絡だけを告げ壇上を去った。


未だ興奮冷めやらぬ様子の大聖堂内部は、ありとあらゆる雑音が占め、すぐに指示を実行に移そうとするものはいなかった。


座ったまま、周囲の同性との社交会が開催される。


口元を隠しながら身を寄せ合うご令嬢と、椅子から立ち上がり握手を交わすご子息。


不本意ながら私も出遅れるわけには行かない。


同じ騎士爵は念の為避け、男爵や子爵位のご令嬢が集まる場所に移動する。


「ごきげんよう」

「あら、ごきげんよう」


挨拶をすると、一瞬値踏みをするように全身に視線を走らせたリーダー格のご令嬢が、挨拶を返してくれた。


これでおしゃべりに参加できる。



芋を板の上に並べたらこんなかんじだろうか。


さして垢抜けていない、自分棚に上げて、他人を値踏みする集団に、輝きがあるわけなど無く。


異性の噂話をして、対象に明ら様に視線を向けるも全く相手にされていなかった。


模擬剣で撃ち合う時のように。

ただ無心で当たり障りの無い答えを返していく。


「皆様ご出身はどちら?」

「〇〇の砂糖菓子は召し上がったことがあるかしら?」

「ウェルカム・パーティではどこのドレスを御召になるの?」

「王都のテーラードカンパーニュで誂えましたのよ」

「寮は?」

「お父様はどちらお勤めで?」

「兄弟はいらっしゃるのかしら?」

「婚約者は?」


:

:

:


永遠に続きそうな会話に気が遠くなる。


無意識のうちに動く自分の口。

脳みそ動いている気配がないのに、勝手に口からでまかせがスラスラと出ていく。


出てきた情報を頭に書き留めながら、整理していく。


弱点把握に使えそうな情報と、

アイギス様関連の情報、

令嬢間の共通認識、

社交辞令。


そうこうしているうちに、遠くから

「新入生!!早く来ないか!弛んでいるぞ!!」

と、魔法で拡大された声が飛んできた。


的に矢を射るように、正確に有効範囲が絞られた魔法は、術者の力量の高さを示していた。


ついでに位もある程度高いだろう。


「あら、まぁ、」

「行きましょう」


肩を竦めたり、目を閉じたり、短く叫んだり。

各々が驚いた様子を見せたが、指示には従うようだ。


円団を解消して、並列で入り口へと歩を進めている。


川が流れるようにゾロゾロと人が同一の方向に向かっていく。


自分だけが急いでも仕方が無い。

緩やかな流れに逆らうことなく、集団に紛れて進んでいると、唐突に隣から顔を覗き込まれた。


「ねえ、あなた。先程の方はどなたかご存知でして?」


癖でうねったジンジャーヘアーに、鮮やかな緑色のご令嬢だ。

目は奥二重で、切れ長。

長く太陽に当たることが多いのか、頬にはそばかすが浮いている。


ついさっきまで行動を共にしていた集団にはいなかったはずだ。


「残念ながら」


「そうですかー、知ってそうなのに」


「それはどういう、、」


「えー、だって貴方私と同じ匂いがするんだもの」


匂い‥

はて。


精神が病んでいるようには見えないが。


だいぶ個性的な感性をお持ちのお嬢様だ。


彼女とは本当に初対面で、そうすると少なくともアイギス様が参加していたパーティには来ていなかったことになる。


「私はクラッセン騎士爵が娘、アンティーヌ・フォン・クラッセン。


‥失礼ですが貴女のお名前は」


「あ、わたしー?」


「ええ」


「ハンナ・ノースリバだよ」


よろしく、と差し出された手を握ると

指の付け根の皮が分厚いことに気づいた。


きちんと見ると、彼女は太くてゴツゴツとしていて器用そうな指をしていた。


「剣を嗜んでいらっしゃるのですか?」


ハンナの手を握ったまま、今度は私から彼女の顔を覗き込む。


「いやだなあーーそんな見られると照れるううう」


顔の前で空いている方の手をパタパタと振るハンナは、僅かに頬を赤らめた。


「調子が狂う、、」


「何か言った?」


「いえ、何でも」


「おけー、でさ、私の手のことでしょ?」


「ええ」


「私がやってるのは弓だよー。領地がほとんど山だし、うちの一族も、民も、山の中で暮らすから、小さい頃から狩猟習うんだよねー女子供も」


「ノースリバ辺境伯、、」


「あ、そうそうそれが父上」


「改めてよろしくー」


「こちらこそ」


そう言って互いに手を離す。

会話が途切れた後も、この人混みだと、掲示板まで一緒に向かうことになりそうだ。


どちらが話を切り出すか。


そんな間を置いた後、ハンナが喋りだした。


「ねえねえ、アンティーヌのことアンって呼んでいい?」


「構いません」


「あとさー」


「はい、」


「アンも何かやってたの?掌豆あったじゃん」


「、、、騎士爵ですので、嗜み程度に剣を」


「へえーそうなんだ。女子供に武術叩き込むの、うちとテルガドット様の家くらいだと思ってた」


「いえ、あの、とはいっても私くらいですよ。剣を握っているのは」


「どゆこと?」


「当家では剣技習得は強制ではなく、個人に選択権があります」


「あーーー、なるほどねん」


阿呆かと思えば、意外と鋭い。

ハンナ・ノースリバに対する第一印象はこれだ。


いつの間にか人が密集した状態から開放され、一定の感覚を保てるようになった以上、ハンナとは別れれてもいいのだが、

下級騎士爵の娘が辺境伯の娘と話せる機会はあまり無いだろうということで、もう少し一緒に居ることにした。


建物間の通路から出て、中庭に差し掛かると、

長方形に切りそろえられたクリーム色の石を隙間なく敷き詰めた床は、年季の入った石畳に姿を変えた。


主流からははずれるが、中庭を通ってショートカットしたほうが通路一本分の近道になるのだ。


縦横大小様々な円柱に円錐を被せたような形の塔がいくつも連なった形の学園には、塔と塔の間に小さな中庭が存在する。


よく整えられた芝生には、微かに魔素が漂っており、何かしらの魔術がかけられているらしい。


土の上ではヒールが食い込むため、普通の女性は中庭を突っ切るような真似はしないのだが、ハンナ・ノースリバも私も皮貼りのブーツだ。


裾から覗く靴の表面は経年劣化しているものの、程よく油が塗られており、持ち主が大事に履いていることが伝わってくる。


中央に生えている一本のりんごの木を避けるようにして対岸まで進む。


芝生を踏みしめる音と、互いの気配しか感じないが、不思議と悪い気はしなかった。


隣から時折視線を感じる。

値踏みというよりは、観察だろうか。


「アンはデビュタント済ませたの?」


「いいえ、デビュタントは愚か、一度もパーティに出たことはございません」


「なんで?」


「お金がない、教養がない、参加する気もない‥となると、参加しない方が良いだろうということになりまして」


「君の家ってほんとに自由だねえ」


「ハンナ様は、」


「あ、わたしー?出たよ」


「素晴らしい」


「いやいや、会場にいたのはセレモニーの時だけで。あまりにも退屈だから軍の演習場に逃げてた」


「まあ」


とんでもない人に出会ってしまったかもしれない。


隣でケラケラと笑うジンジャーヘアの彼女を見て、そう思った。


「お、一番乗りぃ」


中庭を突っ切った先の通路をまっすぐ行くと、中央教舎の一階端に繋がっていた。


他の教舎とは違い、中央教舎は壁も床も階段も何もかも白で統一されているので、自分が今どこの棟にいるのかすぐ分かる。


遠くに開けた空間が見える。


おそらくそこが正面玄関。

掲示板がある場所だ。


ハンナは相当目が良いらしい。

この距離で人の有無を正確に把握している。


「なーんかさ、病院みたいだよね。病んじゃいそう」


ゲーっという効果音がつきそうな顔をして、目をグルリと回すハンナ。


もしもここに薬草の匂いと、死の気配が漂っていれば病院に見えるだろう。


白は王国の色。

国王が許した場所のみが、白統一された空間を使うことが許される。


病院以外には、教会が該当するだろうか。


「」

「」


ヒタヒタと。

互いに無駄な足音をたてず、幅も長さもある、白い道を進む。


視界で後ろへと流れていく風景は変わらない。

天井際や窓といった縁には、ハイレガード王国の国章が、国花と共に彫られている。


何百年も前からこの純白は変わっていないのだと、アイギス様が仰っていたことを思い出す。


ちょうど今のように。


入学式の帰り。


一緒に純白の道を歩いた。


ついこないだのことのように思い出せる。

二年も前の話。


となりでハンナが私の顔をじーっと見ているのが分かる。


不思議に思っているのだろう。


新入生らしく驚かないことに。

言葉を返さないことに。



「あら、もうすぐですわね」


ただ一言ポツリと口にする。


そして私は記憶と現実世界をリンクさせながら、段々と近づいてくる目的地を見据えた。






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