動物園へようこそ


入学式とは何でしょうか?

世間一般的には「新入生を祝うもの」だろう。だが、ここでは違うようです。


「ここは豚舎でしょうか…?」

ピギャーと叫ぶご令嬢に、情け容赦なく神聖なる大聖堂を荒らすご子息。

この国の上位層たる貴族がこの有り様とは。私は驚きを隠せない。

実際、お嬢様がまだ学園にいらっしゃた頃は規律が守られていた。


「酷いものだな」


国王を最上位として、王太子、王妃、国王一家、大公、侯爵、辺境伯、伯爵

…と身分制度がある中で、

その枠を超えて何かをしようという人間はいなかった。


例外は何十年かに一度起こる謀反の時くらいのもの。


いずれにしても不敬罪、または国家反逆罪で死刑に処されている。


それが今はどうだろうか。




「エリオット様すてきぃーーー」

「オルファン様罵ってぇーーー」

「デルガドッド様ーー、今度剣を教えてください!!」

「ジュアンくーーん!!可愛いーーー!」

「ティアラさーん、こっち向いて!」


会場が悲鳴歓声で揺れ、新入生在校生が揃いも揃って被っていたひも付きの四角帽を投げ飛ばし、一斉に席から飛び上がる。


少し前までは、上位貴族に下位貴族が勝手に声をかけようものなら罰則ものだったはずだ。

私の周辺ではいくつかの椅子が後ろに倒れ、少しはなれたところでは女性が幾人かフラフラとしゃがみこむのが見受けられる。

辺りを見渡せば、席から立ち上がっていないのは私を含めた数人しかおらず、異様な熱気が会場を包んだ。


「静粛に、静粛に!」

12才から18才の貴族が一堂に会するとなると相当な声量であって、いつもは柔和な顔をしている学園長が、険しくして呼び掛けるも、興奮が収まる気配はない。



「っ勝手にやってろ下衆共」


こんなヤツらに、無能の塊みたいな屑どもにアイギス様は殺されたのかと思うと腹立たしい。


悪法も法とはよく言ったもので。


王国法によって、統治権、司法権、軍事権全てが国王に帰属する王国では、

王が生かしたいように生かし、

殺したいように殺すことができる。


そして、王の決定をこの場にいる学園生徒の親も支持したということに他ならない。


蛙の子は蛙。


その言葉通り、頭を使ったことがなさそうな間抜けが衆愚と化して騒いでいる。


いずれ彼らのうち半数は家督を継ぐことになると思うと、王国を早々に滅ぼしてしまったほうが、後世のためだろう。


そう思い、四方を囲む色鮮やかなステンドグラスに風をぶつけた。


窓枠とガラスがぶつかり合い、ガタガタと音が鳴り出す。


まだ足りない。


今度はガラスに少しづつ熱を加えた。


何十年も凝固していたものが溶け出すのには時間がかかったが、あともう少し風に当てれば、一斉に塵となるくらいには、弱らせた。


今、私が開いている掌を握りしめれば、それが合図となって、ガラスは砕け散る。


スノードームの中で降る雪のように、ハラハラと。


派手な破裂音と共に硝子の粉が降り注ぐだろう。


日の光も添えてロマンチックな見た目にしてもいい。


そして、泣き叫べ――。


完全に手を握りしめるまでには、

あとほんの第一関節ほどの間があった。


幕開けに相応しい演出を加えたら、

さぞかし愉快だろう。


想像するだけで、穏やかな笑みを浮かべることができる。


あゝ。


ここで全て終わりにできたら。


もう少し熱を加えたら、割れる前に溶けてしまう。


そこまで耐えて耐えて耐えて。


私は、脱力した。



…止めておこう。


ーー一気に殺してしまってはつまらない。


一人一人、丁寧に。


歴史に残り続けるような死に様をプレゼントする。


そう、決めたのだ。



視界を奪い、皆殺しにするところまで想像していた割には、あっさりと魔法を解くことができた。


心に生じた細波を鎮め、膝の上で握りしめた手を開き、行儀よく座り直したころ、ようやく騒ぎは沈静化し、生徒も席に戻りだす。


それでもぺちゃくちゃと小声で囁き会う音が止むことはない。


「あの方たちが…」

「かっこよかった」

「さすがですわ」


私からしたら彼らなど、遅刻を正当化する社会的屑の集まりにしか見えない。


遠目から見ても分かるほどに綺羅綺羅しい金髪は第二王子、


横に並んでいたのは平民上がりのリス顔女、


その後ろに続いていたのは銀髪で細っこい身体つきの国庫府長官の次男と、


炎のような髪をした筋肉達磨、つまりは筆頭騎士家三男と、


見るからに黒魔術でも操っていそうな見た目の国教会司祭長養息子。



彼らはこの学園において最大権力を持つ自治団体のメンバーで、


「五彗星」


と呼ばれているらしい。



あの薄ピンクの頭をした女が居座る場所には、アイギス様はいたはずなのだが、

彼女はもうこの世にいない。


存在すら人々の記憶から消されたように見事な入れ代わりを遂げていた。


貴族が平民に排斥されるなどということは、万が一にも有り得ないはずだった。


そもそも、普通平民が学園に入れるはずもない。


貴族の集団に認められる、こんなことも当然起こらない。



しかし、その「万が一」が目の前で実際に起こっている。


誰も疑問に思わないのだろうか。


危機感を感じないのだろうか。


今まで自分たちを守ってきた「特権階級」が切り崩されたというのに。


そしてもう一点言及するなれば、王子も含めた全生徒が熱狂的な信者となっているということだ。


妄信的な信頼は何を根拠に持続し得るのかどうか。



「…」


顔をあげると壇上が視界に入る。


上から三段目にある5つの席に笑い、小突き合いながら楽しそうに着席する彼らが遠くに見える。


おおよそ70年前に歴史的偉人「カルヴィアン」と「ルトルテ」によって描かれた壁画は今もなお色鮮やかに輝き、

金銀銅などありとあらゆる貴金属を用いて作られた装飾。


これらの方がよほど視界に収める価値があるというのに、私の眼は彼らに向く。



今はこれでいい。


たった今自分たちが死にかけていたことも知らず、呑気に笑い合う壇上の5人は些か滑稽で、嬲り甲斐がありそうだ。


待っていろ。


永遠に地獄から這い出せないように、撤退的に潰してやる。





意思を込めた目で、壇上を見る私は他の生徒と変わらないだろう。


揃いの白いローブを身に纏い、

一様に頭巾を被り、

誰もが熱い視線を送る先に、

私も違った意図で視線を送っているのだから。

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