路地裏を出ると
使える人間を側に置き、
使えない人間は切り捨てる。
一度でも期待を裏切れば、二度と会うことは無い。
――そうやって人を切り捨ててきた結果、僕の周りには誰も残らなかった。
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表通りを、日に当たりながら歩いているとジャケットが余計に思えるのに、
一本道を外れて、裏に入ればひんやりとした空気が漂い、肌寒いくらいだった。
屋根から伝い落ちてくる滴が、石畳を穿ち
所々に穴が開いている。
この街が出きたころから整備されていないであろう道には、深緑色の柔らかな苔が生えている箇所もあった。
最初、アンにこの場所を指定されたときは罠を疑ったくらいだ。
振り返れば、何の変哲もない茶色い扉はそこにある。
幻覚でも何でもなく。
僕は、僕たちはどこから命を狙われてもおかしくない。
第二王子も、刺客の中の一人にすぎないのだ。
ある日突然乳母に首を絞められたことも、
臨時の家庭教師に呪術で腐敗させられそうになったことも、
暗殺者集団に追いかけられたことも、
街で仲良くなった平民の子の親に毒入りの食事をご馳走になったことも。
たいていの危機は経験したことがある。
何が起ころうと、
いつも通り対処するだけ。
情報屋も、
裏街の雇われ共も、
実家がつけた護衛も、
ジャンヌが試作した毒も、
僕自身の魔術も。
使えるものを使い、
差し向けられた脅威を土に還す。
ただそれだけだ。
「(ねえ、シャラマン)」
ジャンヌに袖を引かれ、意識が現実に戻る。
「(なんだいジャンヌ)」
双子でよかったと思うのはこういうときだ。
普段は考えていることや、感じることが違っても、
目を合わせれば互いのことを理解できる。
魔素互換も行いやすく、
テレパス状態に持ち込みやすい。
「(今日は珍しく楽し気に会話してたじゃない。あんたにしては)」
「(僕としては普段と何ら変わりなかったつもりなんだけどな)」
「(笑ってた)」
ジャンヌがやけに機嫌がいいと思ったらこういうことか。
表情自体に変化はないが、隣を歩いているとなんとなく分かる。
足取りが軽いのだ。
そして、目が死んでいない。
嬉しいことがあった証拠だ。
「妹に女性との逢瀬を喜ばれる兄
…という憐れな図を作り出すのはやめてくれないかな?」
僕の名誉の為に。
「単純に、極東の術式が興味深かっただけだ。現地以外でそう簡単に見ることができる代物ではないからね」
あの防御術式の縮小版だったら、タウンハウスや、本家屋敷の一室に備えることができなくもないだろう。
「(アン、元気そうでよかったね)」
進行方向を見ていたジャンヌが急に僕の方に顔を向け、
「そういうことにしておいてあげる」
と言いたげな顔で、テレパスをしてきた。
「(確かに、彼女の無事を確認できたことは収穫だ)」
「(そうじゃないでしょ)」
「(そうじゃない、とは)」
「(自分のことには鈍いんだから)」
「(心外だな)」
「(正直に「会えて嬉しかった」って言えばいいのに)」
「(ああ、吉兆だよ)」
「(大分こじらせてるわね)」
「(使える人間を側に置き、使えない人間は切り捨てる。一度でも期待を裏切れば、二度と会うことは無い……この方針に変わりはないよ)」
こうして人を切り捨ててきた結果、未だに僕の隣に居続けることができた人間がいない。
だからこそ毎回楽しみにしている部分がある。
僕の予想と期待を超える人間が現れてくれることを。
窒息してしまいそうなほど退屈な、この日常を彩ってくれることを。
僕は待ち続けている。
「(あ、)」
「(なんだい?)」
「(帰りに杜商店に寄ってもいい?)」
「(もちろん)」
ジャンヌのことだから、
調剤に使う呪符や、薬草を仕入れに行くのだろう。
華国にしか生息しない虫から生える薬草、というものがあるそうなのだ。
虫の死骸から生えた草が薬草になるとは、何とも複雑な気持ちだが。
そんなことを学園を出る前に聞いた気がする。
一度立ち止まりジャンヌに向けた視線を、改めて前方に向けると、
日光に燦々と照らされた表通りが見えて来た。
裏通りと、表通りの境界線のようになっている光のコントラストを視界に収めながら前へ踏み出した。
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