ただのアン

フィンチの店


学園正門から真っすぐに伸びる大通りから、

細い道を何本も折れ、

石畳が敷かれていない地帯まで入り込むと、

「裏街」がある。



大きな朱色の門を潜ると、王国法は通用しない。



主要都市ならどこでも、たいていは闇の部分を持つ。

街が栄えていれば栄えているほど、その闇は濃い。


完全なるアンダーグラウンド。



違法建築が空間を埋め尽くしており、日の光が地面まで届いていないセピアの世界。


家屋の側面に取り付けられた大きな歯車が、ギギギと音を立てながら周り、排気管からは白い煙がモワモワと吐き出されており、空気が澱んでいる。


食べ物が腐ったような匂いは勿論、肉の腐敗臭も漂っている。

獣肉の廃棄品から発せられているなら良いが、たいていの場合は魔獣や、闇取引されている王国のレッド・データリスト入りしている、希少種。

そして偶に、下水を流れる人肉の一部が原因なんてこともある。


得体のしれない虫はカサカサと地面を這い、

四方からあまり治安が良いとは言えない囃子が聞こえてくる。


行き交う人は皆、頭巾付きのローブを纏っており、

顔が確認できないが、

体格から相手が何を生業にしているのかは読み取れる。


人にぶつからないように気を付けながら、さらに街の奥まで進む。


肩と肩が触れ合ったが最後。

体の一部を切り落とされても文句は言えない。


刀に異様なこだわりを持つ極東の民族は、

許可なく持ち物に触れた者を無言で屠ると聞く。


生きて街を出たければ、細心の注意を払わねばならない。


煉瓦が所々はがれ、土が見える道。

転ばぬように。

陥没しそうな道を避けながら目的の店を目指す。


ここら一帯の家屋には、本二冊ほどの大きさの窓しか存在しない。

大きな窓など作るのは、

「泥棒さんどうぞお入りください」

と言っているようなものだ。


だが、表でできない商売をするものは、

否が応でも、客が出入りするための扉を作らねばならない。


そこで、魔導士の出番となる。


世界全体の魔素が減ってからというもの、王侯貴族の家からしか魔導士が生まれなくなったとされている。


だからこそ、旧式魔道具のジャンク品や、未登録魔導士は高値で売れるのだ。


……私のような。


いくら私でも、裏街で所属をはっきりさせずに魔法を使うような真似はできず

王都に本部を構える自称「自衛団」の


『ドンズ・ファミリア』


に属している。


アイギス様だけにお仕えするのが道理ではあったが、未登録魔導士が一人で出歩こうものならすぐさま人身売買オークションの商品リスト入りしてしまう。


「あーやだやだ」

思い出したくもない過去を振り払うべく、頭を軽く振る。


こうして裏街を歩いてみると、幾つか見知った顔もいる。


いつ死ぬか分からない世界にしばらく生きていると、常駐している面子はたいてい変わってくる。


耳がとがった細身の後ろ姿は恐らく同業同期のキルギウだろうし、目深にキャスケットを被った小柄な少年は「何でも屋」のジェリーだろう。


横顔から見るに、元気そうだ。


そのまま通り過ぎても良かったが、面白くないので

手からそよ風を出し、二人の髪を揺らした。


反応は見ない。


あの二人のことだ。


私だと感づくだろう。


あとで適当に、「シルバー・スプーン亭」にでも顔を出して、

ビールでも飲もう。


そんなことを思いながら人並みを縫い、比較的空間の開いた場所に出る。

俯き加減に通り過ぎ、再び通りに入る。


そしてようやく見える、一つだけ浮いた鉄でできた扉。

表面には魔法陣が大きく一つ、蝋燭で書き込まれ、その下に幻想上の動物たちが彫られた一点物。


さらに軒下には、ぼろきれにほぼ近い絨毯が敷いてある。

これも実は魔道具の一つ。


「招かれざる者、入るべからず」


という、少し変わった魔道具だ。


今では忘れ去られた存在だが、腐ってもユニコーンの鬣で織られた絨毯。

私には、守りの文様が少し浮いて見える。


「この世は無常、獣道に入らんとするもの、命を差し出し、朝日に捧げよ」


口上を述べ、

「ぼろきれ」の上に立ち、扉の中央についているノッカーを二回引く。




ガチャリ。


と音が鳴り、

次の瞬間には敷居を跨いで、一歩店内に入ったところにいた。





「いらっしゃい」


カランカラン、と木戸に吊り下げたベルが鳴る。


埃っぽい空気。

小さな鉄の檻の中でチロチロと燃える魔法石。

天上からは鎖が垂らされ、それに引っかけるようにして機械仕掛けの何かがいくつもつるされている。

大小様々。

一つも同じものが無い。



ゆらゆらと揺れる鎖を見ていると、時が巻き戻った気がした。


音が止まり、

空気が固まる。



アイギス様に暇を出され、学園都市から離れることになった日。


店に来たのは、その日が最後だった。


時間が戻ればどんなにいいことか。


あの日も今日と同じようにドアを開け、しゃがれた声出迎えの言葉を述べられた。


目の焦点を戻し奥のカウンターを見ると、

モノクルを掛け、深緑色の幾何学模様があしらわれたセーターを着た

禿げかけの店主がいた。


側頭の長髪は薄く残っているというのに、頭頂部は見事に焼野原なのだ。


眼光は相変わらず鋭く、路地裏で彷徨う野良猫のようだ。

ギョロッとしていて、この世の全てを憎んでいそうな眼。


人体模型のように細い体からは生気が感じられず、濁ったアイスブルーの眼球も相まって、生きているのか死んでいるのか判断がつかない。

手元で広げていた部品の山から視線を離し、


「なんだ、お前さんか」と言いたげな顔をしている彼の名は、ギルディ・フィンチ。


裏街随一の中古魔道具店、フィンチの道具店の店主だ。



「入るのか、入らないのかはっきりしろ」


私から目線を離し、再び手元の部品いじりを始めながら一言。

フィンチさんの言うことももっともなので、ひとまず私は頭巾を下し、顔を見せることにした。



「お久しぶりです、フィンチさん」

お互い分かっている。

私が学園都市に戻ってきた、という意味を。


店内のものに触れないように、ゆっくりと歩く。


「最後に会ってから、随分と非道に手を染めてしまっているせいもあって、空気が変わってるかもしれないな」なんて思いながら、私はカウンターの前に立った。



「用は?」

彼は変わらない。

気難しいところも、営業精神の欠片もないところも、着ているものも。

店の灯りも、薄ぼんやりとしていて。

床も棚も傷だらけの染みだらけ。

唯一、魔道具だけがよく手入れされた状態で飾られている。といっても、棚に並べるのではなく、天井から吊るすという独特な方法によってだが。


まあ、いい。

感傷に浸るのは無益だ。



「これを」


ゴトンと、

私がカウンターに置いたのは、布に包まれた塊。


それをフィンチさんの方に押しやる。


「見てください、これが今回のお代です」


「ん?」


ハラリと覆いが落ちた。

姿を現したのは、ハートの形をした首飾りのようなもの。


魔法石の灯りを受け、鈍く輝くボディは銀色。


ただのペンダントならば、カウンターに置いたところで「コツン」と鳴るのが関の山。


しかし、見た目に反してこの首飾りは重い。


その原因の一つは、本体の部分が掌ほどの大きさであること。

もう一つは――、


「分身箱!!!!!???!!」


「お、珍しく大声出してますね」


「お、おい」


信じられない、という顔で私を見上げるフィンチさん。


それもそのはず、分身箱は法具。

基本は、聖堂教会の司祭、それもかなり高位の司祭しか持てぬものだ。


使い魔や、魔物、妖精。

その他、長時間にわたっての具現化が難しいものを入れておくための箱で、入っているモノの大きさによって、重さは異なる。


「あー、生臭坊主が分不相応な物を持っていたので、迷惑料代わりに拝借してきました」


「!?!探知魔法陣は抜いてきたんだろうな」

途端に怯えたような表情をするフィンチさんは、側に立て掛けていた杖を片手に、移動魔法の陣を途中まで空に書いていた。


逃げ足の速さがうかがえる。


そんな彼を落ち着かせるように、まずは杖の先端を掴み、術式を解除する。

そして、腕を下に向けて押した。


「そんなヘマするわけないでしょ」

「本当だな」

「確かめますか」

「…ちょっとそこで待ってろ」


もし本当に、探知魔法陣を抜くことができていなかったら、今頃この店は地獄の業火の谷間と化しているはずだ。


彼もそれを分かったうえで、確かめたいのだろう。


「その間、店内見させてもらいますね」

私は、「どうぞごゆっくり」という気持ちを込めて、

杖から離した手をヒラヒラと振った。


私も私で、目的の品を見つけなくてはならない。


この店の陳列はジャンル分けされているわけではないので、欲しいものがあるならば自分で探し出さなければならない。


何かしらの魔道具で拡張された空間は、外観よりもうんと広くて。


大きさで言うなら、王都の第一図書館といい勝負だ。


首を上に向ければ辛うじて天上が見える。

しかし、どんな商品なのかまでは判別できないため、遠見の魔法を自身の目にかける。


あれでもない。

これでもない。


幾千もの小物がぶら下がる中から、探し物を見つけるのは容易ではない。


面倒臭いが、広範囲に魔法をかけると、魔道具とどんな反応を起こすか分からない。

それこそ、フィンチさんに出禁にされる程度で済めばいいが、

街一つを軽く焼き払ってしまう大量虐殺機もあるようなので、

滅多なことはできない。


いつか、役に立つかもしれないが、今はその時ではない。


「フィンチさんに聞くか」


探し物というのは、

私の魔力を完全に抑えることができる腕輪と、

双子ための護符だ。


あれから、正体が割れてしまった私は一時的に学園から離れている。


運が悪いことに、相手は五彗星の中でも特に魔導士としての才能がある、大司祭の養子。

誤魔化すよりも、「消える」という選択をとることにした。


風の噂で、私に爵位を売ったクラッセン騎士爵が王都で取り調べを受けていると聞いた。

彼らの記憶から私の情報や、爵位に関する話は消しておいたから、証拠は存在しえない。


過重税くらいの処置で済むと思うがどうだろうか。


私が成り代わっていた四女は、体が弱く、寝たきり。

ずっと屋敷にいたことは、地元住民も、侍女も見ている。


直に疑いは晴れる。


「できれば、侍女が持っていてもおかしくない革製品だと助かるんだけど」

確かあったはずだ。


記憶違いでなければ、大蛇の皮を、水牛の革で挟み込んだものがある。



「お」



「あった、あった」と、

目当てのものが吊るされている鎖を引っ張り下し、商品を取る。


茶色の皮のブレスレットなら、侍女が持っていてもおかしくないだろう。

くたびれ具合も丁度いい。


数年前に祭りで買ったもののような、年季の入り方をしている。


神話の代物ということは、実際は数百年前から存在したのだろうが。


「どうして持っているのか」


聞いても答えてくれないであろう質問を呟きながら、もう一つの探し物を見つけるべく視線を彷徨わせる。



目当ての魔道具の名は、「天上天下」。


名前からも分かる通り、山脈を挟んでお隣の国「華国」で生まれたもの。


「愛する男を護るために、星読みの女が自分と男で揃いの腕輪を創った」という伝承が、形となって現れたものになる。


本筋としては、星読みの女は命を削り、星を腕輪に閉じ込めたが為に早死にし、

それを追うように男も川に身を投げたという何とも悲しい終わり方をするのだが、まあ気にしないことにする。


魔道具が魔道具たり得ればいい。



「天上」と「天下」は二つで一つ。

「天上」は攻撃によって片割れの敵を廃し、「天下」は防御によって片割れを護るとされている。



これならば、私がいなくても守護できると踏んだのだ。



「フィンチさん」


店内中央にあるカウンターに戻って、声を掛けると、既に鑑定を終えていた彼は、モノクルをカチャリと直すと、私の手を見た。


「あ、これ、もらいます」


「大蛇と水牛の皮…もしもこの法具を質にかけるなら、もっといいものを選べ。

釣り合わん」


「ちなみに、いかがでしたか?私の品は」


「文句は無い」


「それはよかった」


顔はどこか気に入らないといった様子だが、手をシッシと振り「もっと探して来い」と暗に伝えてくるフィンチさん。


取引成立と見ていいようだ。


が、本番はここからだ。


「では、『天上天下』をお願いします」


「!!」


「」


「そんなものは無い」


「え。そうですかね?」


「」


「杜春岳が売りに来ませんでしたか?」


「…どこまで知っている」


「どこまでも」


「」


「だって、私が仕組んだので」


そう。

「仕組んだ」というと聞こえが悪いが。

話は数日前に遡る――。







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