対等な人外

アイギス様が捕らえられた時、馳せ参じることができなかった後悔からだろうか。

私は少しでも異常があると、取り乱してしまう。

今回のように。







「あ、みーっけ」


図書館まであと少し。

校舎との繋目に差し掛かったところで人影に気づき、足を止める。



ニタリと、黒いローブを纏った人間が笑った。


腕よりも長い袖口で手を覆い隠し、視線は地面に向いたまま。


顔はこちらに向けられていないのに、目だけが死んだ笑いははっきり見える。

禍々しい空気を醸し出していた。


――逃げるか。



「駄目だよ」


彼は、まるで私の思考を読んだかのように。


よく知った顔だ。


彼を知らない学園生徒など、いないだろう。


――運が悪いというか、諮られたというか。



「君、入学式のときに、僕たちのこと殺そうとしてたでしょ?」


やっと地面を見るのを止めた彼は、おもちゃを見つけた幼子のように無邪気な調子で言った。


漆黒の瞳の奥が光った気がした。


闇色の髪は耳のあたりで無造作に切りそろえられている。

魔導士というものは通常、魔力の含有量を少しでも増やすために髪を伸ばす。

自分の魔力に絶対の自信を持っていないとできないことなのだ。



「つまらないなー、何とか言ってくれないと会話にならないじゃん」


私が口を開かないことに苛立ったのか、彼は空を漂っていた草の妖精を素手で握りつぶし、黒い炎で焼いた。


何の罪もない妖精は僅かに叫び、口を開いたまま炭と化したのだった。



心が凍る感覚が蘇る。



その瞬間私は彼を灰にしようとしていた。


「へー、やっぱり。無詠唱か」


自分が魔法を使った自覚がなかった。

無意識に放った攻撃を、彼は魔導陣を展開していなした。

紫色の魔力を帯びた、複雑魔導式を咄嗟に出せるということは、簡単に勝てる相手ではないということだ。いくら半神半人の身でも。


彼は彼なりに”何か”と契約しているのだろう。


でないと、あの魔力量では、人体発火しかねない。


「でもさー、君、もうちょっと頭いいかと思った。こんな簡単な挑発に乗ってのこのこ来ちゃうんだから……何?それとも、来ざる得ない事情でもあったとか?」


攻撃の手は緩めていないが、かなり派手に魔法を使っているのだから、”他の”五彗星のメンバーが到着するのは時間の問題だろう。


そう。

黒ローブを纏った”彼”とは、聖堂協会の後継者にして、学園内階層で上位五本の指に入る人。

ジュアン・ベイリーだった。



「何が狙いだ!」

「お、やっと喋った」

「ねー、君、魔導士登録してないよね?」

「」

「新入生に魔導士がいるって知ってたら、僕、真っ先に迎えに行くもん」

「」

「つまんないなー、僕と対等に戦える人間なんて大司教しかいないから、これでも歓迎しているつもりだよ?もっと僕を楽しませてよ!!!」


一歩も動かず、ただ立ったまま。

両者の間で魔導術式が展開しては消えていくのだから。

おかげで地面は既に抉れ、生命という生命は周囲から消えた。

草木、妖精、虫、鳥。


校舎に被害はないが、これ以上派手にぶつかり合えば、衝撃波で柱が砂塵と化す。


人影を視界に入れた時点で、廊下から出ておいて正解だった。


そうしなければ今頃、校舎倒壊の音で要らぬ人だかりができていたことだろう。



「あれからずっと学園内に”網”を張ってたから、魔力ってほどでもないんだけどね、少し、”揺れた”気がして。来てみれば誰もいなくてさー!焦ったけど、妖精一匹握りつぶしたら君が来てくれた!!安心したよ!!!」


「もう一度問おう。何故、貴殿は私を求める?」


口調が昔の馴染んだものに戻ってしまう。

”主”がいて、戦っていたころの私に。


――アイギス様。






「ん?あれーー、」

「」

「どこかで聞いたことがあるな?その声」


攻撃が止む。

応酬の間に、シャラマンとジャンヌが避難済であることは確認が取れた。

これ以上、ここにいる必要はない。


「」


そして、私はその場から消えた。



最後に見えたのは、歪んだ空間の先で、イアン・キングズローが狂ったように叫び、こちらに向けてありとあらゆる魔術を放っている様子だった。






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