専門分野


「私の専門は魔法薬学の中でも薬草学にあるのだけど、一応魔法科学も齧ってるわ。

‥まあ、あんたが毒でやられたときは助けてあげないことも無いわよ。



サンプルになってくれればの話だけど」




サラッととんでもないことを言ってくるジャンヌ。

要は、私を実験代にしたいということだろう。


無論、お断りだ。



「ご冗談を」


「あら、ちょこーっとあなたの血液と髪の毛と、それからそう!治験もお願いしたいだけなのよ」


「ご遠慮させていただきます」


「給料ははずむわ」


「公爵家がジャンヌ様の為に用意した金品に手を付けるわけにはいきませんので」


「いいえ、私たち、一切そのお金には手を付けていなくってよ」


「と、いいますと」


「私が創った魔法薬を、シャラマンが街で売って、お金を稼いでいるの」


「…そういうことでしたか」


前々から、どうやって、シャラマン様が、活動資金を手にしているのか気になってはいたが、こうも簡単に判明するとは。


シャラマン様の顔をチラリと伺うと、口の端が引き攣っている。


…予想に反して、ジャンヌ様が暴露してしまったということか。




私はまだ、完全には信用されていないということでもあるだろう。


「万が一事故が起きても、面倒は見るわ」


「‥ここでイエスと言う人間がいたら会ってみたいものです」



なおも食い下がるジャンヌ様に、つい冷ややかな目を向けてしまった。

いけないいけない。


ちなみに、ジャンヌ本人は表情一つ動かしていない。

その代わり、分身の蛇はよく喋る。



事情は分からないが、彼女が鞄から取り出した蛇のぬいぐるみが、ひとりでに口を開き喋っているのだ。


ベージュに黄色斑模様がついた肌の蛇は、赤い舌をチロチロと覗かせながら、シャーシャーと。


双子にはまだまだ謎が多い。



「最近は魔法が使える方が稀だから、魔法がなくても不自由無く効率的に暮らせる術が編み出されていて、まあそれを科学、と言うでしょ。科学って、空気とか石とかみたいな生きていないものから何かを作り出すのが本質なわけだけど、それに少しの魔法をかけ合わせれば魔法科学の出来上がり!例えばそうね、動力源を魔力にして、動くのは機械みたいな?」


「魔法科学を薬学に応用すると、物質の抽出に魔法を使って、掛け合わせるのに使う知識は近代科学‥」


「そうそう!!そこらへんの愚図と違って理解が早くて助かるわ」


またも突然喋り出したジャンヌ。

身振り手振りも、表情も本人からは一切なされないのに、蛇は元気よく口を開くのだから、恐らく、こちらがジャンヌ様の本性なのだろう。


ご令嬢が使う、綺麗な言葉尻も、初手で消えた。



「こらこらジャンヌ。汚い言葉を使わない」


「シャラマンはその気色悪い敬語、解いてくれないかしら。聞いてて鳥肌が立つのよ」


「、、お二人とも」


「アンさん、申し訳ない。続きを頼みます」


「…そうですね。ジャンヌさんの見立てが正しいなら、五彗星の背後についている、もしくは一連の事件の首謀者は、近代科学精通していて、かつ魔道士という極めて珍しい二つの条件を満たすことになりますね」



ゲンナリした顔で項垂れたシャラマン。

シャラマン様も、ジャンヌ様のこととなると、感情を表に出すようだ。


遠くから見ていた時は、人形のようだった彼らは、喋ってみれば、それぞれ意志を持った”人”だった。



「シャラマン様」


「様をつけないで。僕も少しフランクに話したい」


「シャラマンさん」


「なに」


「条件に当てはまる人物に心当たりはありますか?」


「犯人が魔道士登録しているとも限らないから何とも言えないな。例えば、‥君みたいに」


「では、仮に犯人が魔導士登録をしているとして話を進めるなら、誰が”黒”ですか」


「‥んー、」


「」


「魔導士ね、」


「」


「逆に、もう一つの条件である、近代科学履修者から絞っていけばいいんじゃないかな?近代科学を齧ってる人何て目立つんだから」


「」


「その点で言えば一番怪しいのは聖堂会」


「教会、ですか」


「魔法を使うことができる人間が極端に減ってしまった今、代替する力として、万人が使える動力源を編み出した”科学”が、台頭しつつある。その総本山は、何故か聖堂会だ」


「権力に必ず絡んでいる団体ですね」


「君もその力を、存分に味わったと思うけど?」


「どういうことでしょうか」


不意に話がそらされた。

フランクに話したい、と言いながら彼は、私に、盤上の対戦相手を見るような目を向けてくる。


「君の方から正体を告げてくれると助かるんだけど」


「」


「君は何者?」


「」


「ジャンヌが僕たちの秘密を一つ明かしたんだ。ならば君も同じように、カードを切ってくれても構わないだろう?」


「信頼できない輩に周囲をうろつかせることはできない、ということでしょうか」


「せっかく角が立たない言い方をしたというのに。まあ、そうだよ。当然だよね?」


確かに。

公爵家嫡男、つまりは将来の宰相候補が、生温い環境で生きてきたわけもないか。

シャラマンは、それなりに死線を潜り抜けてきたのだろう。それなりに、頭が回る。

ジャンヌはジャンヌで、魔法薬学に精通して、やり過ごしてきたのかもしれない。


さて、どうしたものか。


既に、場が沈黙してから、少し経っている。



適当に正体を明かしてもいいが、生き字引のようなシャラマンのことだ。

逆に信頼を無くしてしまうだろう。



「察しはついていると思いますが、私は”あの”一族の生き残りであり、13年前、村で皆と一緒に焦土に還っていたはずの人間です」


「‥本当に生きてたんだね」


「ええ」


「まあ、さすがに”あの”一族が、大人しく一族郎党死に絶えるとは思ってなかったよ。アン以外に生き残りは?」


「今までコンタクトはありませんでした」


「んー、そっか」


「」


「さすがにそこまで上手くはいかないか」


「」


「」


「”あの”一族について、よくご存じでしたね」


「この学園内に一人、君と似たような人がいるのでなんとなくね」


「どなたですか」


「ジュアン・ベイリー、って聞いたことない?」


「大司教の養子殿ですか」


「うん、ジャンヌのデビュタントで初めて会ったんだけど、握手したときにちょっとね、、」


「なるほど」


「相手に触れればなんとなくの魔力量は察しが付くだろう?相手が秘匿しない限り」


「確かに」


「まあ、相手は神性持ちであることを隠してはいない様子だったけどね。気になったから調べさせてもらった」


「そうよ!シャラマンったら、三日間くらい、書庫に籠って出てこなくて。食事の場に引っ張り出すのも大変だったんだから」


「、、今後、シャラマン様に関しては食事の管理もさせていただくことにしましょう」



「いや、いつもはやらないから」


「そうですか」


「…もう一つ聞いておきたいことがあるんだけどいいかな」


「どうぞ」


「聖堂会が黒幕だと断定した根拠は?」


「複合的に」


「」


「禁軍と司祭は国王の出す勅書無く動くことはできない

‥にも関わらず、禁軍が動いたということは、何かしらの示唆があって然るべきでしょう。

‥外交先でも教養の薄弱さを他国に笑われる王自ら、禁書庫を漁り、都市伝説のような存在に自ら目を向けた、とは考えにくい。



――復讐や一族の再興は考えていませんのでご安心を」




「いや、そうではなくてだね」


「」


「君からそういった悪意は感じない」


「では、何を」


「”あの”一族が皆、君のように全属性を使いこなせるとしたら、何故反撃の余地が無かったのか気になってね」


「」



確かに。

あまり深く考えなかった。


当時、魔力を持たなかった私だけが生き残ったということは、禁術か何かが絡んでいるくらいの推測しかしてこなかった。


そもそも、里に良い思い出はあれど、「一族の恥さらし」として、檻に入れられた日々の方が長かった私にとって、故郷にはあまり執着が無い。



「」


「」


シャラマンと私が同時に押し黙ったところで、飽きた蛇、もといジャンヌが、シャラマンの首に噛みついた。



「シャラマン!」


「なに」


「あんたの趣味に付き合う気はないわよ」


「」


「書庫に籠ってるときとか、とにかく一人のときにやってちょうだい」


「ごめん」


「早くしてよね」


「うん」


「すみません、アン」


「いいのよ。早く進めて」


「ジャンヌ、君じゃなくて」


「あら」


「‥まったく」


「他にご質問は」


「質問ではないけど、僕たちを守ってくれていたことにお礼を言いたい」


「…よくお気づきで」


「最近、誰かが常に近くにいて僕たちを観てるってことは分かっていたんだ‥‥そこからは害意も感じなかったし放っておいたんだけど、そこで君が現れてね。

…さっきの魔法学基礎の授業で気が付いたんだ」


「」



「別に君がミスをしたわけではないから安心してくれ。

……父上は僕たちに知らせず、秘密裏に守りたかったのかな?」



「いえ、指定はございませんでした」



「ならば、別に近くで護衛をしてもらっても問題は無いんじゃないかな?」


「」


「ティアラ嬢は集団に目をつけるって言っていたけど、護衛を側に置くくらい見逃してくれるんじゃないかな」


「といいますと、」


「シャラマン!!たまにはいいこと言うじゃない!護衛として側に侍りなさい‥‥えっと、」


「アンです」


「そうよ!!アンって言っていたわね。アン、私の側仕えになりなさい!!」


「ジャンヌ、そう早まらないでくれ」


「つまらないわね」


「‥どうだろうか、アン?」


「あなたはティアラ嬢の『欲しい人リスト』に入ってしまっているので、護衛であろうと女は近付かないほうが良いでしょう」


「‥そういうものなのか」



顎の下に手を当てたまま固まったシャラマンをよそに、今度はジャンヌが喋りだした。


「ねえ、アン」


「何でしょう」


「あなた、神性持ちなら、神獣にでも擬態すればいいじゃない」


「確かに」


「擬態したとしても、魔力を帯びていると、五彗星のうち聖堂会の大司祭の養い子殿に看破されそうだな」


「あー、」


「無理なら私が変身薬くらい煎じてあげるわよ」


「でも何に変身してしまうか、どうやって、いつ戻るのか分からないだろう。第一、アンは学生だ。授業に出ないといけない」


「別人としてお側に侍ることは得策ではないかと


「」


「今回は、病弱で社交界デビューを済ませられなかった騎士爵四女に成り代わることで学園に入り込めただけであって、身分詐称は難しいものです」


「」


「ですので、授業がある際は今まで通り、定位置に座った状態でお守りしますが、それ以外はこの司書室で落ち合い、擬態して護衛にあたります。」



半身半神というのはこういうときに便利だ。

神が地上で獣の姿をとる際に魔力は用いないのと同様で、私が神獣としての姿をとろうと魔力を帯びることはない。




創世記に記された伝承通り。



里の子供は、毎晩「主」が自分たちにとってどんな存在なのかを聞かされて、寝た。



「主の役に立つために人間のままでいるのがよければ人間として側につき、ある人は鷲や鹿等の神獣の姿をとって主を見守った」



一族の人間として認められていなかった、私でも聞いたことがある逸話。




「神は天界現世冥界の理を維持するために、現世に人智越えた力を持つ半人半神を生むと同時に、『主』がいないと力を行使できない」




まだ物心がついたばかりの頃に故郷を焼かれたが、毎晩聞かされた話くらいは覚えている。



「確かに、私が神獣の姿を取れば側でお護りすることができます。

しかし、就寝時はお二人の居場所がどうしても分かれてしまいますので、空間移動術式で駆けつけられるようにいたします」



「面白いな‥魔法陣でも描いているのかい?」



「私は一度行ったことのある場所には移動できます」


「詳しく聞きたいな」



「今は講義の時間では無いので、機会があればお話しますよ」



興味津々といった様子のシャラマン。

彼にしては珍しく声が上ずっている。

だが、もちろん教えるわけにはいかない。



敢えてここで茶で一服する。

一口口をつけると茶が冷たく感じた。

せっかく高級な茶葉を堪能する機会を得たのに、味を半減させてしまっては勿体無い。



そして、手に持っていた白地に金輪の模様がついたティーカップに少し熱を加えた。


「」

「」


「何でしょう」


「いや」

「あんた本当に、」

喋っているのは蛇の人形なのだが、ジャンヌ自身も榛色の目を眇めた。

彼女が表情を動かしたのはこれが初めてな気がする。


いったい何を考えているのだろうか。

と思い、思考を覗いてみると、双子の頭には揃って疑問符が浮かんでいた。




何故。

さらに深く入り込むと、‥なるほど。

一応この空間を形成したのはシャラマンであって、彼の許し無しに魔力行使はできないはずという前提からきた感情のようだ。

彼らの前提は合っている。

が、例外も忘れてはならない。

空間の所有者の魔力量を上回ってしまえば、一時的に支配権を得るなど容易い。それを私は失念していた。‥私としては、ただ茶を温めようと思っただけなのだが。



「失礼いたしました。茶を温めようと思っただけで他意はございません」


「」

「」


「これ以外に御用はよろしいですか」


「‥無い」

「」


「承知いたしました。では、今後よろしくお願いいたしますねシャラマン様、ジャンヌ様」


「こちらこそよろしく頼むよ」

「ね、ねえ」


「何か」


「私を狙うのがティアラ男爵令嬢だとしたら、ここで私を守り続けるよりも他国に逃してしまった方が楽ではなくて?」


「そうしたいのは山々なのですが‥いえ。

そういった手を打つこともできますが、お嬢様は今現在、第二王子の婚約者候補であり、正当な手段で国境を超えることは困難かと」


「うん。だから関所を通らず消えようと思ったんだけどね」


「国を捨てると?」


「父上の跡を継いで沈みかけた泥船の維持をする気はないからね」


「それは随分と思い切った」

なるほど。

これで双子兄の目的が分かった。

裏街では不正テレポートなり、証文なりを手に入れようとしたのだろう。



彼のことだ。

一つの手が潰えても、別手段を取れるように幾つものルートを用意するくらいのことはするはず。


話が漏れぬよう慎重に。


伝手の無い裏街で。



なるほど、度胸のある。

しかし、詰めが甘い。


「お二人だけならその手で十分でしょう」


「」

「」


「ただし、それでは父君は逃げられまい」


「」

「」


「公爵様は王従兄弟閣下。王位継承権を持った王族の亡命幇助を行うということは宣戦布告にもなる。例え国力のある国があったとしても、伝手は?信頼性は?準備期間が不足している」


「」

「」


「‥あなた方は敏い。既に目星しい国には探りを入れたのかもしれない」


「じゃあどうしろと」


「裏街のことは私に任せてください」


「え、」


「裏街の“ドン”とは協力関係にありますので、後ほど交渉に当たってみます」


「」

「」


「裏街に片足突っ込んでないとこんな依頼きませんよ」


「そうだった」

「忘れていたわ」


「逆に、粗野な身分しか持ち合わせない私のような者をそばに置いておいてもよろしいのですか?」


「今更野暮なこと言わないで頂戴」


「‥ありがたき幸せ」


「そうだね。地位があってもそれを活かす能の無い者はの死んでいるのと同義だ」


「‥‥では、裏街のことはお任せいただくとして。亡命先のことはシャラマン様におお願いしてもよろしいでしょうか」


「父君にも万が一に備えて話を通しておくよ」

「あんの頑固親父がすんなり亡命に乗っかるとも思わないわよ〜」


困ったように微笑むシャラマン。

一方、ジャンヌが操る蛇の人形は、金色の瞳を爛々と輝かせながら、シャーシャーと喋る。


彼らの感情の起伏が段々と分かるようになってきた。

このことに僅かな達成感を覚えながら、ソファから腰をあげた。



「では、」


机の上には空になったティーカップと湯気が立たなくなったポットがある。

無機質な白に、葉の模様が彫られた上品な茶器には公爵家の家紋は無い。


ソファの布地もさほど高いものは使われていない。


自然と目に入ったものの特徴を最後に記憶して、双子が創りあげた空間から出た。





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