金と榛

一見、双子は見分けがつかない。

男女という性差だけが、二人の差異に思える。


どこへ向かうのか分からないまま。

遠くから見ても二人に付いて歩いていると思われない程度の距離を保ち、後に続く。


後ろから双子を見ていて思う。

本当に見分けがつかないなと。


職業柄、一度認識した人間の歩幅や歩調、声音から醸し出す空気を覚えているので、魔法を使わずとも分かる。考えようとしなくても、勝手に脳が人物を弾き出すのだが、双子のことは時折間違えることがある。


姿形を変えようとも、根本は変わらないのだが。


根本すら変えてしまえるような人間は、少なくとも一般人ではないだろう。その時点で調査対象、または排除対象として処理する。


いや、しかし。

双子とはこうも同質的な存在なのか。


謎である。



一週間密着してみて分かったことと言えば、ジャンヌの方は静寂を好み世界を一歩離れた地点から達観する質であり、シャラマンは積極的に他者と関わることはせずとも、必要とあればどんな役でも熟してしまう、変容的な人物ということ。


特定の親しい人物はおらず、常に二人で行動している。


中立を保ち続けるその様は、さすが永世中立公爵カルティア家といったところだろうか。





――ふむ。



シャラマンが足を優雅に組み、両手を膝の上で重ね合わせて落ち着ける。


このような仕草をする人はたいてい、盤上のゲームが好きだったりした。


――ここは「協力」ではなく、「取り引き」として関係性を構築していくべきだろう。


「協力して敵を倒しましょう」といったふうに感情論ベースの依頼をしたところで、「そうすることで僕に何の得があるんだい?」と返してくるであろうことは想像に易い。


「何か?」

「‥いや、」

何でもないよ、と続く。


双子兄、シャラマンと視線を交わしたまま固まった。


表面上様子は変わらない彼だが、私の脳内を覗こうとしているのを感じる。


簡素な長方形のローテーブルを挟んでソファーに腰掛けている私達の間には、ピリつきとまではいかなくとも、相手を探り合う空気が流れいた。



「お茶、と言われたのでてっきりサロンの一室を貸し切って会うことになるにかと思いきや、図書館司書室とは。驚きました」


「食堂は何分騒がしいからね」


肩をすくめて口元に拳を持っていって笑うシャラマン。


そこからは「もうどうしようもない」といった一種の諦観が伺え、また嘲笑も混じっているように見えた。


「君は食堂に行ったことがあるかい?」


「ええ」


「それなら分かるだろう」


「入学式の有様をもう少しマシにしたような光景が広がっていましたね」


「今でも利用しているのかな?」


「末端貴族家に生まれた私にとって、他家との交流は必須ですから。末妹なのにもかかわらず、この学園に入れてもらった身として務めは果たさねばなりません」


「そうか」


ここでようやく一息。


周りを簡単に観察してみる。


広さとしては少教室一つ分。

教室では黒板に向かって机が並べられるのに対して、この部屋では入り口に向かって家具が配置されていた。


コンロと、茶器棚がある以外は書斎のようで、橙色の西日がよく入ってきて部屋を暖かな雰囲気にしている。


双子それぞれの目に、一瞬だけ光が入り込んだとき、金と榛色に輝いた。一見変わらないようにみえるのだが、こうして照らされると違うものだ。いい発見をした。



「‥おっと、僕としたことが」

「!‥」

「改めまして。僕はシャラマン。こっちは妹のジャンヌ。よろしく」


「このような機会を設けていただき光栄です。私はクラッセン騎士家の四女、アンティーヌ・フォン・クラッセンと申します」


「アンと呼んでもいいかな?」


「ありがとうございます」


「ジャンヌ、」


「」


「お茶をお願い」


「」


コクン、と頷いたジャンヌはふわりとソファーから立ち上がって、コンロの方にトコトコと歩いていった。まるで猫のような身のこなしだ。


「突然の誘いに驚いただろう」


「私のような末端貴族がお声をかけてもらえるとは思っていませんでした。授業でも助けていただいて‥ありがとうございます」


足を組み変えてポーズを置くシャラマン。

スッと笑顔を消したあたり、本題に入るのだろう。


「単刀直入に聞こう。君はクラッセン家の人間じゃないね?」


「」


「クラッセ騎士家の系譜に魔力を持つ者はいない。彼らは、というより現頭首のサラシナ卿と次男だけ魔力感知能力が優れているものの、それはあくまでも身体的特徴の一つにすぎない。君は、誰だ」

スッと刺すような視線。

盤上で駒を進めたときに鳴る「カタン」という音が聞こた気がした。

――チェスの相手をする機会があれば面白そうだ。


相手の精神を読むことができる私にとって、一般人の相手は赤子の手を捻るよりも簡単で、どこで負けるか、引き分けに持ち込むかさえも調整ができてしまって退屈なのだ。


現実も同じく。


五感の届く範疇で得た情報から相手の手の内を推測することなど容易い。


だが遠間からは使えないという弱点故に、大事な人を守りきれなかったことは、悔やんでも悔やみきれない。


だから、もう。

命令をする人がいなくなった今、私は誰からも止められることがないのだ――。



「入学式の時、熱狂の中で誰一人として気付かなかったが、僕たちは見ていたんだよ。‥もし君が本当に聖堂を破壊してくれたら僕たちはもう少し楽をできたんだけど‥ここまで言って、なお黙るかい?」


チェックメイトだよ、と言っているように聞こえた。


私が感知できたのは、魔力に飲まれていない謎の少年だけだったが、この双子も気付いていたようだ。やはり、魔力を消せなかったのは迂闊だったか――。


「国への届け出無しに魔法使いは存在してはいけないのだがね。‥それと、もう一つ」


「」


「いや、これは後でいい。まず喋ってもらおうか」


組んだ膝の上に両手を置き、背筋は張ったまま、小首を傾げる彼は、温度を全く感じさせない笑みを浮かべていた。


魔力を一点に集約してはいないものの、空気中の濃度が段々と濃くなってくる。


「あなたも、魔法使いですか」

聞こえない程度にボソリとつぶやく。

あの日、裏路地でドンから聞いたのは名前や行動パターンくらいなもので。

ここ一週間でなんとなく察してはいたものの、確たる証拠を見せつけられたのはこれが初めてだった。


彼は本来光魔法の使い手なのだろうが、今行っているのは属性関係なくただ魔力の大小で圧をかけているだけだ。特定の空間内における魔力濃度を高めて、魔障、つまりは魔力によって体内の感覚を狂わせるつもりなのかもしれない。


魔法使いがする威嚇のようなものだが、ここまで緻密に魔力を編み込めるあたり、公爵家嫡子は只者ではない。


大抵の場合、自分よりも魔力の大きい人間――私を人間として数えても良いならばの話だが、は存在せず、魔力量が物を言う世界で思い通りにならないことなど、公爵家嫡男殿には経験無いことなのだろう。


こうして魔力圧で押し潰すも良し、魔力で拷問して無理に暴くも良し。





――まあ、ある程度正直に話さないと埒があかないでしょう。


「魔力圧をかけなくても、お話しますよ。公爵家が魔法使い登録を怠っているということはないと思いますので、第二王子等少数はあなたが魔法を使えるということをご存知なのでしょうが、そう簡単に使ってしまっては無駄な騒ぎを呼び起こします」


「あー、その点は問題ないよ。この部屋は現実世界から切り離された異空間にあるから」


「僕の属性、今ので分かったでしょ」


「光属性、」


「そう。光属性であれば理論上は空間魔法が使えるけど、空間魔法は禁術だから大魔術師マリアンデュモンの日記にしか載っていないだろうし、禁書庫に入れるのは王の三親等以内だからそう警戒しなくてもいいと思うよ。‥ただ、知っておいて損はないと思う」


「そうですか‥」


「もう少し話を進めたいんだけど、ここで小休止を挟もうか。ジャンヌがお茶を淹れてくれたことだし」


「」


:

:



「割とあっさり認めるんだね、自分が魔力持ちだってこと」


「まあ、嘘をついても仕方がないと判断しました」


「で、何属性?」


「全属性です」


「ブッッ」


「、‥」


激しく咳き込むシャラマン。


対面に座していた私はもろに紅茶を被ったわけで。


白いローブに点々と茶染みができてしまった。


「す、すまない」


「お構いなく」


私は水魔法を応用して、茶を浮き上がらせ、蒸発させた。消去魔法でも良いのだが、五属性以外を使うと説明が面倒くさくなるだろう。


「正確には神性です」


「聞いたことはあるが俄には信じられないな」


「神は属性に縛られることがない万能の存在。それと同じく、全属性を行使することのできる人間が稀にいるんですよ」


「しかし、それは"あの"一族にしか生まれないはずだ」


「‥あなたのご推測は正しいですよ、シャラマン様。私は”あの”一族の生き残りです――、王に訴えますか?



『弾圧されたはずの一族がまだ生きている』と」


「」


「」


「‥どうせ、僕が報告する前に、僕たちを”消す”だろう?」


「記憶か、あなた自身かはその時次第ですが、そうせざるを得ないでしょう」


「」


「私はあなたに害を加える目的で誘いに載ったのではありません。ここまで話す気は無かったのですが、あなたは駒の能力を完全に把握してこそ真価を発揮する人間だ。‥そうでしょう?」


「‥何が狙いだ」


ここまで追い込まなくても良かった気がしなくもないが、必要コストとして捉えておこう。


「アイギス様の死の真相、ならびにティアラ嬢に関する一切の情報をください」


「ー‥なるほど」


「」


「協力は頼まないんだ?」


「邪魔さえされなければそれで構いません」


「潔さいいね」


「集団になるのは得策でないでしょう。ティアラ嬢は、自分の障害になりそうな集団が見つかったら五彗星を差し向けるでしょうからね」


「確かに。僕も、権力だけは持っている王子も闇属性魔道士も宰相の息子も脳筋コンプレックス馬鹿も相手にする気分にはならないな」


「全く‥」


「先程、僕は『食堂を利用しているか』聞いただろう?」


「ええ」


「どうやら食堂で出る料理の中には少量の薬物が混入しているようでね」


「‥そうでしたか」


「君にその影響は出ていないんだね」


「薬物というのは毒ですか?」


「んー、毒というか、精神に作用する類のものだね。毎日少量ずつ摂取させることで相手の思考能力を奪っていくんだ」


「私は、何かを摂取する前には必ず分解魔法をかけるようにしていますが、何も感知したことがなくてですね。‥それは全員に入れられているものですか?何に入っていたのですか?」


「茶葉に」


「あー‥、私の生家は貧乏なので茶葉は‥」


「‥なるほど」


「見落としていましたね。茶といえば、酒の次に毒を混入させやすい」


「ジャンヌが薬物の類に詳しくて助かった」


「そうなのですね」


「ジャンヌは薬草に詳しいんだ。薬草は一歩間違えれば毒にもなる‥何度も命を救われているよ」


隣に座るジャンヌを見て微笑むシャラマン。

ピリついていた空気が一気に緩む。


そして、ジャンヌもジャンヌで無表情ながらも、張っていた結界が最後の一枚を残して消えた。



「ジャンヌ様、」


「」


「その毒物について詳しく教えてくださいませんか?」



――双子のように、正気を保っている人間を見つけて探れば、何かしら分かると踏んでいたが。



学園全体が濃い瘴気に包まれている状況下。


正気でいる為には、ある程度強い魔力が必要だとは思っていたが。



毒によって魔術の効き目を高めているとは。




――本当に、手段を選ばないな。




そもそも、元庶民で、人のものを欲しがるだけしか能の無いティアラ男爵令嬢が、どこから毒と毒の知識を手に入れたのだろうか。


どうやって貴族になれたか、魔道士として目覚めた経緯も調べなければなるまい。









『この国を潰して終わり』

では単純すぎるとは思っていたが。




敵は想像以上に、強大かもしれない。



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