第九の月、最初の日。
第九の月最初の日。
私は王室御用達の被服店「テーラー・ド・カンパーニュ」で仕入れたばかりの白色の法衣を纏い、身丈の四倍以上はあろうかという鉄格子の前に立っていた。
視界の先には雲一つない青空の下で、灰色または黒の墓石がぼこぼこと突き出ており、この地の下に大量の死体が埋まっていることを示していた。
紺色のジャケットと同色のパンツを履いた白髪混じりの老人に声をかけると、
表情一つ変えず無言で門扉を開けてくれた。
所々に錆びが見受けられる門がギギギと音をたてながらゆっくりと開くと、私は頭を下げながら、苔むした石畳に足をおろした。
ピチュチュチュチュチュと小鳥が鳴き、
青々と繁った針葉樹が風に吹かれざわめく音が、穏やかな世界を作り出していた。
目をつぶればピクニックにでも来たかのようだ。
しかし、目を開ければ墓石に囲まれている。
ここに白の墓石がないということは、この墓地は平民専用だということ。
白は貴族にしか許されない色。
かくいう私は今、白の法衣を纏っている訳だが…。
真っ直ぐに伸びる磨り減った石畳を一歩一歩踏み締めるように歩く。
大丈夫。
まだ太陽は地平線に近い方にあるから、昼からの入学式には余裕で間に合う。
時間の浪費をしているように見えるかもしれないが、これは全ての始まりたる今日この日を記憶に焼き付けるために必要な過程だ。
「…ですよね、アイギス様」
彼女が好きだった紫のトルコ桔梗を一輪、墓前に差し出しながら空に呟く。
本来、公爵令嬢たる彼女が着るはずだった白の法衣は私には少々長いようだ。
風に吹かれても裾が揺れる程度で、捲れ上がることがなく、注意して歩かなければ地面についてしまいそうになる。
名前すら彫られていない灰色の御影石には、
「ハイレガード王国歴219年第6の月27日目、我が主、真実と共に眠る」
とだけ記されている。
実に味気のない墓標。
これが私の主、だった人、アイギス・フォルトゥナ・ガーガメル公爵令嬢の墓だ。
私は主の死の真相をしらない。
明らかにされないまま、アイギス様は殺された。
だからこの御方は罪人のまま、真名を語ることすら許されず、こんなジメジメとした地に眠っている。
「…アイギス様。貴女は私に『自由になれ』と、仰った。
多分、優しい貴女のことだから私に『この件には関わるな』という意味で、
私が厄介事に首を突っ込んで死なないように突き放そうとしたのでしょう……
でも、でもね、アイギス様。
私は貴女の遺言を守れそうにないです。
私は貴女の無実を証明して見せる。
私は、貴女を死に追いやった皇子たち、王、この国を許さない」
私は今日を以て王立学園の生徒になる。
そして、彼らが卒業する2年後までにこの国を滅ぼしてみせる。
アイギス様が見た地獄以上の地獄を味会わせた後で、全てをゆっくりと焼き尽くす。
ーー私はそう、決めたんです。
瞑っていた目をスッと開けば、見えたのは木葉と木漏れ日。
「行って参ります、アイギス様」
神ではなく我が主に祈りを捧げ、法衣を翻す。
刹那、それに応えるように季節外れの冷たい風が私の頬を撫でた。
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