予選会初戦

「では今から魔法祭予選会の4組目の戦いを始めます。選手はゲートから出てきてください」



 やる気のない気持ちが溢れている声に誘われて、鉄格子のようなゲートが開くと直ぐに舞台へと進んで行った俺。野球場のようにドーム型に作られているこの舞台……戦う舞台は石畳だけど、観客席はまさに野球場のような席だった。



 そんな観客席は満席で、学園の生徒全員だけでなく軍に関係しているお偉いさんたちやテレビや新聞などで見たことのある顔が目立った。



「予選から満席になるものなんだな……」



――余計なことを考えるのはそのくらいにいしておくのじゃな。隼人はどこか油断するような節があるから気を付けた方がよいぞ?



 集中を切らしていると体内なかに潜んでいるティアから注意を受けてしまった。ぐうの音も出ない俺は素直に頭を下げながら情けない声を出すしかなく、反対側のゲートから出てくる選手を見続けていた。顔つき、心構え、そして胸元のバッジを見れば二年生であることは容易に分かった。



 その選手が舞台に登場した刹那、観客席から黄色い声援が響く。



「4組目に登場したのは“水の使い手”の異名を持つウィンディーネを使役するレイン・ヴィスコンティ選手だー!! 前回は一年生にして魔法祭本選に出場し、3回戦目まで勝ち残った強者!! 今年の魔法祭の優勝候補の一人でもあります!!」



 黄色い声援を送ってくる観客席に向かって爽やかな笑顔を見せながら手を振るレイン先輩。綺麗に整った顔に、金色に光る髪。スラっと背が高くて細マッチョを思わせる肉体。遊んでいるような雰囲気を纏っているけど、その肉体が強靭であることを瞬時に見抜いていた。



「僕の一回戦目は一年生か……。君の噂はよく耳にするよ神風隼人君」



 ようやくこちらを向いたレイン先輩が関心と憐れみを混ぜたような拍手を送り、不敵な笑みを浮かべる。並べられた言葉の節々には棘が生えており、俺の胸をチクチクと刺すようだった。



「先輩のような有名人に覚えられて光栄ですね。俺も簡単に負ける気はありませんから」



「一年生なのにすごい自信だ。“無召喚の剣士”と謳われる君の力をこの目で見せてくれたまえ」



 両手を広げて隙だらけのポーズをとるレイン先輩。そこでアナウンスが試合開始の合図を示し、戦いが始まる。互いに得物を抜き、俺は変わらず日本刀をレイン先輩も同じく剣を抜いた。



 一番シンプルな仕様であるロングソードを抜いたことに対して意外と思い、素直に刀を構える。



「……なるほどねえ。神風君が“無召喚の剣士”と謳われる理由が分かったよ。その構え一つで伝わってくる……。君が積み重ねてきた時間の長さがね」



「構え一つで分かるものなんですか?」



 今度は嘲笑するようでも、見下すようでもなく純粋に尊敬と関心の目を向けてくるレイン先輩。この学園で何度か決闘をしたことがあるけど、構えだけでそこまで言って来る人は初めてだった。少し気分が高揚してしまった俺が珍しく自分から攻撃を仕掛ける。



 姿勢を低くして、重心を前に倒して移動する技術。一頭の牛のように舞台を駆け、思い切り刀をレイン先輩に振り落とす。



「やっぱり僕の思った通りだよ。噂に恥じない実力……だけど、まだまだ筋力が足りないね」



「え?」



 ロングソードで軽々と俺の攻撃を受けて見せたレイン先輩の纏う空気が一瞬で変わり、互いの力が拮抗して起こる震えが無くなってしまった。



「ふんっ!!」



「うお!?」



 次の瞬間、一気に力が増したレイン先輩に数メートル吹っ飛ばされる。その前に身を後ろに引いていたためダメージを最小限に抑えたけど、あの細い体からは信じられないほどのパワーだった。



「瞬時に後ろに飛んで威力を殺したか……中々やるね」



「それはこっちのセリフですよ。どんなトレーニングをしたらそんな細い体でこんなパワーが出せるんですか?」



「この戦いが終わったら教えてあげるよ。僕はいつでも大歓迎だよ」



「じゃあ……この戦いに勝ったらよろしくお願いします!!」



 これ以上ないほど気分が高揚した俺は再び舞台を駆け、大きく刀を振り落とす。今度は低い倍率で身体強化を発動させ、石畳の舞台を強く踏み込んで全力で振り落とす。


……しかし、レイン先輩はただ不敵に笑っているだけで難なく剣で受け止めて見せた。



――隼人よ、そこのレインという男は既に身体強化を発動させておるぞ。



――嘘だろ!? だってレイン先輩の霊力に動きはないぞ?



 霊力を消費すると霊力が乱れるので、少しだけでも変化が見えてしまうのだ。これは一流の使い手ほど変化に気づかせないものなのだが、ここまで気づかせない技術は見たことがない。



――この男は侮れん奴のようじゃのぉ。このまま行ったらもしかしたら負けるかもしれぬぞ?



――負ける? どういうことだ?



――あの男の霊力は隼人より多い。このまま徐々に身体強化の倍率を上げるという魂胆なのじゃろうが、そんなことをするなら倍率を一気に上げて勝負に行った方が身のためじゃぞ?



 正直、あまり気は乗らないけどティアの言っていることに間違いがないことは俺が一番よく分かっているので、一度距離を取ってから一気に倍率を高くした。あのままなら10分ほど持ったかもしれないけど、倍率を上げたことで霊力消費が激しくなりもって3分と言ったところだった。



「行きますよ先輩……ここからが本番です!!」



 そう意気込んだ俺はかく乱するためにあえて舞台上を駆け巡り、圧倒的スピードを武器に先輩を翻弄した。身体強化で動体視力も強化されるが、それでは見切れないくらい加速していき先輩が見切れなくなったタイミングで一気に攻め入る。



「……隙だらけですよ先輩。神風流剣術、“連鎖の舞”!!」



 耳元で囁くようにして言い、全力で刀を振る。いくら先輩でもさっきの動きを見切ることは不可能であり、連鎖の舞をまともに受けて起き上がれるわけもない。勝利を確信した俺は身体強化を解除し、刀を収めた。



 後ろで人が倒れたような音が聞こえたとこで後ろを振り返る。そこにはレイン先輩がうつ伏せで倒れている光景が映っているはずなのに、何故かレイン先輩は姿を消していた。



「……え?」



「いや~危なかったよ。ウィンディーネの水壁がなかったら間違いなく負けていたね」



「!!?」



 確かに、確かに俺は連鎖の舞を先輩に放ったはず。手ごたえをあったし外れたような感覚はなかった。しかし、その先輩は俺の目の前でうつ伏せになって倒れていることなく完全に勝利を確信して油断しきった俺の真後ろに笑顔で立っていた。



――……なるほどのぉ。この男、最初はなからその状態であったか。



 こんなにも黒い笑顔を浮かべる人間を見たことない俺は完全に恐怖に囚われてしまい、その場でしりもちをつく。どこか関心するように言っているティアの言葉も、半分以上聞こえてこなかった。



「何で僕が無事なのか分からないっていう顔をしているね。いいよ……折角だから教えてあげるよ」



 得意気になった先輩が指を立てて謎を解いていく。その言葉はただの皮肉で、俺のライフポイントをどんどん削っていく。



「この予選会の反則行為は『相手を殺すこと』、『棄権と言った相手を攻撃すること』、『薬や賄賂、自分の力以外で勝利すること』、『相手の心を必要以上に傷つけること』だったね。


 それ以外のことはルールに反しないからやってもいい。……僕の恰好はどうみても制服だけど、実は制服じゃないんだよ」



「ま、まさか……」



「そうだよ。僕はこの戦いが始まる前から第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを発動させていたんだ。霊力の乱れを悟られないように特訓してきたからね」



 饒舌になった先輩が全てを語った。さらに話を聞くと、先輩は対戦相手が俺だと分かると今まで俺が戦ってきた動画を何回も見直したらしい。そして俺は相手のことを分析しながら戦うということが分かったらしく、俺のことを動揺させるために最初から第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを発動させていたらしい。



「俺に『攻撃力が同じくらいかも』って最初に思わせて、少しでも霊力を消費させたかったんですね」



「そうだよ。僕と神風君に唯一勝っているところは霊力の多さだからね。剣の腕、戦略、咄嗟の判断、集中力、洞察力、どれをとっても君には勝てない。だからせめて分析出来ないように最初から第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを発動させていたんだ」



「最初の戦略は先輩の勝ちですね。それに……読み通り霊力を消費させることに成功したじゃないですか。


……圧倒的に有利なはずなのに、何で止めを刺さないんですか?」



 語っている先輩は何故か距離をとっていて、しりもちをついて完全に恰好の的状態の俺を目の前にしても攻撃をしてこなかった。すると先輩は再び後ろに下がり、もう一度話を切り出す。



「怖いんだよ。君の目が……」



「怖い?」



「完全に僕が有利……それは誰が見ても分かると思う。ここで止めを刺せば勝てるというところまで来ているのかもしれない。


 けど、それでも君の目はまだ諦めていないんだ。仮に90%僕が勝てる確率が存在したとしても10%負ける確率があるんだ。高確率で僕が勝つけど、その目がある限り10%の勝率を君が掴んでしまう気がするんだ」



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独立学園の魔術書 @cocoa41958

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