地下洞窟
「あれ……ここは?」
「お、目が覚めたか? 体の調子はどうだヴィネグレット?」
地下洞窟にまで落ちてしまった俺とヴィネグレット。ずっと気絶していたヴィネグレットが目を覚まし、戸惑いながら俺に場所を問いかけてきたので正直に淡々と答えた。
「ティア曰くこの島に広がる地下洞窟だそうだ。別名、“魔法使いの墓場”。実際試してみたけど、身体強化魔術から回復魔術と、あらゆる魔法が使えない」
「魔法が使えない……? そんな場所がこの世にあったの?」
不安そうな表情を浮かべながらも、まだ信じられないヴィネグレットは俺と同じように魔法を使おうとしたけど何度やっても結果は同じだった。霊力が枯渇したわけでもないのに発動することが出来ない魔法。日頃から魔法を使い慣れすぎている俺たちからしたら大ダメージである。
「話はすんだかのぉ? わしとしては一刻も早くここから抜け出したいのじゃが」
「ああティア。直ぐに行く」
「え? ティアちゃんは無事なの? 魔法が使えないなら召喚術も使えないんじゃ……」
少し離れたティアを指さして小首を傾げながら言ったヴィネグレット。確かにヴィネグレットの言った通り、ティアは霊体であり霊力の塊と言っても過言ではない。しかし、ティア曰く「そこらの霊体とは格が違う」ということらしいのでここでも実体化が出来るらしい。
このいつまでも鼻を突き抜ける血の臭いと独特と緊張感に慣れるのはもう少しかかりそうだけど、ティアを先頭にして俺たちはこの地下洞窟からの脱出を試みたのだった。
「……なんでこんなに血がたまってるんだ? 殺し合いでもやってたってのか?」
靴の中にしみ込んでしまうくらいには溜まっている血……それはまるで水たまりのようで、歩く度にパシャパシャという音が鳴り響いていた。冗談が入り混じった言葉を発すると、前を歩いていたティアが立ち止まり、後ろを振り返ってから真っすぐに目を見つめながら口を動かした。
「その通りじゃ。当時、この空間は対魔法兵器の一つじゃからのぉ。魔法が証明された当時はその力が異端と思われておったからのぉ……。魔法を使える者をここに連れ込み、そして虐殺したのじゃ。趣味の悪い者たちは、魔法を駆使して犯罪を犯した者同士をここに連れ込んで殺し合いをさせておったのぉ。
……長いこと使われていないようじゃが、今でも対魔法の兵器としては機能しているようじゃのぉ。お主らもここに連れて来られないようにするのじゃぞ」
……淡々と、一度も噛むことなく語ったティアの目は思わず身震いしてしまうほど冷たい目をしていた。服を掴みながら歩いていたヴィネグレットも手を震わせ、さっきよりも近くに寄りながら歩いていた。軽い感じでこぼしてしまったことを深く後悔し、少し重くなった足を動かして再びティアの後を追った。
「すまんのぉ。こんなに重い話をするつもりじゃなかったのじゃが……タイミング良く隼人が言ったもんでのぉ」
「別にお前が謝ることじゃねえだろ。別に言ってはいけないことでもないし……あのタイミングで口を滑らしちまった俺が悪いんだよ」
暗い顔をしているティアを励ますつもりで言葉を投げかけ、隣に寄り添うようにして歩く。ヴィネグレットはまだ恐怖を克服できていないのか、地震が起こった時よりも遥かにおびえながら俺の服を強く掴んだまま離さなかった。
暫く広い下水道のような道が続き、やがて水たまりのようになっていた血が地面から無くなって巨大な扉のような物が現れた。
「何だこの扉?」
「本来ならこれが正規の入り口、そして出口なのじゃ。長いこと利用されていないから大分錆びついておるが……まあ問題はないじゃろう」
そう呟いたティアは自分の何十倍から何百倍にもなる大きさの扉に手のひらをつけ、目を瞑って霊力を高め始めた。霊殺しのが本気で霊力を高めると、それはさっき起こった地震にも引けをとらないほどの衝撃がこの空間に伝わる。この地下洞窟自体が崩壊してしまうのではないかと思わせるほど揺れ、高めた霊力が莫大な破壊エネルギーとして放出された。
「……マジか」
触らなくても分かってしまうほど頑丈で、ティアの何百倍の大きさにもなる扉は見事に消し飛んで外の光が差し掛かっていた。天井からは無数の細かなガレキが落ちてきて、ティアが放った破壊の一撃がどれだけ強力だったのかを教えているようだった。
「今のは単純な変換に過ぎん。己の体内なかにある霊力を破壊のエネルギーに変換して放出するだけじゃ。属性も持たぬし、一番単純な魔法攻撃と言えるじゃろうな」
「霊力を破壊のエネルギーに変換して放っただけだったらそんな威力は出ないんだよ。……まあ、多分変換するときの術式とかが違うんだろうけどな」
魔法というのは霊力に術式を加えて変換するものであり、今のは単純な無属性の破壊のエネルギーへと変換する術式である。魔法の属性は多種多様に存在し、炎のエネルギーに変換したいならその変換術式を霊力を加えればいいのである。
「まあ脱出できたからそれでいいか。取りあえず色々と疲れたからもう家に帰って寝たいな」
「私ももう疲れた……隼人~おんぶして~」
すっかり元気を取り戻したヴィネグレットが子供のように手を伸ばしてくる。そんなヴィネグレットの手を軽くたたき、「いい子だから我慢しなさい」と母親のように言った。すると、何故か不敵な笑みを浮かべるティアが目の前にいた。
「まだ終わりではないぞ? 確かに脱出は出来たが……ここには対魔法兵器が置かれておる。入り口は特に警備が多くてのぉ。
大・き・な・音・な・ど・た・て・た・ら・自・動・で・シ・ス・テ・ム・が・発・動・し・、・何・か・や・っ・て・く・る・か・も・し・れ・な・い・の・ぉ・」
「……はい?」
不敵な笑みを浮かべながら悪戯をするように並べられた言葉。その言葉が真実なのかそうでないのかは分からないけど、どこからともなくカシャ、カシャっとロボットが歩いているような音が聞こえていた。心臓の鼓動を大きくしながら身構えていると、さっきまで小さな子供のように元気だったヴィネグレットが服を引っ張ってきた。
「ねえ隼人……あの白いの何だと思う?」
「し、白いの? なんの話――って、何だあれ!?」
震えた手で指を差す方向に目を向けてみると全身が骨、いや……目だけ血走ってる骨だけの人間?が剣を持って何十体もこちらに向かってきていた。
「ちょ、ティア!! あれは一体何なんだ!?」
「あれはボーンゴーレムじゃのぉ。この洞窟の警備隊の一種と考えるのが普通かのぉ。その名の通り全身が骨で構成されているゴーレムで、高い耐久性……特に魔法耐久性に優れてる奴じゃ」
「魔法耐久に優れてる!? 天敵じゃねえかよ!!」
「だから“対魔法兵器”と言ったじゃろうに。もちろんピンチになったらわしも力を貸すが……今回は二人じゃからいけるじゃろう?」
そう言い捨ててティアは高見の見物と言わんばかりに跳躍し、何かの機械の上でくつろぎ始めた。今更「無理」とも言えない俺は覚悟を決め、いつでも腰に下げている日本刀を抜いた。対魔法兵器で魔法耐久に優れていようとも、俺が使える攻撃魔術と言えば身体強化くらいなので結局は自分の手で戦っている。
今まではずっと魔法を使えない地下洞窟に居たけど、今は一応外に出ているので身体強化も発動できるということだ。
「ヴィネグレットはもう少し落ち着いてから手伝ってくれ。最初は一人で頑張っとくから」
「え? ちょ、ちょっと隼人!!」
「じゃあちょっと行ってくる」
日本刀を構え、身体強化を発動していざ向かって来るボーンゴーレムに斬りかかる。持っている剣で受けられると思っていたけど、何故か微動だにしないボーンゴーレムを難なく一刀両断する。もっと堅いと思っていたけど、召喚霊の武装に比べると随分柔らかかった。
「何だこいつら? 意外と脆いな……」
言うほど堅くないことに味を占め、次々と切り倒していった。どういうわけか分からないけど持っている剣で受けようとしない。少し違和感を抱きながら次々と切り倒していくと、突然足に斬られたような痛みが走る。
「!!? な、なんだこれ……!!」
頭を下げてみるとさっき切り倒したボーンゴーレムが持っていた剣で俺の足を切っていた。地面を這いつくばりながら持っている剣を振り回す。取りあえず痛みに耐えながら這いつくばっているボーンゴーレムを蹴っ飛ばし、一度距離をとった。
「そうか……ゴーレムだから命が存在しないのか。一番大事なところを忘れてた」
「そろそろ手伝えるよ隼人。やっと震えが止まってきたからね」
「助かるって言いたいところだけど……あのゴーレムは魔法耐久がかなりあるから、もしかしたら意味がないかもしれないな」
「そんなのやってみないと分からないでしょ! 第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン、サラマンダー!!」
そう叫んだヴィネグレットの霊力が高まり、気温がぐんぐん上がり始めた。ヴィネグレットの持ち霊はサラマンダーで、炎を操る霊体であり炎によって作られている武装の温度が外に漏れているのだ。サラマンダーのような鱗をその身にまとい、持ち武器は槍だった。
「武器は見たことあるけど防具の方は見たこと無かったな。サラマンダーってそんな感じだったんだな」
「なに隼人~。今更私の魅力に気づいたの?」
「褒めてやろうと思ったけどやっぱりやめとく。取りあえずこの傷治してから参戦するから、暫くは一人で持ってくれ」
「了解。私に任せておきなさい!」
自信満々に答えたヴィネグレットは満面の笑みを見せるとすぐさまボーンゴーレムの軍勢に立ち向かっていった。初等部の頃から一緒だけど、こうやって第三者の視点でヴィネグレットの戦いを見るのは初めてである。
魔法耐久に優れていると言われているボーンゴーレムにどう戦うのか、少し興味が湧いてきた俺は傷を治す速度をわざと遅くした。
「どきなさい!!」
向かって来るボーンゴーレムにそう言い捨てたヴィネグレットは自身の槍を思い切り薙ぎ払う。あえて足を狙い、目線が低くなったところで再び薙ぎ払って顔面を破壊する。魔法耐久に優れている故に、炎のダメージは全く入っていないが純粋な破壊力で全てを根絶やしていた。
「……顔面を破壊すれば行動不能になるのか。それにしてもヴィネグレットのあの動き……」
少し離れた場所からヴィネグレットの動きを観察していたけど、どこかで見たことがあるような体の使い方だった。槍を使う者とはよく戦ってきたけど、一度対戦してきた人で似たような体の使い方をする人を覚えているからだ。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
気合を入れるような叫び声をあげると共に槍に霊力を込めるヴィネグレット。すると槍が炎を纏い、その状態で再び襲い掛かってくるボーンゴーレムを薙ぎ払う。今までの攻撃では全く炎のダメージが入っていなかったけど、槍に炎を纏わせるとボーンゴーレムはまさに消し炭になっていた。
「これ……俺が出る幕ないな」
そう確信した俺は持っている日本刀を鞘に戻し、それを腰に下げた。焦げ臭いが鼻に充満するのを我慢し、この戦いが終わるのを黙ってじっと待っていた。
――隼人は何もしないてよいのかのぉ? 女子に守られるというのは嫌ではないのか?
――別に良いわけでもないけど、嫌ってわけでもないな。守られているのは楽だし。けど……守られっぱなしは少し嫌だな。
――面倒な奴じゃのぉ。まあ、お主が考えている通りこの戦いはあの娘一人で十分じゃな。思いの外良い動きをする人間じゃ。
――お前が褒める何て珍しいな。どういう風の吹き回しだ?
――ただの気まぐれじゃ。あの娘の戦いがわしの気を変えただけじゃ。
高見の見物にも飽きてきたらしいティアが頭に直接話しかけてきて、俺もそのままの場所で言葉を返す。暫く他愛もない会話をしていると、かなりの数がいたはずのボーンゴーレムを綺麗サッパリ消し炭にして全てが原型を留めていなかった。
この辺一帯の気温は一気に上昇し、何もしてなくても汗が止まらないくらいの気温にはなっていた。焦げている臭いが鼻を突き抜け、戦いを終えたヴィネグレットは第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを解除させて笑顔のままこちらに向かって来る。
「お待たせ隼人~。少し時間かかちゃった」
「お帰りヴィネグレット。じゃあ……帰るか」
「うん!!」
今日一番の笑顔を見せて俺とヴィネグレットは帰った。ティアはいつの間にか俺の体内なかに潜んでいて、帰り道を丁寧に教えてくれた。丁度出るというところで急に手を握ってきたヴィネグレット。いきなり握ってきたことに少し驚いたけど、俺が握り返してみるとヴィネグレットは顔を茹でたタコのように赤く……そして幸せそうに微笑んだ。
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