遊び、事件……時々地震

「ほら隼人ー。早くしないと置いてっちゃうわよー」



「ちょ、ヴィネグレット……何でそんなに歩くの早いんだよ!!」



「早く行かないと今日中に回りきれないでしょー! いいから、もっとペース上げなさいー」



 1000を越える学園と街があるこの島、俺は魔法祭の準備期間だというのに朝早くにヴィネグレットに起こされ、こうして最近オープンしたショッピングモールに付き合わされていた。


 女というのは、なぜこういうときの動きが俊敏なのだろうか。息を切らしながら持たされた荷物を両手に下げて、俺はヴィネグレットを追いかける。



「それにしても隼人。あんたは何も買わなくていいの?」



 立ち止まったのはメンズ服の店。男性用の流行りの服がおいてあり、全く興味のない俺でも分かるほどオシャレだった。尋ねてきたヴィネグレットに対して少し申し訳なさそうに真実を伝える。



「買わないんじゃねえよ………買えないんだよ。ティアの食べるプリンの量が半端なくてさ。毎月生徒手帳に振り込まれてくる金も、殆どティアのプリン代で消えるんだよ」



「へえ……ティアちゃんってプリン好きなんだ。それで? あんたはなに食べてるの?」



「………モヤシ」



「は?」



「だからモヤシだよ! モ・ヤ・シ! あの白くて細くてシャキシャキしてるやつ!」



 そう言うとヴィネグレットが「嘘でしょ………」というような顔を浮かべる。馬鹿にするとか、見下すような顔ではなく純粋に憐れんでいるような顔をしていた。心のライフポイントが削られたところで、メンズ服の店を素通りする。



「モヤシって大丈夫? 隼人って魔法祭に出るんでしょ!?」



「何で知ってるんだよ。魔法祭のことは誰にも言ってないはずだけど?」



「えっ? そりゃあもちろん聞き込み………って、そんなこと私の勝手でしょ! それより体は大丈夫なのって聞いてるの!」



 一瞬タコのように顔を赤くしたヴィネグレットは言葉に迷うようにして口をモゴモゴと動かし、指を差してきながら話をはぐらかす。納得しているわけではないけど、これ以上変なことを言ったら絞め殺されそうなので黙って答えることにした。



「体は別に大丈夫だよ。魔法祭まで時間もあるし、モヤシは食べてるから空腹に耐えられないわけじゃないからな」



「栄養が全く取れてないじゃないの………。全く、少しは頼ってくれてもいいのに………」



「ん? なんだって?」



「な、なんでもないわよ!!」



 最後の方にぼそぼそと何か呟いた気がしたから尋ねてみたけど、何故かヴィネグレットは頬を少し赤らめながら叫んできた。そのまま先に行ってしまい、俺は急いでヴィネグレットに追いつこうとする。



「あ、そうだヴィネグレット。何でお前は魔法祭に出ないんだ? 素行とか学力はともかく、召喚術の腕だけなら学年トップクラスだろ?」



「私? 別に……強制じゃなかったし、先輩たちに勝てる気もしないしね」



「そうか。まあ、出る出ないは人それぞれだしな」



 他愛もない会話をしながらショッピングモールを歩いく。周りの人から見たらカップルに見えるのかもしれないけど、本当はただの荷物持ちに駆り出されただけである。ため息をつきながらヴィネグレットの横を歩いていると、俺の体内なかでいつになく真剣な表情をしたティアが話かけてきた。



――隼人よ。もう少し真ん中に寄るのじゃ。もちろんそこの娘も連れてな。本来ならここから外に出るのが最善じゃが、そんな時間はないからのぉ。早くそこの娘を連れて中央に行き、衝撃に耐えられるような体勢をとるのじゃ。



――な、何だよ突然……。いきなりどうしたんだ?



 どこか焦っているような口調のまま言葉を並べたティアを落ち着かせようと聞き返すが、返ってくる言葉は全く同じだった。納得しているわけではないけど、このまま無視したらティアが機嫌を損ねてしまいそうなので隣を歩くヴィネグレットの手を握って、指示通りショッピングモールの中央へと移動する。



「え? ちょ、ちょっと隼人!? いきなりどうしたの?」



「悪い。少しの間だけ我慢してくれ」



 いきなり手を握ったので驚いてしまったヴィネグレットが恥ずかしそうに答えるけど、俺もティアからの説明を受けていないので詳細を教えることが出来なかった。ヴィネグレットの手を握って見ると意外と柔らかく、温かくて女の子なんだと思わせるような感触だった。



 ティアの指示通り中央の方に移動してある程度の衝撃に耐える体勢をとった。いきなりショッピングモールの中央に移動したことに小首を傾げているヴィネグレットに若干の罪悪感を抱きながら何かが来るのをずっと待っていた。



「ねえ隼人。いきなりどうしたの?」



「え? ああ……これから何かが来るんだよ」



 俺自身も何が来るのか分かっていない状況なので少し答えをはぐらかしながら言った。これで何も来なかったら今日のプリンはお預けだ。



――何てことを考えてきた刹那、それはやってきた。災害……そう。“地震”だった。大地震とまで言うのかどうかは分からないけど、歩いていた人が思わず倒れてしまうくらいには揺れていた。店に並べられている用品も棚から落ち、天井についていた電灯がかなりの速度で落ちてきた。



「な、なにこれ……ねえ隼人!」



「少し落ち着け。ここなら何も倒れてこないから大丈夫だ。上から落ちてくる電灯に関しては日本刀これで何とかする」



 いつも元気いっぱいで男勝りな部分があるヴィネグレットからは想像もできないほど弱気で、服の袖を掴んでいる手の震えが止まらなかった。これがもし巨乳女子だったら腕に胸が当たっていたかもしれないのかなあとか思いながら心の中でティアに感謝していた。



……暫くして揺れが治まり、ようやく立っていられるようになった。



「お、治まったの?」



「そうみたいだな。ここから出たい気はするけど、多分めちゃくちゃ混んでるだろうし、また地震が来るかもしれないから暫くは大人しくしてた方がいいかもな」



「そう……」



 無意識なのか意識しているのか、揺れは無くなったというのになぜか揺れている時よりも距離が近かった。服を掴む面積も広くなっていて、まだ手を震わせていた。人が変わってしまったのではないかと思わせるほど静かで、サラマンダーを召喚して戦う召喚術師のようには見えなかった。



「は、隼人……隼人は地震が来るのを分かってたの?」



「え? あ、分かってたわけじゃないけど、ティアが教えてくれたんだ。説明してる暇はないから取りあえず真ん中の方に行けって」



「そっか……ティアちゃんが教えてくれたんだ。今度お礼言っておかないとね」



「一体どうしたんだ? 何か変だぞ?」



 地震が来てからヴィネグレットはどんどん弱気になっていて、揺れが治まった今はこれ以上ないほど落ち込んでいた。……これでも初等部の頃から一緒なのでヴィネグレットの表情一つである程度のことは読み取れる自信はあった。


 そしてそれを分かっていたのか、ヴィネグレットはぽつぽつと涙を流すようにして話を切り出した。



「今日、私がここに隼人を連れてきたからこんな危険な目に合わせたから……申し訳なくて」



「……」



 悲しそうに、今にも涙を零してしまうほど瞳を濡らして話したヴィネグレット。何か励ましの言葉をかけるべきなのだろうけど、こんな時にどんな言葉をかければいいのか分からない俺はただ黙って聞いていることしかできなかった。


 心の中に居る自分が「何か言え」と言って来るようだけど、これ以上ヴィネグレットを傷つけてしまったらどうしようという中途半端な気遣いが邪魔して何も言えなかった。



「ごめんね隼人……私のせいで」



「別に地震が起こったのはお前のせいじゃねえよ。それに……もしヴィネグレットが俺を誘わなかったら、お前を助ける奴が居なくなっちまうだろ。だから……そんなに気にするな」



 無意識に伸びてしまった右手がヴィネグレットの頭に触れていて、猫のように優しく撫でていた。するとさっきまで虚ろな目を浮かべて落ち込んでいたヴィネグレットの顔にようやく色が見えてきた。励ますことに成功したとガッツポーズを心の中でしたところで、再び俺の体内なかで血相を変えたティアが叫んだ。



――隼人!! 早くそこから離れるのじゃ!!



 さっきよりも激しく動揺していて、とても慌てているということが読み取れる言い方だった。何故かと聞き返そうとしたところで、耳を塞ぎたくなるような鈍い音が響く。



「ね、ねえ隼人……これって」



 不安そうな声をあげるヴィネグレットが下の方に目線を下げるので、釣られた俺も同じように下の方に目線を向ける。


……自分たちのやや先にあるのは亀裂だった。さっきの地震によって生じたと思われる亀裂は徐々にこちらに向かってきていて、粉砕されてしまったように一気に周囲に亀裂が広がる。



「!!?」



 次に気が付いた時には広がった亀裂が足元まで来ていて、亀裂が入り組んでいる地面は俺とヴィネグレットの体重によって崩れていき、ショッピングモールの下に広がっていた空間へと放り込まれてしまう。



「マズイ……ヴィネグレット!!」



「隼人!!」



 崩れ落ちるガレキと共に重力に従って落ちて行く俺とヴィネグレット。無数のガレキの影に隠れるヴィネグレットが段々と見えなくなってしまい、何とか助けようと身体強化を発動して落ちるガレキを足場にしてヴィネグレットの元まで急ぐ。



――出来ればショッピングモールまで行くのじゃ。下に行ったらめんどくさいことになってしまうぞ!



――分かった。ヴィネグレットを助けたら残りのガレキを足場にして上へ向かう!



 下に行ってはいけない理由がよく分からなかったけど、それに従うことしかできない俺は重力に従って落ちて行くヴィネグレットをお姫様抱っこのようにして抱え、残りのガレキを足場にして上へと急ぐ。自分が落ちて行くという恐怖に襲われてしまったヴィネグレットはすっかり気絶してしまい、大きな人形のように目を閉じたまま動かなかった。



「よし。ここまで来れば……え?」



 もう一回跳躍すれば戻れるというタイミングで、何故か身体強化が解除されてしまう。霊力はまだ余分にあるというのに、何故か身体強化が解除されてしまった。それだけでなく解除された身体強化を再び発動させることが出来なかった。



「な、なんだよこれ!!」



 あと一歩……あともう少しで地上に戻れたというのに、突然襲い掛かったのは強制的な魔法解除だった。霊力を消費することで発動できる魔法が、この時は使うことが出来なかった。魔法を発動できないという絶望感に襲われた俺は、初めて体験する下降時間が長いことを実感しながら重力に逆らうこと無く真下に落ちて行った。



※※※※





――次に目を覚まして広がっていた景色は暗闇だった。水の中に入った覚えなんてないのに濡れている体から漂うのは、周囲に充満しているのと同じ血の臭いだった。



「た、確か……ショッピングモールで地震が起こって、それから地面が崩れて真下に落ちたんだっけ」



 重い重い体を起こして過去を振り返った。少しでも自分を落ち着かせようと過去を振り返り、ヴィネグレットのことを思い出した俺は急いで周囲を見渡す。意識を失う前まで抱えていたはずのヴィネグレットのことを思い出したのだ。



「何だそこに居たのか」



 見渡すほどでもなかった。ヴィネグレットは俺の直ぐ横で未だなお目を瞑ったまま眠っていた。こういう時は拍子抜けという表現が正しいのだろうか。取り合えずため息が出てしまうほど安心した。



「目が覚めたかのぉ」



「て、ティアか……外に出てるのは珍しいから誰かと思ったぜ」



 前からひたひたと歩いてきたのは霊殺しという異名をつけらているティアだった。心底安心した俺は再び大の字になって寝転び、大きなため息をつく。



「ティアはここがどこか分かってるのか?」



「ここは地下じゃ。この島に存在する地下洞窟みたいなものじゃな……。別名“魔法使いの墓場”とも言われておる」



「……は?」


 冷たく、吐き捨てるように……突き放すように言ったティア。冗談であってほしいと心の底から願ったけど、ティアの表情と口調を伺うだけでその言葉が冗談でないことは痛いくらい理解していた。



……たった一回の災害で、俺とヴィネグレットはとんでもないところに足を踏み入れてしまったのだった。



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