歴史的快挙
――目を覚まして映った景色は真っ白な天井だった。ふかふかで温かいベッドの上で横になり、絶妙な室温と薬の匂いが目立つ心地よい空間だった。
しきりのカーテンがより個室感をくすぐり、余計に眠気を誘ってくる。
「おっ? 目が覚めたかのぉ」
突然腹部から黄色い粒子が現れ、それに包まれながらティアが心配そうな顔を覗かせる。涙目の可愛い幼女ほど尊い存在はないと改めて自覚することとなった。
「もう大丈夫だ。傷もなんか………治ってるみたいだし」
布団をはぎ、そのあとに制服をたくしあげて傷を確認する。しかし、さっきの戦いでついたはずの傷は痛みと同じようにきれいさっぱり無くなっていた。するとティアがない胸を張って腰に手をつけながら言う。
「わしにかかればあの程度の傷など一瞬じゃ。それより、克己という男にはお礼を言っておくのじゃぞ? 気を失った隼人をここまで運んだのはあやつじゃからな」
「その克己はどこに行ったんだ?」
「今はもう昼休みも終わって午後の授業が始まっておるわ。この医務室におった人間は先程どこかに行ったがのぉ」
しきりのカーテンを開けてみるとティアの言った通り誰もいなかった。薬の匂いがしたのは棚に多くの薬が常備されているのが原因で、絶妙な室温に調節されているのは、自動適温調節機能が搭載されているエアコンが設置されているからだろう。
医務室の人間というのは恐らく、医務室担当の先生だろう。さすがに黙って出ていくわけにもいかないので、俺は先生が戻ってくるまでこの贅沢な空間を満喫することにした。
「でもこの居心地の良さは反則だな。何でこれでサボる奴がいないんだ?」
「この医務室には入り口に体調を計測するセンサーがついておるからのぉ。仮病はこの医務室には通用しないのじゃ」
一度まばたきをしたティアが答えを返す。改めてカーテンを開けて確認してみると、確かに入り口にセンサーがついていた。
「この学校は厳しいのかルーズなのかわからねえな……」
「自由な学園ではあるじゃろう? 召喚術が使える学園など、この島に建設されている学園だけじゃからのぉ。お主たちは世界が求めている可能性と言っても過言ではなかろう」
幼女な外見とは裏腹に大人びな言葉を並べ、そしてそれが胸に深く突き刺さる。節々に棘があり、それが刺さるのではなく一本の矢なように的確に的を射てくるのだ。
まくらに頭をつけて再び天井とにらめっこをしていると、俺の上でアヒル座りをしたティアが顔を近づける。
「密室の空間で二人きり………それが男女というなら、やることは一つじゃろう隼人よ」
顔をタコのように赤くして照れながら言っても全く色気が出ていなかった。外見に台詞が一致しなすぎているので、こんなことを言われても可愛いという感情しか生まれてこない。だから俺は恥ずかしさに耐えて頑張って行ったティアの頭を優しく撫で、優しく微笑みながら言った。
「そういうことはまた今度な。俺は寝るから」
「~~~~!!?」
声にならない叫び声をあげたティアを見たあと、堂々と二度寝をしようとした俺は布団を被って文句を言って来るティアの声を遮断した。小さな手でポカポカと叩いてくるけど、腕にハエが止まった程度の感触しか伝わってこない。
暫くすると声が聞こえなくなり、布団越しで体を殴っていた手も止まっていた。完全に眠ったわけではない俺は恐る恐る布団から顔を出して確認してみると疲れ果てて気持ちよさそうに寝息を立てているティアの姿がそこにはあった。こうして見ると本当にティアは美少女だ。神様にこの上ないくらい愛されたような造形をした顔、そしてさらに大人形態に変化することもできる。
……正直、何故俺と契約を交わしたのかが分からない。色々な気持ちが溢れる中、再びそっと手を伸ばしてティアの頭を撫でる。すると気持ちよさそうに目を閉じたまま笑い、俺の胸は爆発する寸前だった。
「はっ!? 危ない危ない……」
あと一歩正気になるのが遅かったら本当の意味でティアに手を出していたかもしれない。取りあえず、この状況を誰かに見られたら破滅は逃れられないので、眠るティアを優しく抱きかかえて隣に寝かす。寝息がかかってしまうほど近く、小さな子供特有の体温が伝わってきてとても幸せだった。
天然の極上湯たんぽを手にした俺は再び深い眠りにつくことにしたのだった。
※※※※
「神風君。起きなさい、もう放課後ですよ」
「……ん? 放課後……?」
どこか聞き覚えのある声、しかし何故か違和感を感じる声が耳に届いた俺はようやく目を覚ます。言われた言葉を繰り返しながら目を開けるとそこにはナースの恰好をして理事長の姿があった。
「~~~~~~!!!?」
突然襲ってきたのは吐き気だった。驚き、呆れ、疑問、そんなことを通り越していきなり襲ってきた吐き気。いっそ理事長に向かって吐いてやろうかと思ったけど、仮にもこの学園の主権者なのでそんなことは出来なかった。
「やあごめんごめん。少しからかいすぎたね。あ、嘔吐物はこれに向かって吐いてね」
持ってきてくれた洗面器に遠慮なく嘔吐物を吐き散らかし、薬の匂いが漂っていた医務室が一瞬で俺の嘔吐物特有の鼻を刺激するような臭いが充満してしまった。
「な、何で理事長がここに居るんですか?」
「何でって? 先輩に絡めた友達を助けるために傷を負った生徒の様子を見に来るのはおかしいことかい?」
「ああ……全部知ってるんですね」
早着替えしてナースの状態ではなくなった理事長はたった一言で全て知っているということを俺に悟らせた。まるであの戦いを見ていたかのように語る理事長が段々怖くなり、寒気で体を震わせた。
「そんなに怖がることじゃないよ。僕はこの学園で起こったあらゆることを知っているからね。本来、講師の監視がない状態で戦いをしてはいけないんだよ。克己君もそこは分かっていたようだけど、相手が召喚術を使ってきたから致し方なく使ったんだろうけどね」
「つまり克己は謹慎処分ですか?」
「そんなことはしないよ。僕は全てを見ていたからね……謹慎処分にするとすれば、彼と君に絡んだ二年生だね。そして……僕が君のところに来た理由は他にあるんだよ」
背中を向けながら首を回して顔だけをこちらに向けた状態で気味の悪い笑みを浮かべた。蛇に睨まれてしまった蛙ように動けなくなってしまった。体を起こしたというのに、まるで動かない体に苛立ちを覚えながらも隣で眠っているティアのことを隠していた。
「今まで君は鍵の力を借りて勝利していたようだけど、今回は本当の意味で己の力のみで勝利をした……これは歴史的快挙だよ。それに、まだまだ未熟とはいえ君が戦った二年生のデュアル君はミノタウロスの召喚術師だ。属性こと無ではあるが、その分身体強化の倍率は他の召喚霊と比べても群を抜いている」
「……」
いつもより饒舌の理事長はどんどん話を進め、遮ることもできない俺は黙って理事長の話を聞いていた。時々瞬きをしながら話を聞いていると、理事長が突然話を切って一度大きく息を吸い込む。その瞬間空気が変わり、謎の緊張感と圧力が俺を襲う。
心臓の鼓動がどんどん加速していくなか、殺し屋にも引けを取らないほどの殺気をまき散らす理事長。
「……ここからが本題だよ。君は本当に何者なんだい? ただの身体強化だけでは説明できないことを君はやったんだよ。今まで沢山の人に出会ってきたけど、本当に己の力のみで召喚術師に勝った者は見たことがない。君は……一体何者なんだい?」
何度も何度も同じ質問をしてくる理事長。少し答えに戸惑ったけど、ただの人間……召喚術さえも使えないただの人間と答えるしか俺にはできなかった。
「ただの人間……か」
それを聞いた理事長はどこか腑に落ちない顔をしたまま考える素振りを見せた。すると、そのタイミングで今まで眠っていたティアが目を覚ます。目を擦りながら寝ぼけまなこのまますっと制服の袖を引っ張る。
「隼人……もう寝なくてよいのか?」
「もう放課後らしいぞ。早くしないと特売プリンを買い損ねるぞ」
「何じゃとぉぉぉぉぉぉぉ!!? おい隼人よ! 何故今すぐ帰らんのじゃ! プリンを買い損ねたらどうするつもりなのじゃ!!!」
たった一言言っただけなのに眠気が一瞬で飛んでしまったようにぱっちりと目を開けて子供のように腕を引っ張ってくる。横で考える素振りを見せていた理事長は嫉妬をするように指を噛み、羨ましいそうに俺を見つめていた。
「やあ、久しぶりだね」
「何じゃお主か。隼人と何の話をしているのかは知らないが、早く帰らすのじゃ。早く帰らせないとプリンが売り切れてしまうぞ~~~!!」
「その前に少し聞きたいことがあるんだよ。君は……鍵は神風君がただの人間だと思えるかい?」
「……どういう意味じゃ?」
さっきまでプリンプリンと子供のようにはしゃいでいたティアが理事長が放ったたった一言で静かになり、噛みつくような態度で聞き返す。
「そのままの意味だよ。それに、僕はまだ疑っているんだ。鍵がただの人間と契約を交わしたこと自体にね……。何か他に特別な理由があったとしか思いつかないんだよ。僕はそれが知りたい……単純な話だろ?」
「悪いがお主が期待しているような答えは返せそうにないのぉ。こやつは……隼人は本当にただの人間じゃ。そして、我はそんな隼人に惚れたのじゃ。無い答えを見つけのではなく、目の前の可能性を信じる方が良いのではないのかのぉ」
「……なるほどねえ。君がそこまで言うのなら、神風君は本当に人間なのだろう。そこは信じるけど、鍵がただの人間に惚れて契約を交わしたという所はまだ信じないからね。
さて、もう放課後だねえ。来週からは魔法祭の予選が行われるから明日からは準備期間として授業は休みなんだ。今日はもう帰ってゆっくり休むといいよ。魔法祭予選を楽しみにしてるからね」
最後にそう告げた理事長はどこか哀しい背中を向けたまま医務室を出て行った。するとティアは邪魔ものが消えて喜ぶようにベッドの上でぴょんぴょんと跳ね、プリンプリンと連呼してくる。はしゃぐティアを適当に宥め、既に慣れた廊下を歩いて慣れた帰り道を通って常連となったスーパーへと向かってプリンを購入する。
スーパーを出たら夕日が空を茜色に染めていて、写真に残したいほど綺麗な空を描いていた。暫く綺麗な夕日空を見上げていると、ティアがプリンが入っているスーパーの袋を取り上げて走り出す。
「あ、こらティア!」
「はははーん。油断したのぉ! これでプリンは全てわしのものじゃ!」
「ちょっと待て! その袋には俺の命の生命線であるモヤシも入ってるんだよ!!」
タイムセールで安くなっているモヤシ(一袋5円)を取り返すためにティアとの鬼ごっこは始まってしまった。夕日がそんな俺たちを優しく見守るようにずっと茜色の空を描いていて、俺とティアの笑い声が響いた。
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