無召喚の剣士

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 先輩がハンマーを掲げ、それを真下に振り落とす。爆発音にも似た音が響き渡り、再び大きなクレーターをグラウンドに作ってしまう。元々少ない霊力を無駄にすることが出来ない俺は紙一重でその攻撃を回避するしかなかった。



「どうした一年。逃げてるだけじゃねえか」



「そりゃあ召喚術が使えないですからね。逃げることしかできないんですよ」



「召喚術が使えない!? ハハハ!! 俺も舐められたものだな」



 大きな笑い声をあげて馬鹿にする先輩。どうやら俺が“無召喚の剣士”と呼ばれていることを知っていないようだ。


 一度距離をとった俺は再び刀を構える。すると先輩は重いハンマーを置きっぱなしにしたまま肉弾戦を挑んできた。



「え?」



 いきなりのことで処理が追い付かない俺は接近してきた先輩の拳を一撃もらってしまった。ただのパンチと言えど、第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンの状態では攻撃力が飛躍的に上がるので尋常ではない痛みが俺を襲う。内臓が口から出てきてしまうほどの圧力を体内に受け、たった一発もらっただけで意識を持っていかれそうな勢いだった。



――油断をしているからじゃな。いつもの隼人ならあんな攻撃程度目を瞑っていても躱せたことじゃろう?



――!!



 意識が遠くなっていこうとした瞬間ティアの声が頭に響き、目を覚ます。目を開けて映った景色は畳みかけるように次々と拳を向けてくる先輩の姿で、一瞬で身体強化を発動した俺は向かってきた先輩の拳を片手で受け止める。



「……」



「死んだんじゃなかったんだな。まあ、それでこそ潰しがいがあるんだけどな!!」



 無言で拳を受け止めたことに動揺することもない先輩は置きっぱなしにしていたハンマーを取りに行き、再び高くハンマーを掲げる。



「今度は本気でやってやるよ。でもな、これは教育だから仕方ねえんだ!!」



 心底楽しそうにハンマーを掲げたまま走り、俺目掛けて振り落とす。さっきまでの俺だったら確実に喰らっていたかもしれないけど、ティアに言われて目が覚めた俺は自分でも驚くほど冷静で目の前の景色がスローモーションのように遅く見えた。



「……」



 無言のまま最小限の動きで攻撃を回避し、そのまま攻撃に徹する。武装のところを斬っても傷一つつかないので、狙うのは武装がされていない関節部分。刀というのは斬るためだけではなく、狙った対象物を突く時にも使われる。



――ハンマーを振り落とすことに体重、意識、手を使ってしまった先輩の肩関節目掛けて刀を突く。



「ぐっ!? いってえええ!!」



「あれ? どうしました?」



「てめえ一年!! もう許さねえ!!」



 嘲笑うような口調で適当な言葉を並べるとそれに乗っかってきた先輩が実に単調な動きでハンマーを振り回す。小さな子供が人形を振り回すように単純な攻撃を、俺は跳躍して回避して刀を振りかざした。重力加速度を味方につけ、回転して遠心力をも味方にする。



「神風流剣術、円廻!!」



 叫んでいざ先輩の体を斬り刻もうとした。その刹那、俺の足に銃弾が貫通する。



「!!? がっ、な、何だ……?」



 銃弾が飛んできた方に視線を向けるともう一人の先輩が自分の持ち武器である小型銃器の銃口を俺に向けていた。銃口からは銃弾を発射させたときに生じる煙が溢れていて、見下すような顔をしていた。



「そんなの卑怯じゃ……」



「どうした一年。たった数回の攻撃を避けただけで天狗になっちまったのか?」



 下にいる先輩はバットのようにハンマーを構えていつでも打つ準備は整っていた。足に銃弾が着弾し、小さな穴から血があふれ出る。生温かくて気持ち悪い感触がくるぶしに伝わり、遠心力も重力加速度もまるで意味がなかった。



――ただ朽ち果てた葉のように落ちて行き、出来ることと言えば先輩のハンマーのダメージを軽減させるために刀を盾のようにして使うことしかできなかった。



「じゃあな一年!! これで教育は終いだ!!」



「――!!?」



 強烈な一撃が盾として使った刀をもろともせず肉体へと伝わる。ハンマーの重さ、攻撃力の高さを実感する一撃は俺の腹へと放たれ言葉では言い表すことのできない痛みが襲い掛かった。何メートル、何十メートル吹っ飛んでしまったのか知らないけど、既に俺の体は限界だった。



「や、やべえ……まともに喰らっちまった」



 刀に全体重をかけるようして立ち上がり、目にかかる血を手で拭きはらった。口、肩、頭、足などと至るところから血があふれ出ていて、頭が上手く回らなかった。



――……なるほどのぉ。さすがにわしも甘く見すぎておったわ。



 俺の体内なかで心配そうな表情を浮かべながら話すティア。余裕そうに、いつも笑顔の絶えないティアからは想像もできない顔だった。



――あやつらがまっとうに一対一をするわけがないことは分かっておったはずなのにのぉ。わしがつまらない束縛をしたから隼人を傷つけてしまったのぉ。



 いつになく弱気で似合わない言葉をなげかけるティア。俺の体内なかで涙を流しながらずっと謝罪をしてきた。自分のせいでこうなった。自分が変な条件を出したから俺を傷つけることになったと。泣きながらずっと謝ってくるティアを見ていると、必然的に罪悪感が生まれてくる。



――俺がこんなに傷を負ってるのはお前のせいじゃねえよ。単純に俺の力が足りなかっただけだ。……安心しろ、これから頑張って勝ってやるから。



――わしも全力で力を貸すぞ? 合図さえくれればいつでも――



――お前の力なんて借りねえよ。二対一だろうが、自分の力だけで勝ってやる。ようやくお前の言ってたことが分かったところなんだ。



 泣いているティアを元気づけるようにして言い切り、再び刀を構える。気を失いそうな痛みを負っていたとしても、その痛みが強く俺の背中を押してくれていた。霊力も中途半端に消費してしまい、血を大量に流してしまったことにより体力も落ちていることだろう。



「まともに動けるのは3分ってところか」



 そう呟いた俺は3分間で全ての霊力、体力、精神力、戦いに使う全てを使い果たす勢いで先輩との距離を駆け抜けた。さっき発動させた身体強化の上を行く倍率で身体能力を飛躍させていた。



「な、何なんだよその力!! さっきまでそんな力なかっただろ!!」



「……全て使い果たすと決めただけです。召喚術が使えない俺が召喚術師に勝つためには常に限界を出さないと対等に渡り合えないですからね」



 確実に勝利を確信していた先輩は既に第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンも解除していて、俺が接近してきたことに驚いて急いで発動させた。ハンマーで刀を受け止めるけど、3分で己の全てを使い果たそうとしている者の攻撃力は自分でも驚いてしまうほど強力だった。



 攻撃力に特化していると言われているミノタウロスと互角以上に渡り合えるくらいには攻撃力も上がっていて、拮抗しているなかさらに力を加える。



「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 数メートル後ろに下がる先輩。それが気に障ったのか、顔を真っ赤にしてハンマーを再び振り回した。さっきはこの攻撃を跳躍して回避したけど、足に銃弾が着弾するのはもう嫌なので一度距離をとって奥に居る銃器を持っている先輩に近づいて行った。



「な、なんだ!?」



「……」



「お、おい……待て、そんなので斬ったら死――」



 段々と顔が引きつって行くところが面白くて思わず吹き出しだったけど、何とか堪えて持っている銃器をだけを斬り捨てる。手に持っている銃器のみを斬るのは予想よりも難しく、手首の辺りまでも斬ってしまった。



「まあ、皮を剥いだくらいにしか斬ってないから大丈夫か」



「!!!? う、うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」



「てめえ一年! 何やってるんだ!!」



 仲間を傷つけられたことに怒った先輩がハンマーを掲げて俺に思い切り振り落とす。本来、ハンマーを砕く武器として使われることが多く刀や剣で渡り合うのは難しい。しかし、場合によっては相手を出来ないこともない。


 刀とハンマーの大きな違いと言えば、重さと破壊力の差だろう。刀の何倍もの重さのあるハンマーを普通に受けていたら破壊されるのは避けることが出来ない。



……しかし、力の方向を変えれば受けれないこともない。



「……な、何だと!?」



 先輩はただ驚きに満ちた声しかあげなかった。確かに俺に目掛けて振り落とされたハンマーだが、そのハンマーはまるで俺を避けるようにして隣に落とされた。



「何をした一年坊主!」



「少し手を加えただけですよ。先輩!!」



 そう。本当に少し手を加えただけなのだ。振り落とされるハンマーを真正面から刀で受ければ当然折れる……しかし、ハンマーが刀に触れた瞬間に左手で力を加える方向を少しずらしてやれば勝手にそっち側に移ってくれるのだ。


 重さが武器であるハンマーだが、その重さ故に落としている途中で止めて振り回したりすることが出来ない。



「神風流剣術、“連鎖の舞”!!」



 刀を構えてそう叫び思い切り進みながら薙ぎ払った。“連鎖の舞”は鎖のように繋がった斬撃が次々と襲い掛かってくる剣技。



「やべえ……さすがに限界……だ」



 まともに立っていられる時間は3分、それから経過した時間が2分50秒ほど。本当にギリギリの勝負がついに幕を閉じ、そのまま意識は途絶えてしまった。


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