鬼ごっこ

―月明りが目立つ夜。多くの生徒は既に寮へと戻り、就寝しようとしている時間帯に外に出ていた俺は近くの広場でティアから指導を受けていた。公園に入るなり、怪しまれないようにとティアが広場一帯に結界を張り、広場に響く音が外に漏れないように遮断をした。



「わしに触れることが出来たら次のステップに移動じゃ。身体強化でも、刀でも、何でも使ってくれて構わんぞ?」



「触れる? どこでもいいのか?」



「掠ったというのは無しにするかのぉ。わしが分かる程度に触れさえすればどこでも構わん」



 ルールを説明しながら徐々に距離をとるティア。何でも使っていいという単語に少々引っかかる所もあるけど、触れるだけなら直ぐに終わることだろう。それから軽く準備体操をし、体をほぐしてから得意気に言った。



「こっちは準備いいぞ」



「わしはいつでも良いぞ? いきなり獣のように来るがよい」



 余裕そうに構えるティアは不敵に笑いながら腰に手を回して胸を張る。いつも見慣れているはずの小さな体だというのに、何故かこの時は数倍大きく見えてしまう。獣のように飛び込む前に一度深呼吸をして集中力を高め、そして一気に距離を詰める。



 霊力を消費して身体を強化し、石畳の地面が割れてしまうほど強く踏み込んでティアに飛び込んでいった。



「もらったぁぁぁぁぁ!!」



 猛スピードで飛び込みながら手を伸ばし、ティアの小さな体に触れようとする。トレーニングという名の第一関門を突破したと自分で勝手に思っていた。



「……あれ?」



――しかし、次に頭の整理が出来るようになったのはティアの隣にある何もない空間に手を伸ばしている状態で立ち尽くしている時だった。前に進む推進力が既に無くなっていて、身体強化も切れてしまっていた。何もない空間に手を伸ばしていると分かった俺は、淡泊な言葉を無意識にこぼすと隣にいるティアが口元を押さえながら笑った。



「どうしたのじゃ? 隼人が伸ばしている手の先にはわしはおらんぞ?」



「どういうことだ……?」



 確かに俺はティアがいた場所に手を伸ばしたはず。霊力の反応すらもなかったのに、瞬間移動のようにティアが隣に移動したとしか思えない。色々な考えが頭の中を駆け巡る中、隣にいるティアに手を伸ばす。



「……くそ!」



――けど、やはりティアに触れることは出来なかった。紙一重……俺がもう少し左にずらせば触れることが出来るというのに、俺の手がティアを避けているように触れなかった。



「やはりこんなものかのぉ。わしの体に触れるにはまだまだ無理のようじゃな」



「何でだよ! まだ始まったばかりだろ!」



 心底呆れるように放たれた言葉に突っかかっると額にデコピンをされた。ただのデコピン一発を受けただけだというのに、あまりの激痛で地面をすごい勢いで転がる。



「何だこれ!? いっっってえぇぇぇぇぇぇぇ!!」



「わしの本気のデコピンじゃ。その痛みを感じて先ほどの動きを反省するがよい」



 自分の指先をフーフーしながら言うティア。ようやく痛みが引いてきた俺は生まれたての小鹿のように立ち上がり、どうやって避けたのかを尋ねた。



「どうやってあれを避けたんだ?」



「それは実に単純なことじゃ。お主のスピードが遅すぎるだけじゃ。わしの動体視力を侮る出ないぞ……確かに常人に比べたら目を見張るほどのスピードじゃが、“霊殺し”と謳われるわしがその程度のスピードを見切ることなど容易いわい」



 言葉の節々に棘があるような言い方ではなく、言葉そのものが一本の矢のように俺の胸に突き刺さった。ティアは嫌味を言っているわけではなく純粋に俺のダメな部分……足りていないところを指摘してくれているのだ。だからこそ自然と怒りの感情が湧いてくることはなく、ただ言葉の重みを実感するだけだった。



「ティア、俺に足りない物はなんだと思う?」



「隼人に足りない物を挙げたらキリがないのぉ。じゃが、わしに触れるために足りない物を挙げるとすれば数も減るかもしれないのぉ。


 隼人に足りない物は『思い切り』と『判断力』じゃな。霊力の量については人によっては違う……年齢と共に成長することはあるが、1が2になる程度に過ぎん。だから霊力の量を増やすのではなく、少ない霊力をどうやって活かすのかを考えることじゃな。その答えは既に与えておる……それに気づかせるための鬼ごっこじゃ」



 そこまで言い切ったティアは最後に大きなあくびをしてから静かに結界を解き、それから俺の体内なかに潜んだ。ティアは体内なかに潜んで聞こえるように寝息をたてると同時にその場に座りこんだ俺は何も掴んでいない手を見返した。



 ティアの言っていた言葉だけが頭の中に残り、後遺症のように消えることはなかった。暫くその場で言葉の意味を考え、結局答えが見つかることもなくモヤモヤした状態で部屋に戻って眠りについた。



※※※※





「え~。それでは魔法祭の予選に出場する生徒の召集を行いますのでこちらに並んでくださーい」



「おっ、早く行こうぜ隼人」



「『早く行こうぜ』じゃねえよ。何でお前も知ってるんだよ」



 次の日の昼休み、学園の体育館にて魔法祭の予選に出場を希望する生徒たちが集められた。担任の立花先生は思い出したかのように朝のホームルームで魔法祭について説明し、時間と場所を教えてくれた。なので体育館の中には多くは無いが一年生の顔がちらほらと目に入ってきた。


 俺に肩を組みながら行列に誘った克己も同様に説明を受けたらしく、魔法祭の予選に出場することを決めたらしい。



「それにしても何で克己は出ようと思ったんだ? あんまり好きそうじゃないだろ」



「まあな。確かにあんまり見世物にされるのは好きじゃねえし、勝てないかもしれないけどお前がレメゲトンの人に全く引かずに戦った所を見てカッコイイって思ったからな。俺は隼人じゃねえからあんな風にはなれないけど、あ・ん・な・風・に・な・り・た・い・って思ったんだ。


 だから今回出場することに決めたんだ」



「……」



 真っすぐ目を見ながら言われたので思わず照れてしまった俺は顔を赤くしたままそっぽを向いてしまった。せめてもの言葉を返そうと思ったけど、恥ずかしさが上回り何か言うことが出来なかった。気づけば順番が回って来ていて、生徒手帳を提示するように言われる。


 黙って生徒手帳を取り出し、それを渡すと妙な機械に入れられた後に返される。



「これで登録完了です。予選会は一週間後になりますので、対戦相手や時間帯などは後日メールを送りますのでご確認ください」



「分かりました」



 生徒手帳を受け取って一言告げた俺はクラスへと戻ることにした。克己のことを待とうと思ったけど、体育館を見渡しても克己の姿が見えなかったのだ。



「先に行っちまったか」



――……ん? 少し待つのじゃ隼人よ。少し嫌な予感がするぞ?



 ため息をついてから教室に繋がっている廊下を歩き出したところでティアが声を上げる。珍しく歯切れの良い口調に思わず耳を傾ける。



――なんだよ嫌な予感って。何か感じ取ったのか?



――先ほど会っていた男……克己じゃったか? そいつの霊力がグラウンドから感じるのぉ。相手は……三人じゃな。そのうちの一人が結界を張って感じ取られないようにしているようじゃが。



――三人? しかも霊力を感じるって……!!



 俺の体内なかでいつになく真剣な表情を浮かべたまま言ったティアの言葉を信じ、急いでグラウンドへと向かう。一応廊下を入っていけないルールだけど、そんなこと気にしてられなかった。霊力の反応があって、三対一の状態となると想像できるものは一つしかない。



「克己!!」



 グラウンドに飛び出して名前を叫ぶ。すると、丁度吹っ飛ばされてきた克己の下敷きとなった。



「……お、重い!! 早くどけ克己!!」



「ん? 悪い悪い隼人……って、何やってるんだ!?」



「それはこっちのセリフだっつの。何でこんなグラウンドで第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン状態なんだよ」



 問いかけるとそっぽを向きながら誤魔化す素振りを見せる克己。その奥では三人の男……一人が第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン状態だった。二人の胸元のバッジを見る限り二年だろう。



――ほう。あの男の召喚霊はミノタウロスのようじゃな。攻撃力に特化している霊の一体じゃが、そのせいで無属性じゃな。あの武器はハンマーじゃろうが……克己が使う二刀じゃ厳しいじゃろうな。



――ミノタウロスか……。ティア、あのハンマーは破壊できそうか?



――わしを誰だと思っておるのじゃ? わしに破壊出来る霊武装は今・は・ま・だ・存・在・し・て・お・ら・ん・



 リスのように頬を含まらして怒るティアに軽く謝りながら前へ出る。克己が頭から血を流しながら止めに入るけど、それを振り切って一歩一歩前へと進んだ。



「どうした一年坊主。選手交代のつもりか?」



「何でこんなことをしてるんですか?」



 戦いになる前にこうなることに至った経緯を知りたかった俺は単刀直入に聞き出した。しかし、先輩たちはただ笑うだけで経緯を全く話してくれない。それでも再び聞き返すと苛立った一人の先輩が居直りながら叫んだ。



「一年のくせに魔法祭に何か出るんじゃねえよ。学園の恥さらしだろうが。だから出るなら少し教育をしてやろうと思っただけだ」



「教育……ですか?」



「そうだよ。なんならお前も教育してやろうか?」



 威圧するようにハンマーを掲げるけど全く怖くなかった。思わずため息が出てしまうくらいには怖くなく、克己を傷つけたということに対しての怒りだけが強くなった。



「何だ一年……やる気か?」



「そうでなければ刀は抜きませんよ」



 黙って刀を抜いて構え、いつでも勝負が出来る状態に持ち込んだ。呼吸を整え、集中力を極限まで高める。すると早速先輩が攻撃を仕掛けに来た。ハンマーを掲げたまま距離を縮め、そのまま俺に目掛けて振り落とす。後ろに飛び跳ねて攻撃を回避し、態勢を立て直す。



 グラウンドに大きなクレーターが出来てしまい、そのクレーターからは煙が少々出ていた。



――そうじゃ。今回は隼人、自分自身の力で戦ってみるがよい。それが今日のトレーニングじゃ。



 いざ反撃をしようとした瞬間に言われた言葉。思わず叫び出しそうになったけど、怪しまれるので何とか抑えてふんぞり返るような姿勢のティアに文句を言った。



――ちょっと待て! お前さっき『わしに破壊出来ない霊武装はない』とかカッコいいこと言ってたじゃねえか! さすがにお前の力がないと厳しいというか……何と言うか。



――力はある。しかし貸すとは一言も言ってはおらんぞ? それに……この程度の相手にも勝てない主様に力を貸したくはないのぉ。



――!! な、舐めるな! いいよ! やってやるよ!!



 うまいことティアに乗せられてしまい、この戦いは俺自身の力で戦うことになった。今までの知識、経験、体に染みついている剣技全てを駆使して戦う。


 “無召喚の剣士”と謳われる俺の戦いを―


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