霊殺しの刀

――魔法科の高等部に進学して早くも一か月の月日が経った。最初は召喚術が使えないということで馬鹿にされたり、講師殺しの擦葉に目をつけられたりと散々な日々だった。


 けど、その一方で“鍵”と名乗る幼女ティアと出会うことが出来た。霊殺しの異名を持っている霊体で、何度も俺のピンチを救ってくれた。



「なんじゃ? そんな年寄りみたいなしみじみしている顔をして」



「別に何でもねえよ。ただ、こんな日が続けばいいなって思ってるだけだ」



 今日の授業も終わり、自分の部屋でのんびりしているところで小首を傾げながら尋ねてきたティア。明後日の方向を見ながら薄く微笑んでいった。



「そうじゃのぉ。数百年前の頃にはこんなにのんびりしたことはないからのぉ」



 同調してくれたティアが俺の体に体重をかけて寄り掛かってくる。心底安心するように、幸せに浸るような顔をしながら寄り掛かってくるティアを見ているだけで思わず顔がニヤついてしまう。



……大丈夫。俺はきっとロリコンじゃない。これは……母性本能の一種なんだ。



「それより隼人よ。わしが集めた情報によると明日、魔法祭の予選に出場する生徒の召集をするらしいが……それは知っておるのか?」



「はいぃぃぃぃ!!? 何その情報! 俺何にも聞いてないぞ!!」



 見上げながら言われた言葉に思わず動揺してしまった。自分でも驚いてしまうほどの声をあげ、言ってきたティアの肩を掴んで揺らしながら言葉を返す。するとティアは俺に情報が伝わっていないということに違和感を覚え、揺らされたことによって目を回してしまった。



「あ、悪いティア」



「おお~大丈夫じゃよ~」



 目を回しながら言って来るけど、全く説得力がない。このままではまともに話が進まないので、ティアの三半規管が治ってから話を続けることにした。



「それで……本当なのか? 明日予選に出る人の召集があるって」



「その情報は確かじゃ。わしがお前さんに内緒で校内を散歩している時に理事長から言われたからのぉ」



「ちょっと待て。お前なんで勝手に体内なかから出てるんだよ!! 誰かに見つかってないだろうな!!」



「それについては大丈夫じゃ。それで、明日の昼休みに召集を行うらしいぞ。担任から説明がなかったのは、魔法祭に出場する一年が今まで数が少なかったかららしいのじゃ。まだ高等部に進学してから間もない状態じゃからのぉ。


 召喚術の腕も、実際の強さも中等部の生徒に毛が生えた程度じゃ」



「そういうことか……確かに、そもそも魔法祭を知っている一年生自体が少ないだろうからな」



 ティアの話を頷きながら聞き、何故情報が回ってこなかったのかということに納得がいった。そもそも魔法祭自体をやる時期が一年生の出場を拒むようで、本選は夏に行われる。一年生は僅か数カ月で数年間鍛え続けてきた先輩たちを相手にしなくてはならない。



 召喚術師にとって鍛えてきた時間というのは大きく関係してくる。召喚術師の強さはどれだけ召喚霊の強さを引き出せるのか、という一点になってくる。召喚霊自体の強さも関係してくるが、それ以上に力を引き出さないと何も始まらないのだ。



「……才能とかも関係してくるかもしれないけど、先輩とかに勝てるのは難しいから魔法祭があるってことは言わなかったってことか」



「そういうことじゃ。この前の新聞部の娘は知っておったが、それは新聞部という特殊な活動をしておるからじゃろうな。隼人にはわしがいるから大丈夫だと思うが、他に出場をしたいと思っている生徒は難しいかもしれないのぉ」



「そのことなんだけどさ……ティア」



「なんじゃ?」



 小首を傾げるティア。一度大きく息を吸い込んで、覚悟を決めてから改まって俺は告白をした。



「戦う時……お前は左腕に装甲を纏わせるよな。それを別の場所に出来ないのか?」



「出来ないこともないが……どうしてじゃ?」



「仮にいつものように左腕に纏わせたまま戦ったらティアのことが見つかるかもしれないだろ? それならせめて分かりにくい場所……具体的にはこの刀に纏わせられねえかな」



 俺の提案に険しい表情を浮かべたティアは暫く黙って考えだした。日本刀を差し出せという合図をしてきたので躊躇いもなく刀を渡すと、それを受け取ったティアが何かを探すように刀を触り始めた。叩いてみたり、持ち上げてみたりと方法は様々で、暫く触り続けて一度刀を床に置いた。



「出来ないこともないが……あまりお勧めはしないのぉ」



「理由を聞いてもいいか?」



「この刀……かなりの名刀じゃ。霊体のわしが言うのだから間違いない。そして、お主は既にかなりの剣の使い手じゃ。


 仮にわしが霊殺しの装甲を纏わせたら、『霊殺しの刀』が完成することじゃろう。……しかし、それでは刀に重さが生じてしまうのじゃ。いつもと違う重さになってしまう。それでは攻撃の重さは出ても咄嗟の判断の時に違和感を感じたり、疲れが早くなったりする。


 分かっていると思うが……刀に装甲を纏わせたいというならその重さに耐えないといけないぞ?」



「そんなこと知ってる。でもな、俺が勝つにはお前の力が必要なんだよ。だから……お前以外に頼れる奴がいないんだ。霊力も少ないし、召喚術も使えない俺が勝つためにはお前の力が!!


 だから、これから俺のことを鍛えてくれ!! どんなトレーニングでも逃げないと誓う!!」



 土下座をする勢いで必死に頼んだ。自分がこれ以上ないほど醜くなっていることなど分かっているけど、強くなるためにはこうするしかないのだ。自分の目的のためにはもっと強くならないといけない。その目標を達成するために、まずは魔法祭で優勝をする。



 密かに抱いていた目的のために俺はティアに修行を懇願した。



「……仕方ないのぉ。隼人のわがままに付き合ってやるとするわい」



「!! ありがとうティア!!」



「じゃあ……取りあえずわしにプリンを献上するのじゃ!!」



 わざわざベッドに上がって立ち上がり、正座をしている俺に指を差しながら言った。胸を張り、頭の中はプリンでいっぱいだということが手に取るように分かった。思わず声に出して笑い、冷蔵庫に入れてあるプリンを取り出してそれをティアに献上した。



「ほいよ」



「おお~!! これじゃこれじゃ!! わしはこれを待っておったのじゃ!!」



 これ以上ないくらい目を輝かせてプリンを食べ始めるティア。一応今日で十日間連続プリンだけど、ティアの辞書に“飽きる”という文字はないのだろうか。少し気になった俺は一度息を飲んでから尋ねる。



「なあ、そんなに毎日プリン食べて飽きないのか?」



「飽きるはずがなかろう。こんなに美味い食べ物が飽きること何てないからのぉ」



……一体こいつの味覚はどうなっているのだろう。別に俺もプリンは嫌いじゃないけど、毎日食べたら三日程度で飽きるような気がする。


 それはそうと、ティアが食べるプリンの量が異常なので俺の主食はモヤシとなっている。この学園の生徒には毎月自分の学生証にお金が振り込まれることになっていて、それで買い物をすることになっている。振り込まれる金額は年齢によって違ったり、成績や素行などで増えたり減ったりする。



「……今日の食事はモヤシかな」



「隼人の食事はまたモヤシか。若いうちからそんな食事では体がもたんぞ」



「誰のせいだと思ってるんだよ。お前のプリンのせいで主食はモヤシなんだよ……このままじゃ身も心のモヤシになっちゃうよ」



「これが俗にいう『モヤシ男』かのぉ」



 誰が上手いことを言えと言った……っと、軽く心の中で呟いてから冷蔵庫でモヤシを取り出し、キッチンへと持っていく。今日のメニューはご飯、モヤシ炒め(本当にモヤシだけ)、モヤシの味噌汁ということになった。


 ご飯以外基本的にシャキシャキと言う食感。噛めば噛むほどあふれ出てくるモヤシのうまみ。必殺の焼き肉のたれでモヤシを炒めて米が進みやすいように調理をしているけど、三日連続で続いたらしつこいだけである。



「……もう少したんぱく質が欲しいな」



「それならわしでも食べるかのぉ? 今なら食べごろじゃよ?」



 顔を赤らめ、浴衣の胸元を少しはだけさせながら言ったティア。手も震えているし、目も泳いでいるところも見るとかなり恥ずかしいのだろう。


……恥ずかしかったらやらなきゃいいのに。



「そうだなー。後で食べようかなー」



「!!? お、お主!! まさか本当にわしを襲おうと……」



「ゲホッゲホ!! 冗談に決まってるだろ! モヤシが変なところ入るところだったぞ!」



 味噌汁を飲んでいるところで言われたため思わず吹き出しそうになってしまったけど、何とか堪えて飲み込んだ。文句を言う頃にはティアが既に布団に包まっていて、顔を見せてくれなかった。どうやら恥ずかしすぎて耐えられなくなってしまったらしい。



「ティア~? ティアさーん? どうしました~?」



 食べ終えて膨らんでいる布団部分を撫でながらからかうように尋ねる。さっき土下座をしていた本人をからかうという特殊な状況のなか、ようやくティアが赤くなって震えている顔を見せた。



「……」



「悪かったって。でも、最初にからかってきたのはお前だからな?」



「……分かっとるわい。わしが悔しいのは、明らかに棒読みだった隼人の言葉に心を乱してしまったことに対してじゃ」



 ぐずっている子供のように顔だけ布団から出した状態で話すティア。正直、この形態のティアが無理に色気を出しても全く心は揺り動かされない。このように子供のような可愛い仕草をしてこそ心が揺り動かされてしまうのだ。


 つまり、人には人に合った誘惑の方法があり、この幼女形態のティアに色仕掛けのような誘惑方法は全く通用しないのだ。



「それよりティア。夕飯も食べ終えたから暇だし、早速トレーニングをお願いしたいんだけど……」



「!! 了解じゃ!! 大船に乗ったつもりでわしに任せるのじゃ!!」



「お、おおう……切り替え早いな」



 心配していた自分が馬鹿らしくなるほど切り替えの早いティアを見ていたら自然と笑い声が出てきた。腕を掴まれ、玄関まで引っ張られて行く時も何故か笑顔を浮かべたままだった。ティアも俺に負けないくらいの笑顔を浮かべながら引っ張る。



 今日のトレーニングは何をするのだろうか。


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