懐かしき友と戦い

「え? 魔法祭って予選があるのか?」



「当たり前だろ! まずそれぞれの学園で予選をして、その中で上位8人が本選に出場できるんだ」



 午後の授業は二人一組になっての組手だった。擦葉姉と戦ってから授業で俺と組んでくれる人はいなくなってしまい、声をかけても無理に空いている人を見つける始末だ。特にプライドの高い奴は組んでくれることは無く、俺と組んでくれるのは擦葉か克己の二人程度しかいなかったのだ。



 擦葉は今回リンスレットと組むらしく、克己とペアを組んで今は順番待ちの時間なのだ。



「予選会か……めんどくさそうだな」



「大丈夫だ。一人は既に決まってるから」



「決まってる?」



「ほらお前が誘いを断った西条先輩っていただろ? あの人は魔法祭で連覇してるからシードなんだ。けど、人数が合わなくなるから出れる人数は変わらないけどな」



 思い出しながら話す克己は時に何かを引っ張りだそうな表情をしながら言葉を並べた。その話を聞いた俺は少し心臓の鼓動が大きくなってしまう。蛇に睨まれてしまったように、気温が一気に下がってしまったような感覚に襲われてしまった。



 昨夜、理事長は『絶対王者』という単語を出していた。それはつまり俺のことを下僕にしようとしていた西条先輩のことだ。魔法祭で優勝というのは高等部最強という称号が与えられ、絶対的な地位を手に入れると言っても過言ではない。


……つまり俺は王の誘いを断ったと言うことになる。あの時、教室に戻るときに先輩が肩をぶつけてきたのは王の誘いを断ったことに対して苛立ちを覚えたからなのかもしれない。



「克己……俺が西条先輩に勝てる確率はいくつだと思う?」



「0%だな……って言いたいけど、それは中等部までのイメージだ。今のお前は“無召喚の剣士”何て言われてるし、二対一とは言え現役のレメゲトンの人と互角に戦ってたし……。


 結局は分からねえってのが感想だな。0%じゃないとは思うけど」



 答えに迷っていた克己は絶対的な結論を出すことは無かった。だが、それでいいと思ってしまう自分もいるのだ。他人からの評価など偏見に過ぎない部分があり、真実は実際にやってみないと分からない。でも……それでも0%と言われないで嬉しかった自分もいた。



「ほら次だぞ」



「あいよー」



 気づけば順番が回って来ていて、俺と克己の番になっていた。監督の先生が早く来るように指示をしてドーム型に張られた結界内に入り、互いに少し距離をとる。



「おっ、あいつが戦うぞ」


「無召喚の剣士か……」


「相手は誰だ……?」



 擦葉姉と戦った日からいい意味で注目をされるようになった俺。座学の時は全く注目はされないけど、この時間のように実践をやる時にはかなりの注目を浴びてしまう。



「お前、何かファンが多くて羨ましいな」



「ファンじゃねえよ。あれのお陰で『見せしめで倒されるのは嫌だ』って言う理由で断る奴が多くて困ってるんだよ」



 からかってくる克己に本心を語り、互いに得物を抜く。俺は変わらず日本刀で克己が持っている得物は小さいナイフのような二刀だった。克己は使う得物の中では珍しい二刀使いで、二つの刀を巧みに操る。一刀の俺との大きな差は手数の差で、かすり傷をつけながら相手を苦しませる戦い方に定評があるとか。



「またその二刀か。ずっと変わらないな」



「そう言うお前もいつまでも日本刀じゃねえかよ」



「それもそうだな」



 戦う前に軽く会話を交わして、先生の合図と共に実践が開始された。まずは重さも軽い二刀使いの克己が先手を仕掛けてくる。勝ち筋と言えば刀の重さと耐久力で、俺の刀を受ける場合は両方の刀で受けないといけないのだ。



「行くぞ隼人!!」



「いつでもいいぞ!!」



 思い切り腕を回し、遠心力もフルに活用して右の刀を振る。その攻撃を刀で受けてしまったら左の刀を受ける術がないので、左手で克己の右腕を掴む。腕を止めてしまえば俺の体に刀が届くことは無く、狙い通り克己は片方の手で握っていた刀を振る。



 それを刀で受け、思い切り弾くと共に左手を離す。少し左にバランスを崩したので攻撃を仕掛けようと懐に入り込むが、ここで違和感に気が付く。



「……?」



 そう。確かにさっきまで左手で握っていた刀が無くなっていたのだ。克己の顔を見てみても不敵な笑みを浮かべていて、一瞬視線が上へと向けられた。まさかと思って上を向いてみると克己が左手で握っていた刀が持ち手ではない方を下にして落ちて着ていたのだ。



「うおぉぉぉ!!」



 思わず叫びながらエビのように飛び跳ねて攻撃を回避する。俺が居なくなった場所に高く投げられた刀が突き刺さり、あのまま避けなかったら頭に刀が刺さっていたことだろう。



「お前……俺を殺す気か?」



「何言ってるんだよ。お前が今の攻撃を避けられないわけがないだろ? 中等部の頃あれほど組手やったじゃねえか」



 笑いながら地面に突き刺さった刀を回収する克己。確かに中等部の頃は一緒に組手をやった。それこそ数えきれないほど刀を振り回していた。克己は自分の召喚霊がキマイラだと分かると直ぐに二刀使いを初めて、毎日日が暮れるまで練習していた。



「あの時は木刀だったから死ななかったけど、万が一のことがあったら死ぬからな! よく覚えておけよ!!」



「はいはい。今のはもうやらねえよ。けど、そういうお前も木刀じゃねえからな。そんな日本刀で斬ったら真っ二つになるからな」



 昔を懐かしむように……笑いながら組手をしていった。召喚術を使えばいいものの、何故か召喚術を使わない克己。何度か尋ねてみたけど、一向に答えをはぐらかして使おうとしなかった。だが、召喚術を使わずにただ己の力だけで戦うなら負けるわけにはいかない。



「何で召喚術を使わないのかは知らねえけど、単純な刀の勝負で勝てると思うなよ!!」



 意気込んだのは裏腹に一度目を瞑って冷静になった。大きく深呼吸をして集中力を高める。本気で殺すつもりで刀を構えた。空気を変えたことを悟ったのか、さっきまで笑顔を見せていたのに全く笑顔を見せず覚悟を決めたような表情を浮かべた。



「……」



 何を仕掛けてくるかと身構えていると克己が先に仕掛けてきた。右手に持っていた刀をこちらに投げ、それと同時に駆けだした。刀をどうやって回避するのかと悩んでいれば接近されて軽く、そして早い攻撃にやられてしまう。



――死の二択が迫られた時、擦葉姉と戦った時のことを思い出した。そう。擦葉姉は俺が意表をついたと思った攻撃を逆に、俺にとっての死に手に変えていた。


 なので俺は向かって来る刀を背中を反らしながら回避する。もちろん、克己はここぞとばかりに左手で握っていた刀で攻撃を仕掛けてくるけど、背中を反らしたタイミングで自分の刀を地面に思い切り突き刺した。



「残念だったな克己。俺はそれを待ってたんだよ!!」



 そこからバク転をするイメージで後ろに回転し、刀を振りかざしている克己の顎を蹴ってバク転をした。顎をいい感じに揺らされた克己は脳が揺れ、目が回ってしまったようにフラフラしてしまった。そこから反撃に移り、地面に突き刺した刀を抜いてフラフラしながら立っている克己に剣先を向ける。



「ま、参った……」



「ありがとな克己。やっぱりお前は強いよ」



 実践はここで終了し、克己と固い握手をしてから結界から出た。後は他の人の戦いを見ていれば授業は終了で、勢いよく地面に座り込んで体の力を抜く。



「ほいよ隼人」



「おっ、サンキュー」



 座っていると克己が横から水を差しだしてくれてお礼を言ってから貰った水を飲む。少しの間沈黙が続いたけど、別に気まずいと言った感じはなかった。むしろどこか心地良くて爽やかな風が俺と克己を包み込むように吹いていた。



 心地よい静けさが続く中、克己がようやく声を出した。どこか弱々しくて震えているような声だった。



「やっぱりお前に勝てねえか……。なあ隼人。戦っている最中に召喚術を使わなかっただろ? 何でだか分かるか?」



「……いや、悪いけど分からねえ」



「謝ること何てねえよ。これはただの薄っぺらいプライドだ。お前が召喚術を使えないことは最初から知ってた……それでもお前は召喚術を使う奴に勝った。


 けど俺は……『召喚術を使えば勝てた』って言うことを言いたかっただけなんだ。それと、召喚術を使っても勝てないことを認めたくなかったんだ」



「克己……」



 初めて克己の本心を知った。中等部の頃から一緒で、親友である克己だからこそ今まで言いにくかったのだろう。克己が本心を語ってくれたことによる嬉しさ、そして嘘をついているような罪悪感で押しつぶされそうになっていた。



――苦しいのか?



――少し……な。何か嘘をついているような気がして。



――そんなことはないぞ。隼人はわしの力を借りているだけじゃ。仮に無召喚の剣士でなくとも、十分にお主は強い。生身で勝てる奴はこの学園じゃそういないじゃろう。



――ありがとうティア。



 押しつぶされそうになった時に救ってくれたのはティアだった。自分の気持ちを分かってくれるのが嬉しくて、自分と同じ気持ちを感じてくれるのが嬉しくて俺はいつもティアに甘えていた。助けてくれるのが当たり前のようになってしまったのだ。



 克己の本心を知り、ティアに助けてもらったところでチャイムが鳴り、今日の授業は終了となった。全員が一度教室へと戻って帰りのホームルームを始める。



「じゃあな隼人。次は負けねえからな」



「いつでも待ってるぜ」



 クラスの違う克己とグラウンドで別れ、俺は一人でとぼとぼと教室へと戻っていた。魔法祭の予選のこともすっかり忘れていて、ティアに慰めてもらったことで消えかかっていた罪悪感が再びよみがえってしまった。嘘を言っているわけではないが、真実を言っているわけでもない。



――そんな曖昧な言葉が頭の中をグルグルと回り、罪悪感をさらに大きくした。 


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