序列制度
「魔法祭か……」
「ごめんなさい神風君。私が余計なことをしたから……」
次の日の朝、教室に入って自分の席に座りながら零れてしまったように呟くと、申し訳なさそうな表情をしながら近づいてきたリンスレットが頭を下げた。俺が魔法祭に出場しないといけなくなったのは自分のせいだと思っているらしく、軽く罪悪感を覚えた俺は慰めるように言った。
「気にするな。仮にリンスレットが何もしなくても、あの理事長は俺を出場させようとしていた。どの道俺は魔法祭に出場することになってたんだよ」
「神風君……」
顔を上げたリンスレットが微笑みながら名前を呼ぶ。心臓が飛び出そうになってしまったけど、何とか押さえて動揺を悟らせないようにした。その後も適当な会話を続けて、やがて授業が始まった。午前の授業は座学で、午後は魔法の実践という時間割が定番となっており、座学な苦手が生徒はそれぞれ不満そうな声をあげる。
「じゃあ隼人~。授業終わったら起こして~」
隣に座っているヴィネグレットもその一人で、最初はなから授業を聞く姿勢ではなかった。自分の腕を枕にして机に倒れるようにして寝る体勢を作り、そのまま瞼を閉じて眠りについた。立花先生が入ってきても眉一つ動かすことのないヴィネグレットは、寝息をたてながら気持ちよさそうに眠っている。
「神風君。ヴィネグレットさんを起こしてもらってもいい?」
「分かりました」
立花先生の命令を拒否する必要もない俺は頷きながら意気込み、気持ちよさそうに眠っているヴィネグレットの肩を揺らす。だが、そんなことで起きてくれるヴィネグレットではない。少し強めに肩を揺らしてみるけど、全く起きる気配がない。
五分ほど頑張ってみたものの、一向に起きないので立花先生も諦めのため息をついて授業を始めた。
「今日はこちらですね。 魔法でも“錬金術”についてやりたい思います。錬金術は魔法と科学の混合技術の象徴と言っても過言ではありません。
錬金術というのは物質を分解・そして再構築をする魔法です。分解するのに必要だった機械などは必要なく、魔法陣を描くことで分解したり再構築をすることが出来ますね、戦闘ではあまり使わない魔法技術の一つですが、普通科の生徒はこの錬金術が主流となっています」
投影した画像を専用のペンで操作して説明をする立花先生。熱心に授業内容をまとめている生徒も居れば窓の景色を見たり、バレないように本を読んだりなど自己中心的な生徒たちが目立った。もちろん大半は授業を聞いていて、自分の投影画面にしっかり内容をメモをしている。
「この学園大丈夫か……?」
進学して二週間ほど経過して思った率直な感想だった。
※※※※
「ほれ、起きろヴィネグレット。もう午前の授業は終わりだぞー」
午前の授業が終わって昼休みの時間がやって来たところで眠っていたヴィネグレットを起こす。授業の時に起こしても眉一つ動かさなかったというのに、何故か授業を終えた後に起こすと覚醒したように目を覚まして起き上がる。
「よし隼人。お昼食べに行こう」
「何でそんな簡単に切り替えられるんだよ。授業と休み時間にそんなに差があるか?」
「ダメだよ。私の投影画面には睡眠の効果の魔法陣が刻印されてるんだから」
「あーはいはい。分かりましたよ」
ツッコミを入れることすら面倒になった俺は適当にあしらいながらヴィネグレットと一緒に食堂へと向かった。俺もヴィネグレットも弁当を持ってきているわけでもないので、食堂に行ったり校舎から出て昼食を摂るしかない。先輩とかに絡まれるのが嫌でずっと食堂に行かなかったけど、一度ヴィネグレットに嫌々連れて行かれてから抵抗がなくなったのだ。
「今日はどんなメニューだと思う?」
「さあな。でも、基本的に何でも美味いから楽しみだ」
胸を躍らせながら弾むように廊下を歩き、やがて食堂に辿り着く。学園の生徒の殆どがここに集まるため、毎回多くの生徒たちでにぎわっている。席はもう満席状態で、空いているのは長テーブルの一人か二人で座るような場所のみだった。
「じゃあ私注文してくるから隼人は席取っておいて」
「あいよー」
券売機の前に数分間立ち止まってメニューを決め、それを伝えて席を取りに行く。食堂に入った時に一度全体を見渡して目星をつけていたので、直ぐに取ることが出来た。カウンターのような長いテーブルに場所を取り、隣の席に持ってきたカバンを置く。
――隼人は何を食べるのじゃ?
――ああ、普通にカレーうどんだよ。何となく食べたくなったから。
――かれいうどん? なんじゃそれは?
――説明するのは難しいな……。もう直ぐで運ばれてくるからそれを見てくれ。食いたかったら今度作ってやるから。
ティアと話していると直ぐにヴィネグレットが戻って来て、俺が頼んだカレーうどんとヴィネグレットが頼んだチキン南蛮定食が運ばれてきた。
「お待たせー」
「そんなに待ってないから大丈夫だぞ。ありがとうな」
両手を合わせてキチンと「いただきます」と言ってからカレーうどんを食べる。カレーが飛び跳ねないように気を配りながら麺をすすり、食べ始める。カレーのうま味がもちもちと柔らかくつるっと軽いうどんに絡んで頬が落ちてしまうほど美味しかった。
「……あなた。神風隼人?」
「……?」
カレーうどんを食べているそばから後ろから話しかけられ、キチンと飲み込んで口を拭いてから後ろを振り返る。聞いたことのない声で俺の名前を呼んだのは当然、初対面の人だった。胸元のバッジを見る限り、恐らく三年生だと思うけど何故俺のことを知っているのだろう。
「えっと……」
「ああごめんなさい。私は三年の西条さいじょう 雫しずく。風紀委員長をしてるわ」
どこか気取っている様子で話かけてきた西城先輩は俺の隣の席が空くとそこに座り、右腕を掴んで自分の胸に押し付けた。
「風紀委員長がそんなことをしていいんですか?」
女の子の胸に触れているというのに何故か全く喜べなかった。西条先輩はもちろん美人で、年上のせいか少し色っぽくも見える。日本人らしい黒い長髪はとても透き通っていて男の方から寄って来そうな様子をしている。
それなのに、何故か俺は素直に喜べなかった。美人で色っぽい先輩の方からくっついてきたというのに、何故か喜ぶことが出来なかったのだ。
「意外と女性に対して免疫があるのね。少しは動揺すると思ったのに」
「ご期待に沿えなくて申し訳ないですが、先輩の体に触れられてもうれしくもなんともないです。取りあえずまだ食べている途中なので離れてもらえますか」
少しきつめの口調で言い、先輩と距離を取ることにした。先輩の目は何か企んでいそうな目で、好意で俺に話かけてきたというわけではいことが見た目からにじみ出てしまっているからだ。すると、悲しむどころか何故か笑みを浮かべた先輩はある画像を投影して見せてきた。
「まだこの時期の一年生は序列に登録してないわよね? 序列というのは総合戦闘技術によって表されるランキングのことだけど、この序列は高等部以上のランキングで作られる」
自慢げに話す先輩の順位は243位と表示されていた。結局何が言いたいのか分からない俺がそれを無視してカレーうどんを食べ続ける。そして食べ終わり、皿を片付けようとしたところで肩を掴まれて引き留められてしまう。
さすがにイライラしてきたので振り切ろうと思っていたけど、先輩に手を上げたら面倒なことになりそうなので睨みつけながら後ろを振り返るだけだった。
「一体何の用なんですか? 用がないなら教室に戻りたいんですけど」
「魔法祭に出るのでしょう? なら、私の下につく気はないかしら?」
「は?」
お盆の上にカレーうどんの器を乗せ、それを持ちながら立っている俺。そんな俺に届いた言葉は大して胸に響くこともなく、右から入って左から抜けるように消えてなくなってしまった。他の生徒からしたら羨ましい限りなのかもしれないけど、俺にとってはまっぴらごめんの提案だった。
「申し訳ないですけどお断りします。何で俺が魔法祭に出ることを知っているのかも聞きませんが、あくまでも自分の力で出場しますので」
「そう。私はいつでも待ってるからその時は言ってくれて構わないからね」
全く悔しくなさそうな表情のまま食堂を出て行った先輩。気づけば食堂に居た生徒たちの注目を浴びていて、それまでにぎわっていた食堂が静かになってしまった。ヴィネグレットはただ俺を心配するような表情を浮かべたまま制服の袖を引っ張り、それから食堂を後にした。
――災難じゃったのぉ。
――ほんとだよ。何だったんだあの人。
教室に戻る途中で話かけてきたティア。ヴィネグレットは戻っている途中で立花先生に捕まり、授業中に居眠りをしていたことへの指導が行われていた。一人だけでとぼとぼと教室に戻っている時に話かけてくれたので、いつもよりテンションが上がりながら返事を返していた。
――それよりティア。カレーうどんの第一印象はどうだった?
――味が分からないから何とも言えんのぉ。しかし、興味は持った。今度わしに食わせてくれればそれでよい。
――デザートはプリンか?
――当然じゃ!! キチンとわしに一日一個のプリンを献上するのじゃ!!
暫くティアと会話をしながら廊下を歩いていると、前から歩いてきた三年生の男の先輩が肩をぶつけてきた。
「おっと、悪いな一年」
「いえ……そこまで気にしてないです」
ニヤニヤと笑いながら謝る先輩からは一ミリの罪悪感も感じられなかった。恐らくわざと肩をぶつけてきたのだろう。何故やって来たのかは知らないけど、絡まれても面倒なので一回謝ってそそくさと逃げていった。
教室に戻った瞬間にチャイムが鳴り、午後の授業が始まる十分前となった。午後は魔法の実践授業なので準備をしてからグラウンドに向かう。
「隼人~一緒に行こうぜー」
階段を下りているタイミングで後ろから肩を組んできたのは中等部の頃のルームメイトだった朝空あさぞら 克己かつきだ。クラスは違うけど、中等部の頃にルームメイトだったこともあって今も仲が良かった。
身長は俺と変わらず170センチくらいで少し茶色の短い髪の毛で、ガタイはそこまで良くは無かった。召喚霊はキマイラで、炎や毒を操る霊である。複数の属性を操る霊は珍しいけど、炎単体の火力は他の霊よりも劣ることがある。
「お前噂になってるぞ。あの西条先輩の誘いを断ったんだろ?」
「そんなに有名なのか? 西条先輩って」
「馬鹿お前! 高等部なのに序列三桁に入ってる超有名人だろ!! 召喚霊の麒麟の力を最大に引き出して戦うこの学園最強の召喚術師だ!」
「最強……ねえ」
さっき会話をしたけど強者だと感じさせる何かはなかった。この学園最強だということは、俺は最強の誘いを断ったと言うことだ。何故既に噂になっているのかが疑問だったけど、西条先輩自体が有名だったから誘いを断った俺が意外過ぎたのだろう。
――ちなみにティア。麒麟について何か知ってるか?
――無論じゃ。麒麟は6種類の顔を持つと言われており、それぞれ使えることが違う。言い換えるとすれば6属性の攻撃が使えるということじゃ。龍の顔、牛の尾、そして馬の蹄を持っている生き物じゃな。四霊の中の一匹で、強さも召喚霊の中でも群を抜いておる。
――お前でも勝てないか?
――たわけ。わしが召喚霊ごときに負けるはずがなかろぉ。冗談は顔だけにするのじゃ。
軽く怒られて会話は終了ということになった。結局、西条先輩が何を企んでいるのかは分からなかった。俺を配下に加えて何をしたかったのか、何故魔法祭に出場することを知っているのか
あとから思い返してみると謎が多い先輩だった。
「少し警戒して見るか」
怖くなった俺は絶対にそうすると心に誓い、午後の授業にのぞんだ。
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