EX:第三極、台頭

 地響きと共に賢人会議本部が沈み、それからほどなくして皆が立っている地面が浮き上がり始める。誰もが理解できず右往左往するばかり。唯一、この力を知るニケだけが驚くこともなく天を見上げた。

「大星、時間切れだ。寝た獅子が起きたぞ」

「……?」

「フィフスフィアに至ったか、それとも何か種があるか知らんが、能力に到達した以上、アルトゥールでも止められねえよ」

 夜闇すらも塗り潰す黒色の球体。地面が浮き上がっているのではない。全てがあの球体に引き寄せられているのだ。重く、小さな球体、それが世界を引き寄せる。

「俺が知る限り、最強の能力だ」

 それは世界を塗り潰す力――


     ○


 アールトは天まで打ち上げられ、球体に飲み込まれそうなところを何とか槍の推進力で振り切った。とは言え、地面自体が浮き上がり、あの球体に飲まれんとしている。地表が剥がれ、不自然な浮遊感が皆を包んでいた。

「アルトゥールとは対極の能力、質量を増加させる力、ですか。どちらも使い方次第で容易く世界を、地球を滅ぼせる力ですね。さすがは第二の男」

 本部が沈み、逆に噴水のようにシュバルツバルトの心臓部が天高く伸びる。まるでそれは塔のようで、その中心にはクラトス・ガンク・ストライダーが剣を支えに立っていた。その雰囲気の重さは、まごうことなき英雄の御姿。

「申し訳ございません、アールト様」

「……ああ、君たちですか。ユーキ・アカギはどうなりました?」

「ヘルマの槍の子機である槍が発動し、形勢は逆転してあと一歩まで追い詰めたのですが、そこからの粘りが凄まじく、ストライダーの介入を許してしまいました」

「槍があって、君たちの武で届かぬのならば仕方がありません」

「先祖に顔向けが出来ません」

「あはは、煌びやかなだけが三貴士ではないでしょうに。君たちは最善を尽くした、それでも倒せなかったのであれば命令した私のミスです。まあ、どちらにせよ、彼があれを振りかざした時点で、この場の趨勢は決まってしまったのですがね」

「ストライダーの剣、魔術時代後期のエクセリオンでしたか」

「後期、と言うよりも末期の作でしょう。ゆえにこちらの槍とほぼ同時に発動条件を満たした、と考えるべきです。まあ、ヘルマの在位は一万年、後期から末期まで跨いでいますがね。ただ、皮肉にも同時代の作であり、打ち手も同じ、です」

 アールトは仁王立つ男を見つめ、苦笑いを浮かべる。

「魔装化技術が一般化し、それによって魔術道具の枠を超えた兵器が乱造された時代だと書物には残っています。その中で、私たちの槍とあの剣はそれらのカウンターとして創られたのです。槍は最強の武神、その力で全てを守るため。剣は英雄の血統に世界を正す力を与えるために。……こちらはともかく、あちらは使い手次第で能力すらも変じます。あれはフィフスマキナと同じものですので」

「やはり、あの力は」

「ええ、彼自身の能力ですよ。まごうことなき、ね」

 調律機構を備えた剣、それが英雄の剣である。英雄以外が持てばさしたる力は発揮できず、世界に選ばれるような者が、英雄が握れば凄まじい力を発揮する武器。それが今、第二の男と呼ばれた者の中に在る。

 戦っていた者たち、全てが彼を見上げる。

「……クラトスの野郎、邪魔しやがって」

「……最強の才能、笑えてきますね。何もせずとも彼は剣を握るだけであれほど強くなる。私など、魔族と化してもこの程度だと言うのに」

 アテナ、姉が羨ましげに天を仰ぎ見る姿を見て、パラスは嗤う。

「わかってねえな。私もあの世界で、それを知るまではあんたと同じ考えだったよ。強い者がいて、弱い者がいる。それは不変の理だってな」

「不変でしょうに。それを否定するのは綺麗ごとです」

「ハッ、世界を救ったのは、第一でも第二でも、第三でもねえんだよ。第四の、元はクズと判断されたチンカスが世界を救ったんだ。秀才、アテナ・オブ・ウェールズの足元よりなお下の、ド底辺のクソ凡人がな」

「……それは」

「フィフスフィアの能力が個人の何を基準に決まっているのかはわからねえ。でもな、あんたがド天才だと思ってる私は、あっちじゃクソの役にも立ってねえよ。ただの端役、ショボい役すらこなせたかわからねえ、くそったれだ」

 途上はともかく、人に希望を見た後は全力で戦った。それでもなお、まるで届かぬ悪意の壁。おそらく異質であった第零の男を阻んだのは、同じく異質な英雄であった第四の男。その結果をパラスは結構気に入っていた。

 それはきっと、世界の可能性、その蓋を少しだけ開けてくれたのだから。

 そして今――

「全員、戦闘を停止しろ」

 言葉が届く距離にいない者でも、その力は雄弁に彼の意志を示す。

 一瞬の内に黒き球体が幾重にも発生し、大地に巨大なクレーターをいくつも造り出した。誰もそれに飲まれてはいない。あくまでこれは脅し。ただ、脅しのスケールが大き過ぎただけ。目の前で生まれ、消えた死を目前に戦意を喪失しただけ。

「くぅ、いいねえ。バチコリ決まってるねえ」

 そんな姿をキャメラに収めるは――

「どこぞに消えたと思ったら、そこにいたのか、クーン」

 アルファは『彼ら』を見て苦々しい表情を浮かべていた。

 ぐん、とクラトスに引き上げられた大地、そこに並ぶは裏の世界で名の通った怪物ばかりであった。あれが『幻日』の構成員なのだろう。ミノス・グレコが集め、自分の手足としていた、彼らもまたそれを望んでいた怪物たち。

 昨日までであれば、如何に彼らが人の枠の中で怪物とは言え、それなりの魔族を当てればどうとでもなっていたが、魔装の発動条件を満たすほどの魔力濃度となった今、彼らの中にも魔力に覚醒した者がいてもおかしくはない。

 この時代、春日武藤やニケのような表舞台で輝けぬカテゴリーエラーの怪物たちには少ない選択肢しか存在しなかった。胴元の意向を汲んで手を抜ける器用な者は裏の格闘技に居場所はあったが、それ以外の不器用な者たちには同類との殺し合い、もしくは探知不能の兵器として近代兵器と渡り合うか、である。

 この時代における暗殺者には素手で仕事を終えられる能力が求められる。道具を使えば足がつくが、素手であれば痕跡は最小限で済む。これに関しては九龍も同じであり、裏社会の要人警護、暗殺、仕事場所も社交場、賭博場、果ては近代兵器蔓延る戦場に至るまで、武人が力のみで身を立てようと思うのならば、これらすべてをこなせる能力が必要なのだ。着の身着のまま、で。

 実は武人に求められる能力の下限に関しては、今の時代が最も高かった。そんな彼らすら畏れた九龍の武人たち。彼らですら戦いたがらなかったミノスの側近。

 そんな彼らが――

「……大師李白、貴方はそちらにつかれたか」

 大星がちらりと視線を向け、こぼす。自分に武を教えてくれた男であり、先代の一龍であった国士無双の武人である。本部にいた者の避難を助け、それを以て任を解かれたのだろう。そして今、彼は『幻日』のメンバーとして立つ。

「あれは、ミノス様の右腕、戦車と素手で渡り合った『超人』ラダマンティス様だ。ミノス様崩御と共に一線を退き、墓守をしていたはずなのに」

 二代に渡りグレコ家に仕えたミノス最強の駒、『超人』ラダマンティス。名の由来は戦場にてどうしても邪魔だった敵戦車を排除するために、単身突撃しゼロ距離で張り付きながら拳で殴り続け、戦車を穴だらけに、戦車の乗員全てを殴殺した逸話から来る。ちなみに李白とは幾度も衝突し、殺されかけたこともあれば殺しかけたこともある間柄。知見のある者であれば時代のツートップが並ぶ様に、怖気が走ることであろう。どちらも怪物、しかも今、彼らが魔力に覚醒している可能性まであるのだ。

 いや、そもそも最強格二人から見れば落ちるが、他の面子も名の通った怪物ばかり。生身の時点で下位の魔獣クラスであれば素手で解体できる者ばかりなのだ。その何人かが魔力に覚醒していれば、魔人クラスでも抗し得るかどうか。

「この局面は、アールトについてこなかった力を貴ぶ武人たちを従えた『幻日』に傾いたか。わかるだろう、ゼン。彼らの内、全員じゃないけど魔力に覚醒している者がいる。九龍とも喧嘩出来る奴だ。大星は能力とは別に覚醒した魔力とその身だけで王クラスと渡り合っていたけど、彼らの内何人かは近いことぐらい、出来るのだろうね。ああいうのを見ると、ふふ、僕らが選ばれた基準がわからなくなるよ」

 ゼンは信じ難い眼で彼らを見ていた。どこかで大星が特別突き抜けており、彼のような者は世界にほとんどいないと思っていたのだ。だが、蓋を開けてみれば先ほどの槍使いたちや『幻日』のメンバー、近いレベルは、存在する。

 そんな彼らが九鬼のように魔力を使いこなせば、高位の魔族であっても好き勝手することはできない。抑止力としては充分、時代が進みさらに魔力を帯びる者が増えれば、魔族による混乱は抑え込まれることもあるかもしれない。

 それはつまり、葛城善の役割に代わりが生まれると言うこと――

『相棒、どした?』

「……いや、良いことだ。彼らが正義を成してくれたなら、良いことなんだ」

『…………』

 葛城善は、ふと、自分を繋ぎ止めていた鎖が切れた気がした。まだ全てではない。生涯切れぬものもあるだろう。だが――

 ゼンは首を振る、錯覚だ、と。それよりも今は注視せねば。

 今、頭角を現した彼らが何者であるのかを。

 天に立つクラトスは剣を掲げ宣言する。

「シュバルツバルトは俺たち『幻日』が管理する! 文句のあるやつはかかってこい、まとめて相手してやる。アストライアーだろうが、フィラントロピーだろうが、俺たちを超えねば知恵の杜は手に入らぬと知れ!」

 大地が浮く、誰もが引き寄せられる。クラトスの力に、抗うことなどできない。最強の能力とそれを振るうに値する器。剣の真価と共に第二の男の真価もまた明らかとなる。未来予知、ニケ、加納恭爾がそれらを使ってなお、第一の男同様窮地に追い込まれた第四を除けば単独戦力最強の英雄こそが、クラトスである。

 そして脇を固めるメンバーも、文句なしの怪物揃い。場違いそうに見えるクーンとて最終決戦を槍一本で駆け抜けた武力を持つ。今はまだ、この場限りの巨大戦力かもしれないが、最近の傾向から言って濃度が下がることはまずない。

 むしろ、上がるだろう。そうなった時、間違いなく彼らは少数とは言え巨大戦力に比肩し得るようになる。

「わかったらさっさと撤収しろォ」

 能力を解除し、浮き上がっていた大地は全て地に落ちる。ただ、彼自身が引き上げている知恵の泉と『幻日』メンバーの足場だけが天を衝くばかり。

 いつでもかかってこい。第三極『幻日』が今、台頭する。

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