EX:破界

 アールトはアルトゥールの死亡を確認すると同時に目的のものを手に入れて立ち上がる。遠縁ではあるが血の繋がりもある年下の親戚。それほど長い時間を共に過ごしたわけでなく、語り合った時間などすべて合わせても一日に満たないだろう。

 それでも哀しく思う。自分のような奇特な人間とは違い、彼の感性はすこぶる普通の人間だった。凡なる感性に非凡なる才能、楽しい生涯ではなかっただろう。苦しむことも多々あったはず。だが、今日ここですべてが終わったのだ。

「君の死を、すべて使い切らせてもらいます」

 アールトは下に足を向けながらドローンを操作する。映し出すのは真実、羊飼いが隠し続けてきたこの世界の真実、その一端である。


     ○


 世界中の放送局がジャックされた。映し出される映像は生々しい死体たち。白金の男を筆頭にフィラントロピーによって殺害された賢人たちなど多くの映像がモザイク一つ付けられず、人々の目に飛び込んできた。

 小さなメディア、大きなメディア、動画投稿サイト、すべてが一つのアールトによる映像で塗り潰される。衝撃的な映像と共に地域に応じた言語、文字によって羅列される賢人会議の功罪。それは彼らに衝撃を与えた。

 今まで自分たちが、自分たちの力で築いてきたモノの多くが、自分たちの与り知らぬところで計画され、やらされていただけなのだと知る。

 お前たちは操りの人形の愚者でしかないと、そう突き付けられていくような、そんな映像であった。愉快だと思う者は多くない。くだらないと切り捨てる者がほとんど。確かに直視し難い真実であろう。人は、そんなものを飲み込まない。

 都合の良い現実は信じ、都合の悪い現実に見て見ぬふりをする。

「反響はどうですか?」

『アールト様の想定通り、くだらない悪戯という見方がほとんどです』

「仕方ないことです。では、自己紹介と警告をしましょうか」

『よろしいのですか?』

「ええ、これからたくさん殺す中の、たかが一割程度の被害ですよ。それでお遊びでないことを示すことが出来れば、コストパフォーマンスは良いと思いますがね」

『承知いたしました』

 元々はアルトゥールとクラトスで行うはずだったマッチポンプ。それでは甘いとアールトが脚本を書き換え、アルトゥールに飲ませたのだ。全ては最短で物事を進めるために。全てを愛し、全てを等しく見つめられるからこそ――

「おはようございます」

 大のために小を切り捨てることに迷いはない。痛くしなければ人は解さない。有史以来、人の学びとは痛みと共に在った。少々現代は痛みが遠過ぎる。

 これでは学べない。危機感がなければ成長もない。

 だから――


     ○


 次に人々が目にした映像はどこかの都市が灼熱に飲まれる光景であった。人々は嗤う。チープなCGだと。こういう映像は十年、二十年遅い。世界が核の炎に包まれた、など今時流行らないだろう。だから、皆嗤う。

 当事者は、笑うこともなく蒸発したのだが。

『真実に眼を向けよ』

 君たちの魔王より愛を込めて、と。

 それらの言葉がしばらく続き、そして映像が切り替わった。しばらく、五分ほどだろうか、世界中は首を傾げながら笑っていた。意味不明の悪戯だった、と。だが、五分ほど経った後、世界中の放送局が緊急ニュースを映し出した。

 アメリカ共和国の人口百万を超える都市からの連絡が途絶えた、と。そして衛星からの画像が届き、メディアの誰もが絶句する。放送していいのか、止めるべきなのか、判断がつかぬほど衝撃的な光景であった。

 それでも、こんなもの隠し通せるわけがない。ゆえにメディアは映像を公開する。世界中で皆、一度は耳にしたことのある都市が一夜にして消滅したことを。おそらくは核兵器、まだ現地には近づけないし、近くにいる者はすぐに距離を取るように、と。その瞬間、世界中がパニックに陥った。


     ○


 現場にいたアストライアーの全員に緊急の連絡が入る。それは衝撃的な事実であった。アルトゥールの死亡、そして百万都市の消滅、耳を疑い聞き返した者もいたほどであった。あってはならない惨劇であろう。

 前者はまだわかる。わかりたくはないが、それでも飲み込める。

「ロバァァトォォオオ!」

「ああ、アールトがやったんだ。くく、ようやく本気になったね、ゼン」

「何故だ、何故、罪のない人々を、殺す⁉」

「知らない。もう俺たちはフィラントロピーじゃないからね。初めから今日が始まる前に俺たちは袂を分かつ予定で、袂を分かった彼がやったんだろ?」

「知っていて止めなければ、そんなもの詭弁以外の何物でもない!」

「あっはっは、ゼン。見て見ぬふりはさ、先進国の得意技だろ? 賢人会議の間引きで年間何人が途上国で、紛争で、死に絶えていると思う? 今更たかが百万ぽっちで何を慄いているんだよ。その何百倍も殺してきたのが人の歴史だろうが!」

 ロバートはさらに肉体を変質させ、身体能力を引き上げる。ゼンの動きを上回り、力任せに殴りつけた。不可逆の進化、留まるところを知らぬ異形。

 これが今のロバートである。

「喜べよ、現代に加納恭爾が現れてくれたんだ。あの世界と同じように、今度は姿を見せずに現代流のやり方で魔王と言う記号を世界に刻む。危機感は持ったかい? 俺にはもうどうでもいいけれど、あの男にとってはここからが本番なんだぜ」

 加納恭爾、彼が与えた痛みがゼンの脳裏によぎる。奪われることが当たり前となった世界。悲劇がそこら中に転がっていた世界。悲鳴が聞こえる。大きな、悲鳴が耳朶を裂く。頭が割れそうなほどのそれは――

『相棒!』

「ッ⁉」

 ギゾーの一喝がなければ回避することが出来なかった。意識が飛んでいた。どこに、ゼンにはわからない。わからないのだが、ここではないどこかであった気がする。この悲鳴に耳を傾けてしまえば、もう、戻れなくなりそうな気がした。

「ゼン、何をぼーっとしてるんだい?」

『……集中!』

「おう!」

 今はただ、目の前の相手に集中するのみ。


     ○


「なに、考えてんだよ」

「八十億分の百万でしょうに。その数字の増減に、何か意味がありますか?」

「……本気で言ってんのか?」

「ええ。貴女も、あの人の見ていた世界を見ればわかりますよ。嫌でも人を数字として見なければならぬ世界を。億単位で調整し、間引き、増やし、気が狂いそうでした。実際に気が狂い、死んだのでしょうね、私は」

 誰かが言った。賢人など狂人でなければ務まらぬ、と。世界中が恐怖し、混沌とした世界にあっておそらくは賢人であった者など小動もせずに状況を精査しているだろう。ここを勝機であり商機と思う者とているかもしれない。

 それぐらいの強さがなければ、駄目なのだ。人間を人間として見る者では八十億を従えることはできない。それは、王の資質でもある。

「そして、今の私にはたかが百万程度の微減よりも、あの人を失ったことの方が苦しいのです。ですが、胸の閊えが下りました。これであの人は解放され――」

「何勝手に、すっきりしてんだよ!」

 パラスの拳がアテナに突き刺さるも、少し後退しただけで表情に変化はない。妹の咎めるような眼も、まるで受け止める気など無い虚無が浮かぶ。

 彼女が賢人会議の中に在って何を見ていたのか、パラスは知らない。それでもアルトゥールを手伝おうとして、擦り切れて、死んだことはわかっている。百万をただの数字と言い切る彼女の目を見れば、嫌でも理解できてしまう。

 それは死ぬほどに重い選択の連続だったのだ。常人では耐えられないほどの、真面目な彼女では耐えられないほどの、重たい選択。

「テメエに戦う気がないなら、私も好きにする」

「……何を?」

「アールトを、殺す」

「それ、明日にはならないかしら?」

「今日も明日も関係ないだろうがよ。つーか、あの男に一日与えたらどこに消えるかもわからねえ。追いかけて、ぶち殺す」

「そう、なら、残念ね」

「ああ、そういうことだから――」

 妹の背中に向けた姉の蹴り。しかし妹もまた――

「マジで融通利かねえんだな、凡人」

 攻撃されることを予期し、拳で受け止めていた。

「今日、この作戦の間は、手伝うと決めているの。悪いわね、パラス」

「ああ、いいぜ。気にすんなよ。とことんやろうぜ、馬鹿姉貴!」

 再び、姉妹が火花を散らす。


     ○


 アルトゥール死亡の報せを聞き、大星は一筋涙を流す。百万と言う数字に関しては、心の中でさざ波一つ立ちはしない。賢人の側近、おそらく感性は余人とは乖離しているのであろう。むしろ今回だけ騒ぎ立てる意味がわからない。

 それに今は、どうでもいい。

「……あいつが死んだなら、戦う必要なくなったんじゃねえか?」

「そうかもしれん」

「なら、もうやめとけ」

「だが、そうでないかもしれん。これはもう意地なのだろう。最後くらいは、お前の右腕が世界最強であったと、そう示してやりたいのだ」

「自己満足だぜ、大星」

「意外と、あいつは男の子のそう言うのが好きだったからな」

「そうかい」

 大星は静かに構える。ニケも臨戦態勢は解いていない。何を言っても今日の大星が退かぬことはわかっていた。この男もまた馬鹿である。

 右腕、左足、すでに二か所の部位を欠損しながら、マナを取り込み魔力体の腕と足を創り上げていた。見た目は満身創痍に見えても心は何一つ萎えていない。もう二つ失ったところで、むしろ肉体と言う枷が外れたぐらいに思うのだろう。

 これが魔法使いと人の狭間――

「テメエは強いぜ、大星」

「続きだ」

 余人近寄れぬベクトル異なりし最強同士の戦いは続く。


     ○


 アルファ、九鬼巴は当代のリウィウスを確保し、車を走らせていた。そこで知ったのだ。大戦ぶりの大虐殺を。いや、おそらくこれから始まるのが次の大戦になるのだろう。出来れば核攻撃などは、これが最後となって欲しいが。

「いやぁ、派手にやったっすねえ。アールトさんぱねえっす」

「随分気楽なんだね、君は」

「まあ、これでもリウィウスの端くれっすよ。剣鍛冶、途中で銃造ったり、戦闘機の開祖でもあり、ロケット技術だって言っちゃえばミサイルっすからねえ。核兵器も形にしたのはリウィウスっす。とうの昔に血でべとべとなんすよ、僕らは」

「……アールトさんは何を考えているんだ」

「さあ、まあ、それはおいおいわかるんじゃないすかね? アールトさん、別に悪い人じゃないと思うんすよ。別に良い人でもないだけで。どっちにしろ、今日は終わりっす。それと同じ時代の作品、あの人が握っていたんで」

 アルファは荷台に積んである自分の家の家宝に視線を向ける。もしかすると、と思い持ってきたのだが、案の定大気中の魔力と反応し真の機能を見せた。

「あの人?」

「そりゃあもう、ストライダーがエクセリオン握ってんすから、最強すよ」

「……あ」

 その瞬間、戦場の中心地が沈む。


     ○


 最深部、そこでアールトはシュバルツバルトの中枢、流体の演算装置である泉を発見する。これで時代を先に進めることが出来ると近づくと――

「そこまでだ」

「おや、道中には私の部下もいたと思うのですが」

「悪いな、全部まとめて外に弾き飛ばした」

「そうですか」

 アールトはため息をつき、振り返りざまにヘルマの槍で突く。何人たりとも阻むことが出来ぬ愛の、力の槍。それを――

「しっかり準備していますね。昔の君であれば抜けていたところです」

 容易く一振りの剣が受け止める。硬く、錆びず、折れぬ、ただの剣。それでもその名が別の血統に切り替わった時、探し出して自分たちの家宝とした。力が欲しかったわけではない。ただ、恩義を忘れぬために。

 そしてもし、本来彼らが果たすべき役割があったとして、力及ぶ限りはその一助となるために、彼らは血と剣を繋いだ。

 自らの牙として――

「結局、俺が甘っちょろいからあんたが代わってくれたんだろ? 本当は俺が成るべきだった破壊する役割に……正直感謝している。たぶん、俺じゃ無理だった」

「人には向き不向きがありますから……それで、あなたはどちらにつきますか? 私か、アストライアーか。悪か、正義か」

「アルトゥールは俺に何も望まなかった。つまり、俺は俺のまま貫き通せばいいってことだろ? なら、現状はアストライアー寄りだが、俺は俺の道を征く」

「君が第三極になる、と?」

「ああ」

 クラトス・ガンク・ストライダーは剣を構える。虹色に輝ける刃は一瞬で真っ黒に染まる。近くにいるアールトが引き寄せられそうなほど、その黒は重かった。

「何が正しくて間違っているのか、それを外側から見て過ちを、悪を断つのが――」

 クラトスは両手で剣を思いっきり振るう。それほど重くなさそうな形状であるが、それを見てアールトはヘルマの槍で防壁を展開する。受け止めた瞬間、アールトは笑えるほどの重量差に、顔を歪めていた。

 そして――

「ストライダーの、本来の役割だ」

 黒き閃光が天を衝く。

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