EX:アストライアー、動く

 向かってくる三つの影を見て、ゼンは顔をしかめる。さすがにこれだけ経験を積めば相手がどういう強さを持っているのか、それが朧気にでも伝わってくるのだ。スペック自体は魔人クラス上位であるが、おそらく武術の達人なのだろう。

 対するゼンは世界の調律がなければ王クラス下位の基礎スペック、偽造神眼などによる創意工夫でそこそこ上のレベルとも渡り合えるのだが、問題は自分よりも上のレベルで創意工夫を凝らすスペシャリストとの戦闘である。

 どれだけ経験を積んでも、いや、むしろ経験を積んだからこそ彼らの技術が通用してしまうのだ。力の加減をしているとはいえ、九鬼相手の組手でもあまり分がいいとは言えず、武の達人相手は不得手としていた。

『安心しなよ、あの三体はおいちゃんが受け持つから』

『それは彼らを舐め過ぎだろう』

『いやいや、出発前に言った通り、リフレッシュ休暇のおかげでね、結構調子が良いんだな、これが。まあ、年長者にお任せあれ』

 ぐん、とアカギは単独で加速する。あえて、三人の輪の中に入り込んだのだ。彼らも驚愕する。何しろ、そこは彼らの連携が最も苛烈と成る場所であり、武を修めた者であれば絶対に立ち入りたくないと思う、殺し間であったから。

『こんにちは、御三方』

 何を言う前に三つの槍が三人の立ち位置、その中間地点に伸びる。多少スペックが上であっても、位階が上でも、ここは彼らの領域。

 歴史を重ねた誇り高き槍の、射程である。

『好機過ぎて、拍子がズレちゃったねえ』

「「「ッ⁉」」」

 三つの突き、素人目には同時であってもほんの僅か、微小のズレがあった。アカギはそれを見逃さない。最小限の動きで紙一重、皮一枚でかわし切り――

『すぅ、バァ!』

 彼にしては珍しく、ファイヤードレイク種の特性である炎のブレスを吐き出した。燃え盛る炎が三人を包むように広がる。

 意図を察した彼らはそこから脱出しようと動き出すも、

『さすが忠義者たちだねえ。重要な引手よりも、主の危機に反応するとは……まあ、そのおかげで捕まえられたんだけどな』

 かわした槍、重なったそれらを脇などを使い拘束、槍を手放さねば動けぬ形とする。槍を手放せば脱出適うが、その場合は槍を使わずにゼンと戦うことになる。

「ユーキ・アカギィ」

『まあ、仲良くしましょう』

 炎の壁が彼らの動きを制限する。炎の壁に対して槍を振るうも、厚みも相当なのか手応えがない。渾身の一息であったのか熱量もかなり高い。ここまで見せてこなかった奥の手、と言うよりも使う必要がなかっただけか――

 おそらく種族的には、本来ブレスなどを用いるのが王道なのだろう。情報の、思考の外ゆえに対処不可能であった。

 何よりもこの男、

『では、一人ずつきっちり倒していきましょうかね』

「……速い⁉」

 速く、強いのだ。陽炎を残しただけの加速、視覚を置き去りにするような動きの速さは伝統派空手仕込み、そこに魔力を炎に変換し、それすら加速力に転用する。同じ魔族であっても経験値が違う。魔族としての経験値、レベルが、違う。

 唯一勝っているところがあるとすれば――

「だが――」

 武人としての経験値、そしてレベル。

『お』

 アカギの視覚情報が急速に、遅くなる。ゆったりとした相手の動き、自分の身体も遅い。体感時間が、狂わされている。ただ、相手の槍を見つめているだけで、ただ、相手に槍に見惚れてしまっただけで、時間が奪われ――

『くっ⁉』

 血が舞う。先手を取っていたはずなのに、気づけば後手に回らされていた。魔術を使われたわけではない。おそらくはアカギが知覚する前から槍は動いていた。先手を取ったと思ったこと自体が誤りで、そう思わせた時点で相手の方が上。

「このレベルが、三人だ」

 天より槍が降り注ぐ。これもまたアカギの中に在るリズムが狂う。間隙を縫って現れた獣の如し荒々しき槍、虎の牙を幻視する一撃をアカギは全力で回避した。スペックでは勝っている。魔族としての戦闘経験も上。

 それでもこの三対一は、

『骨が折れそうだねえ』

 アカギは思っていた以上に難儀だと理解し、強がるんじゃなかったと早速後悔していた。だが、そう思いつつも――

「我らの槍を前に、笑うか」

『いやいや、これは苦笑いでして、逃げたいと思っているわけですな』

「ならばこの檻、消してもらおう」

『そうもいかないのが雇われの辛いところでして』

「忠義でもなく、命を賭すとは理解に苦しむ」

『まあ、それがですね。正義のヒーローってお仕事なわけですよ』

 ボウ、アカギの全身が灼熱を帯びる。すでにこの三人は肌で感じ取っていた。初見で自分たちの槍に対応できたセンス。表の大会、学生大会などの戦闘経験。ただこれだけで魔族抜きでこのレベルなのだ。この男は生まれる場所さえ異なれば、自分たちに近いレベルの武人に達していた、と。

 そこに魔族としての性能が上乗せされている。士気も高い。

「申し訳ございません、アールト様」

「容易い相手ではないようです」

「しかし、必ず勝利致します」

 武人であり魔族である四人の死闘が、始まる。


     ○


「あの三人はゼン・クズキ相手には効果的だと思っていたのですが、まさかユーキ・アカギにあんな拘束手段があったとは……読み違えましたねえ」

 最短距離を駆け抜け、ゼンがアールトとアルトゥール、その間に降り立つ。

『どちらも戦闘を停止しろ』

 どちらの味方でもない。争いの敵なのだとゼンは言い切る。そのシンプルさにアールトは苦笑し、アルトゥールは哀しげに微笑んだ。

「そうもいかないのですよ」

 アールトはゼンに近づく。ゼンは迎撃に尻尾を用いる。器用に槍を掴み、動きを止めるもアールトは槍から手を離し、さらに近づいてきた。無手の彼に何が出来るのか、ゼンは判断に迷う。正直、戦闘力と言う意味では上の三人ほど脅威ではなかった。その正しい目算が、この近接を許してしまう。

「意識、貰いますよ」

 バチリ、至近距離から放たれた攻撃力を持たない紫電がゼンを襲う。どう受けるか、それを考える暇すらなく、ゼンは当たってしまう。

『ぬ』

 元々バトルオークであり、対魔術耐性は皆無であった。今は神性を得て以前よりマシになっているとはいえ、弱いという点では変わらない。

 案の定意識を奪われ――

「アルトゥール、ここらで決着としましょう。これ以上引き延ばす意味はありません。ご安心ください、悪いようにはしませんよ。誰にとっても――」

 アールトは落ちた槍を拾い、アルトゥールに突き出す。

『させねえYO!』

「なッ⁉」

 その槍をゼンががっちりと掴み、アールトごと力ずくで壁に叩き付ける。

『悪いなガイズ。オイラたちにまやかしは通じねえぜ。相棒の魔術耐性でここまでやってきたのは、この相棒であるギゾーさまのおかげってことよ』

 そう、ゼンは意識を奪われたままであるが、その代わりにギゾーがゼンを操っていたのだ。緊急の際でしか使わぬ奥の手である。ちなみにギゾー、最近鍛え抜いたラップの腕を試したいと就寝中の身体を使ってストリートに殴り込みしているとか。

 そのおかげであちらの世界にいた時よりもギゾー操作時の精度が上がっているのは不幸中の幸い、というやつか。これがa.k.a.AIBOの実力である。

「くっ、まさか、こんなことが」

『ふっふっふ、相棒の留守は俺が守るぜい』

「……どうやら、私の負けのようですね。良かったではないですか、アルトゥール。君は生きる。アストライアー庇護のもと、平穏無事なる生涯を送ることが出来ますね。日本警察に保護された近衛清三郎君のように。それもまた一つの到達点です」

 アールトは白旗を上げ、微笑んだ。ギゾーは理解に苦しむ。殺し殺されの現場のはずなのに、目の前の男からの敵意が薄いのだ。それは、最初からそうであった。だからどちらが加害者で、どちらが被害者かわからなかった。

 今でさえ、判断がつかない。

「……ギゾー君、今、葛城善の思考は消えたままかい?」

『あ、ああ、そうだけど、どしたい?』

「いや、一度ね、彼に会っておきたかったんだ。どんな人物だったのだろう、と。どういう人物であれば、あのような永き旅路を踏破出来るのだろうか、と」

『何の話だ?』

「シンプルに、目先の誰かを救うために戦う。大局も何もない、矮小ゆえに純然たる正義が彼だ。君もその一部。私は、君たちを心より尊敬する」

『だから、何の話だよ?』

「遠い昨日の、そして今この瞬間の、哀しくも美しい物語だよ」

「アルトゥール」

「わかっています、アールト。すまない、ギゾー君」

『は?』

「感謝を。どうしても、伝えたかったんだ」

 アルトゥールが生み出した樹木はゼンの身体を拘束し、そのまま壁を突き破って二人のいる場所から遠ざかる。

「……私は今日、死ぬ。そこに迷いはないよ、アールト。だけど、もう少し粘らせてもらう。ここはね、彼らに譲ろうと思ったんだ」

「遠回りになるだけですよ」

「そうやって私たちの歴史は歩んできたんじゃないか。シュバルツバルトは彼らに、月の裏側にあるロキの工房は貴方に、それが私の選択だ」

「私はその選択を拒絶します。無駄な手順を人類に歩ませるのは、損失以外の何物でもない。先人たちが無駄足を踏んだのは知らなかったから、知っていれば最短距離を歩もうとしたはず。君のそれは怠慢ですよ、アルトゥール!」

「ええ、貴方はそれでいい。その食い違いもまた、進歩に結びつく!」

 再度、二人は衝突する。双方抱く思いは同じなれど、そこへのアプローチが違うのだ。それは誰でも同じこと。絶対的な解が見えない以上、自分の信ずる道を歩むしかない。今この瞬間の衝突は、それゆえに起きたこと。

 誰もが正義を抱く。悪意ではなく善意で歩んできた。誰が頂点になど立ちたいと思う。誰が人類の重さを背負いたいなどと思うか。それを願う者は想像力が欠如しているのだ。人間一人一人を想像できないから、容易く口に出来る。

 その重さを知り、担う者たちの多くはこう思う。自分がやらねば誰がやる、と。秀でていたから、請け負ったのだ。人生を賭して世界を背負うという生き地獄を。自由など無い。世代交代か、死か、何かで解放されるまでは――

 二人は戦いながら、さらに下層へ降りていく。

 一人は引き継ぐために、一人は引き受けるために。


     ○


『おいおい、何考えてんだ? つーか相棒、起きろ! やっべえぞ!』

「ぬ、何があった? 何で俺は、外にいる?」

『それよりも上だ!』

「なっ⁉」

 巨竜による足蹴、木々をなぎ倒しゼンが地面に突き立つ。その光景だけで凄まじい破壊力であることは理解できるが、問題は――

『相棒! 避けろ!』

「ブレス⁉ 『クイーン』みたいだな!」

 それ以上に強力な竜の炎であった。周囲一帯を焼き尽くす紅蓮の吐息。アルクスを展開しながらの全力退避、これで何とか離脱できた。

 だが――

「やあ、ゼン。また会えたね」

「ッ⁉ 『キッド』!」

「その名は、呼んで欲しくないと、前に言っただろ!」

 それ以上の脅威が眼前に現れ、ゼンの前に立ちはだかった。元アストライアー第五位『キッド』、今はフィラントロピーに与する、ただのロバート。

 炎に熱線、かつての『キッド』とはもはや真逆の攻撃がゼンを襲う。寝起きだから、ではないのだ。間違いなくロバートは自分の身体の性能を会う度に向上させている。以前遭遇した時とは別物、映像とも姿かたちが合致しない。

 彼はもう――

「俺はね、ゼン。正義の味方に、なりたかったんだ」

 恐怖に彩られた貌を見て、ゼンは歯噛みする。

 彼にかける言葉が、救うための方法が、何も思いつかなかったから。


     ○


 クラトスの周りには相当数の魔族と相当数の屍が転がっていた。人間であっても恐ろしい戦力である、と拉致された青少年は思う。

『……怪物め』

 異形の怪物側からこんな言葉が出てしまうのだ。とは言え、彼もまた限界に近い。こんな場末にこれだけの戦力を用意していたと言うことは、おそらく『彼』はフィラントロピーにとってかなり優先度が高いのだ。

 だからこれだけの人員を賭している。

「……さすがにきちいな」

「あの、僕、彼らに掴まったらどうなっちゃうんすかね?」

「とりあえず脳味噌摘出されて記憶吸い上げられるんじゃねえの」

「ひえ⁉ 僕、『幻日』に入りたいっすねえ」

「人聞きが悪いこと言うな。こっちの方が良いぞ、リウィウス。研究者は週休二日、給料も多いし、福利厚生施設も充実している」

「え、マジすか?」

「ああ。対して『幻日』など出涸らし、ろくな業態ではない。何しろグレコファミリーの不良債権を押し付けられたような組織だ」

「あ、僕フィラントロピーに」

「行かせねえよ」

「は、放してほしいっす。僕にも選択の自由って奴があるっすよ!」

「そんなもんはねえ。それにテメエは、フィラントロピーにも『幻日』にも入らねえんだよ。テメエが入るのは、アストライアーだ」

「へ?」

「遅いんだよ、アルファ」

 雷の矢がフィラントロピー陣営の足元に突き立つ。彼らは射手を探すも、目視できる範囲には存在しなかった。つまり、一方的な長距離射撃ということ。

『仕事が忙しんですよ。暇そうなそちらと違って』

「おいこら、こっちはこっちで忙しいんだよ!」

『はいはい。まあ、実家から玩具も持ってきたので、ここからは僕も戦いますよ。あとは彼女に彼の受け渡しをお願いします。それを以て任務完了ということで、成功報酬は口座に振り込んでおきます。では』

「はいよ」

 クラトスは嗤う。日本からでさえ彼らは駆け付けられたのだ。西方諸国を拠点とする彼らが黙って指をくわえているわけがない。

「後ろ、凄いのが来てるぜ」

 数体の魔族、その首が飛ぶ。背後から現れた、薙刀使いによって――

「しま、九鬼巴か!」

『おいおい、どいつもこいつも魔力が覚醒しちまってるじゃねえか! これだから元アストライアー勢は嫌なんだよ。人間じゃねえんだって』

 元々、彼女は『愛眼』という見切りの力だけで戦っていたため、それ以外の戦闘能力は以前とさほど変わらない。もちろん、見切りの力は凄まじいアドバンテージを生むが、そもそもそんなものなくとも、素人の動きなど見切るまでもない。

 魔力の繊細なコントロールがあれば、事足りる。

「邪魔です」

 容赦なく首が、手足が、舞い散る。本当にこの女、正義の味方出身なのか、と誰もが思うほど、何の躊躇もなかった。

 そもそも彼らに対して情の欠片もない。

「リウィウス、貰い受けます」

「へいへい」

「アルファさん、支援願います」

『了解』

 こちらは九鬼巴よりも多少は優しい。手心があるため急所ではなく、関節部など行動不能にする箇所ばかり狙ってくるのだ。遠距離から、正確に、である。

 こちらも人間業ではない。

『か、怪物どもめェ』

 こうなってしまえば魔族も形無しである。


     ○


 アストライアーの、オーケンフィールドの狙いはこの地の制圧であった。一応、ゼンとの会話でアルトゥールを守るための手を打ったが、大局的にそこは重要ではない。シュバルツバルトの確保、そのための戦力投入こそが真の目的。

「この私は高くつくぜ、オーケンフィールドォ」

『わかっているよ、我らが女王陛下』

「……おべんちゃらはいいから、とりあえずお国のクソジャンキーなメシ主体の食い放題を用意しとけ。戦闘すると、腹が減るんだよ」

『承知いたしました』

「ケェ、気取りやがって」

 その女性は戦闘機を自動操縦に切り替え、ハッチを蹴破る。アラートが鳴るも無視して外に出た。高度一万メートル、その高さにあって女性は半袖ホットパンツと言った出で立ち。およそ常人には理解できぬ状況であるが、本人は笑ったまま眼下に広がる戦場を見下ろしていた。彼女の目的は主に二つ、一つはこの地に存在するであろうシュバルツバルトを確保すること。もう一つは――

「……クソダセえな、姉上」

 妹へのコンプレックスがそのままの羽根つきトカゲをぶん殴ること、である。

「征くかァ」

 戦闘機の上で仁王立つ女性は、たん、と階段を降りるような小気味さで、何もない空中に踏み出した。当然、彼女は墜ちる。

 顔や、髪、肌が凍り付く。

 人間が存在すべきではない高度、速度、

「こう、だろ?」

 そこに炎が現れる。魔術によるそれは、夜闇を照らす太陽と化した。

「……まさか」

 巨竜は顔を歪める。彼女がこんな場所に来るはずがないのだ。彼女は自分が継ぐはずだった王位を継承し、軽々に国を離れられない存在になったはず。

 それなのに、何故――

「なァに、亡霊見たような顔になってんだ? 立場がよォ、逆だろうがァ!」

「……パラス!」

 巨竜の顔面をぶん殴り、女王は炎をまといて空に立つ。

「あの世に送り返してやんよ、妹の情けだ」

「……あなたは、いつも」

 元アストライアー第二位『クイーン』パラス、妹が姉を――見下ろす。

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