EX:時代の遺産
『ガァァァアアア!』
「…………」
有機的な異形の怪物ニケと無機質なる光の巨人が衝突する。ともに莫大な魔力を帯びた拳の衝突であり、大気が、世界が震える。
「ここ」
その衝突の最中、死角よりロバートが急襲する。彼らもまたかつての大魔王に似た姿で異形と化していた。その力もまた、嫌でも似てしまう。
「炎よ」
メギドの大炎、それに似た火球が光の巨人に迫った瞬間、機体は粒子と化してその場から消える。
『ちィ!』
「厄介な」
これが『光輝』の能力、エル・メールが得手としていたものと同じ。元々存在する質量を限りなくゼロに近い数値にまで下げられる能力、と言えば簡潔であろう。ただし、魔力を帯びたものに対しては効力が小さく、ニケらほどの魔力量を持つ相手の肉体を操作することは出来ない。とは言え、それが出来ずとも――
「地面に降りた?」
『何する気だ、あの野郎?』
大地に降り立った光の巨人は、着地の衝撃で宙に舞い上がった粉塵や瓦礫などの質量を操作する。巨人の周囲には光が舞い踊り、幻想的な光景が生まれていた。
対面する者にとっては、美しいと感じる余裕もないが――
「刹那よ、輝け」
光が幾重にも天を衝く。ほぼゼロ質量の物体を加速させ、光と化した瞬間に僅かに質量を戻す。その、ほんの僅かな質量でさえ其処に在る時点で光速足り得ず、大いに減速する。されど、初速が光速で撃ち出されたことに変わりはない。
ニケが、ロバートが、顔を歪める。反応など許されぬ亜光速の攻撃、ふた柱の怪物は痛みを感じる暇すらなく、自らの身体に空いた穴を見つめ、歯噛みする。これが第一の男の本領なのだ。いや、これでも当然加減している。
質量操作とは+、-の方向性に関わらず、極めれば世界を滅ぼす力となる。例えば今、光速にて打ち出した後の物体、その質量は埃よりも遥かに小さな状態であり、刹那の間に焼き切れ、消失する。そこまで気を使ってなお――
「総員、衝撃に備えてください」
『ぐお、なんつー衝撃波だよ!』
『余波だけで、これか』
質量を持った光速とは世界に凄まじい影響を与えてしまう。神や魔がこれらの能力を扱う際は、そもそも地上での効力に制限が設けられており、星を潰すことなどできないようになっているのだが、フィフスフィアにその制限はない。
こうやって自発的に能力を抑える必要があるし、誤って今の攻撃で質量を瓦礫サイズに戻してしまえば、それだけで地球が滅ぶ可能性すらある。
だからこそ、彼はあえて不利な下を取ったのだ。空に向けての攻撃であれば今のような多少の無茶も通る。
「ええ、君ならば、そうすると思っていました」
「ッ⁉」
大地で使うには強過ぎる能力。自らを律し、世界を保つ縛りがある以上、選択肢はそれほど多くない。これが宇宙での戦闘であればまるで結果は異なったのであろうが、ここは彼が守るべき大地である。
「フィフスフィアも、使いようだ!」
光の巨人は拳を握りしめ、能力で拳の質量を落とす。ゼロほど落とすわけではないが、要は光速に達せずとも速くすることは容易である能力、撃ち出す拳が音速を超越する程度であれば、無人の領域でさしたる被害もない。
「私もここは、命を張りましょう!」
光の巨人を狙いアールトは地上を駆ける。槍を旋回させ、真紅の瞳を見開く。今持てる全ての力を、切っ先に集めて――
「アルトゥール!」
「アールト!」
互いの意地が衝突する。紫電まとう槍と巨人の拳、二つは激しく魔力をぶつけ合い、火花のような魔力の残滓が辺りに舞い踊る。
その均衡を――
『かっか!』
「お返しだ」
手負いであってもニケらが見逃すはずもなかった。咄嗟に自らを粒子化させ逃げようとする光の巨人であったが、
「刹那、揺らいで頂きます」
アールトの魔術が光の巨人を操るアルトゥールの脳、パルスを乱す。その代償に衝突にこらえきれず、腕がもげるも――
ニケとロバートの攻撃が巨人を穿つ。
「ぐぅ、ぬ」
吹き飛ぶ巨人を尻目に、アールトは自らの腕を拾い、雑に繋げる。さすがは魔族の身体、と彼は自嘲し、吹き飛んだ巨人を追うため動き出す。
だが、
「油断大敵だよ、ニケ」
『なッ⁉』
いつの間にか巨人を乗り捨てていたアルトゥールがニケの背後に回り、彼の巨体を氷漬けにする。アルトゥールの能力にそんなものはない。
「複合魔術? そんな、まだまともに魔術を使えるようになって日が浅いはず!」
ロバートは驚愕に目を見開く。
しかし、アールトだけはさして驚くこともなく、
「いえいえ、ロバート君。彼は天才ですが、それ以上に勤勉な男なのですよ。魔術の時代に赴いて、何も持たずにこの男が帰ってくるはずがないでしょうに」
冷静に距離を詰めていた。魔族のスペックでゴリ押す、それが最もこの男にとって効果的な戦い方であると彼は理解していたのだ。いつだって理合いを征してきたのは理不尽かつシンプルな力であったから。
紫電をまとい、異形を露にするアールト。その姿は東方の妖怪鵺か、西方のキマイラか、あらゆる貌を覗かせる男の真正が、これ。
「その私を魔術で揺らがせた貴方に言われたくはない。本当に天才で、勤勉なのはどちらか、という話ですよ。アールト」
土と水の複合魔術により、樹木が溢れ出て異形と化したアールトを掴み、足止めをする。ただ、こんなものはまさに足止めにしかならない。
『イイ感じに冷えたぜ、アルトゥール!』
氷を破り、当然の如く無傷なニケが笑みを浮かべたまま――
「ならば寝ていろ」
『ぶっ⁉』
漆黒のスーツをまとう男の拳がその顔面を穿つ。本来、人間の攻撃など、どう当たっても無傷でしかないはずなのだが、その一撃は明らかに道理を上回っていた。
「……大星」
「久しいな、『キッド』」
「君も、まだ、その名を」
フゥ、と一呼吸して大星は自分の主に背を向けた。
「施設の避難は完了した。あとは存分に駆け抜けろ、アルトゥール」
「……恩に着るよ、大星」
「ニケと『キッド』は俺が引き受けた」
「……すまない。もう少しで、彼らが来るはずだから」
「ふん、端から俺一人で片付けるつもりだった。終わったら迎えに行ってやろう。その時は、俺がアールトを殺す。今度は、しくじらん」
「ああ、そうだね」
主がかすかに微笑んだのを感じ、大星は貌をしかめる。もうシナリオは出来上がっている。そうはならない、と彼は思っているのだろう。自分も主の王道を曲げる気はない。確かに賢人会議はすでにその役目を終えている。
残っている賢人は全て自らの伝手を、感性を、才覚をもって、世界中の組織に散らばった。それが出来なかった、時世を読めなかった者のみが、フィラントロピーや日本警察に滅ぼされたのだ。もう、残りはアルトゥールのみ。
だが、必要なのは死んだという事実だけで良いだろう。今日、賢人会議のアルトゥールが死んで、賢人会議が滅びた。その裏で、名も無き男が生存しても良い。それぐらい彼は努力した。その資格は十分備えている。
ゆえに大星は主としてここまで仕えたが、ここからは――
「一騎当千、いや、『破軍』の大星、参る!」
友を、守る。これは自分のエゴである。
「任せた」
「私は良いのですか?」
「二人を片付けた後で、殺す」
「わかりました。間に合うことを、祈っています」
二人以外、何人たりとも通さない。眼前の敵全てを穿ち倒す。
そして最後はあの男も殺す。
「……やめとけ、大星。テメエじゃ俺には勝てねえよ」
「先ほどの体たらくでよくそんなことを言えたな。いつもの貴様なら、あのタイミングですら反応していたと思うが……どうやらよほど手痛いダメージを負ったようだな。強さに陰りが見える。そうでなくとも、今の俺は強いぞ」
「フィフスマキナとやらもなしで、君たちが勝てるはずないだろうに。ニケと俺じゃない、魔族と人の差を甘く見ているよ」
「……貴様こそ、俺より二つも序列が下だった男が、俺を舐め過ぎだ!」
コォ、深く、深く、男は至る。
「征くぞ!」
黒染めが消し飛び、蒼き髪が露になる。
「魔法使いか……なおさら、登る山を間違えてんだろうがよ、大星!」
「魔法使い、ならな」
地面が抉れ、木々が薙ぎ倒され、大星の周りが吹き飛ぶ。
「俺は拳士だ」
ぐん、と膨らんだものを、内側から引っ張り戻すように両の手を合わせる。それと同時に、ニケとロバートは大星に引き寄せられた。
「俺は、アルカディアの守護者だ!」
大気中の魔力、マナの操作。これは魔法使いの特権である。それを行うと同時に、彼自身が鍛えていた内功、オドをも操る。
「魔法使いと人、両取りかよ。この業突く張りが」
「それが俺だ。ニケ」
空中での震脚、もはや大星はこの環境であれば大地すら必要としない。大気が、マナがあれば何でも出来る。魔法使いであり、人でもあるのだ。
「しゃあねえ。ロバート、俺はあとどれくらい持つ?」
大星の拳を超反応で受け止めながら、ニケは静かに問う。
「……二回か三回が生存限界だ」
「そうか。なら、良いぜ!」
それを聞いて、ニケは凄絶な笑みを浮かべた。先ほど解いた魔獣化に再び入り込む。ロバートの見立てを聞いた上で、その一回の使いどころと彼は認めたのだ。
今の大星にはその価値がある、と。
『俺が最強だァ!』
「いいや、俺こそが最強だ!」
二人の戦闘種族を見て、ロバートはため息をつきながら一歩退く、アルトゥールとアールト、彼ら以外の分断は今果たされた。もう、ニケにしろ自分にしろ与えられた仕事は終わっていたのだ。厳密にはもう、彼らはフィラントロピーですらない。
ゆえに待つ。必ず来るであろう男を。
彼だけが今の自分を――終わらせてくれると思っていたから。
○
アールトの猛攻をかわしながら、アルトゥールは魔術でしのいでいく。火、水、土、風、雷、五つの属性を操り、組み合わせ、色とりどりの魔術へと変化させる。アニセトとの研究によって身に着けた力、まさかこの世界で使うことになろうとは、あの頃思いもしなかった。全てを理解しているわけではない。
シュバルツバルトには何故かフェーズごとに情報の制限が設けられている。歴史すら思うように調べることが出来ないのだ。
それでも彼は知った。
この世界に戻り、賢人会議の首座に至ってのち、月で知ったのだ。誰に頼まれたわけでもない。自分の意志で旅路を踏破した英雄の残骸を、彼は見た。そして知った。大敵の存在を、戦い方を、目指すべき道を――
ならばもう、これしかあるまい。
「地下へ伸びる塔、粋なものを作りましたね。先代も、先々代も、尊敬に値する御方たちでした。こういう遊び心もありましたし」
「……確かに、私もそう思います」
アールトは苦笑する。しばらく見ない内にこの塔も様変わりした。賢人会議創設者にしてアルカディアの歴史を終わらせた男が掘らせた巨大なる地下都市。それを次代が、その次が、さらに掘り進めて今の姿と成った。
「賢人会議の終焉と共に、この塔も役割を終える。少し、寂しいものです」
「いえ、私はここを次なる者に託そうと思っています」
「おや、私は反対ですがね。やる時は徹底的にやるべきでしょう。ご安心を、この下にある泉の管理はしばらく、私が受け持ちますので」
「それは貴方方で決めることだ」
アルトゥールは上を指さす。指し示す先を見て、そこに輝く光点を見て、アールトもまた苦笑した。なるほど、確かにその通りであると。
「まだ、アストライアーに世界の舵取りは早いと思いますがね」
「私は彼らにそれを求めていない」
「……ほう」
「次の時代に、羊飼いは不要だ」
アルトゥールの笑みに、アールトは不快げに顔を歪める。
「それこそまだ、人には早過ぎますよ」
「私はそう思わない。だからこそ、各勢力に指揮棒が分散するのを良しとした。地力はついた。彼のおかげでデータも得られた。あとは、人が得意な競い合いで高め、迎え撃つのみ。永き絶望の連鎖を、次で終わらせるために!」
「夢物語です。危機が迫ると言うのならなおさら。やはり、この部分で私たちは噛み合いませんね。申し訳ありませんが、そこを譲る気はありませんよ」
「ええ。ゆえに――」
ミサイルが塔内部に着弾、爆発と共にふた柱の魔族がこの地に降り立った。想定を大きく上回る登場に、誰もが反応できていなかった。
「ここに二つの選択肢を用意したのです」
「……謀ってくれましたね、アルトゥール」
アストライアー最大戦力がふた柱、
「頭を打った」
『嗚呼、相棒、また馬鹿になっちまって……おいたわしや』
「いやはや、二度とミサイルでの旅は御免被りたいねえ」
葛城善、赤城勇樹、空の彼方より推参。
「……では、こちらも奥の手を出しておきましょうか」
アールトは自分の胸に手を突っ込み、開胸する。その奥より現れたるは、三人の槍士であり、三柱の魔族たちである。
「……さすが、抜かりがない」
「私の魔族としての特性までは把握できなかったようですね。まあ、ここまで使わなかったので当然ですが。私はシン・レウニール同様、魔族を吸収し自分の力にする、それに伴い保管しておく能力があります」
「なるほど、雷にすっかり騙されていました」
「あれはただの魔術ですよ。雷の属性が得意なようです」
三人は命じられるより早く、アストライアー目がけて飛び出した。言われずとも主の望む仕事は理解しているのだ。時代を超えて彼の血に仕えてきた者の末裔ゆえ。
それを視認して、
「状況は飲み込めんが……とりあえず彼らを無力化しよう」
「だねえ。ニケたちがここにいないのはちょっと不気味だけど、まあ、何とかしてみましょうかね。おいちゃんもたまには良いとこ見せないと。とりあえず――」
二人もまた、
『『やるか』』
戦闘体制に移行した。
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