最終章:英雄たちの選択

『相棒、調子はどうだい?』

「腹が痛い」

『そりゃまあ思いっ切りぶん殴られたからなぁ』

 削られた大地の上に転がり、気づけば足元が水に浸るところまで飛ばされた。盾が意味を成さぬ破壊力。圧倒的な力を前にゼンは顔を歪めた。

「何で、一気に詰めてこない?」

『腹積もりまではわからん。予想はつくが。ちなみに、相棒は知らなかったかもしれねえが、この戦いは『コードレス』ちゃんの力で世界中にばら撒かれている』

「……そんなことが出来たのか。知らなかった」

『じっくりいたぶるつもり、なのかもな。そうすることで絶望が深まる。その分奴さんも強くなるって寸法だ。悪辣さに変化なしって感じ』

 ゼンは口の端から零れる血を拭いながら立ち上がる。

『つまりは――』

「ああ、チャンスだ」

 加納恭爾の、彼が率いるシンの軍勢の、彼らの悪辣さに幾度となく苦しめられた。だが、同時にその悪辣さが彼らに機会を与えていたのもまた事実。容赦なく、正負の感情を封じて立ち回られていれば、彼らはとっくに滅んでいる。

 確かに、おぞましい怪物であろう。桁外れの強さ、途方も無き差、諦めてしまいそうになるほど、彼我の戦力は絶望的に開いている。

 されど――

「『テリオンの七つ牙が、七つ!』」

 葛城善の戦いとは常にそういったものであった。圧倒的な差をどう埋めるか、その試行錯誤が彼の戦いであったと言っても過言ではない。

「『ゴッドビースト!』」

 戦い方は心得ている。多くの経験が、今に繋がっている。

 それに今は、

『随分、耐久力が上がったみたいだな、相棒』

「俺だけの力じゃない。俺だけなら今、こうして自我を保ててもいないだろう。理屈は知らんが、心強い」

 自分に託した友の力が守ってくれている。

 魔を超え、神を超え、七つ牙を備え、獣の王をも超える。本来耐え切れぬはずの力、それから守るように力が溢れてくる。

 アストライアーがここにいる。

「フィフスフィアとは、人の心なのかもな」

『おん? 急にどうした?』

「いや、ふと思っただけだ。忘れてくれ。勝つぞ、相棒」

『おうよ、ここらでバッチシ決めてよ、バケーションしようぜぃ』

「ああ!」

 待っていた、とばかりに『絶望』が眼前に降り立つ。全て引き出した上で、ねじ伏せる。それが最も人々の絶望をかきたてる、と怪物は知っているのだ。

「征くぞ」

『……■■』

 誰もいない水平線、徐々に嵩を増す水面を蹴り、二つの巨大なパワーが動き出した。迷うことなく、ゼンは後退。『絶望』はすかさず追う。

『キメ台詞と共に後退たぁさっすが役者が違うぜ』

「正面衝突じゃ勝ち目がないからな。だが――」

 水面下で創造していた剣が、『絶望』を足元から襲う。

「ただ退く気はない」

『やるねえ』

 剣の嵐、空中を、水面を、舞うように鍛冶師の執念が煌めく。

『■■■』

 だが、『絶望』は笑みを浮かべ、それらを砕く。造作もない、くだらぬ努力だ、それらの積み重ねを嘲笑うかのように。

 こんなものか、と『絶望』が微笑む。

「安心しろ」

 ゼンもまた、嗤う。

「それは魔術時代末期の業物だ。性能は桁外れだが、対イヴリースとしての機能はほとんど削ぎ落とされた後。お前相手なら、近い時代の方が強い!」

 数多の剣に紛れ、油断したところを刺す。

『■■!?』

「人間を、あいつらを、舐めるな!」

 グロムに彼らの剣を偽造し、番えて放つ。魔を削ぐ雷と共に魔王を断つために造られた剣がうなりを上げる。彼らの造られた意味を、叫ぶ。

『おいおい、今、グロムを握っていた手、随分ハイカラなことになってんぞ。どんなおもちゃ屋さんで買ってきたんだよ。子ども絶対欲しがる奴じゃねーか』

「……この状態に成って、起動したのか?」

 元々、贈り物にしては嫌に馴染んでいた義手であったが、今の状態、七つ牙を備えた完全なる魔神化によって明らかに機能が拡張していた。

『おいおい、知らぬ間に用意されていた指輪のサイズがめちゃぴったりだったみたいな気持ち悪さだぜ。何者だよ、あの美術館館長は』

「……よく知らない。オーケンフィールドに用意してもらったのより、具合が良かったからつけていたんだが、こんな機能があるとは思わなかった」

 魔力の増幅機能。いや、もっと、それ以上の機構である。

『フィフスフィアを増幅、拡張する機構かァ? 自分の身体以上に、って感じか。そっちの世界も随分物騒みたいじゃねえの』

「物騒は物騒なんだが。まあいい、使えるモノは何でも、使わせてもらう!」

 葛城善の『ウェポンマスター』、偽造神眼の『クリエイト』、完全なる魔神化。それらが重なった眼とリンクして、義手が鈍く輝く。

 その輝きはどこか、今宙を舞う剣と同じ色を宿していた。

「こいつを通せば、さらに精度を上げることも、出来るか」

 多少手傷を負っても、まるで堪えた様子の無い『絶望』が剣の嵐を抜ける。

「やってみるぞ!」

 ゼンはショットガンを偽造、特別製の弾を込めて撃ち放つ。

「乾坤一擲だ!」

 撃ち放った実包の中身は、ミニチュアの剣。当然、こんな試みは初めてのため『絶望』の脳裏にかすめることもないだろう。

 かすめるとすれば、まだ加納恭爾であった頃の攻撃。

 当たり前のように『絶望』はその手で受けようとする。ねじ伏せる、それがこの怪物の行動原理なれば、そうしてくるのは道理。

「受けが甘い」

『■!?』

 怪物の腕に突き立つ剣、それを見て怪物はかすかに貌を歪めた。

「一気に行くぞ!」

 その緩みを逃さずに、ゼンは全力で膨大な数の剣を生み出した。各時代の名人たちが打ち鍛えた業物の数々。そこに彼らの業を参考にして打ち鍛えた自らの剣も含め、一斉に撃ち放った。葛城善の乾坤一擲、である。

「ウォォォォォォォォォオオ!」

 絶え間なく水柱が立ち上る。機を逃すまいと、ゼンもまた力を注ぐ。

 圧巻の光景。圧倒的な数の暴力。

「そしてこれが、俺の、全てだァ!」

 今までの全てを賭して、巨大な虹の剣を生み出す。刃渡り、十メートルはあろうかという長大なる作品。

 皆の積み重ねを受け取り、葛城善が生み出した至高の刃。

「『エクセリオン!』」

 葛城善の希望。全てが込められた奇跡のカタチ。

 それを容赦なく吹き荒れる水柱の中心、『絶望』がいる場所へ叩き込む。これ以上はない。今できる最高の作品であった。

 鍛冶師の連なりが、葛城善を鍛え上げた。

 歴代最高の鍛冶師とした。

 だが――

『■■■■!』

 水柱の奥より現れた『絶望』は貌を歪めていた。これ以上ない愉悦に、そこまで歪むかと思うほどに口角を上げる。

 そして希望の剣は、『絶望』が片手で受け止めていた。桁外れの魔力を一点に集中させることで、刃が届いているにもかかわらず刃が入らぬという状態を生む。

 まさかここまで来て、必死で埋めたはずのスペック差に覆されるとは。『絶望』の悪辣極まる笑みがすべてを物語る。本気で固めた己に、貴様の攻撃は届かない、と。如何なる攻撃も、如何なる業物も、届かねば同じこと。

「……くそ」

『……マジかよ』

 刃を砕き、聞き取れぬ声で高笑いする『絶望』が迫る。

『■』

 お返しとばかりに叩き込まれる拳。ゼンは水面に叩き付けられ、沈む。そこに向かって『絶望』がいたぶるように魔力の塊を投じる。

 連続で、これまたお返しだと言わんばかりに。

 希望が、沈む。


     ○


 誰もが絶句する。ようやく到来した希望。間違いなく彼は自分たちにとっての、最後の希望である。これ以上など無い。想像も出来ない。

 それをも『絶望』がしのぐのだ。

「……『コードレス』! 繋げろ、俺と、葛城善を」

 だが、ロキの叫びが彼らの思考を叱咤する。

「アルスマグナに残ってるありったけをあいつに注ぎ込む。俺が調整する。俺には直通させろ。俺は、死なねえからよォ!」

 無理、そう言おうとした『コードレス』であったが、繋がっているからこそわかる。ロキという男の中に渦巻く感情。怒り、憎しみ、その奥に揺蕩うものに。

 それはきっと彼が『彼女』に注がれてきたモノ。

「強さなんざ、大したことじゃねえんだ。力なんざ、いくら積み上げたって、怖くねえんだよ。そういうんじゃねえんだ、そんなもんじゃ、ねえんだ!」

 ロキは絶望しない。絶望などしてやらない。

「魔術師を、舐めるなァァァァアアア!」

 『コードレス』はわずかの躊躇の後、ロキに全てを繋げた。『ドクター』たち少人数を繋げただけで焼き切れそうになった、他者の魔力を。

 魔術の王に注ぎ込む。

「ああああああああああああああああああああああ!」

 魔力炉が焼き付く。頭が沸騰する。実際に、数百度にまで跳ね上がった。常人ならば幾度も死んでいる。それでも、ロキは死なない。

 そういう能力を、彼は望んだから。

 息子らに先立たれた母がこぼした、ほんの少しの弱さ。寂しさ。それを消し去ろうと人里に降りて、磨きに磨き数百年かけて到達した魔術の神髄。

 これで喜んでもらえると、そう思った。

(くっく、後にも先にも、あのババアを泣かせたのは……)

 焼き切れそうな思考。それでも染み付いた魔術は淀みなく行使される。母の想いをくみ取れず、揺蕩い続けた幾星霜。魔術を極め、魔王と呼ばれ、世界を地獄へと叩き落した男は笑みを浮かべる。

 ここで何も出来ねば、魔術に意味はない。先に散っていった同志たち、弟子もほとんどが死んだ。挑んできた馬鹿たちもほとんど残っていない。

 それでも彼らが遺したモノはロキの中に在る。

 魔術を通して、彼らの研鑽は魔術の王に集約されている。

『貴様のことは大嫌いだ。ここに、貴様を好きな者など皆無に近い』

 朦朧とする意識の中、ロキには何かが見えた。扉の先、彼岸の彼方、そこに並ぶ者たちを。同じ志を持つ、狂った好奇心の獣たち。

『だが、未達なる我ら、魔術師にも意地がある』

 魔術の探究者、すなわち魔術師。

『たかが創造主如き、我らすら観測叶わぬ未達者の果てでしかない。容易く踏み越えん。超えてこそ先がある。我らの道は、遥か半ば』

 数多の輝きが、ロキに集う。調整弁として、数多の魔術師が、手を貸す。彼岸を超え、肉体も魔力炉も存在しない死人が――

「……もっと寄越せ、『コードレス』。どうやら、やれそうだ」

 積み重ねてきたのは鍛冶師だけではない。魔術師もまたそう。

 全ての人々が積み上げた先に、今がある。


     ○


 如何に特異点、何かが起こると示唆されていたとはいえ、シュバルツバルトは自らの知見が、積み上げてきた知識が覆されるとは思っていなかった。

 スフィアに輝けるは無数の文字。ロキを取り巻く無数のフィフスフィア。今こうして、ただの個であるあの男が調整弁として機能するなどありえない。あの術式では最適化された新人類ですらキャパシティを超えてしまうだろう。

 だが、現に彼は調整弁として機能している。

「……有と無の狭間に、何がある? 僕らが見逃した何かが……魂だとでも言うのか? そんなものが、存在し得るのか?」

 そこに在って、そこに無い。

 これが示す可能性は――

「……あるのか、滅びを回避する、可能性が」

 シュバルツバルトの脳裏によぎる、薄弱の希望的観測。いつだって振り払ってきた。そんな思考など、何も生まない。何にも結び付かない。

 それでも――

「レウ、君」

 それでも、何かが変わる。その瞬間を心待ちにしていたのは、世界の誰よりも自分たちで、ほんの一欠けらでもそこに可能性があるのならば――

「そうだね、じっとしては、いられないよね」

 レプリカでしかなくとも、親友の姿に、男は笑う。


     ○


 必死に抗うも圧倒されるだけのゼン。今出せる全部を出しても届かなかった。これが『絶望』、加納恭爾とシン・イヴリースが結合した究極の一。

 認めたくはない。勝てないなど、考えたくもない。

 皆に送り出してもらった。皆の願いを背負ってここにいる。それなのに、どうしても最後の詰めに届かない。

『■■?』

 攻撃の質が変わる。ゼンの傷が急速に治る様を見て、『絶望』はわずかに疑問を浮かべた後、嬉々として攻撃の苛烈さを強めた。

「く、そ、がァ!」

 供給以上に破壊する。そうすれば魔力が垂れ流されるのと同義。じわじわと必死に貯めた魔力が枯渇し、希望が絶えていく。

 本当に悪辣なる獣である。

『クソオーク!』

 フェネクスの蹴りが『絶望』に当たる。だが、小動もしない。それどころか蹴った側の足が、あまりの魔力差に消し飛んだ。

『■■』

 嗤う『絶望』は不死鳥をひと撫でして、背骨ごと腹部を削ぎ落とす。まるで熱せられたバターのように、あっさりと肉体が破壊されるも――

『んなもんで、不死鳥が死ぬかよ!』

 炎がゼンに降り注ぐ。

『フェネクス!』

 ゼンの叫び、それと同時に『絶望』は魔力の塊を彼女にぶつける。刹那で蒸発していく身体。如何に不死鳥とて、欠片も残さず消えれば――

『ファック』

 中指を立て、フェネクスは舌を出し、消えた。

「……あっ」

 ゼンの頭が、灼けるような怒りに支配される。目の前で、奪われてしまったのだ。大切な友人を。守るべき、モノを。

「加納、恭爾ィ!」

 怒りをあらわに、ゼンは――

「ぐがが、失望させてくれるな、葛城善」

 『絶望』に突っ込もうとしたところを、突如現れた男に蹴り飛ばされる。

 その男、ピリッとした背広に身を包み、男伊達と言った風に水面に立つ。立ち姿、優雅にて悠然。ネクタイを調整し、まるで俳優が演じるように『絶望』の前に立ちはだかった。永き倦怠など微塵も感じさせぬ。

 この男こそ――

「レウ、ニール」

 かすかに、こぼした言葉が告げる。

「イヴ。無様な姿だな。誇り高き新人類とは思えぬ姿だ。ぐがが、忘れたようだから思い出させてやろう。我らが生まれた意味を」

 シン・レウニール。新人類が誇る三柱の戦士がひと柱。

「葛城善。貴様にはほとほと愛想が尽きた。この我から借金を踏み倒した男は貴様が初めてよ。もう、徴収する気もおきん」

 指を鳴らすと、死の寸前で次元の狭間に飲まれた、フェネクスが飛び出てくる。まさか、彼女も彼が動くとは思っていなかった。

 しかも、『収集王』として培った魔族の身体ではなく、再調整した戦士の身体。二度とその器に入るはずがなかった、戦士の姿でここにいる。

 今まで肉体を変化させ、そう見せていただけの状態とはまるで異なる。

「フェネクス、貴様もクビだ。どこへなりとも消え失せろ」

 真の戦士。

「さて、始めるか」

 戦士は悠然と『絶望』の前に立つ。

「我らは人を導きし者。力の責務を忘れることなかれ。責務を忘れた同胞よ。今、我が滅ぼしてくれよう」

 先手を取ろうと『絶望』が動き出そうとするも、動かぬ四肢に驚愕する。四肢は凍てつき、身動き一つ取れぬようになっていたのだ。

 絶対零度、レウニールは嗤う。

「忘れたようだな、我のシックスセンスを」

 そう思った瞬間には、灼熱の腕が『絶望』を貫く。

『!?』

「我がシックスセンスは『空間支配』。我が領域内では全てが意のまま。最強のシックスセンスはアポロンのものだが、最優は我のそれよ」

 するりと空間を超え、『絶望』の背後に回るレウニール。それに反応した『絶望』は即座に背後に拳を向けるも、あらぬ方向へ拳が流れる。

「ぐがが」

 空間の環境も、流れも、空間そのものすら――

「何が究極、如何に強き鎧を身にまとおうとも、貴様は弱きままだ、イヴ」

 支配する。砕く。『絶望』の肉体、その中身の空間を粉砕し、臓腑の位置を、繋がりを、切断し、逆流するように繋ぎ変えたり、めちゃくちゃにする。

『……■■!?』

 まさに神業。ただ一つの能力で何でも出来る夢の力。

「何をしている。疾く失せよ」

 ゼンに言葉をかけ、そのまま戦闘に戻るレウニール。いきなり現れ、敵を圧倒する男に驚き、呆然としているところをフェネクスが運ぶ。

『……勝てるのか?』

『勝てるわけねえだろ、クソオーク。マスターに限らねえが、そもそもシンはクソほど負け戦をして、ここに辿り着いたんだ。伊達や酔狂でどいつもこいつも新しい肉体を用意したわけじゃねえ。もう、とっくに、生存限界は超えてんだよ。特に、戦士最強の三柱はな。ひと柱は戦死してるしよォ』

『……そんな』

『気合入れろ。私も全力でサポートする。私らの想像なんかよりも、ずっと永く生き続けてきたマスターが、テメエに賭けたんだ。あの『絶望』がどうこうじゃねえぞ、もっと、ずっと先の話だ』

 離れたところで、フェネクスは炎の翼を展開する。

 そして、それでゼンを抱いた。

『さっきから流れてきている魔力は全部、創造に注げ。テメエの身体がそれに耐えられねえなら、前と同じように死なねえ限り治してやる』

『ああ』

『四の五の言わねえ。勝て』

『ああ!』

 葛城善は今一度想像する。先ほどよりも遥かに大きなリソース、それを如何に使うか。如何に使えば、あの怪物を滅ぼすことが出来るか。

 どうすればあの守りを突破できるか――

 今までの経験と、先ほどまでの体験も加えて、想像する。

 だが、ゼンの貌は、渋面が浮かんだまま――


     ○


 ロキは、『コードレス』は、顔を歪める。繋げることは出来ている。魔力の供給ラインも、問題はない。だが、肝心の魔力が底を尽きかけているのだ。元々の切り札であるバスター・エクセリオンも半端な形もあれ、二度使った。

 その前も皆の回復で多くを使用し、召喚に際しても当然消費されている。もう、当初の予定以上に使用している。供給してくれた者たちを責めることなどできない。彼らは想定以上に魔力を注いでくれた。

 これ以上を求めるのは――

 その様子を眺め、アリエルは苦笑する。肩を貸す好敵手もまた、同じ気持ちなのだろう。涙を浮かべながら、映像に映る彼を目に焼き付けている。

 これが本当に最後だと理解しているから。

「私の残りカス全部、多少の足しにして」

 アリエルの提案。されど『コードレス』は首を振る。死闘を超えた彼女たちから残った魔力を集めても僅かの足しにもならない。ほぼ枯渇しているのだ。

 ここにいる全員、死力を尽くしたのだから。

「全部、よ」

 貴人は微笑む。今、必死に勝利のための武器を捻り出そうとしている男を見つめ、己もまた瞼に焼き付けた。充分、である。

 もう一度、見ることが出来たのだから。

「え、あ、そんな、今のアリエルさんに、こんなに魔力が残っているはず」

 存在の消失に伴う、肉体の散華。

「ねえ、シャーロット」

 それと同時に発生する最後の輝き。その魔力を、注ぐ。

「……私、この世界に来れて、良かった。ゼンに会えて、良かった」

「……ぁ、ぁ」

 二人は輝き、同時に砕け散った。彼女たちは知らない。死んで戻れることなど。ただ単純に、自分たちに出来ることを模索した結果、この結論に至っただけ。世界を救いたいから、それはきっと、違う。

 彼女たちもまたエゴイスト。

 今、頑張っている彼のために、そのために選び取った。

「私も繋げな。悔しいが、ここからの戦いには役に立たねえ。なら、全部あいつにぶっこむ。もってけ、全部だ!」

 女王は潔く散った。可能性に全てを託し。

 残っていた英雄たち、数は少ないが皆、全てを賭すと命を捧げる。苦しい戦いだった。足掻いて、足掻いて、なお光が見えぬ戦いだった。

 そんな中、ようやく光が見えたのだ。

 大勢死んだ。別の世界でも、それなりに長くいる者にとっては友人であり、中には所帯を持った者もいる。もはや他人ではないのだ。

 愛すべき隣人。守るべき人々。

 借りたものを返すだけ、皆笑って希望へ託す。

「……別に英雄じゃないけれど、ま、最後くらいは善いことするか」

 アカギが言った通り、ここには見るべきものが沢山あった。彼と話したい。あんなに反目していたのに、最後に浮かべるのは最初のヒーロー、その背中。

「兄ちゃん、俺らを守ってくれて、ありがとうな」

「……はは、なるほど。悪くないね、こういうのも」

 クズとして呼ばれ、赤城勇樹に連れ出され、英雄と轡を共にした男もまた、笑って全部を注いだ。見るべきものは、見ることが出来たから。

「罪滅ぼししたら、正義の味方になるのも、悪く、な――」

 笑顔で散る。人が見ているのだ、正義の味方なら強がるだろう、と。

「……僕、どうしたらいいと思う、竜二君」

 自分では届かない敵。もはや敵を討とうにも力不足。そもそも冷静に考えれば竜二の仇はドゥッカで、キングの仇はニケ。どっちももういない。

「ま、いっか。もう、やりたいこと全部やれたし」

 生まれながらに不自由を強いられ、新天地で自由を求めた天才は笑いながらその自由を放棄する。充分満喫したのもあるが、ここに至るまでで彼は知ったのだ。自由であろうがなかろうが、一人ではつまらないことを。

 それなら、あの二人がいるかもしれない選択肢の方がマシ。死後の世界ってどんなのだろうなぁ、と暢気に考えながら、あっさりと天才は命を放棄する。

 英雄たちの、皆の、静かなる、されど壮絶な死にざま。

 誰に強制されたわけではない。それでも彼らはそれしかないと考えた瞬間、躊躇いなくその選択肢を選び取った。人の願いに応えた者たち。

 彼らもまた多くを奪われ、同胞を殺され、理由が在ったのだ。

 シンの軍勢の悪意が彼らの正義を鍛え、強固なものとした。

「……『コードレス』。君は最後まで見ていてくれ。君がいなければ世界中が希望の結末を見逃すことになる。それは、人類最大の損失さ」

 アルファもまた友の槍を杖代わりに立ちながら、命を掲げる。

「クーン。かつて君は言ったね。運とは見えないから恐ろしい。でも、だからこそ面白いのだ、と。この結末は君の運だけじゃないと思う。君も、そう思っているだろう。無様に死んだ、なんて笑っているかもしれない」

 アルファは最後まで見届けられないのを口惜しいと思いながらも、ほんの少しでも繋がりの中に自分が役に立つのなら、と嬉しく思う。

「だけど、僕は君の運が無ければ、君たちの助力が無ければここには辿り着けなかったと思っているよ。何が無くても、誰がいなくても、駄目だったんだ。ここから先の明日には、誰一人要らない者などいなかった」

 槍を掲げ、高らかに笑う。

「希望よ、明日へと輝け!」

 そして、彼の力もまたアルスマグナの輝き、その一部と成った。

 英雄の想いが、一つに、束ねられる。


     ○


 ゼンは流れてきた力に、ただの魔力だけではない何かを感じた。色とりどりの、曲者だらけの、輝き。どこまでもアストライアーらしい美しき煌めき。

 ゼンは瞼の裏に二人を思い浮かべる。背を押してもらった、とても美しい二人の英雄を。いつかまた、そう思い集中する。

 この力は、これだけは、絶対に無駄には出来ないのだから。

 深く、深く、全てを、結ぶ。

 足りぬなら工夫しろ。必ず、絶対に、突破口を見出して見せる。

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