最終章:魔界より、来る
魔界のとある場所、そこには無数の屍、に見える瀕死の魔族たちがひしめき合っていた。よく見れば誰も彼もが第一世代、第二、第三世代のトップクラス。神族や魔族の混成であるシンの軍勢を跳ね返した強者ばかりである。
その彼らが、ほぼ死んでいた。
『二度と、第一世代にゃ喧嘩、売らねえ。絶対だ』
『死ぬ。死ぬ。さすがにこれ死ぬ』
『あ、俺の隣のやつ死んでるわ』
『寝ただけだろ、ベリアルの親戚だぜ、そいつ』
『とにかく、しばらく、戦いはいいわ』
『平和が一番』
『群れに、帰りてェ』
戦闘大好き、シンの軍勢の侵攻によって燃え盛っていた戦意の炎がものの見事に鎮火していた。全員、眼が死んでいる。
『バァル、とりあえずあれだ、向こう百年はうちとは同盟関係だぞ。領域の環境清浄化が交換条件だからな』
『うちも頼むわー』
『俺のとこが先だろ。この前、よくわからん女が熱量下げたせいで寒くて仕方ねえんだよ。火口に住む種族のことも考えろよな、ほんと』
『……承ったよ。皆の助力に、感謝する』
死屍累々、まあほとんど生きてはいるが、それでも死の淵にまで追いやられた者ばかり。うっかり殺された者も混じっている。
それはそれで満足しているのだろうが。
『とは言え制限下、勝てやしないよ、あれじゃ』
今まで動かなかった最後の六大魔王レヴィアタンは傷だらけの身体を何とか持ち上げ、空を漂う。どの第一世代も一目置く彼女でさえ、これほどの深手を負った戦場、その激しさは語らずとも見えてくる。
『出来ることをしたくなったんです。それに、やられっぱなしというのも、ふふ、癪じゃないですか。まあ、嫌がらせ、ですかね』
『つくづくあんたは、魔族的じゃないね。もう付き合いきれないよ』
『ご協力感謝します。貴女がいなければ、もう少し出荷が早まったでしょうし、私たちが彼に耐え切れたとは思えませんので』
『気まぐれさね』
そう言って去って行くレヴィアタンを見送り、バァルは苦笑する。
『父上が、ここまで体を張る必要がありましたか?』
こちらも満身創痍のバァルの息子、ベルゼが父に問う。
父はぐにゃりと微笑み、
『この前の決着を付けていなかったので。魔族的でしょう?』
空を見上げた。
『……それが本音であれば、僕だって何も言いませんよ』
この場の誰よりもあの怪物と戦い続け、身体の再生が始まらないほど出し尽くした父を見て、ベルゼは貌を曇らせる。
死に瀕し、魔力も枯渇、肉体も半壊、半分というよりも八割ほど損傷している。元々スペック自体は六大魔王でも下の方であり、再生力に関しては種族としても劣るのだ。回復には相当時間が必要だろう。
その間、戦が絶えぬ魔界で自分たちの種が生き延びられるか。損得を考えればこんなことするべきではなかった。貧乏くじを引いたのだ。
それなのに何故、父が笑っているのか、ベルゼにはわからない。
○
本陣の場所が割れ、不死鳥らの獅子奮迅の働きによって何とか堪えていた戦場。もはやここまでか、かすかに人の脳裏にそれが過ぎった時、加納の妨害をものともせぬほど盛大に次元が砕け、その奥より紅蓮の怪物が湧き出てくる。
巨躯、凄まじい大きさと、狂おしいほどの重さを感じる怪物。
まさに、怪物としか形容できぬ存在。
『ウォォォォオオオッ!』
世界が揺らぐ。世界が設けた制限が悲鳴を上げるほど、それはあまりにも重かった。本来この地に在ってはならぬモノである。
『……誰だ、こんな阿呆なこと考えたファッキン野郎は』
苦々しくも、かすかに笑みを浮かべるフェネクス。
「な、何事ですか、あれは!?」
ざわつく本陣、されどそこに光が降り立つ。
エルの民を率いる者、エル・メールが。
「落ち着いてください。あれは、敵ではありません。まあ、味方と呼ぶには少々見境がなくなっていますが、進路に立つことさえなければ、増援と考えて良いはずです。あそこまで仕上がった状態は見たことがないのですがね」
増援、その言葉に皆喜色を浮かべつつも、どこか信じられない思いも浮かべていた。あんな、巨大な怪物、魔王よりも魔王らしい姿なのだ。
あれが人の味方だと、平時なら誰も信じない。
「……エル・メール様、あれはいったい何者なのですか?」
この場全員が浮かべる疑問を、代表してフラミネスが問う。
「元六大魔王アスモデウス。永久機関の権能を与えられていた強き王です」
「何故、あれほどの怪物が、六大魔王ではないのですか? 肌感覚ではありますが、明らかに六大魔王でも最上位のルシファー殿、ベリアル殿をも超えています」
フラミネスの身体が、大樹の根が、葉が、木々が告げる。
あれはこの世界に、蒼き星にいてはならぬ存在だと。
「かの王は少し特殊なのだ」
炎をまといながら着陸するトリスメギストス。
「特殊と言いますと?」
「真価を発揮するためには、長い時間と強き敵がいる。理論上、アスモデウスは最強の魔族なのだが、大体の魔族はそうなる前に距離を取り、時間を経過させる。あの男が高め切るような戦い方は取らん。戦闘種族である魔族でも、じゃ」
「では、あれは――」
「どこぞの王があえて魔界の不文律を犯し、あれを仕上げたのじゃろう。ああなってしまえば止まらんぞ。だからこそ、六大魔王ですら短期決戦か長期戦になりそうな場合は撤退を選んでいたのだからのぉ」
一、二日でああは成らない。
長く、そして強き者が、途切らせることなく戦い続け、高めた先にあの怪物がいるのだ。存在するだけで世界が悲鳴を上げるほどの、化け物が。
「制限なくば最強の化け物。制限下でも、ぶっちぎりで最強の魔族じゃ」
アスモデウスは咆哮し、腕を振るう。
振るう度に、鮮血が、臓腑が、砕け散った敵が空を舞う。
『ォォォォオオオ!』
止まらない。止められない。
「あの怪物の進行方向に立つなァ!」
アルファの指示が飛ぶも、これを目の前にした常人は、何も考えることなどできない。ただ呆然と、破壊の嵐に飲まれていくだけ。
彼は敵ではない。されど、味方でもない。
そもそも今は、ただ破壊するのみの存在。普段は六大魔王の中でも良識派であったアスモデウスであり、姫を得てからより丸くなった男だが、一度火がついてしまえばこの通り、例え自分の配下でさえ目に入らないだろう。
「……ありがたいが、全く、魔族らしいプレゼントだ」
人的被害が出るのは仕方がない。彼らが魔族である以上。
魔族と人族が手を取り合う明日にはまだ、遠いのだ。
『もう、アスモデウスったら。目立ち過ぎなのよ』
そしてもう一つ、彼と共に現れた存在が――
『ルシファー様、お待たせいたしました』
六大魔王ルキフグス。偽造虚無の権能を持っていた彼女がアスモデウスと共に蒼き星に降り立った。彼らにも当然例外なく制限はかかるが――
『貴方のルキフグスが、今、邪魔者は掃除しますね』
防御無視の能力を主体とする彼女には、あまり意味がない。
虚無を展開し、四方八方消し飛ばす。こちらはアスモデウス以上に見境がない。そもそも区別する気もない。彼女にとっては眼前に全てが邪魔モノである。
『あたしが隠居してる間に、とんでもないじゃじゃ馬が玉座についたもんだね。ったく、雛鳥にすり込んじまったなら、あんたが責任取りなよ』
フェンはため息をつきながら、虚無に飲まれかけた人をくわえて放り投げる。その眼は仮の本陣に立つルシファーに向けられていた。
『ルキフグス』
『ルシファー様、どうされました?』
ルキフグスの頭に直接響く、神族でもあったルシファーの思念。それを受け取っただけで幸せそうな笑みを彼女は浮かべた。
『出来るだけ、人族は避けてやれ。今のアスモデウスには出来ずとも、お前ならば出来るはずだ。六大魔王のルキフグスならば』
その言葉を聞き、
『もちろんです!』
あっさりと考えを改めるルキフグス。相手がルシファーであればチョロいのだ。それ以外に対しては、虫けらとしか思っていないが。
『では、人族以外皆殺しにしますね』
笑顔でルキフグスが空に、地に、虚無を降らせる。
『おい、ふざけんな! 俺らは味方だぞ!』
『あら、三下のアバドンじゃない。でも、私、人族以外は殺して良いって言われてるから。悪いけど、死にたくないなら勝手に避けなさい!』
同世代であるアバドンの足元が消え、転げる姿を見てけらけら笑うルキフグス。彼女だけ、空気感が異なるのは、まあ仕方ないことではあるが。
『で、エルの民の、あの女はどこ?』
どうにも、妙な気も起こしているようである。
まあ、この戦場で、この乱戦で、この混沌とした場所で、ライラを見つけるのは中々骨が折れるだろうし、そもそも――
『初めて見る小娘だ』
『この技、不愉快ではある』
『レコーズに連なる者か? まさか――』
『オーバーロードではあるまい。あまりにも矮小過ぎる』
相手は第一世代の神族たちである。如何に彼女とて、
『ハァン? なに、この老いぼれども』
そこまで余裕がある相手では、無い。
○
加納はその光景に笑い出しそうになっていた。
あの仕掛け、魔族でこういう粋な真似をする者はバァルぐらいのもの。つまるところ、あそこで煽り倒したからこそ、彼は身を粉にして仕上げたのだろう。
加納もアスモデウスは知っている。永久機関の権能、その残滓とてああ成り得ることは想定出来た。もちろん、普通の手段では高め切る前に相手が死ぬ。複数、当て馬が必要だろう。その上で死力を尽くせる六大魔王が相手取り、高めねばああは成らない。ここまでは、如何に加納でも想定できなかった。
魔族らしからぬやり方、人間っぽいやり口に、加納は笑うのだ。
おそらく、人とのかかわりによって揺らぐことになる彼が、誰よりも人間らしいやり方をしてきたから。いや、だからこそ、そうなるのか。
まあ、どちらにせよ、
「私には勝てんよ。君たち同様に」
『『…………』』
魔法使い、世界の秩序を守るための機能と堕す、生命の行き止まり。確かに彼らは強さを得た。魔族ではなくなったことで制限はかからぬし、加納とやり合うレベルには達している。だが、負ける気はしない。
イヴァンであった者がどろりと加納の背後に現れ、後ろ手を組み『ながら』掌底を放つ。見えざる拳、加納は口の端に流れる血を拭い、笑う。
同じく後ろ手を組み、立ち尽くすヴントゥの蹴りを受け止め、やはり笑う。
「魔法使いにオドはない。あるのはマナ、世界と融和し、秩序と調和によって世界を安寧に導くもの。旧き時代の、遺物だ」
個はない。ゆえに動きに意味はない。
個がない。だからこそ、強さは一律にして不変。
「少し、借りるよ」
どん、鋭い踏み込みからの正拳突きが魔法使いを穿つ。瞬間にだけイヴリースとの同調を深め、限界以上の力を引き出したのだ。
『……』
世界に流し切れぬダメージに、魔法使いは血を流す。
「上限を超えた力に、君たちは何も出来ない。世界そのものと言えば聞こえは良いが、所詮はただの歯車。一度はシン・イヴリースが絶滅させ、またしてもその依り代である私に滅ぼされる。実に因果だ。好きだよ、私は」
変わらぬ者。ゆえに滅びた。
魔法使いでは超越者には絶対勝てない。だが、魔法使いでなくば超越者相手に時間を稼ぐことすら不可能なのだ。だからこそ、イヴァンらは自我を捨て、誇りを捨て、明日を捨てて魔法使いと堕したのだ。
見えざる拳が、蹴りが、蒼き魔力が加納を幾重にも襲う。
「じっくり滅ぼしてあげよう。一つずつ、希望を手折るのもまた、一興」
それらを前に、やはり、嗤う。
○
魔界、廃墟と化した都市の一角、己の女々しさを示した建物の前で男は座り込んでいた。かつて、この建物と同じカタチの場所で兄弟は在った。
長兄と少し年が離れた双子の三人兄弟。
二度と帰らぬ幻想郷。あの頃はまだ、蒼き星に皆がいた。
金と紅に分かたれる前、青空が天井いっぱいに広がっていた。いい思い出しかない。逆に、このくすんだ紅き天井にはろくな思い出がない。
長兄と共に金の星に行けば、何か変わっていただろうか。いや、結局三者が分かたれることに変わりはない。ゼウスは絶対に金の星を選んだだろうし、ルシファーは紅き星を選んだ。選べなかったのは、己だけ。
あの青空に固執するのは、己だけ。
『……ルシファー、俺だ。そこから少し離れた『大穴』もどき、そうだ、それを使え。俺のいる場所に繋げ、崩壊させろ。その破壊を利用し、そちらに征く』
ならばもう、こんなものは必要ない。
『終わらせるぞ、俺たちであれを、屠る』
建物を消し飛ばし、シャイターンは待つ。
行方不明。死んだとは限らない。もしかしたら『収集』され、いつか再開する方法が芽生えるかもしれない。そんな幻想を、終わらせるために。
○
ルシファーはもう一つのプレゼント、その意図を理解し、顔を歪めていた。確かに制限下とはいえ、最強の六大魔王の参戦は大きい。
しかも、あのゼウスを討つために一時的にだが手を組むという意志を彼が示したのだ。それならば、双つ翼が揃うのであれば、多少は――
『シャイターンか』
『ああ。お前はどう思う? あれを、この星に、呼ぶことを』
『変わらん。誰が出てこようと、あのアスモデウスであっても、制限下である以上、俺たちは端役以下だ。それでも、そうだな、あれは、お前たちが止めてやるべきだとは思う。それが兄弟というものなのだろう』
『……お前もレヴィにそんな気持ちを抱くのか?』
『あれは女だ。男のそれとは違う』
『ゼウスは両性だぞ』
『お前たちを前にしたあいつは、俺には兄にしか見えなかったさ』
『……そうか。ならばせめて、兄弟として』
ルシファーは『大穴』に次ぐ存在『タルタロス』と呼ばれていたそれに、己が力で干渉する。シャイターンの場所と繋げた上、あえて崩壊させる。
『制限下では、この程度でも消耗するものだな』
『……俺も先ほど、アスモデウスを呼んだのでほぼ、空だ。まあ、権能自体、奪われた今、いずれ錆びゆくのだろうが』
『だが、俺にも意地がある』
力で、捩じる。繋げ、壊す。
遠き地で、黒き柱が渦巻く。超重の、崩壊。これまた世界を揺らすほどの、回廊が崩れ去る悲鳴。大獄ほどではないが、それに近い感覚がルシファーの感覚を揺らす。自分が招いた絶望、長兄がああ成ってしまった原因。
『逃げろ、ルシファー。お前のせいではない。私は私の意思でここに残るのだ。シャイターンとは、難しいだろうが、仲良くしなさい。それだけが――』
確かに、自分しか、自分たちしか、いない。
一つの回廊が崩壊し、それと同時に世界が揺らぐ。その刹那を、光が通り抜けた。この世界に固執するあまり、他の六大魔王とは比較にならぬほど強き制限、蒼き星に降り立つことが出来ぬ制約を持ちながら、それでも押し通る。
全ては、ケリをつけるため。
『……忌々しいほどに、変わらず、蒼いな』
シャイターンが蒼き星に顕現する。
そして、光と化し――
『今日限りだ、愚弟』
一瞬で戦場に降り立つ。
『兄とは認めていない』
『ほざけ』
双つ翼が、並び立った。シャイターンとルシファーが。
『……人族の分際で、あれと渡り合うか。満身創痍に見えるが、くく、少し改めてやろう。だが、邪魔だ』
そのシャイターンが突然、メギドの大炎を展開する。
狙いはもちろん、ゼウス。
そこにはゼウスに食い下がるキングと宗次郎もいた。
『シャイターン!』
ルシファーの制止は、何の意味もなさない。炎はすさまじい速度でその場に到達し、全てを焼き払った。
だが、その場には誰もいない。
キングと宗次郎はベリアルが力を振り絞り、彼の近くまで引き寄せられていた。先ほど空になったと言ったのに、このタスクはきつい。
「し、死んだかと思ったでござる」
「死にかけだよ、おかげさまでね!」
彼らの悪口など意にも介さずシャイターンは蒼空に君臨するただ一点を見つめていた。美しき羽根はもはや面影すらない。
それでも忘れることはない。
『終わらせるぞ』
『ああ』
ふた柱は翅を展開し、空へ飛び立つ。彼らもまた魔族でありながら神族の権利を有していた存在。ただし、その権利は失われた。
ルシファーが紅き星を選んだ時に、そのルシファーを守るため紅き星を選んだ時に、翅は失われた。同じ星を選んだ彼らもまた分かたれた。
だが、信条、理念、感情、ありとあらゆるものが分かたれた彼らが重なった時、僅かだがかつての権利、その残滓である翅が顕現したのだ。
決して、それだけで届くわけではない。
彼らは長く魔族であった。長く、魔族であり過ぎた。
分かたれた時間は長く、もはや何も言わずとも互いを理解できていた日は遠い。今ではわからぬことの方が多いだろう。
それでも今は、同じ方向を見つめる。
天に君臨する長兄目がけて――
『ああ、あああ、嗚呼』
かすかに、天に座すゼウスは、微笑んだ。
○
仮の本陣と、真の本陣、主戦場はその間に移る。
混乱の極み、それでもアスモデウス、ルキフグスの登場によって戦局は大きく激変した。絶望的な状況から一転、何とか持ち直すことが出来つつあった。
もちろん、敵もまた精強である。
制限のかからぬ神族らはもちろん、末端の天使や神の獣たちでさえ並の使い手では到底届かないし、マッドサイエンティストが遺したガープやファヴニルも健在。双方長き戦いでボロボロなれど、圧倒的な戦闘力を見せる。
それに、意思があった時とは比較にならないが、ニケも暴れ回っている。
勝てぬ相手、アスモデウスをかわし、本陣に詰め寄せんとするニケの立ち回りだけは、意思があった時よりも厄介かもしれない。あの男であれば絶対に避けなかっただろうし、喜んで突っ込み、暴れ、おそらく死んでいた。
今は、ただ獣としての生存本能と闘争本能が、突き動かす。
シンの軍勢、いまだ健在。
「……キングさんに宗次郎君も、まだ、戦ってくれるか。誰が見ても、ボロボロでも、さすがだ、そう思わないか、パラス」
「……うるせえ、絆創膏持ってこい」
アルファはパラスを背負いながら撤退していた。退きながらも統制し、自身もまた能力を放つ。威力は落ちるが、クロスボウの形に能力の形状を変化させ、片手でも雷光を撃ち放つことが出来たのだ。
「絆創膏じゃ、無理だよ」
「なんで、死にかけの私を拾った? 持たねえぞ、たぶん、本陣まで」
「不死鳥に救ってもらおうと思っているんだけど」
「……クソほど、救うべき命が零れまくってる、この戦場で、私だけ特別扱いか? ハッ、くだらねえ。私らはたぶん、死んでも死なねえぞ」
「……僕らとアルトゥールじゃ状況は違うよ」
「クラトスと話した」
「え?」
「こっちに来る前に、腹割って、話した。あっちが勝手に、ふらりと現れたんだ。んで、話した。これから起きうる可能性、とかな」
「……彼はなんて?」
「英雄召喚とか、色々だ。アルトゥールの野郎が、クラトスに、ご丁寧に引継ぎを残していたらしいぜ。次は、あいつだろ、ってな。で、その中に英雄召喚の術式、それによって呼ばれた者がどうなるか、書いてあったそうだ」
「確定情報?」
「あくまで推測だろ。だが、あいつはアニセトのとこにそこそこいたらしい。あの怪物が、それなりに長居したんだ。ふん、ロキのやつが言うように、魔術が学問だってなら、あの男の推測にケチつけんにゃ、骨が折れるぜ」
「……違いない」
「この身体は、現地の召喚士のだ。で、アタシらの身体はあっちにあるらしい。元の世界で、次元を超えたどこかに、保存されてるんじゃないか、ってな。そこが何処か、どんな場所なのか、知らねえけどよ」
「だから、死なない?」
「そういう推測だ。私も、そう思う。ってなったら、私らの命ってのはこの世界のおいて、優先的に消費すべきだって思うわけよ」
「それは、違うな。僕らは召喚士の命を背負っている。彼らの分、僕らは何かを残す義務がある。君は強い。一度負けた程度で、折れてもらっちゃ困る。君の国は世界の盾だ。あらゆる干渉を弾き、凛然と君臨する柱だ」
「ただの、クソ田舎、だろ」
「なら、君はここにいない。そうだろう、女王様」
アルファが微笑むと同時に、空から豪速で不死鳥が舞い降りる。
『サボんなファッキントカゲ!』
炎が、彼女を撫でる。
『……クソオークほど早く治らねえな。まあ、仕事はしたぜ』
そう言って彼女はまたも羽ばたいていくが、残念ながら二人ともにその言葉は届かなかった。魔族の波長を解さない二人ゆえ。
「……ちっ、無駄に丈夫だな、この身体は」
「早く降りてくれよ。結構、君重くてさ」
「あとで殺すわ」
もう一度、女王は空に向かう。
「ああ、全部終わったら、好きにしてくれ」
アルファは飛び立つ女王の背を眩しそうに眺め、戦場を見渡した。
混沌が広がる中にも、希望はある。
希望というには荒々しいが――
「……今の話が本当だとして、それじゃあ何故、ヴォルフガングは」
疑問は残る。いや、生まれた。
だが、今重要なのは疑問ではない。何とか本陣を持たせること、あの召喚を成功させること。そのためには、一番重要な人物が欠けている。
「僕はもう役割を終えた一兵卒だ。次は君に任せるよ、クーン」
最後のピースに思いを馳せ、アルファは後退しながら弓を射る。
○
『乗りなァ!』
えっほえっほと本陣目掛け走っていたクーンの前にフェンが現れる。そのまま頭をぱくりとくわえ、自身の背中に放り投げる。
「あら、ありがとちゃん」
『ったく、切り札らしいのにほっつき歩いてんじゃないよ』
「あはは、何言われてんだかわかんないけど、怒られてるのは、何となくわかります。とりあえず、本陣までよろしく。上はまあ、何とかするからさ」
『背中のそれが飾りじゃないことを祈るよ』
フェンは本陣目掛け走り出す。彼女を狙う空からの敵は、クーンが槍で突き、叩き落す。まるで騎馬のように魔狼の女王がヒモ男を背に、戦場を駆ける。
「はーどっこい」
『気が抜ける男だねえ!』
言葉とは裏腹にその槍、冴えわたる。
○
仮の本陣、すでにがらんどうとなるそこで、未だヒュプノーと拮抗し続ける男がいた。音を司る者同士の千日手。互いに干渉するので手一杯。
神である者は驚愕し、神成らざる者もまた驚愕する。
己以外に、己の領域で対抗できる者がいたのか、と。
最高のセッション、奏でるは不協和音であるが、それでもどこか心地よい響きであった。本来の役割とは異なるが、双方とも悪くない気持ちである。
だが、いつまでも均衡が続くわけではなかった。
遠方からの虚無、それがヒュプノーの身体、その八割を消し飛ばしたのだ。あれほど厄介極まる存在だった眠りの王が、あっさりと沈む。
意識の外から、防御無視の攻撃を受けてはどうしようもないだろう。
『……相変わらず、嫌な力だ』
ベリアルは嘆息し、ようやく解放された最強の兵器を見つめる。
顔色が悪く、体力は消耗しているようだが、まだ――
「げほ、ごほ」
その時、何もされていないのに、ヴォルフガングは地面に血を吐いた。
「……クソ、俺の身体じゃ、ないのになァ」
それを見てベリアルは知る。
この男、もう長くはないのだと。おそらくは、初めから。
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