最終章:絶望の足音

 レウニールは顔を歪め、事態を覗き見ていた。

『ふにぃ……にゃんだか、寒気がしたにゃ』

 この館に残った使用人ミィは身震いする。星をまたぎ、今の衝突は戦闘種族である魔族に寒気を感じさせたのだ。本能による恐怖。

 桁外れの戦闘力を。

「……イヴを超えていた。瞬間的にイヴと同調し、さらなる力を引き出したか。取り込まれる恐れがあるゆえに、多用は出来まいが」

 ミィに聞かれぬように、人と同じ波長で言葉を漏らすレウニール。あの瞬間、間違いなくオリジナルを超えていた。あの一撃自体、レウニールでさえ届き得ると思ったのだ。人族の希望そのもの、総力を結集した最大火力ならば。

 だが、結果は受け止められ、防ぎ切られた。

「そも、オリジナルを超えている時点で」

 レウニールでさえ想定外の事態。

 あれで届かぬ相手に、果たして本当に打ち勝つことが叶うのか。


     ○


 シュバルツバルトもまた歯噛みしながら状況を見つめていた。

「シュバルツ様」

「……魔界でシャイターン相手に食い下がったと聞いた時から、多少覚悟はしていたが、欠片を持つ男自体が成長している。素体として、イヴを超えているんだ。全人類から優秀な遺伝子を厳選し、掛け合わせ、さらに改良を加えられた新人類よりも、器として優秀。であれば、人に勝ち目などない」

 イヴリース自身、戦闘向けの新人類ではなかったとはいえ、それでも普通の人間がその域に達するのは数十億に一つの確率であろう。

 いや、だからこそ選ばれた、というべきなのか。

「いや、思い返せば当然か。本当の意味で第一の男は、彼なのだから。人にとっての善悪はともかく、シュバルツバルトが、A・Oが、選んだ最高の器こそ、イヴの欠片をも引き寄せた怪物、加納恭爾」

 秩序が安定を欠いた時、世界が選んだ始まりの男。

 シュバルツバルトの眼前、知識の泉から浮かぶ無数の文字の中、ひと際大きく輝く『絶望(デスペア)』が文字通り絶望的な状況を示していた。

「本当に繋がるのか? それとも、彼らの世界と今は繋がらず、ここで絶えるとでも言うのか? 何故、教えて下さらなかったのですか、おばあさま」

 知らぬこと、未知を前にシュバルツバルトは安寧が崩された日を思い出していた。いつだって既知は易く、未知は難い。

 最強の切り札が敗れ、前線を支える最高の黒子が絶えた今――

 繋がる明日が、見えない。


     ○


 不覚、一瞬の揺らぎを加納に突かれ、五体砕けながら空から墜ちるキング。折角鍛え上げてもらった刃をシン・イヴリースに突き立てることなく、敗れるとは。あまりに情けない。そして、いつまで経っても『ドクター』の治療が、始まらない。普通なら致命傷でも、彼なら何とかできる損傷であろう。

 それが何も起きないということは――

「……無念」

 僅かの緩みすら、あってはならぬ戦場であった。自分たちは強くなったが、敵のレベルもまた今までにない戦力なのだ。

 ラスボスたる魔王が正義の味方に呼応してレベルアップしているのは、クソゲー極まる、とキングは歯噛みし、静かに刃を――


     ○


 シルヴァンスの森、そこに根を張る一本の大樹、それこそフラミネスの魔術であった。自身の身体を用いた守り、あらゆる魔術に対しての防衛機能を備えていた最高の拠点であった。幾重にも張り巡らせた魔術防壁は探知機能にもなり、敵の襲来、防壁を貫通した攻撃にも備えることが出来る。

 だが、足元にはそれがなかった。そもそも、まだ本陣は割れていないと皆が思っていたのだ。実際にこれまで何の干渉もなかった。

 そこに突然、地中深くより偽造虚無が現れたのだ。

 フラミネスの根が消され、痛みで気づいた時には時すでに遅し。

「なっ」

 治療に専念する『ドクター』の半身を、するりと虚無が舐め取って行った。左半身、心臓を消失し、誰が見ても致命傷の状況。

 恐ろしいのは、それほどの損傷にもかかわらず痛みがほとんどなかったことにある。体が損傷を認識していない。痛みの信号が、来ない。

 ただ、血は滝のように溢れ出る。

「アーサー! アーサー!」

「……く、そ」

 『コードレス』の悲鳴が無ければ左腕が消えていることに気付かず、治療を続けようとしていたかもしれない。

 まあ、左足も消えているので、立ってもいられないのだが。

「締まらねえ、な」

 意思に反し、崩れ落ちる体。

「アーサー、自分を治して!」

「……そりゃあ、無理、だ」

 アーサーは力入らぬ五体によって、自身の死を理解する。まあ、人を切り刻んできた生涯、弾丸飛び交う戦場でエゴを満たしていたのだ。

 いつか、こうなる気はしていた。

 死は、さほど怖くない。もしかしたら家族に会えるかもしれないから。

 彼女たちは、会いたくないだろうが。

「アーサー。いや、死んじゃ、やだ。わたし、アーサーが、いないと、何も、できない。戦いが終わるまで、おねがい、あきらめないで!」

 彼女にしては大きな声を聴き、アーサーは微笑む。

 彼女は本当に強くなった。そして、彼女を強くしたのは英雄たちの旅路と自称魔王のショック療法である。医者である自分はどこか娘に似た雰囲気の彼女に嫌われまいと、容易い道ばかりを勧めてしまった。

 結果は火を見るより明らか。彼女を守ろうとして、危うく可能性を閉ざしてしまうところだった。本当に育成者の、親の才が無いのだと自嘲した。

 彼女は大丈夫。きっとこれから、もっと強くなる。

「フェネクス!」

『……人族には効き辛いんだよ、私の炎は。魔族でも、五分五分の状況。純正の人族相手じゃ、延命にもならねえ』

 本陣の守護役を買って出ていた不死鳥フェネクスであったが、如何に彼女であってもほぼ死に体である状況からの再生は難しかった。

 それでも気づけば可能な限りオドで自身を縫い付け、出血を押さえていたのだが、そこまでやってなお死は寸前に迫っていたのだ。

「無茶、言ってやる、な」

 自分の身体は診辛いが、ここまでわかりやすければ診断も容易い。

 自身に余命宣告、とオツなこともやってみたいが、

「虚無は、足元、からだ。地中も、奴の射線ってことだな。クソチート野郎め。まあ、俺でよかった。奴さん、まだ遊ぶ気のようだ、ぜ」

 アーサーは『コードレス』を見つめる。

「舐められるなよ、『コードレス』。お前じゃなくて、俺を選んだこと、大魔王様に思い知らせて、やれ。大丈夫、おまえはもう、大丈夫、だ」

「アーサー、アーサー」

「最後の、頼みだ」

「最後なんて、いや――」

「もう一度、俺を、みんなに、繋げて、くれ。考えてみりゃ、オド操るんだ、くく、手足なんざ、要らねえよ。まだ、やれる、から」

 涙を流し、嫌々と首を振っていた『コードレス』は信じ難い眼で、アーサーを見つめる。こんな状況で、今にも死にそうなのに、

「なん、で?」

 何で、自分ではなく、人を診ようとしているのか。

「お医者さん、だから、な」

 残った右腕を掲げ、まるでメスを握っているかのような動作をする。

「……わかった」

 ぐっと、涙をぬぐい『コードレス』は今一度、戦場の皆とアーサーを、否、『ドクター』を繋げる。彼は「ありがとう」と零し、怪我人の多さに笑みを浮かべる。

「ったく、どいつもこいつも、世話が、焼けるぜ」

 そして、最後の治療を開始した。

 それは誰よりも速く、誰よりも多く、刹那に大勢を治す。切り、縫い、塞ぎ、繋げ、死に瀕してなお、笑みを浮かべる彼の技術に一切の乱れなく、ただ一つのミスすらなく、静かにオペを終えた。

 そして――砕け散る。

「わたしたち、絶対に、勝つから!」

 歯を食いしばり、『コードレス』は己が職務に戻る。

 皆を繋げる役目、希望を運ぶ役目、必ず果たして見せる、と彼女は父のように自分を守ってくれた恩人に誓う。

 希望の灯、絶やすまいと。


     ○


 アストライアー第九位『ドクター』死亡。

 その報せを聞き、第四位『斬魔』は溢れ出そうな涙をこらえ、修羅の如く大太刀を振るい、敵を切り裂いていく。自らの失態で招いた何も残せぬ死、それを死に体であったであろう男に拾ってもらったのだ。

 何が英雄、何が第四位、このザマで去って行った皆にどう顔向けすればいいと言うのか。今度は己が遺す番だ、と奮起する。

 ことここに至り、狙う首は一つ。

「キング、次さっきみたいなポンコツかましたらゼッコーだからな」

「ああ! 二度と、二度と、緩まぬでござるよ!」

 彼の想いを背負い、第四位『斬魔』は首級目掛け踏み出す。

 真の本陣の場所が明らかになり、最高のヒーラーを失った以上、急ぎ本陣の守りに向かうか、元凶を叩くかの二つに一つ。

 もはや長期戦はありえない。

「覚悟!」

『親玉ァ!』

 戦線は無視し、キングと宗次郎は加納に突っ込んだ。

 最大火力を打ち込み、相手もそれに応じて凄まじい力を出した。消耗はあるはず、いや、あってくれと願いキングたちは剣を振りかぶる。

「おや、互いにゆったりと指し合うものだと思っていたよ」

「先に仕掛けたのは、そちらでござろうが!」

 加納恭爾、シン・イヴリース、彼らを打破するための刃である。

「征くぞ、『斬魔之大太刀』!」

 紅き刃とそこに波打つ虹の波紋。ただ斬ることだけを追求した当代リウィウスによる最高傑作に、『斬魔』の能力を乗せる。

「素晴らしい」

 第四位『斬魔』キング・スレードの袈裟切りは、空を切る。

「宗の字!」

 だが、

『はいよキング!』

 避けられることも当然考慮している。

『最強丸、今こそ真価を発揮しなァ!』

 紫電が、加納の背後を取っていた。

『極炎雷麒麟大牙』

 細身の刀身に宗次郎の魔力を全力で流した瞬間、炎が溢れ出し、宗次郎の雷と絡み合う。これがカナヤゴ最高傑作最強丸(略)の真価。

 使い手の魔力に呼応し、退魔の炎が盛るギミック。なんで虹色にせねばならない、私は赤い方が、炎の方が好きなんだ、という強い意志をその刃は宿す。

「挟まれたか」

 加納がそう呟いた瞬間、実質的にドゥッカを滅ぼした二人の剣閃が無数に奔る。二人でとにかく磨いた速さ。力で大魔王に勝るのは不可能だが、無駄を削ぎ落とし技巧を凝らし、瞬発力に力を全振りすれば、届き得る。

 彼らは誰に言われるともなく、この結論にたどり着いた。切るという動作は押すのではなく引く、その引く動作を如何に速くするか、それが肝要なのだ。

 それはこういう怪物じみた戦いでも同じ。

 彼らは剣士としての最適解に至り、それを磨き上げた。だからこそ、数打ちゃ当たる戦法で闇の王を滅ぼすところにまで達したのだ。

 卓越した技術と脱力からの瞬間的な力み。

 この二つを彼らは極めた。

 無数の斬撃が語る。これぞ才能と正しき努力が重なって生まれた到達点であると。彼らは間違いなく、自分たちを極限まで磨き上げた。

 これ以上ないところまで、高めた。

「さすがに薄皮とはいえ、こうも斬られ続けては、辛いな」

 回避し続けていた加納は苦笑する。

 そして、戦死した名も知れぬ騎士の躯から、二振りの剣を引き寄せて構えた。先ほどの攻防より、彼が相当の使い手であることは二人とも承知済み。

「その刃で、拙者らの剣を受けると?」

「問題あるかな?」

『舐めんのも、大概にしろ!』

 さらに攻撃の手を強める、二人。だが、その顔に余裕はない。むしろ、切り結ぶたびに表情が歪んでいくのだ。

 それは、

「良い剣だ。そして良い剣士だ。私が君たちほどの戦力しか持ち合わせていなかったなら、ものの数秒でやられていただろう」

 力の差が浮き彫りになっているから。先ほどのような馬鹿げた力をなくとも、加納恭爾自体が以前より力を増している。アルスマグナ込みでオーケンフィールドに追い込まれていた時とはレベルが違う。

 しかも、この男、剣の心得も持ち合わせているのだ。

『くそ、くそ、クソったれ!』

 宗次郎は心底腹が立っていた。自分の弱さに、そして相手の強さの質に。確かに加納は思ったよりずっと剣に関しては知見があり、技量もあった。それでも剣の技量は宗次郎やキングの方が圧倒的に上なのだ。

 だが、未達とはいえ高い剣の技量、そして圧倒的な力が合わされば、技で埋めていた分が相当削られてしまう。目算が、大きく崩れた。

 これならある意味でただの獣、シン・イヴリースの方がマシ。

「残念だが、君たちでは私に届かない」

 二つの剣を巧みに操り、二人の剣を受ける加納。キングも宗次郎も顔を歪める。隙はある。粗もある。だが、そこを突く速さが足りない。

 切り開く力も足りない。

 魔王の魔力を帯びる無銘の剣、その頑強さに、鋭さに、笑ってしまうほどの力の差を感じてしまう。あらゆる手段を講じて追いかけた。鍛冶師らの協力を得てここまで迫った。あの日のシン・イヴリースなら、斬れたはずだった。

 技無き存在成れば、オリジナルのシン・イヴリースだって――

「ここまでだ」

 加納は雑に体から魔力を噴出させ、それによって二人を吹き飛ばす。技でも何でもない。ただ魔力を放出しただけで、距離を空けられてしまう。

「借りるぜ」

 少し離れたところで倒れ伏すアルフォンスの横、そこに降り立った女性は彼の剣を握り絶望そのものへ足を向ける。

 紅き炎、加納は目の端にそれを幻視する。

「真打は遅れてやってくる、か」

「そりゃあどうも!」

 今度は第二位『クイーン』が持ち場を放棄し、加納へと突貫をかける。巨竜でもなく、さりとて人でもない。ベリアルらが見せた中庸の姿。

「剣も使えるのか」

「古臭い田舎剣法だけどなァ!」

 女性とは思えない力強い剣。重く、激しいそれは技術というよりも信念を叩きつけるものであった。彼女のスペックでそれをされると、容易く受けられるものではない。加納は哂う。哀しいかな、彼女もまた相当使い込んでいるが、それでもあの二人に才覚努力共に及ぶものではない。

 彼女のスペックが彼らに在れば、彼らの技量が彼女に在れば、

「諦めんなァ! ここで勝たねえと、もう後はねえぞ!」

「承知、している!」

『指図、すんな、トマトみたいな髪の色しやがって!』

 加納恭爾を、シン・イヴリースを、超えられたかもしれない。

 『クイーン』の剣が加納の剣を圧し砕き、生まれた隙に二人の剣が加納を貫いた。それでも加納は揺らがない。揺らぐ必要がない。

 確かに素晴らしい剣である。あの時、あの男が生みだしたそれに近い、場面によっては超えている性能だろう。だが、残念ながら近過ぎたのだ。

 シン・イヴリースを殺すための毒、加納を長きに渡り苦しめたそれも、彼らの剣は当然のように搭載している。斬り、貫き、発揮されるそれは今、加納の体の中で分解され、消えている。すでに、学習済み。

 克服しているものなのだ。

「くた、ばれェ!」

 とどめとばかりに『クイーン』の袈裟切りが加納の肩にさく裂する。斬るのではなく、圧し潰すための刃。彼女のスペックと噛み合い、それは加納の肩を砕く。だが、それだけ。ちょっとした損傷を与えただけ。

 下から手を添えただけで、止まる程度のもの。

「クソが、やっぱ迷信じゃねえか。太陽もぶっ潰せるって話だったのによォ」

「良い剣だった。だけど、届かない」

 加納はもう片方の剣を捨て、その腕で『クイーン』の腹を穿つ。骨が砕けた音、血と吐しゃ物をまき散らしながら、彼女が異様な軌跡を描き、飛んでいく。

 ほぼ水平方向。元々本陣としていた場所まで、一直線に。

 ロキが生み出した環境浄化のための大樹に衝突し、それをへし折るほどの威力。真っ赤な花を咲かせ、女王は自らの血だまりに沈む。

「剣、抜いた方が良いのでは?」

「『ッ!?』」

 キング、宗次郎の眼前に、ゼウスが降り立つ。

「最後の時を楽しむと良い。今のゼウスなら、君たちでも勝てるかもしれない。もう、壊れかけているからね」

 輝ける雷を受け、嫌でも後退を強いられる二人。ゼウスの登場によって加納が遠ざかる。いや、そもそも、もはや、自分たちでは――

「良い貌だ」

「ぐっ!?」

 加納は満足したのか、荒れ始めた戦場に目を向けた。

 空ではもう、シルヴァンスの森近くまで軍勢が到達していた。空戦の要であった『斬魔』、『クイーン』、宗次郎が抜けたためである。

 そのリスクを背負ってでも、ここで終わらせようとした。

 そして、失敗に終わった。


     ○


 ウィルスとカナヤゴは叫びながら、地面を幾度も叩く。

 届かなかった。今のシン・イヴリースにはまるで、何も、通じなかった。命を燃やし、魂をすり減らして、ようやく捻り出した最高傑作が、ただの模倣でしかないと一蹴された。結局、葛城善には及ばなかったのだ。

 わかっていた。この結果は、ここまでひどい結果は、想定外ではあるが、葛城善のあれを超えたとは、胸を張って言えなかった時点で、結果は見えていた。

 超えられず、自らが打ち鍛えた刃が通じず、使い手が死ぬ。

 その絶望の光景に、『コードレス』が見せる現実に、彼らは涙を浮かべ、すまない、許してほしい、と言葉をこぼす。

 まるで思いつかない。あの絶望を払う刃など、思い浮かばない。


     ○


 シルヴァンスの森近くの空では、不死鳥フェネクスが獅子奮迅の働きをしていた。制限下であっても圧巻のスピードで翻弄し、天使たちを寄せ付けない。とはいえ、こんな戦いが出来るのも神族の王クラスが到着するまで。

 如何にフェネクスが速くとも、力の差があればそもそもダメージが通せない。それほどに厳しいものなのだ、魔族の、特に上位層への制限というものは。

 フェネクスは遠く、ボロボロの宝石王にすら歯が立たないベレトらベリアルの軍勢を見つめ、顔を歪ませた。本当の力はベレトらの方が圧倒的に上である。それが制限下では束になってもかなわない現実が待ち受ける。

 フェネクスも今、その現実と戦っていた。少し上位の天使でさえ嫌になるほどの手応えが返ってくる。続々と現れる上位陣を見れば、こんな状況などそう長くはもたないのは明白である。

『さっさとしやがれ、クソ短髪女ァ』

 時間はない。急がねば、間に合わない。

 何が出てくるかはわからないが、フェネクスは彼らが用意した作戦の中で一番面白いと思い、協力することにした。

 まあ、確実性は全くないし、十中八九、クソみたいな結果が生まれるだろうが。それでも万が一があるとしたら、これしかないのだ。

 彼女は何となく、そう思っていた。

 そしてその何となくで、獅子奮迅の働きをする。


     ○


 フラミネスは戦況を見て、苦渋の決断を下した。

「……召喚士隊、準備を」

「はい!」

 英雄召喚、である。それも従来の方法とは異なり、より大きなリソースと人員を用意して行われる一世一代の召喚術。多数の召喚士の命、そして世界中から集めた魔力をリソースとしてくべ、可能性を掴む。

 フランセットを中心とした年若い召喚士たち。もう、若い召喚士、昔であれば召喚士とは呼べぬ卵たちしかいないのだ。

「私の命であれば、いくらでも、それなのに――」

「大丈夫です、フラミネス様。このために、私たちは修行を重ねてきました。世界と繋がるために、巡礼の旅も終えてきたのです」

 才覚と長く特殊な修行を終えて、召喚士は生まれる。魔術師とは異なる特殊な立場であり、技術が必要なのだ。本来は聖職者のようなもので、修行を経た召喚士は栄誉を得る。それだけのはずだった。

 今の彼女たちは、人柱としか言えないが。

「ゼン様。今、そちらに向かいます」

 命を燃やし、彼女たちは希望の礎足らんと、詠唱を始めた。


     ○


「ここが持っているのは、ヴォルフガングのおかげ、か」

 アルファは危機的状況に歯噛みする。いきなり玉の在り処がバレてしまった時点でプランを大きく前倒す必要が出てきたのだ。

 そのためのピースを本陣に送り込む時間が、無い。

 そもそも、すでに制空権は押し込まれている。中盤戦を飛ばし、一気に終盤戦に持ち込まれてしまった。主導権は、もう無い。

「クソ、地上部隊も、もう、持たないか」

 もちろん『ドクター』が倒れた際の第二案はある。実際に使っている。世界中から集めた魔力を、全兵士に少しずつ分け与え、少しでも戦線を支えてもらう。

 だが、あくまで少しの効果しかない。だからこそのサブプラン。英雄たちも含め、外部から魔力を供給する方法は負担が大きく、使いこなしている加納が怪物なのだと実験を重ね判明した。本当に補助程度が限界。

 当然、兵士の数はどんどん減っていく。

「おい、白髪の兄ちゃん、とりあえずシン・イヴリースは俺らが抑えるから、その間にあれだ、なんか攻略法でも捻り出してくれや」

「え?」

 突然、降りてきたイヴァンがアルファに告げる。

 ヴントゥもまた共に。

『ルシファーの旦那ァ、後のことは、任せるぜ。まあ、今のあんたに先々まで面倒見てくれ、とは言えねえけどよ、頼むわ』

『ああ、心得た』

『ありがたい』

 イヴァンとヴントゥは、並び立つ。

『蒼い空、結局、もう一度黄金の地平線は見れなかったな』

『遊びに来たわけではないからな』

『そんでも、もう一度、見たかったぜ』

『そうだな』

 イヴァンとヴントゥは同じ構えを取る。ゆったりと、されど地に足をつけて。空気を、世界をかき混ぜるような、舞い。

「いったい、彼らは何を」

 アルファの疑問にルシファーが答える。

「これより彼らは竜族にのみ与えられた権限を用い、世界と繋がる」

「それは、どういう――」

「見ていればわかる。その前に、本陣の守りを固めるべきだ。あの少年、もう限界だぞ。ヒュプノーを止めながら、天使たちを操る。驚嘆に値するが、それゆえか、それとは別の理由か、疲弊が尋常ではない」

「え?」

 あまりにも目まぐるしく変わる戦場で、注視出来ていなかったが、確かにヴォルフガングは疲弊していた。それも尋常ではない顔色の悪さである。

「今の彼をここから動かすわけにはいかんだろう。彼抜きで、策を組み立てた方が良い。ヒュプノーは制限下ではない我らでさえ、戦い方を誤れば敗れ去る力を持っている。彼がいなければ、とうに勝負は決まっていた」

「彼を置いて、退け、と?」

「それが最善だ。無論、我々はここに残るがな」

「……お願いします」

 アルファは頭を下げ、本当の本陣を守るために動き出す。

「送ってはやらんのか、ベリアル」

「試してみようとしたが、残念ながら、私に出来ることはあちらにも出来るようだ。移動のために能力を使おうとすると、こうなる」

 干渉され、不安定となる次元操作。

 厳しい状況に、笑うしかない六大魔王がふた柱。制限によって本来の力を封じられ、本来戦うべき相手と戦えない無力を、噛み締め。

『ですが、全力であれば、何とか繋げられるのでは?』

『……バァルの眼、か。人界にまで、何の用だ?』

 突然現れたバァルの分身体にルシファーが顔をしかめる。

『竜族の献身、それに感銘を受けまして。私も六大魔王の一角として二つほどプレゼントを用意しました。あくまで、時間稼ぎにしかなりませんが』

『制限下だ。貴様の軍勢が来たとて』

『ええ。なので、魔界の総力を結集し、鍛え上げました』

『鍛え上げ……まさか!?』

『ええ。シン・イヴリースは竜族が、その他大勢は、彼に任せましょう。なので、今から言う座標と、今最も戦力が必要な場所を繋げてください。凄まじい重さですので、覚悟してくださいね、ベリアル殿』

『楽しみにしている』

 ベリアルが微笑む。

 さすがはバァル・ゼブル、知恵を凝らせば魔界でも随一。

 竜族とあれが戦場で真価を発揮するなら、時間程度は十二分に稼げるはず。あとは人族の試み次第、にはなるだろうが。

『もう一つのプレゼントとはなんだ?』

『さる御方が、貴方を待っています。ルシファー殿』

『……誰だ?』

『こちらはじきに、繋がると思いますよ。では、健闘を祈ります』

 バァルの眼が消える。

 それと同時に、蒼き光の柱がイヴァンとヴントゥを包んだ。

 繋がったのだ、世界と。

 この、蒼き星と。


     ○


 加納はその光景を見て、イヴリースの知識から答えを引き出す。

「龍舞。なるほど。個を捨て、全と成るか」

 光の柱が消え、そこには蒼き存在が二つ、生み出されていた。蒼き外皮、蒼き髪、自我はない。彼らはただ秩序のために存在している。

 竜族にのみ与えられた任意の接続権。世界が乱れた時、あらゆる垣根を超えて彼らは秩序を取り戻すために実行力を行使する存在が彼らである。

『秩序のため』

『滅べ』

 蒼き星、世界そのもの。

「魔法使い」

『『参る』』

 すうっと世界に溶け込み、気づけば彼らは加納の眼前に現れる。そこに命の熱はない。ただ、世界のしもべとして、手足としてそこに在るだけ。

 魔法使いとは、ただの機能である。

「確かに、これで魔法使いという生き物になった。制限を設ける側であり、この世界であれば、魔族であるよりも戦力は上だろう」

 イヴァンであった者が、無言で掌をかざす。

 その動作だけで加納が吹き飛ぶ。触れてすら、いないのに。

「だが、それでは絶対に勝てない」

『『既知』』

「覚悟の上、か」

 世界そのものがうねる。イヴァンとヴントゥ、であった者たちの周辺、大気が、景色が、彼らに呼応するように形を変えていく。

 まるで加納が世界そのものを相手取っているかのよう。

「ならば、結構」

 絶滅種、魔法使いと加納恭爾の戦闘が開始する。


     ○


 それと時同じくして、ベリアルが全戦力を注ぎ、次元の壁をぶち破った。場所はシルヴァンスの森手前。繋げた先は、魔界。

 次元の裂け目より、真紅の怪物が、現れる。

 裂け目が小さいとばかりに、力ずくで広げて圧し通る、威容。そこに在るだけで、重く、苦しくなる巨大なる存在。

 桁違いの、何かが、蒼き星に現れる。

 それが其処に在るだけで、世界が悲鳴を上げるほど。

制限の締め付けなくば、これが世界を滅ぼしてしまいそうな、そんな怪物。

 魔界より超戦力、来る。

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