最終章:正義の味方

 魔族、英雄、そして別世界。

 包み隠さず語ることによって荒唐無稽な話になってしまったが――

「私も、そして今ここに来た彼女、九鬼君も別世界、人々の願いによって呼ばれた。私は長く行方不明、彼女は武者修行の旅と対外的にはなっていたが」

「葛城君!? 大丈夫ですか? 腕が!?」

「ん、ああ、くっつけようとしたが、そうする前に傷口が治ってしまった」

「悲劇です!」

「……話してほしかったんだが、忙しいみたいだね。まあ、彼女だけじゃない。様々な人種、得能を持った者たちが呼ばれた。了承を得られなかった人物もいるが、得られた人物に関しては行方不明の期間などをHPに記載しておきます」

「QRコードはこちらだよぉ」

 一つずつ、

「行方不明となっているアンサール・アリ・シャッビーハ。自らによる火災によって痕跡が残らぬほど燃え尽きたとされるウコバク・ド・プランシー。包囲され銃撃の嵐の中、突如消え去った道化トム・クラウン。そして、ある日突然この世界から消えたマフィアの王ミノス・グレコ。他にも大勢、姿をくらました理由が不明な大物たち、彼らもまた魔王の手先として呼び出され、そして、私たちと戦いました」

 一つずつ、穴をふさいでいく。

 如何に荒唐無稽であっても、現に魔族が存在することは映像が証明した。今この学校周辺に交通規制が張られている中での出来事ゆえ、ただのフェイク映像だと片付けることは難しい。しかも語っているのはあのオーケンフィールドの息子なのだ。アメリカの軍事を建国以来担ってきた超ビッグネームである。

 検索すればすぐに本人であることがわかるし、彼が行方不明であったこと、その他にも大勢の著名人が同じ境遇であったことを考えると、馬鹿らしいと言い切れなかった。リストに記載されている人間を知る者であればあるほど、彼の言葉に矛盾がなく、説明がつかなかったことを説明できるようになったことで、腑に落ちるようになっていく。善悪共に、疑問を持たぬ方が少ない世界になってしまったのだ。

「――――」

 誰もが理由を求めていた。

 どれほどに荒唐無稽であっても、全て包み隠さぬことで整合性が生まれてしまう。真実ゆえに矛盾が発生しない。説明が出来てしまう。

「以上が、簡単にまとめた概要です。もっと詳しい情報を知りたい、と思う方はこちらのHPに細かい出来事が載っています。アクセスしてください。なるべく、バイアスがかからぬよう事実だけを並べてあるので、少し読み辛いかと思われますが。一応主要言語に対応してますので、読むことに不都合はないはずです」

「このQRだよぉ。言語選択はアクセスのタイミングだよぉ」

 全てを語り終え、オーケンフィールドは息を吐く。

 ここからが本番なのだ。知識、意識の共有。そこからが始まり。

「ここまで、随分と荒唐無稽な話を語ってきたはずです。信じられない方も当然いるでしょう。それを私は否定しませんし、そのまま平穏無事に暮らしていけたなら、それ以上のことはないのです。私が今、語ったのは知りたいと思う人、わからないことへの過剰な恐怖を抱く方へのアンサーとして、語らせて頂きました」

 ここからが――

「今、世界中で謎の怪異として、様々な憶測が飛び交っています。しかし、この程度で済んでいるのは世界各国の、不断の努力による平和です。世界中、約数十万、百万近くの人々が潜在的に魔族かもしれない、こんなこと公表すればパニックになってしまいます。実際に今、皆さんの頭は困惑に埋め尽くされているはずです。信じても、信じずとも、じきに混乱へと変化し、恐慌へと発展しかねません。それを防いだのは各国政府機関の努力と、そして何よりも大勢の魔族たちが自らを律していたから、そこに尽きます!」

 ハンス・オーケンフィールドの本番。

「彼らの多くは悪人ではありません。心が弱った時に、手を差し伸べられたなら、救いの糸が垂れて来たなら、誰だって掴み取ってしまうでしょう! 其処に善悪などない。悪しき存在に利用された、被害者でしかないのです!」

 ゼンやイチジョーなどは貌を曇らせる。

「今の平和がその証拠、先ほどご覧頂いたのは魔族の中でもトップクラスの戦闘力を持つ者たちでありますが、ここにいるアカギなどは彼らに近い実力を持っています。そこに及ばずとも、一条君たちのような力を持った者たちは数千以上、いるはずです。ですが、いま世界はギリギリのところで平穏を保っている。何故か!? それは彼らが自らを律し、力を制御しているからに他ならないからです!」

 魔獣クラスはもちろんのこと、魔人クラスとて延べ人数で言えば万近くいるはずである。それなのに世界は仮初めとはいえ凪いでいる。

「しかし今、情報封鎖も限界に近づいていました。各国機関も無いとしてきたものを、いきなりあるとは言えないでしょう。そして、次第に漏れ伝わり、パニック状態となる未来に皆、怯えている。だからこそ、今、私たちが真実を語り、そして皆さまにお願いしに来ました。どうか、自らを律してください。違う者を排斥しようと動き出すのではなく、普段通りの生活を続けて頂くだけでいいのです」

 そんなこと、不可能だろう。

 たかが肌の色、人間という枠組みの中での身体、運動能力の差異。その程度で彼らは差別し、いがみ合っているのだ。

 それをいきなり、魔族を受け入れろなど――

「なぜ自分たちがそんなことをしなければならないのか、皆さんそう思うことでしょう。ですが、彼らの存在は私たちとは無関係ではありません。彼らを弱らせたのも、そもそもの元凶を生み出したのも、全てこの世界、今我々の生きる社会なのです。誰もが無関係ではない。営みの中にいる者であれば、全ての者に責任がある! だからこそ、私は皆さんに、その責任の一端を担って欲しい!」

 しかも責任を担えなど――

「もちろん、いつまでも、というわけではありません。現在、世界各国がそれぞれ全力で対処に動いています。例えば私の祖国、アメリカでは軍部主導で魔獣化を抑制する薬品の動物実験に入っている所です。ここ日本でも警察主導で魔獣化の研究、対魔族用の戦闘部隊も結成されています。どの国でも、何らかの動きはあるはずです。そして今、真実が明るみに出た以上、秘密裏に動く必要はない。大手を振って、世界各国の総力を結集し、ことに当たることが出来ます!」

 だが、そこに時間的制限が加われば――

「それでも不安はある。わかります。今日のような力に溺れた者の暴発が、いつ起きるかもわからないのですから。その時は、私たちを頼ってください!」

 そこに活路があるのなら――

「私たち非営利機関アストライアーは人種、国境、あらゆるしがらみにとらわれず、ただ人々の悲鳴にのみ応えます!」

 オーケンフィールドが指を鳴らした瞬間、世界中が見つめている画面が切り替わり、ライブ映像とされるものが何分割にもされて、映されていた。

 それは全て、対魔族との戦い。

 誰かを救うために立ち上がった魔族や有志の人間たちによるスペシャルチームが力に溺れた者たちと戦っていた。今、この瞬間も。

 そして画面がまた、オーケンフィールドに切り替わる。

「今はまだ、世界を覆い切れるほどの大きさはありません。ですが、真実が明るみになったことで、より多くの志を同じくする者たちを集めることが出来るでしょう。人種、いや、種族問わず協力することで、皆さんの悲鳴に応えます!」

 言葉とは、何が正しいかではない。

「どこの誰とも知れぬ者たちに助けを求めろと言われても信頼できない。これもわかります。ですから今は、私たちではなく私たちを支援してくれる国家を信じて頂きたい。その名はウェールズ王国。皆さんご存じの通り、五百年間永世中立国であり続け、彼らの眼が悪と断じた者に対してのみ武力を行使してきた存在です。今は、その歴史を信じて頂きたい。歴史を背負うかの国が私たちに協力してくれること、その一点だけを信じて、堪えて欲しい。全ては、世界の安寧のために!」

 誰が言ったのかが重要なのだ。

 オーケンフィールド、そして永世中立を国是とするウェールズ王国。その名が言葉に説得力を持たせる。荒唐無稽な物語に、真実味を持たせ、同時に安心感を持たせるのだ。彼らが言うのなら、信じてもいい、安心できるのではないか、と。

「私たちアストライアーは人々の盾であり、社会を脅かす力に溺れた者たちへの刃でもあります。今、私たちを信じる必要はありません。それは今後の行動で示していくつもりです。私たちが皆さんにお願いすることはただ一つ、今まで通り暮らして頂くこと、それだけです。それが脅かされた時は、お呼びください」

 オーケンフィールドのウィンクで、イチジョーとアカギは魔獣化する。イチジョーはげんなりとした表情で、アカギはニコニコと笑いながら。

「皆さん、ひとりひとりの律する心が社会を、社会足らしめているのです。一緒に平和を続けていきましょう。一歩ずつ、確実に」

 オーケンフィールドが一礼して、顔を上げたところでアカギが動き出し、カメラの線を引っこ抜く。あまりの早業にカメラマンもびっくりである。

「どうかな?」

「詐欺師みてえだった」「営業マンだねえ」

 辛辣な仲間二人はすでに人の状態へと戻っていた。

「……ゼンはどう思った?」

 オーケンフィールドは恐る恐る問う。

 ゼンは口をあんぐり開けながら、

「びっくりした」

 と言った。

 それを見てオーケンフィールドは、

「だろ?」

 としてやったりの笑みを浮かべたのだった。


     ○


 世界中が揺れていた。

「秀一郎、テメエ、俺に黙って情報横流ししてたな、おい。なんで連中がよォ、俺らのこと知ってんだ、ああん?」

「いやぁ、面目ない」

「ごめんで済んだら、警察は要らねえだろうが、ああ!?」

「あっはっは、警察って面じゃないですよ、加賀美さん。まあいいじゃないですか。あそこで名前出たの、加賀美さん的には美味しいですよね?」

「クッソうめえわ!」

「……テンション上がり過ぎでさ」

 もはや隠し立ての必要はなくなった。

「これさあ、僕が腹切っても誰も興味わかないよね?」

「ですなぁ」

「まあ、これでさ、皆が出る杭に成るのが確定したわけだよ。そしたらさ、ここからは逆にレースだよねえ。誰が先んじるかっていう」

「……楽しそうですな、警視総監」

「君も笑ってるよ、鴻巣君。ま、仕方ないよねえ。僕ら、キャリアだノンキャリだって言ってもガッチガチの体育会系なわけ。鉄火場はさ、血が騒いじゃうのよ」

「もう突っ込むしかないわけで、腹括ればこれもまた一興かと」

「とりあえず、こういうの大好きな加賀美君に突っ走ってもらおうか。こうなったらうちの株価、ガンガン上げていこうねェ」

「公営なんですがね、警察」

 各国はすぐさま対応に動き出す。方針は百八十度変わる。オーケンフィールドの言葉によって秘密裏に動いてきたことが善となった以上、ここからは自分たちがどれだけ進んでいるか、世界に貢献できるかの競争である。

 ここで先んじた国家の株がガンと上がる、となればどの国も本気になるだろう。今の世は資本主義、利に聡いものが勝つのだ。

 会社であっても、国家であってもそれに違いはない。

「君の息子は大したものだな」

「昔から弁は立つ方でしたが」

「そこじゃない。あのウェールズを動かしたことだ。あれが世界的に決定打となった。賢人会議でも動かせない世界にとっての第三者機関。あれをバックにつけた時点で、弁が立とうが立つまいが、勝利するのは確定しているよ」

 長きに渡る中立。どの国の圧力にも屈せず、中立を貫いてきた歴史に、近代では暴走した亡国アルカディアを刺す剣ともなった。

 誰もが知る世界にとっての楔を彼らは味方としたのだ。

「ですな」

 大統領からの賛辞を受ける前から、父である男は笑っていた。誰も敵にせず、暴力だけを敵としたことで世界の敵が定まった。もしかすると人対魔族の構図もあり得た中で、最善の道であったと言えるだろう。

 暴力を振るう側にとっても彼の言葉は、存在は、大きな抑止力となった。

「息子が小一時間にして世界の英雄に成った気分はどうだね?」

「とりあえず、痛快でしたな」

「……同感だ」

 ここからの立ち回りが重要だが、破局は間違いなく先に伸びた。そしてこれ以上、封鎖に無駄な労力を割かなくていいのは大きい。

 これでやるべきことに注力できるし、その分先んじればバックも大きい。資本主義大国として見過ごせぬ好機がやってきたのだ。

「……なるほど、第三の男に選ばれるわけですね」

「…………」

 舞台を掻っ攫った相手を素直に称賛するアールトと彼らの言葉に顔を曇らせているロバート。正義の味方アストライアー、それが彼の胸を裂くのだろう。

「しかし、治験までが早過ぎますねえ」

「……研究の全てを、隠滅することなんて、できない」

「まあ、いいでしょう。立ち回りを大きく変えることになりますが、世界にとっては良い流れです。ふふ、ですが、こんなにも痛快な羊飼いが、いるんですねえ」

 アールトは嬉しそうに微笑む。ずっと陰惨な世界の裏側を見てきた者にとって、今回が特別なタイミングなのはわかっていても、この喜劇を目の当たりにして笑わずにはいられない。痛快で、まっすぐで、それでいて大局に応じている。

 アールトの調査したこの世界にいた頃のハンス・オーケンフィールドならば絶対にやらない、思いつかないやり方であろう。素面では出来ない。

 ほんのり滲む馬鹿の香りに、アールトは微笑まずにはいられなかった。

 そしてそれはきっと――

「く、くっはっはっはっはっは! すげえな、この馬鹿は」

「く、あはは、最高だよ。本当に、これ以上ない喜劇だった」

「完全無欠の正義の味方、まさかこの世で拝めるとはなァ」

「そこに持っていった彼の手腕を褒めるべきだね。いや、もっと容易い、確実な方法などいくらでもあっただろうに。あえてこれを選ぶかね」

「何でそうしたと思う?」

「さあ。案外大した理由はないのかもしれないけれど」

 世界を統べる表裏、アルトゥールとクラトスは大笑いする。

「好きな人が正義の味方だから、だったりして」

「そりゃあねえだろ。浅過ぎるぜ」

 支配者だからこそ、正義の刃が沁みるのだ。

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