最終章:包み隠すことなく

 ハンス・オーケンフィールド。ゼンとて自分が、九鬼が生きていた以上、彼が死んでいなくなったとは思っていなかった。だが、同時にこの世界では言語の壁がある。そもそも今の自分にパスポートは入手できないし、会うことは難しいと思っていた。ギゾーの無い自分が彼の隣に立つというのも考え難く――

「久しぶり、ゼン」

「……ぬ? 日本語?」

「あっちにいる時からちょくちょくは勉強していたんだよ。本格的なのは戻って来てからだけど。発音、変な部分あるかな?」

「いや、特にないが……そんな簡単なものなのか、言語って」

「おすすめは習うより慣れろ、だね」

 久方ぶり、と言うほど時が空いたわけではない。あちらの世界にいる時などもっと間隔が空いていたこともあった。だが、あの敗戦を経ての再会である。

 そしてゼンは、彼の期待に応えられなかった。

「……オーケンフィールド、俺は」

「俺も負けた。責める気はないし、そんな資格もない。そもそも、まだ反省会には早いさ。俺はまだ、どちらの世界も諦めていないよ」

「え?」

「任せて。ちょっと世界を変えてくる」

 まるで散歩でも行ってくる、とでも言うような気軽さでオーケンフィールドはカメラの前に立つ。そして、ぺこりと日本風のお辞儀をして、

「私の名はハンス・オーケンフィールド。アメリカ共和国連邦出身です。現在、非営利機関アストライアーの代表を務めさせて頂いております」

 世界に対して自分の存在を投げかける。

「あ、あの、あそこの、骨の、方がまだ――」

「アストライアーの構成員は現在、今ここにいる私、国栖一条、赤城勇樹を含め総勢百人ほどの小さな組織です。まだ設立して日も浅く、中身は一条君らが独自に行っていた人助け、をしている面々をかき集めた烏合の衆、ですね」

「で、ですから、骨の人が後ろに!?」

「そして構成員の大半が魔族、と呼ばれる生き物に転生させられた、元人間です」

 オーケンフィールドの背後に迫っていた骨塚を、イチジョーが八本足の一つで蹴り飛ばす。獰猛な笑みを浮かべ、臨戦態勢をとるイチジョー。

「一条氏、任せた」

「はっ、給料分は働くさ」

 雑魚を掃討し、ウケが悪かったポーズを解き待機の姿勢をとるアカギ。

 あの『不殺』が動かぬことを知り、

「は、はは、男に二言はねえよなァ! テメエと俺は互角だった。なら、俺にもまだ目がある。アンサールの腰巾着が、武闘派の俺を舐めんじゃねえ!」

 骨塚は笑みを深める。

 かつて争った際は決着がつく前に、通りすがりの竜二に二人してのされた。魔人クラス中位、竜二が上位で、宗次郎、アカギ、タケフジ辺りが最上位層。

 差はないはずなのだ。しかも、骨塚自身あちらでは相当数の騎士たちを殺している。戦いの後も経験値を積んだ。アンサールの下で何もしていなかった奴よりも絶対に自分の方が強い。彼はそう考える。そしてそれは正しい。

 その考え自体は間違っていない。

「俺は全身を自在に動かせるスケルトンだ。人間は全身二百以上の骨で構成されているが、俺はその倍以上ある。加えてその強度は――」

「御託は良い。さっさとやろうぜ」

「……四方八方、隙のねえバトルテクってやつを見せて、やるよォ!」

 骨塚の全身がバラバラになって、宙を舞う。

 それを見てイチジョーはつまらなそうに――

『くだらねえ』

 魔獣化を深め、八つの眼を見開く。

 スケルトン種の中でも上位、確かに攻撃範囲、自由度、様々な意味で優秀なスペックである。種族としての単純なスペックで競えば所詮、ただの足が硬質な蜘蛛でしかないイチジョーに勝ち目はない。

 だが、戦いとはスペック比べではない。

「なっ!?」

 八つの足で器用に骨塚の攻撃に応じる。これは当時もやっていた。だが、手数が足りていなかったし、何よりも全方位を警戒する眼が足りていなかったはず。そもそもイチジョーが自身の理性を保つため、ここまで魔獣化を深めるようなことはしなかった。安全に、堅実に、生き延びるための戦いこそがこの男の――

 当時よりも器用に、当時より眼を増やし、

『俺の経歴を知らねえ盆暗じゃあるまいし、なんで、あっちの世界での戦歴だけで勘定してやがる!? 俺は、こっちで、テメエらみたいなカスと馬鹿みてえにやり合ってんだよ。場数だけなら、戻って来てからの方が踏んでいる!』

 糸を吐き、自由を奪う。

 出来ることが極端に増えたわけではない。彼自身のスペックが跳ね上がったわけでもない。ただ、単純に戦いの経験値を積んだだけ。

 応用、工夫、土壇場の冷静さ、クソ度胸、場数が国栖一条を叩き上げた。戻って来てからは弱い相手、人間や精々魔獣クラスとしかやり合って来なかった骨塚とは、経験値があまりにも違い過ぎたのだ。かつては本当に互角だった。

 なんなら心の中では最後までやり合えば自分が――

「テメエが弱くなったのか、俺が強くなったのか知らねえが、随分差がついちまったな。今のテメエじゃ、百回やっても負ける気がしねえよ」

 それが今では、圧倒されている。

 魔族とはスペック、種族差。それは絶対なのだ。ゆえに努力に対した意味はない。席が精々二つ三つ上下する程度。最上位どころか上位層にすら勝ち目を見出せない。王クラスなど夢のまた夢。夢想するのも馬鹿らしい。

「ぎ、が」

 そんな無駄を積み上げた男。

「旦那ァ、火ィ、くれ」

「お仕事ご苦労さん。いい見世物だったねえ」

「はっ、ピエロだぜ、あほくせえ」

 砕かれた骨が散乱し、糸で拘束された骨は身動きが効かない。八本足を一本だけ残し収納、残した足で頭蓋を踏みつけるイチジョー。

 生殺与奪を握られている状況に骨塚は言葉を発することすら出来ない。

「これで良いか、ボス」

「完璧な仕事だよ。ありがとう、一条君」

「お賃金のためだっての」

 頭蓋を三つ目の足で蹴飛ばし、主要な骨と一緒に先んじて作った蜘蛛の巣にて骨塚を拘束する。あっさりと、敗れ去った男は、歯を食いしばり――

「殺せよ、イチジョー」

「殺さねえよ、バーカ。俺らは、正義の味方だぜェ?」

「くっく、俺らが、今更んなことしてなんになるんだよ」

「気が楽になる。あと煙草が美味くなる。そんくらいかな」

 あっさりと彼らのジレンマを吐いて捨てるかのように、国栖一条は言い切った。奪ってきた命のためなどと、反吐の出る理屈をこねる気はない。彼らを気にしてしまう弱い己を慰めるために、国栖一条は正義を――

「……偽善者が」

「そりゃあ、誉め言葉だぜ、骨塚よぉ」

「…………」

 否、偽善を成すのだ。

「今、皆さんに見て頂いたのは魔族同士の戦いです。では、魔族とは、そもそもなぜ発生したのか、どうやって生まれ変わったのか、順を追って説明いたします」

 戦いの決着を世界に見せ、そしてオーケンフィールドは語る。

 彼らの戦いの歴史を。

 ありのまま、包み隠すことなく。


     ○


 アメリカ共和国連邦、首脳陣は皆頭を抱えていた。

「国防長官、申し開きはあるかね?」

 自国の、しかも国防長官の息子が世界に対し、絶対に秘匿せねばならぬ真実を公表しているのだ。ありとあらゆるルートを用いてこれを止めようとしても、全てその操作自体が受け付けられない以上、これは賢人会議の意思ではある。

 だが、アメリカ担当の大統領と繋がっている賢人の一人は存ぜぬと言ったきり、連絡がつかぬまま。こうなれば彼らに打つ手はない。

「ございませんな。愚息の件であれば、すでに勘当しておりますので。あれがなにをしようとすでに私の手から離れております」

「オーケンフィールド長官、それは詭弁でしょう! それに、衛星が輸送機を捉えているんですよ。我が軍の、最新鋭の兵器を!」

「私が息子の誕生日プレゼントに最新式の輸送機をプレゼントしたのかね? ふふ、それは随分愉快なジョークだ。今度パーティで使わせてもらおう」

「事実として――」

「君、言葉とは正しく使うべきだ。事実、と言ったのかね? 私が、あれに、あのおもちゃを買ってやったと、それが事実だと、我らが神に誓えるかね?」

「……そ、それは」

「法廷で戦う覚悟があるのなら、その侮辱、甘んじて受けよう。まあ、もはやことはそんな小さな争いでは治まるまい。さて、お手並み拝見だな」

 ハンス・オーケンフィールドの父は苦い笑みを浮かべながら、息子の姿を見ていた。長い間行方不明になっていた息子は、帰ってきてすぐに休む間もなく動き出した。この世界の状況を知って、自分にはまだ出来ることがあると。

 確かにコネクションは繋げたが、あくまで繋げただけ。

 ここまで形にしたのは、間違いなく息子の力。

「しかし、あれがここまで変わるのか」

 良し悪しはともかく、戻ってきた彼は父の眼から見て様変わりしていた。皆の頼れるリーダー、自慢の息子、しかし、時折冷たい眼をしていた。人に対し一切の熱情を持たぬ眼。それはそれで上に立つものとしては必要は資質ではある。

 だからこそ彼は父としてではなく、オーケンフィールドの家長として彼の性格を矯正しようとは思わなかった。そもそも、おそらく凡人である父の手には負えない器である。ただの歯車でしかない己と世界を変革せんとする者。

 いったい彼はどのようなリーダーになるのか、そう思っていた矢先に行方不明、そして長き時を経て戻ってきた息子の眼には情熱があった。

 今、世界に向けている眼。かつてのハンス・オーケンフィールドであれば絶対に宿らなかった熱が、真に迫るものがある。

 朗々と、彼は告げる。堂々と、彼は語る。

 明瞭に、簡潔に、されど重点を逃さずに、軽妙なる語り口で真実を。

 世界は揺れる。揺れるだけでは済まない。

 文明は壊れ、砕け、チリと消えるやもしれない。少なくともここにいる者全てが、その懸念を押し込めてここまで封殺に勤しんできたのだ。

(スクラップアンドビルド。世の中は常に破壊と創造の螺旋にある。お前が破壊者となるならそれもまた一興。だが、私はその先が見たいがな)

 ただの破壊者か、それともその先があるのか――


     ○


「おいおい、こりゃあ、マジで全部言っちまうのかよ!」

「私たちには出来ぬことだね、クラトス」

「やっちゃダメなことだろ、これ」

「ふふ、私もそう思う。きっと、舞台を奪われた我らが先達もまた、同じ想いだろう。私なら、彼なら、ここに必ず嘘を混ぜる。大衆にとって耳障りの良い、玉虫色の嘘を、混ぜて羊を操作する。それが私たちのやり方だ」

「それで上手くいってただろ?」

「今までは、ね。だが、これからもそうとは限らない。文明の利器が、大衆に知恵を与えた。まだまだ、その真偽を見定め、有効に使えているとは思わないが、それでも少しずつ、受動的ではなく能動的に知恵を求める者は増えてきた。もしかすると、次の時代では裏で操るなんてこと自体、通じなくなるかもしれない」

「……なら、全部ぶちまけるのが正解なのか?」

「ここから上手くまとめるのなら、そうなる」

 アルトゥールは第三の男に期待のまなざしを向けていた。かつて、自分は彼を高く評価していた。次の時代へのつなぎとして、これ以上ない男だと思っていたのだ。無情、選択する度にすり減る己とは大きく異なる強さを持つ男。

 クラトスはそれを危うさと評したし、その気持ちもわかる。だが、そういう男が破壊した後に、創造の役目を担う人材が現れる、可能性もあった。

 壊して、創って、壊して、創って――

 その螺旋の、一つを担うと思っていた。

 今はその期待、いい意味で裏切られることを彼は望んでいる。


     ○


「大衆に期待し過ぎですね、彼は」

 アールトは冷ややかな目でオーケンフィールドを見つめていた。

 全て告げ、選択させる。

 選択したこともない羊に、いきなりそれをさせようとしているのだ。彼は平凡なる者を知らない。彼らが常日頃、如何に何も考えていないかを。

 一部の者が築き上げたシステムに乗っかるだけ、そのシステムを選ぶことでさえ彼らは迷うのだ。システムを築き上げるなど、凡人の思考にはない。

 一部の者が発展させることを当たり前だと思っている。

 そんな愚かで、哀れな人を彼は愛していない。

「語り過ぎだ、が、手を出せんのもまた事実、か」

 アールトらの前に音も無く、大星が現れる。

「なるほど、狙撃手を仕留めたのは君でしたか」

「俺が仕留めずとも、彼らは手を打っていました。この勝負、始まる前にハンス・オーケンフィールドが勝っている。それが結果です、アールト様」

 かつて、賢人の護衛としてアールト付きであった大星。勝手知ったる、と言えないのが彼らの複雑な関係である。大星とすれば担当者に裏切られ、しかも行く先がミノス・グレコのファミリーであったため、咎めも相応に受けた。

 だが、それは既に遥か昔の話。

「これが勝ちですか?」

「ここから、あの男は勝つのです」

 両の手を腰に添え、大星は胸を張る。

「何故、彼に手助けを?」

「まだ、俺は原隊復帰を果たしておりません。ゆえ、今の俺は九龍の一龍ではなく、アストライアー第三位『破軍』の大星です。仲間に手を貸すのは当然かと」

 アールトは興味深そうに大星を見つめる。人間というのはそう変わるものではない。彼自身、根は変わらぬままなのだろう。だが、明らかに器が以前よりも寛容になった。ゆとりがある。スペースがある。硬いだけの強さに柔が備わった。

「……君が、勝つと信じる根拠は?」

「あそこにハンス・オーケンフィールドと――」

 大星が微笑む。

「葛城善がいるから、です」

 アールトは画面の端で見切れている葛城善に目を向ける。確かにあの変化は非凡さを感じた。だが、大衆を動かすようなそれではない。

 あれはあくまで個、個で世界は動かない。

 そんなこと百も承知であるはずの男が、それで言い切った。

「貴様も知っての通りだ。『キッド』」

 大星は、あえて今まで視線を合わせていなかった男に目を向ける。

 かつてアストライアー第五位として正義の味方であった男、『キッド』と名乗っていた毒舌家の少年は、短い間に成長していた。

 いや、おそらくは――

「……その姿、あちら側では成長を止めていたか」

 彼のフィフスフィアは水を統べる能力。しかもその使い手は生物のスペシャリスト。自身を弄っていたとしてもおかしくはない。

 そもそも子どもたちを改造して力を与えていたのは彼なのだ。

 すでに実績はある。

「自分は大人になったから、『キッド』ではないと?」

「ただ、もう、子ども(キッド)じゃいられないと思っただけだ。あんたこそ随分饒舌だな。あっちのむっつり野郎と同一人物とは思えないね」

「俺も色々あった。それだけだ」

 大星のやり切った貌を見て『キッド』であった者、ロバートは顔を歪める。

「気持ちよく戦って、負けてすっきりしたってか? はっは、随分安いなァ。九龍ってのもお里が知れるぜ。同じ負け犬なのに、上から見てんじゃねえぞ!」

「俺に出来ることは果たした。それを生かすか殺すかは、残った者次第だ」

 負けたはずなのに、死んだはずなのに、死の恐怖に直面したはずなのに、なぜこの男はこうも恐れの欠片もなく、ここに立つのだろうか。

「お前は、シン・イヴリースの、加納恭爾の、深淵を覗いていないから、そんな軽口が叩けるんだよ! 教えてやる、本当の、恐怖ってやつを!」

 紅蓮の瞳が揺れる。正義の味方を志した少年は、心折れ、恐怖に抗うために自らを強化した。科学の力で純人間を魔族とする被験者第一号。

 少年は自分を改造したのだ。

「……似ているな、シン・イヴリースに」

 大星もまた構える。この場、退く気はないと。

「俺たちは、あいつらと違って傷まで持ち帰れないと思っていたが、心の傷は持ち帰ってしまうのだな。いつぞやの挑発、受けて立つぞ、『キッド』!」

『その名で、僕を、呼ぶなァ』

 深淵を覗き、深淵に呑まれた男は――

「ロバート!」

 主の制止で、正気を取り戻す。

「ここで戦闘をして、もし赤城勇樹に捕捉されたら、私たちの今の戦力ではどうしようもありません。君も大人なら、己を律することです」

「……はい」

 魔獣化を解き、ロバートは顔を歪めたまま、少し後退する。

 今の顔を、あの頃の自分を知る者には見られたくないと、隠すように。

「そう言えば大星、君は何をしに来たのですか?」

「ご挨拶を、もしもの時の足止めに」

「ふふ、随分彼らにご執心なのですね」

「見ていてください。アールト様。彼は、葛城善は、我らがとうの昔に捨て去った、正義の味方を体現しようとしているのです。本人に未だその自覚はなくとも、いずれ世界が、その証明を果たす。それまでは、ご静観願いたい」

「手を出すな、と」

「俺にはかつて貴方を生かした借りがあるはずです」

「くっく、あの時の君に、私が殺せたとも思えないが、まあ、いいでしょう。この舞台を奪われた以上、我々が今出て行っても悪役にしかなりえない。ならば、ここで貸し借りを清算しておくのも悪くはない、ですか」

「それに、俺は貴方やアルトゥールにこそ、彼を見ていて欲しいのです」

「……ふむ、本当に変わりましたね、大星」

 アールトは立ち上がり、手をパンパンと打ち鳴らす。

 すると林の中から幾人か音も無く現れる。槍を握る手合いなどは大星も知っている者ばかりである。自分と同じ立ち位置の、武人。

 それに数人、彼らとは違うもっと濃厚な闇の香りが漂う連中が混じっていた。この場に不釣り合い極まる派手なスーツを伊達に着こなす男たち。

「ミノス様はどのように散られたか?」

「……掃除屋か。映像越しだが、笑っていたと思うぞ。それが、恐怖であったか、どういう感情であったかは知らんが」

「ならば、好」

 この世界には怪物などいくらでもいる。己とて一龍を背負う以上、最強を自負しているが、食い下がってくる者が皆無ではないのだ。

「では、さようなら、小星」

 かつての呼ばれ方に大星はぎくりとする。

「……まったく、貴方は何をしても、憎み切れないな」

「あっはっは。良いじゃないですか、私たちは別に敵じゃない。目的は同じです。世界のために己が正しいと思う道を征く。それで争いが起きても、互いに愛があればそれは崇高なる犠牲であり、素晴らしい戦いです。ああ、そうだ」

 アールトはいたずらっぽく微笑む。

「今度の仕事は、いい仕事でしたか?」

 嫌な仕事ばかりしてきた男を知るが故の問い。

 それを聞いて大星は苦笑し、

「はい。今の俺に出来ることは、尽くしてきたつもりです」

 そう答えた。それを聞いてアールトはただ、後ろ向きで手を振った。

 決別と、再会への合図。

 次は、おそらく大星自身どの陣営にいても、きっとあの男と戦うことになるだろう。個人的に嫌いにはなれない相手だが、それでも食い違うものは仕方がない。

「今度は退きません。俺が、その時、どの名であっても」

 そう言いながら大星もまた、林の中に消える。

 すでに賽は投げられた。

 あとは、オーケンフィールドがこの騒動、どう締めるかだけである。

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