最終章:真打登場

「どういうことですか!?」

 状況の急展開に九鬼巴が激昂する。

「わかんねえよ!」

 赤坂たちの段取りでもないようで、彼らも混乱の極みにいた。

「クソ、こいつら、たぶんあれだ、結社の連中だ!」

「……結社?」

「俺ら武鬼組に色々協力してくれた連中らしい。正直、中身はよくわからんが本体は西方諸国にあるとかないとか。そこの日本支部、らしい」

 青ヶ島の言葉に九鬼を眉をひそめる。

「らしいとかわからないとか、判然としませんね」

「仕方ねえだろ。結社、日本語で『幻日』って組織らしいんだけど、とにかく本体がクソデケエんだよ。元々の母体が西方諸国で知らぬ者無し、裏世界最強最悪最大のマフィアから分裂したってんで、超が百個付くほどの本職なんだ!」

「あっちをプロとしたら俺ら武鬼組なんて草野球ぐらい差があるんだぞ!」

「ダサ過ぎてびっくりします。あと、ネーミングセンスがクソです」

「テメエ! タケさんが夜なべして考えてくれたんだぞ!」

「俺らの看板舐めんなよ!」

「舐めませんよ、汚らわしい」

 九鬼は薙刀を握り、ゼンのもとへ向かおうとするも――

「……オドが、また、なんで、こんな時に!」

 先ほどまで使えていたはずの魔力が上手く動いてくれない。反応が明らかに鈍くなっている。身体の方が勝手に、蓋を閉じようとしているみたいに。

「ハメたのは、貴方たちじゃないんですね?」

「知るかよ。この前タケさんが暴れて、それっきりだ」

「メッセンジャーぶっ殺したから、もう仲間扱いはされねえだろうぜ」

「……彼らは貴方たちが今日、ここで仕掛けることも知らなかった、と」

「ああ。知らねえだろ」

「タケさんの思い付きだもんな、今日にしたの」

 彼らが馬鹿なせいで全体像が全く見えない。今にもゼンが殺されそうになっているのに、オドが使えたとしても九鬼巴の能力ではこの距離で何も出来ない。

 唇をかみしめるしか――

「でもよ、元々葛城善だっけ? あいつ結社に狙われてたんだろ?」

「え?」

「ああ。俺らはあいつらが拠点に残してた作戦を拝借しただけだしな。葛城善をおびき出し、最高の力を発揮させる方法って書いてあったぜ」

「いやー、実際にクソ強かったもんな」

「大将もそこには満足出来ただろ。負けたけど」

「……こいつらの知能指数は、ウジ虫以下ですね」

「「んだと!?」」

「彼らが用意した策なら、それに応じた作戦なんて月日が多少ズレても用意できるに決まっているじゃないですか。じゃあ、なに? この場全てが、葛城君を呼び寄せるためのものってこと? 理由は、なに? なぜ、葛城君が――」

 九鬼の思考が真実に届く前に、映像ではすべての悪意が、

 葛城善に注がれていた。

「うそ、なんで」

 九鬼達では届かない。


     ○


 アールトは哀しげに首を振る。

「葛城善の名は、裏の世界でこそ轟く忌み名と化しています。彼に討たれた悪は数知れず、しかも悪の王である者たちすら、幾人も手にかけた。中東の悪魔アンサール、炎罪ウコバク、道化の大量殺人鬼クラウン、そして、我が師ミノス・グレコ」

 その名は一つずつですら表側にも轟く伝説であり、彼らを討ち果たした葛城善という名は裏の世界において無視できない大きさとなっていた。

「正直、ミノス・グレコの全盛期、毒婦と会う前を知る身としては、あの怪物が誰かに命を奪われるなど考えられなかったものですが。それこそ大変だったそうですよ、加納恭爾のせいで悪を無理やりにでも制御する必要に駆られてしまったから」

 百回死刑にしても足りぬ悪であっても、殺してしまえば別世界で悪の手先として転生してしまう。ゆえに王であるアルカディアと王の暴走を止めるための剣であるストライダーが手を組む必要があった。本来、交わってはならぬ存在。

「それこそ、彼らにとっては苦渋の選択であったのでしょうが」

 そうせねば彼らはこちら側の世界ではミノス・グレコに会うことすら出来なかっただろう。それほどに悪の王は根深く、巨大であった。

 実際に彼を討つために用意した戦力の大半が帰らぬ者となった。最強の武人集団である九龍が半壊、当時一龍であった男もまた後遺症が残る手傷を負わされ、二十年以上の在位に終止符を打つ羽目になった。アルトゥール、クラトス二人の傑物もまた深い傷を負い、そのため悪が栄える隙を生んだのもまた事実。

 彼を学ぶために入り込んだアールトでさえ、彼を殺す最適解は老衰で死ぬのを待つ、という答えであったのだ。そんな王があっさりと蹂躙された。

 伝説を喰らった獣、その名が葛城善。

「葛城善は忌み名であり、ある種の伝説となった。名だたる悪が彼に蹂躙され、恐怖によって今もなおPTSDに苦しみ、ペンすら持てない者もいる。元々はそれなりに名の通った者たちが、です。一様に彼を恐れている。彼が私たちの協力者になってくれるなら、利用する手もあったのですが、それは――」

「葛城善は、俺たちの仲間にはなりません」

「君がその可能性を否定した。だから、死んでもらおう。悪の秘密結社の手により、正義のために駆け付けた葛城善は死ぬ。そして、その後で君が、真打として登場。まさに三文芝居、敵をなぎ倒し、我らの名を宣言する」

 骨塚たちは自分たちを結社の人間だと思っているが、それはアールトらフィラントロピーがそう思わせているだけで実際は何の関係もない、ただマッチポンプで潰されるためだけの、悪役である。

 その悪行を商売敵に擦り付けている点もそつがない。

「……表裏に対して」

「表側には正義を謳い、裏側には強者と騙る。嗚呼、まさに喜劇だと思わないかな? 私たちは皆、世界を、人を想っているのに、こうも食い違う」

「最低だ」

「ああ。だがね、私たちの世界はそういう欺瞞の上に成り立っているのです。今まではそれが最善だったのかもしれない。ですが今、今になってもまだそれを続けるのは、進歩が無さ過ぎる。ここから始めましょう、最初の一歩を」

「俺はただ、研究が続けられたならそれでいい」

「わかっていますよ。君は君の目的を果たすと良い。私たちの利害が重なっている限り、私は君を援助しよう。ただ、いつも言っているが、君のやり方ではどれだけ強くなろうとも、その『傷』が癒えることはないと思いますがね」

「……シン・イヴリースを超えれば、いつか、きっと」

「弱き心の者が獅子の皮を被ろうとも、強くなることはありませんがね。しかしまあ、その鬱屈した感情が発展を生み出す可能性も捨てきれぬので、これ以上は何も言いませんよ。私の言葉では、どちらにせよ、届かないでしょうが」

 口をつぐむ部下、ロバートに対しアールトは苦笑する。

 ふと、アールトはドローンに視線を注力した。

 そして、ドローンに映った影を視認し、僅かに笑みを曇らせる。今までおそらく、彼は自分のドローンに映らぬ死角にいた。それはつまり、こちらの手の内を理解しているということ。その男は恭しくこちらに一礼をした。

 そして、天へと指を向ける。

「……やられましたね。これは」

「まさか」

 二人は同時に空を見た。

 そこには――


     ○


「おーい、撃たねえのか?」

「そろそろおいちゃんたち行くよぉ」

 長大な姿が美しい銃を構える女性に二人は声をかける。

 最新式のアンチマテリアルライフル、しかもご丁寧に風向きなどの複数データを演算してくれるので目標をセンターに入れてスイッチするだけで対象を殺傷、というか破壊できる優れものである。大概のものは原形を留めないのはご愛敬。

 使い方さえ分かっていれば、サルでも的を射貫ける代物。

 つまり、バトルオークである彼女にとってそれは最高の使いやすい武器であると言える。弓なんてダサいぜ、時代は銃だ。と言わんばかりの存在感である。

 だが、それを構えている女性は――

「……今、スコープ越しに目が合っちゃいました。喪服みたいなスーツ着てる人なんですけど、おそらくただの人なのに、通りすがりに魔族を小突いたら爆ぜた、みたいな。やばいですよ、あの人、人間じゃないですってば」

 無手の人間にビビり倒していた。

「俺らがそれ言うかよ」

「なっはっは。確かに」

「あ、火ィくれ、旦那」

「ほいさ」

 へらへらした男は咥え煙草をしている男に指を向ける。指先にぽっと小さな火が生まれ、それで煙草に火がついたのだ。気持ちよさそうに肺に取り込む男。

「あー、うめえ」

「おいちゃんは一仕事済んだら吸うタイプ」

「へーへー。じゃ、仕事行きますか」

「サラリーのために。おいちゃん、発進!」

「これ腰に来るんだよなぁ」

 そう言って彼らは平然と、高度約一万メートルの高さから降りる。

 まるで階段を一段、降りるかのような気楽さで。

 某国空軍のステルス輸送機からの、スカイダイビングである。

「イチジョーさん、アカギさん、ギィを頼みますね!」

 いってらしゃいませ、上空一万メートルより、彼らが来る。


     ○


 銃口は全てゼンに向けられていた。

 彼らはそれを仕事と言った。タケフジではなく、たまたまここに来たはずの自分が目的だと彼らは言った。タケフジがハメた、とは考え難い。そもそも今、身体を張って隙を作ってくれた男である。そうするなら手段はいくらでもあったはず。

 呼び出したのは春日武藤。しかし、彼は主犯ではない。

 でも、春日武藤にしか自分と戦う動機がない。

「ぐっ――」

 理解できなかった。

 考えを巡らす余裕も、時間も、力も残っていない。

(あと、一度ぐらいは出せるが。それで、ガス欠だ。何よりも、戦闘終了後から少しずつ、目が不安定になっている。維持するだけでも――)

 一度攻撃を防いだだけでは何も変わらない。防ぐのではなく倒すことを考えねばならないのに、時間が経てば経つほどに可能性が薄れていく。

 強くなってもなお、また、自分は取りこぼす。

「終わりだ」

 手で合図する骨塚。後ろの部下たちは一斉に銃を、撃ち放った。

「アルク――」

 攻撃の瞬間、なけなしの魔力を使い盾を呼び出そうとしする。ただ一射、防げるだけの時間稼ぎ。一時しのぎでしかないそれを展開しようとした矢先――

「は?」

 空から、巨大な黒い塊が落ちてきた。

 球体のようなそれは黒鉄の如し鈍い輝きを映し、彼らの銃弾をことごとく弾く。物体自体の硬度も高いが、そもそも内蔵する魔力が後背に控える彼らとは雲泥の差。間違いなく魔人クラス。それも中堅より上の――

 そしてその球体は、花開くように八本の足を、展開する。

 黒光りした外殻は足を収納した形であったのだ。それは落下の空気抵抗を極限まで削るための体勢だったのだろう。

 展開し、八つ足で立った男は、にやりと笑う。

「よぉ、クズ」

「……イチジョーか」

「あのアンサールに勝ったやつがなに三下に殺されそうになってんだよ。恥を知れ恥を。あんなん負けようがねえだろ、この間抜けェ」

「ぬう、すまん」

 ぺこりと素直に頭を下げるゼンを見て、イチジョーは苦笑した。

「まあ、なんだ、とりあえず、借りは返すわ」

「……? あの時は逆に俺が助けてもらったはずだが」

「ほっとけ。俺の中での話、だよっと!」

 不意を突こうとして放たれた骨を、八本中の一本で難なく掴み、それをへし折る。不意打ちを容易く防ぎ、へらへらとイチジョーは嗤う。

「俺に不意打ちが効くかよ。何の種族だと思ってんだよ、骨塚ァ」

「イチジョーか。くそったれが」

「昔やり合った時は、ほぼ互角だったよな。今は、どうだと思う?」

「上等だよ! 俺の力を!」

「はい、引っ掛かった」

「はァ?」

 骨塚の背後に腕組みしながら、仁王立ちで落下してきた男がいた。そもそもこの男、ちょっと魔獣化を軽く進めるだけで羽が生えるため、飛べる。そして今もちょっとだけタイミングを見計らって、ここぞという時に墜ちてきた。

「赤き勇気の一番星!」

 落下の衝撃で巻き起こった粉塵。

「雇われ出涸らしヒーロー!」

 それが落ち着いた頃には、顎を拳で優しく撃ち抜かれ、骨塚の部下が全員気を失っていた。あまりにも速く、それでいて静かなる動きである。

「おいちゃんマン!」

 ババン、と登場した男だが、カメラを向ける男性陣こそ興奮しているがリーダーである女性の眼は死んでいた。ヒーローには辛い時代である。

 イケメンの若者じゃないと中身すら許されないらしい。

「……くそ、んだよ、勝てるわけねえじゃねえか」

 骨塚はおいちゃんマンを名乗る不審人物を見て、恐れ戦く。

「畜生、『不殺』が戻って来てるなんて聞いてねえぞ!」

「そりゃあ負けたことなんて、ダサ過ぎて周りには言えんよ。それも、絶対勝たなきゃいけない、戦いだったからねえ」

 形勢は完全に覆った。

「……強い」

 戦闘狂であるタケフジすら唸る、超戦力が現れたのだ。

「残念だったな、骨塚よォ。俺らのボスの方が、上手だったぜ」

「貴様らの、ボス、だと?」

 いつの間にかイチジョーの隣に移動していたおいちゃんマンことアカギ、その二人の間を悠然と歩くただの人間こそ、

「俺たちがアストライアーだ」

 第三の男、ハンス・オーケンフィールドである。

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