最終章:御旗の下に【改稿】

 ゼンは九鬼や和泉と一緒に腕をくっつけようと試行錯誤するも上手くいかず、残念そうにがっかりしていた。軽い感じで済んでいるのはこの場全員の感覚が色々あって麻痺しているからである。ちなみにタケフジの折れた腕は元の位置に戻しただけで治った。戻した赤青部下二人は難儀なオペだったとつぶやく。

「もしもし、グゥ君?」

『日本の警察が動き出したみたいです。包囲、狭めてます』

「……それじゃあ撤収しようか。合流地点は予定通りで」

『わかりました』

 味方になっても敵になっても、国家に所属する組織相手ではしがらみが生まれてしまうため、表立っての接触は避けたいところ。おそらく、彼らの動かしている指し手はそれを理解した上で、さっさとどっか行け、と意思表示をした。

「……ゼン。君には沢山の選択肢がある。一つは、このまま穏やかで平穏な生活を享受すること。もちろん、元の生活に戻るのは難しいが、アメリカやウェールズでなら君と君の大事な人ぐらいは俺の手で守ることは出来る」

「葛城君、もう十分だと私は思いますよ」

 九鬼はそうすべきだ、と述べる。オーケンフィールドも、それを遠巻きに見ている一条や赤城も同様に、非難の色など一つもない。

「へっへ、あんだけ大々的にやっといて、今更無理だろ」

「黙っていろ、骨」

 戦意こそ失ったが拘束されながらも反抗的な骨塚に、自ら進んで拘束された武藤が抗弁する。出し切ったゆえか、その眼は凪のようであった。

「他の選択肢は?」

 ゼンの言葉に九鬼は目を伏せる。わかっていたことではあるが――

「このまま一人で放浪し、目についた人を救う道。君が考えていたであろう、選択肢だ。いつかは、きっと、君はこの道を選ぶのだと、思う」

 自分が思い描いていた人生を言い当てられ、少し面食らうゼン。

「だが、もし、この道を選んだとして、今はもう少しだけ待ってくれないか? もう少しだけ俺に、力を貸してほしい」

「わかった」

「……内容は聞かないのかい?」

「お前の頼み事だ。珍しいことだし、借りもたくさんある。別に急ぐ用事もない。断る理由が見つからないからな。役に立つなら、何でもやる」

「悪いことでも?」

「やらん。もし、そう感じたら反論する。友達だからな」

「もちろん」

 主従ではない、上下はない、友達なのだとゼンは言う。

 その上で信頼しているから、自分の時間を譲るだけ。どうせ人よりも遥かに長い時間である。彼の人生全てに付き合っても、誤差の範囲であろう。

「……ありがとう」

「ん」

 オーケンフィールドが手を差し出す。それをゼンが握る。

「俺はまだ、勝つ気だよ」

「何に?」

「全部に。ここから荒れるであろうこの世界、乱すであろう悪に。悪ならずとも各々の正義が衝突し、争いの芽が生まれることだってある」

「そうか」

「そして、君にとって大事な、一番大切な絆も見捨てる気はない」

「……何の話だ?」

「負けっぱなしじゃいられない、ってことだ、親友!」

 ぐっとゼンを引き上げるオーケンフィールド。この世界でも魔族であるゼンの方が身長は高い。オーケンフィールドも大きい方だが、そこは種族の差がある。

 そんな二人が今一度、並び立つ。

「伊達や酔狂で、この名をつけたわけじゃない。俺たちは繋がっているんだ。正義の旗を掲げる限り。どちらかが、それを降ろさぬ限り」

 正義の旗が繋がっている。

 其処でゼンは気づく。

「……まさか」

「アストライアーで、加納恭爾に勝つ。それを曲げる気は、無い!」

 力強くオーケンフィールドが言い切る。そこに嘘がないことぐらいは長い付き合い、ゼンにだってわかる。どういう手段を講じるのかはわからない。見当もつかない。それでもこの男が断言した以上、光明はあるのだ。

「手伝ってくれるかい?」

「もちろん!」

 まだ、戦いは終わっていない。

 葛城善にとって贖罪でしかなかった正義。ハンス・オーケンフィールドにとって彼を繋ぎ止めるための手段でしかなかった正義。たまたま重なって生まれた陳腐な正義の集団。ごっこ遊びのような順位、階級制。それに興じるいい歳をした大人たち。お祭り気分で盛り立てないと、戦う恐怖を誤魔化せないとシュウが組み込んだ仕組みが、いつしか彼ら全員の心の支えとなった。積み重ねが打算を超えたのだ。

 それが巨悪に立ち向かうための唯一の存在となった。皆、別々の方向を向いて始めた組織だが、今は一つの方向だけを見つめている。

 まだ、アストライアーは負けていない。

 戦う手段は残っているのだから。


     ○


 こちら側のアストライアーという正義の旗もまた、美しくたなびいていた。

「――で、僕がお星さまにお願いしたらぴゅーんって飛んできて、ずごーんってぶつかったらぎゃーってなって、それでそれで」

「パイ家に説明させたのが間違いでしたね」

「いやーん」

 会議でも平気でふざけ倒すクーンに苦言を呈するアルファはため息をつく。何故かツボに入ったのかロキはげらげら笑っていた。

 ちなみにアリエルは青筋を浮かべ、無言で怒りをまき散らしている。

「まあまあ、要するにあれだ。意識の外からの攻撃で負傷したってことだろう? あの無敵であるはずの、闇の王が。素晴らしい情報じゃないか」

 それをフォローするのはシャーロット。負傷し半身を大火傷、痛々しい火傷痕が今もなお刻まれているが、当の本人はけろりとしている。むしろロキ特製の義手、スペシャルなギミックがついたそれを自慢して回っていたのは内緒である。

 今は義足でタップダンスするのにハマっているとかなんとか。

「トモエのおかげであれが魔術体だって判明したのと合わせて、何か対策を練らないとね。とにかくあんな初見殺しにこれ以上振り回されてられないっての」

 気づけばこの場の司会進行、取りまとめをやっているのがアリエルである。自分よりも古株がいるのでリーダーを自称していないが、皆の扱いもそんな感じ。とはいえかつてのオーケンフィールドのように任せきりにはなっていない。

 むしろ好き勝手やり始めた面々をとりまとめる貧乏くじである。

「そもそもそれを信じられんのか? 魔術体って簡単に言うがよ、んな魔術聞いたこともねえしみたこともねえぞ。このロキ様がな」

「そう言ったトモエがきっちりダメージ与えてんのよ。自分が知らないからって否定してんじゃないわよ。口だけ魔王」

「「「……ぶはっ!」」」

 辛辣なアリエルのツッコミに、同時に笑うのはライブラ、フラミネス、エル・メールの三人である。上記二人にはあとでロキからのきつい反撃が待っているのだが、笑いというのは中々止められないものである。

「つまり原理はともかく、ほとんどが魔術体で一部に肉体がある。そこにきっちりダメージを与えればオッケーって寸法だねえ。うーん、むつかしい」

「わかってんならかき回してんじゃないわよ!」

「ふふ、それは難しいね。何しろ家訓にあるんだ。会議なんて面白くない。長い会議はもっとクソ。せめてユーモアで彩ろうってね」

「何でそれが家訓になってんのよ。どんな家よ、それ」

「クズの家系ですよ。こいつみたいに」

「僕を馬鹿にするな! 先祖は馬鹿にしても良いよ!」

「こんなのばかりです。そもそもなんでパイ家なんかがちょくちょく賢人入りしてるのかが理解できないんだ。入るたびに問題起こしているし!」

「ちゃうちゃう。パイ家が入るから問題が起きるのではなく、問題があるからパイ家が選出されるのだ。でも政治にはかかわらないよ。パイ家だもの」

「一事が万事これですから!」

 頭を掻き毟るアルファをケタケタと笑うクーン。

「話、脱線、してる」

「仕方ねえよ。癖が強いのばっかだしな」

 それを遠巻きに見ているのが『コードレス』と『ドクター』である。最近、少しずつ顔を出すようになった彼女だがアストライアーの面々以外が半径五メートル内に踏み込むと過呼吸が発生し、気絶する難儀な気質である。

「とにっかく、ロキは早急に闇の王対策を考えること! 魔術相手に何も出来ないならあんた、真のポンコツ認定するわよ」

「やってやろうじゃねえかオラァ!」

『その調子だぜ、相棒マークトゥー!』

「テメエしゃべんなっつったよなァ!?」

『無理だよ、ギゾーだもの』

「五分前なんだが!?」

 ちなみに偽造神眼ことギゾーは今、無理やりロキの右目にぶち込まれていた。魔族と人族のハーフである彼もまた偽造神眼を使う資質が備わっていたのだが、如何せん性格が全然かみ合わず、こうやって口論になること多数。

「ふーふー」

『そうカリカリすんなよ、愛するママが笑ってるぞ』

「ふんがー!」

 ギゾーを引っこ抜き、窓の外にぶん投げるロキ。ちなみにこれ、昨日もあった出来事である。ギゾーはユーモアの基礎、天どんを重んじる男なのだ。

 窓の外では――

「ばふ!」

「わー、またキャッチした。フェンは偉いねえ」

「ばふん!」

 ギゾーキャッチ係を拝命したフェンとアストレアが待機、無事ぶん投げられたギゾーを確保していた。まあこれに関してはロキが短気というわけではなく、ギゾーがそういうもの、といった側面が強い。

「……そろそろ大人になりなさい、ロキ」

「は、母親面してんじゃねえぞババア!」

 すでに公となったロキマザコン説はギゾーのせいで撒き散らかされたと言ってもいい。結果としてロキが笑って受け入れられるようになったのだが、本人は全くそんなことは望んでいないし、ギゾーもからかっているだけである。

 とにかくこの二人、相性が悪過ぎる。

 いや、ギゾーと相性が良い存在など、そうはいないだけであるが。

「おーい、この会議はどこに向かってんだァ?」

 机の上に足を乗せ、とにかく偉いぞ感を出す『クイーン』。こうやって会議に顔を出すようになったのはどういう心変わりか、誰も良く分かっていないが、顔を出しても発現することは稀、基本的に何かを常に食べている。

 今も部下に取ってこさせ、部下に焼かせた肉を丸かじりしてるだけ。

「うーむ、我が強過ぎるのお」

 ぽりぽりと顎髭を撫でつけるトリスメギストスも困った顔。他の英雄たちも基本的に好き勝手ぺちゃくちゃしゃべるだけ。とにかくどいつもこいつも我が強い上に、『あの日』以来自己主張を抑えなくなった。

 良くも悪くも影響は出ている、ということである。

「あと、トリスさんからも皆に連絡があるそうです。はい、どうぞ」

 投げやりにトリスへぶん投げたアリエルはへそを曲げてふんぞり返る。

「ふっはっは。皆、静粛に頼む」

 しん、と静まり返る議場。皆、ふざけている時は緩いが、こういう空気になると即座に切り替わる。相変わらず癖が強く、オンオフの切り替えの早い集団である。

「先週、何の変哲もなかった景色が突然、焼け野原と化しておった。あの意思無き魔獣の躯が大量に放逐され、何らかの施設も全て延焼、隠滅されておってな、不思議に思いそちらに向かったのじゃが、手紙が残されておったよ、皆宛にの」

 トリスは貌を曇らせる。

「ご丁寧にわしらが使っとる文字でのお。大星から、じゃよ」

 手紙、という時点で皆、察する。

「内容はシンプルじゃった。魔獣の製造設備を破壊及び製造責任者を始末。そこにいた魔獣たちも可能な限り駆逐した、とのこと」

 シンプルだが、あまりにも大きな事実。

「……『彼ら』らしい、影っぷりだね」

 クーンは哀しげに微笑む。アルファも、パラスも、同じ笑み。

「影は表に出ず、世界のため仕事を遂行するのみ」

「全ては輝ける未来のため、か。重いね、本当に」

「阿呆だぜ、筋金入りのな」

 大星を知る彼らは納得し、その上で本物の阿呆だったと笑う。命令なくとも、誰かの指示なくとも、あの男は影として生きると決めたのだ。

 これは一つの、証明であろう。

「どういうことだい? 三人で納得せず、皆に教えて欲しいのだが?」

 シャーロットの問いに『クイーン』パラスが口を開く。

「あいつらは基本的に手紙なんてもの使わねえ。電話もネットもだ。自分の足で伝えるのが一番だと思っているからな。そんな奴が手紙を残した。なら、死んだんだろ。任務を遂行して、すっと消えていなくなった。それだけだ」

「ふむ、頼りになる戦力だと思っていたのだがね」

「ハッ! シン・イヴリースやニケ相手にあいつの力で何が出来んだ? んなもん全部勘定に入ってんだよ。そこで間違える奴が、支配者の側近なんて大層なもんに収まっているわけがねえ。おい、髭ジジイ、大星のやつは何匹やった?」

 パラスの問い、それにトリスは苦笑して口を開く。

「およそ、十万ほどの躯があった。正確には数えておらんがのお」

 それを聞いて皆、絶句する。

 しかし、やはり三人だけは苦笑したまま――

「大星の最大展開人数が、約千、か」

「くっく、一騎当千だからねえ」

「んだよ、期待した私が馬鹿みたいじゃねえか。桁が足りねえよ、桁が」

 彼を知る者たちは驚かない。世界の敵に対して九龍、しかも一龍が牙を剥いたのだ。どんな敵が、障害があってもひるむことなく、打ち砕いてきた王の懐刀。成し得ぬはずがない。あの男の名は九龍が一龍、大星。

 一騎当千と謳われた男なのだから。

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