最終章:真なる人
ゼンとタケフジ、かつて両雄まみえた際は互いに初見であり、ゼンは格上と認識し立ち回ったことに対し、タケフジは格下と侮っていた。もちろん、油断したから負けたなど本人は思っていないが、全身全霊であったかと言われれば――
「この程度では、ないよなァ!」
断じて否。
元々が気分屋、モチベーションによって戦力の上下が激しい。いや、そもそも彼が上がり切ったことなどほとんどなかった。いつだってルールが、常識が、群れが、組織が、世界が彼を縛っていたから。自ら、それに屈していた。
自分だけであれば、どこかで弾け、自由を謳歌していただろうが。
ゼンは現行最大火力であるチェーンソーを中心に攻防を組み立てるが、それでさえ相手に魔力で固められたら無傷で済まされる。他の武器、というか工具ではまともなダメージは期待できない。先ほどバールで思いっ切り叩いたが、叩いた方であるバールが折れ曲がってしまった。あまりにも巨大な差がある。
「ちょこまかと……あの時より多少強くなったみたいだがァ」
この程度か、タケフジの眼が問う。
ゼンはその眼に対し、顔を歪める。彼よりも強い魔族とも戦ってきた。まだ、今のタケフジは王クラスに届いていない。アンサールと戦った時に比べれば、戦力差などかわいいものであろう。武器さえまともなら、渡り合える。
問題は、それらがない。創れない。
(このレベルと戦うと、改めて痛感する。俺は、ギゾーに依存していた。ギゾーありきの力、それが俺だ。だが、今――)
タケフジの豪腕が空を切る。当たれば、無事では済まない。力、硬さ、速さ、何もかもが根本から違う。種族差がそこにはあった。
無手では、勝てない。
(無いものねだりをしていても、仕方がない!)
考える。この怪物に勝つ方法を――
「こんな、ものかァァァアア!」
タケフジがゼンのチェーンソーを引っ掴み、回転中にもかかわらず刃をへし折った。そのままゼンの顔を掴み、力任せに放り投げる。
校舎の外壁に叩き付けられ、校内に転がりながら突っ込むゼン。最大の戦力を奪われ、その上でまだタケフジは魔獣化すらしていない。余裕があるのだ。
彼もまた、あの時よりも強くなっている。
いや、あの時は手を抜いていたのだ。
「……くそ」
勝ち目が、見えない。ギゾーと共にあれば無数にあった勝ち筋。今はただ、空しく虚空を漂うのみ。それを掴む手段は、無い。
「今の俺では――」
言い訳が、零れそうになる。それを押し止めたのは小さな眼であった。
言葉を発することも出来ず、ただただ怯える子どもたち。それらを守るように、震えながらも前に立つ、かつて好きだった子。担任の先生も同じようにしている。きっと、良い先生なのだろう。こんな状況でも先生であり続けている。
「……葛城」
かつて好きだった子、和泉翼の弱々しい言葉に、葛城善は苦笑する。弱った彼女など昔は想像も出来なかった。強く、孤高で、凛と佇む憧れ。
それは恋ではあったかもしれないが――
「大丈夫だ。俺が守る」
虚勢である。それでも口に出すと、そうせねばと思う。子どもたちの怯えた眼が、もう一つの世界の子どもたちと被る。
「俺は、強いからな」
だから、ゼンは笑った。
そして、こんな状況になって、オーケンフィールドの、シュウの、笑みの理由を理解する。彼らは知っていたのだ。自分が倒れたら、代わりがいないことを。だから無駄に明るく振舞った、自信満々に出来ると皆に思わせていた。
それが周りに出来ると思わせる方法で、彼らの笑みは作ってでも、仮面として被らねばならないものだった。たとえそれが強がりであっても。
今更そんなことに、気づく己の愚鈍も哂う。
「だから、今日の夜ご飯のことでも考えているといい。お母さんの、お父さんの、外食でもいい。大好きなものを、思い浮かべるんだ」
子どもたちは害意無き男の言葉に耳を傾ける。
「それが終わった頃に、戦いも終わってる」
少しだけ、彼らの恐怖が和らいだ。少なくとも目の前の男は敵ではなく、彼らを守ってくれる存在だと思えたから。不器用だが、優しい言葉。
「……おじさんも、がんばって」
「任せとけ」
これまた精一杯の虚勢。それでも言い切る。
「い、和泉さん、さっきから、ポケット」
「え、あ、気づかなかった。自分が、震えていたからかな。あはは、あれ、この番号、知らない。もしかしたら、警察かもしれないね」
ゼンは飛び出そうと構え、ほぼ同時に和泉はその電話に出る。
「もしも――」
『喂、葛城善に繋げてくれ』
「え? あ、葛城」
ゼンは訝しげに和泉を見る。和泉も首を振り、わからないとジェスチャーで伝えた。だが、何となくゼンは出なければならないと思った。
理由はない。それでも、何故か――
「もしもし」
『お前は加納恭爾との戦いにおいて、世界の調整を受けずにフィフスフィアを行使した。無我夢中であっただろうが、今、思い出せ』
「……誰だ?」
『一度出来たことは、必ず出来る。人はあれを奇跡と呼ぶだろうが、それを成せるのは積み重ねた者だけ。葛城善、お前は有資格者だ。奇跡は起こせる、何度でも。何故ならそれは積み重ねによる、必然だからだ。奇跡を、起こせ』
電話が、切れる。
「……誰、だった?」
「いや、聞いたことはある声だと思うが、誰かまでは。少しカタコトだったし。ただ、やるべきことは、見えた。誰かは知らんが、感謝する」
和泉に電話を渡し、ゼンは駆け出す。
「ああ、やってやるさ!」
駆け出しながら、思い出す。
あまりにも血生臭く、獣であったことでうろ覚え、かつ敗れ去った記憶であったため、無意識に思い出すのを避けていた記憶、その蓋を開ける。
ドロドロの、自らの醜態。憎しみに支配された怪物。
最悪の記憶である。
だが、何故だろうか。何故か、汚いものをすべて吐き出した先、そこに、本当に大切なモノが在った。大事に、大事に抱きしめていたモノ。
憎しみを超越した先に、それは在った。
「……どこまでも、俺って奴は」
憎まれるべき相手なのに、あちらの子どもたちにとっては気持ち悪い感情かもしれないが、それでも己は彼らを愛している。憎まれても、殺されても、それはきっと変わらない。本当にやりたことは、きっと彼らと笑い合える明日。
ありえない幻想であろう。幸せに傷をつけた者が、一緒に幸せを享受してくれなど、自分本位極まる考え。だから、それは胸の奥に。
だが、もしその幻想が叶うとすれば――
それは道の果て、生き抜いた先にしかないだろう。それすら相手次第であるため確定された明日ではないが、少なくともそうせねば自分さえ許すことも、認めることも出来ない。ゆえに今はただ、駆け抜けるのみ。
「いつか、許しを乞う日のために」
校舎から飛び出し、腕組みして待つタケフジの前に降り立つゼン。
「遅いな。逃げたかと思ったぞ」
そう言いつつ追撃せず待っていたタケフジ。されど矛を引く気配も無い。全身全霊での闘争が彼の望み。それもまたこの男の悲鳴なれば――
その悲鳴に応えよう。
「逃げるわけないだろう。ここには誰もいない。俺しかいないんだ。俺がやらなきゃ、誰がやる。お前を倒すぞ、タケフジ!」
ゼンは想像する。
彼と戦う刃を、勝つための剣を、守るための武器を。
細部を想像していく。刃金、拵え、外観のみならず素材の組成、割合、鉄を練り、鍛え、刃金とするまでの工程、鍛冶師の道のりを想像する。
まだ足りぬ、と己が言う。
深き集中、分子構造に至るまで、世界を想像せよと己が叫ぶ。そこまでせねばカタチ無きモノにカタチなど宿りはしない。こだわれ、徹底せよ、細部の細部に至るまで、分子一つに至るまで、その先をも、想像せよ。
だが足りぬ、と世界が言う。
ゆえに、体中の魔力をその想像に、妄想に、くべる。
魔力という存在を、別の存在へと変換するためには莫大なエネルギーが必要。自らを炉とするために、炉心を生み出す必要がある。
自らを鍛冶師であり、工房と定義づける。
生みの苦しみ、誕生のための対価。
それを経てでも、あまねく武器を鍛える火力が要る。
「ぐ、がァ、ぐ、お、おおおおお、ああああァ!」
魔獣化しつつ、増えた魔力も、ありもしない夢想に、賭す。
醜い自分も、偽善者である自分も、子どもたちに虚勢を張った自分も、ここに立つと決めた自分も、全部己である。自分を、飲み込む。
凡てを見つめ、総てを受け入れ、全てを知る。
「ああ、ァアアアアアア、あ呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀ァ!」
今までの歩んだ轍が、葛城善を創る。
葛城善は、創造する。
○
ここまでは彼らの予定通りだった。世界を統べる彼らにとってこの戦いは都合が良かった。どちらの勢力がうまく利用するのか、それは彼ら次第であるが、春日武藤という怪物を討つ役目は彼ではなく、彼らだったはずなのだ。
勝てるわけがなかったから。
「……調律、無しで、だと」
クラトスは信じられないと苦い笑みを浮かべる。あの世界で存分に力を振るった己でさえ、シュバルツバルトの領域内でも現状、糸口すら掴めていない到達への糸口。それを本来、リストにもなかった男が今、到達しようとしている。
「……私だ。スフィアの表示はどうなっている?」
おもむろに通信機でどこかと連絡を取るアルトゥールもまた信じ難い、といった表情であった。ただ、こちらは驚きよりも喜色が勝るが。
「やはり、あの区画だけ濃くなっている、か。元々、春日武藤の重さが周囲のマナを引き寄せていたのだろう。引力は、重いモノに宿るからね。しかし今、もう一つの重さが生まれ出でようとしている、か。フェーズはどうだ?」
アルトゥールはその数字を聞き、苦笑いを浮かべる。
「そうか。ああ、わかった。引き続き監視を続けてくれ」
通信機を切ると、アルトゥールは映像に目を移す。
「何の話だ?」
「……あの区画、現在進行形でマナの濃度が上がっている。今時点でここに近い濃度だ。ここから、さらに加速するだろう。もちろん、元栓が閉まっている以上、あの時代ほどに濃くなることはないが。それでも破格だ」
「どんだけ濃度が上がろうと、この状況に対するアンサーにはならねえだろーが。初めから出来ていたのか、それとも、突然出来るようになったのか」
「さて、それはわからないが、それでもこれは喜ばしいことだろう」
「人の、可能性」
「とても美しいものだ」
アルトゥールは通信機に送られてきた一文に目を通す。
そして、静かに微笑んだ。
「フィフスフィア、発現。銘を、ウェポンマスター。これが、剣の理を追い求めてきた一族の始まり、彼らが辿り着かんとした、いつか、か」
「そりゃあ、どういうこった?」
「私たちは一つの歴史の始まりに、触れているのだよ」
画面の先で、鋼の如し、銀色の輝きが煌めく。
○
少女はテレビをつけると、そこに映る男を見てにっこりと笑った。
「ママ! おいちゃんだよ!」
「だぁれ?」
「日葵のね、好きな人!」
「えー、まだ日葵には早いわよー。もう少しでおやつ出来るから待っててね」
「はぁい。おいちゃん、がんばえー!」
鼻水を啜りながら、少女は銀色に瞬く男に声援を送る。
○
ゼンは眼を見開く。
其処には本来、空洞のみが在った。魔獣として暴れ回っていた折、失った片目。魔人化し、ギゾーを得てからは彼の居場所となっていた。
そしてギゾーを失い、がらんどうに戻ったそこに――
「……視える」
朱色の紋様が折り重なり、魔力が結晶化した魔眼が鎮座する。
「それがあれの代わり、というわけか」
「同じじゃない。俺の能力は、あいつとは少し違うからな」
その違いを感じ取り、苦笑するゼン。
「その姿が、貴様の全力で良いんだな?」
「ああ。これが、今の俺が持てる、全てだ」
粉塵が晴れ、その奥より現れるは人と獣が混ざり合った男の姿。フィフスフィアの発現と共に元々変化しつつあった五体が変化していたのだ。
醜さと美しさが同居したフォルム。
魔であり、神であり、ゆえに人。
「テリオンの七つ牙が一つ」
魔神化、
「魔を穿つ槍、ウェントゥス!」
そしてフィフスフィア『ウェポンマスター』によってこの世界に顕現する神代の武装、テリオンの七つ牙。それを見て、タケフジは恍惚の笑みを浮かべた。
自らを屠った力が目の前にある。
「お前を倒すぞ」
そして、それを振るうに値する怪物が目の前にいる。あの刹那で感じた予感は正しかったのだ。まだ、未達であっただけ。あの時点で器の原型は在った。
魔を超え、神を超え、真なる人、始動。
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