最終章:闘争

 魔族ではない。神族でもない。人でも、テリオンでもない。

 神の獣は獣の特性を持った神族である。神獣、と呼ぶべき生き物。魔族の因子を持つ以上、どれだけ近づこうともそのものにはならない。

 であれば彼はシンなのか、それもまた否。

 シンはシックスセンスを拡張しただけの、ただの人である。調律技術が突き抜けているために、シンという生き物に見えるだけ。

 シンとは『完全』なる、人である。

 そう、今の葛城善はそれら全てと異なる。

 有史以来、彼のみが三つの因子を持つのだ。そういう生き物を創ろうとした試みはあれど、全て不適合として生き物の形を保てなかった。

 世界はまだ知らない。この世界を統べる者たちですら、葛城善という生き物がどれほどの奇跡の上に立つのか、知ることはない。開示されていない情報。

 本人もまたそんなことは知らない。

 知ったところでやることに変わりはない。

「征くぞ」

「ッ!?」

 タケフジの想定を超える速さで、ゼンは動き出した。見えないほどではないが、明らかに先ほどまでとは別次元の速度域。スペックアップしている。

「ぐっ!」

「吹き飛べ」

 暴風の槍がタケフジを飲み込み、一気に吹き飛ばす。

 あの時はこれで討ち果たした。

 だが、感触は――

「……葛城君、その姿は」

「よく分からんが、何とかなりそうだ」

「駄目だよ。それ以上は、本当に戻れなくなっちゃう」

 泣き出しそうな、もう進まないでと懇願する視線に、ゼンは苦い笑みを浮かべる。きっと、両親も今、同じような表情を浮かべているのだろう、と。

 自分は親不孝だと思う。恩人の願いも聞けぬ、恩知らずだとも思う。

 それでも進むと決めたのだ。

「ゆっくり休んでてくれ。俺は、大丈夫だから」

 ゼンは振り切るように、飛び出した。

 もはやその速度、人の域にあらず。後戻りなど、とうに出来ない。

「……二人なら、止められたのかな? ふふ、しないか、あの二人は。たぶん背中を押す。そして、一緒に歩むために、強く在る」

 貴人と麗人、勝てないと思った二人を想い、歯を食いしばる九鬼。

 進んでも進んでも遠い背中。

 手を伸ばす資格は果たして――

「……九鬼」

 自分が焦がれていた和泉翼を地に落とした天才、九鬼巴が心身ともにボロボロになっている様を見て、山内は複雑な心境に襲われていた。

 ついてきたは良いが、何も出来ず眺めるだけの自分。そもそも後部座席から投げ出された時点でとんでもない痛みが全身を駆け回っていた。

 そんな、ただの人に出来ることなど――

「タケさんの見学、行きてーなぁ」

「我慢しろ、アカ。子どもが解放された時点で、どんな茶々が入るか分からん。俺らは大将が存分に暴れられるよう、子守を続けるまでだ」

「へいへい。わかってますよ」

 青ヶ島、赤坂両名とも手を出す気は皆無だが、解放する気もなさそうである。彼らだってこの場では絶対者である。のんびり構えていても圧はある。

「あ、あの、青ヶ島、さん?」

 そんな彼らに声をかけるのは、カメラマンを従えた女性であった。

「……もうあんたらは好きにしていいぜ」

「な、なら、あっちの、戦っている姿を、撮ってもいいですか?」

「別に構わないが、物好きだな。たぶん、大将はあんたらに気にせず暴れると思うぜ。結構な確率で死ぬと思うけど」

「あ、ありがとうございます! ほら、あんたら行くよ!」

 カメラマンを率いて駆け出そうとする女性を見て、青ヶ島は理解に苦しむと首を振る。恐れていないわけではないのだろう。

 今回の件に引きずり込んだ時から、ずっと怯えているし震えている。何なら魔族の嗅覚でわかるが、何人か漏らしてる。

 それでも女性指揮の下、彼らは欠けることなく走り出した。

「……三流メディアにも意地があんのかね?」

「ああいうの、嫌いじゃねえだろ?」

「まあ、そうだな」

 彼らに葛城善と春日武藤の戦いを撮れるかは知らないが、邪魔をする気はなかった。もう、誰にも邪魔は出来ない。葛城善が予想以上に強くなった。

 あれなら、きっと本気を出せる。

 あそこにはもう、自分たちという枷もないのだから。


     ○


 まずはあの場から引き剥がすために、暴風の槍で吹き飛ばした。もちろん、手加減などしていないし、一撃で決着をつけられたらそれに越したことはない。

 ただ、何故か今回はそんな気がしなかった。

 手応えも、思った以上に重く感じた。

「……なるほどな、オドを逆回転させたのか」

「それでも、ここまで効かされたがな」

 タケフジは健在。獰猛な笑みを湛え、ゼンを待っていた。

 咄嗟に暴風の回転とは真逆に魔力を回しながら、受けたのだろう。タケフジのスペックあってこその受け方だが、きちんと対策済みで、その方法も彼らしいものであった。かわすのではなく、正面から受けるための算段。

 そして実際に受け切った実行力。

 あの時勝てたのは七つ牙が初見であったこと、彼自身警戒など皆無であった点。そこに尽きる。今の彼をあの時の自分で勝てと言われても、厳しい。

 それほどに本気の春日武藤は――強い。

「俺も、本気を出すぞ」

 タケフジの笑みが歪む。魔獣化、である。雷をまとう暴力の化身、鬼そのものと化す。大気がひりつく、魔力が、オドが膨れ上がっていく。

『オオ、オオオオ、オオオオオオオオ!』

 さらに膨れ上がる。

『邪魔、しなくていいのか? 隙だらけ、だぞ?』

「……お前は、俺を待っていてくれたからな」

『くく、愚か、だなァ!』

 魔獣化を深め、理性を手放す。それは獣の道である。人を捨てる、ある種の弱さを孕む。だが、そもそも獣のような感性を持っていたら、最初から人の理屈ではなく獣の理屈で生きている者であれば、そんな枠組み気に留めるまでもない。

 どちらも己、なれば、もっと深めるまで――

『ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 求めるは眼前の男と存分に戦うための力。

 自由に、何の縛りも負わず、ただただ全力で暴れる。

 それが自分の望み。

 雷が降り注ぐ。凄まじいエネルギーが、タケフジ自身に落ちた。あの男が自分の力をコントロールできずに、間違ってしまうなど考え難い。

 ならば、これは彼が望んだ現象で――

『さぁ――』

 雷のエネルギーを喰らい、タケフジは最後の鎖を引き千切る。自身に課していた手加減という鎖を。呪いのように自らを蝕んでいたそれを、吹き飛ばす。

『――存分に殺し合おう』

 元々、彼にはそう成るポテンシャルがあった。そして、その飛躍がいつ来るのかは誰にもわからない。本人にすらわからない。たまたま、今日であったのか、それとも必然であったのか、タケフジは今日、位階の壁を超えた。

「これがお前か」

『そうだ。慄け、俺は、強いぞォ』

 咆哮と共に、周囲に雷が降り注ぐ。それが添え物に感じてしまうほど、今のタケフジは強くなった。位階を超えた瞬間、彼らは王クラスの最後尾につくわけではない。位階を超えた際の伸びしろなど、やはり誰にもわからないのだ。

 金色の雷鳴を身にまとい、鬼の王タケフジが牙を剥く。十二の角は今、雄々しき一つに束ね、天を衝く。間違いなく最強の鬼種である。

 黄金に輝く全身が語る。

 己の強さを。

『やるか』

「ああ」

 双方、同時に動き出す。

 片方は槍を、片方は拳を突き出し、衝突する。

 行き場を失った力が、地を、天を、校舎を破壊する。互いに一歩も引かず、力を打ち合う。暴風が、雷光が、幾重にも交差し――

「ッ!?」

 暴風が、へし折られた。

『この、程度かァ!?』

 振り被られた黄金の雷をまとう拳。ゼンは表情一つ変えず、タケフジの足元、死角を目がけ七つ牙の一つアイオーニオン、鎖を生み出し、拘束せんと放る。

 力を封じる鎖である。ほんの僅かでも隙を産めば――

『はは、小賢しいな!』

 しかし、タケフジは死角の攻撃を感性だけでかわす。見えていない攻撃のはずなのだが、暴力のために生まれた男が本領を発揮した以上、容易くはなかった。

「エクリクシス!」

『布都御魂剣!』

 次は炎と雷が衝突する。だが、ゼンは鍔迫り合いを選ばず、あえてそれを一手で捨てた。さしものタケフジもこの攻防は想定外だったのか、驚きに目を見張る。狙いは強烈な衝突に備え、力を入れた一撃が空ぶる瞬間。

「グロム!」

 魔を削ぐ弓、グロム。この弱体効果を狙っていた。

『ッ!?』

 それはタケフジに直撃した。

 手応えあり、これで優勢、とゼンが僅かに緩んだ瞬間、タケフジは凄絶な笑みと共に突っ込んできた。速度に変化はない。痺れている様子も、無い。

 アンサールの時の反応も――

『俺に雷は、悪手だったなァ!』

「しまっ――」

 失態への言葉を紡ぐ前に、タケフジの手がゼンを掴む。

『ぬん!』

 そのままタケフジはゼンを天へと放り投げ、彼に指を差す。

『招雷』

 雷が、落ちる。

「アルクス!」

 しかし、ゼンもさるもの。七つ牙の盾を展開し、タケフジの雷を防いだ。そしてそれだけに留まらず、ゼンはさらに盾をいくつか展開して、それを足蹴に空中を駆ける。ぶつかるたびに、反射され加速する銀色の魔神。

 その手に握るは――

「オリゾンダス!」

 身の丈を遥かに超える、大斧。大地を割る一撃を、タケフジに向けた。

『布都御――』

 迎撃は、不完全に行われた。衝突した瞬間、タケフジの貌が歪む。

 そして、大気が絶叫したかのような音が世界に轟き――

「オ、ラァ!」

 ゼンが振り抜いた。

 その破壊の余波は立派な校舎三分の一を破壊し、タケフジを吹き飛ばした。

 ここが好機とゼンの眼が輝く。

「オーク武器祭り」

 ギゾーがいれば盛大に突っ込んだであろうクソダサネームだが、ツッコミ不在では誰も彼のセンスを咎めることは出来ない。会心のネームだとゼンは胸を張り、十、二十、三十、と、空中にどんどん武器を生み出していく。

 自我を失っていた時の自分もまた取り込み――

「追撃だ!」

 剣の、槍の、斧の、嵐が粉塵目がけ飛翔した。

 武器の嵐が吹き荒れる。

 が、

『ハッハ、ハッハッハッハッハッハッハッハァ!』

 タケフジ、それら全てを正面から殴り飛ばし、破壊していく。力、速さ、何よりも反応速度が尋常ではない。次々と迫りくる刃を、ゼンが軌道を操作し、四方八方から襲い来る武装を、全て殴り、砕き、破壊する。

「……怪物め」

 ゼンは称賛と畏怖を込めた言葉をつぶやき、アステールを構える。

「追加だ」

 番えるは矢束、射るは十を超える虹の閃光。

『ちィ!』

 さすがのタケフジも処理限界を超えたとばかりに武器祭りを受けながらも、回避行動を取る。それを見てゼンは笑みを浮かべた。

「悪いが、その矢はお前の魔力を探知して、自動追尾する」

 回避方向へぎゅんと進路を変じる虹の矢。

『小賢しい!』

 タケフジの対応は早かった。それを頭に入れ、回避と迎撃を混ぜしのぐ対応に切り替える。だが、そうしてなお変幻自在、無数の武器を前に――

『ぐ、おおおおお!』

 圧倒される。

「手応え、あり、だ!」

 ゼンの叫びが轟く。圧殺、そう呼んで申し分ない破壊の渦が、タケフジを飲み込んでいた。次々と、感覚が彼のダメージを伝える。

 このまま押し切れば――

『迅雷』

 武器のコントロールに力を注いでいたために、気づけなかったわずかな隙間。そこをタケフジは見逃さず、指一本で大本を断ちに来る。

 鋭い一筋の雷が、武器をコントロールするゼンの腕を断つ。

「ッ!?」

 鈍い痛みがゼンを襲う。それによって動きが乱れたところを、タケフジは全方位に雷を発生させ、武器を絡めとる。そして、全て一点に叩き付け、ねじ伏せ、捻じ曲げ、ただの大きな鉄くずとし、ゼン目がけて飛ばす。

「……アイオーニオン」

 しかし、それはゼン本人は回避しつつ鎖で絡み取り、別の方向へ吹き飛ばした。油断大敵、あっさりと片腕を喪失したゼンは顔を歪める。

 ちなみにその鉄くずは隣接する付属の中学校に大穴を空けた。

『再生能力は並、か』

「そのようだな。トカゲのしっぽみたいにはいかんようだ」

 雷によって焼き切られた患部は切断、火傷のダブルコンボで失血こそないものの、再生を大きく阻害する状態であった。加えて、ゼン自身、肉体が変化しても再生力はそれほど上がらなかったようで、時間経過による回復は望めない。

 ただし、それは相手も同じこと。

「そっちも王クラスにしては随分、治りが遅いな」

『ふん、この痛みがいいのだ。これが俺を、引き上げる!』

 タケフジも王クラスと化し、尋常ならざる力を得たが、それはシンプルな力の向上に全振りされていたようで、再生力自体は王クラスの中でも控えめな様子。実際、今の攻防で彼自身も血まみれである。回復もゆっくりで、何より消費する魔力効率も良くないのか、傷の治りに対しての魔力消費が割に合っていない。

 一連の攻防で、互いに大きく損耗する。

『さて、と、身体も温まってきた。ここは、序の口だぞ』

「……そのつもりだ」

 されどまだ、互いの命には触れていない。

 タケフジが吼え、天雷が轟く。

 ゼンは武器を継ぎ接ぎし、身体に不釣り合いなサイズの義手を用意する。義手と呼ぶにはあまりにも殺傷力が高い見た目であるが。

 ここからが闘争の本番。

「『征くぞ!』」

 互いの命に触れる、殺し合いの開始である。

「あ、あれ、腕、もげて」

「ち、ちびりそうです!」

「うっさい、こっちはちびってんのよ! 四の五の言わずにカメラ回しなさい。止めたらぶっ殺すわよ! ド底辺のクソメディアにも、意地があんのよ!」

 そしてそれは見ている側が、何が起きているかを理解できるかはさておき、世界中に届けられていた。彼女たちは知らない。今、その中継がどれほど莫大な人数の眼に触れているのかを。検閲がかかることなく、世界中が見ていることを。

 あの薙刀姫が戦い、敗れ、葛城善が現れてから爆発的に視聴者は伸びている。そこに意識が行く余裕もなく、彼女たちはただただ必死にカメラを回す。

 こういう衝撃的な画が撮りたくて、彼らはこの世界に入ったのだから。


     ○


 世界は揺れていた。

 もはや、誰かのコントロールが効く状況ではない。魔族の存在をひた隠しにしていた権力者側が皆、頭を抱える事態に陥っていた。万の言葉よりも雄弁な、実際の映像がそこに在るのだ。否定しようにも情報社会、現地の声全てをシャットアウトすることは出来ない。交通規制、周辺住人の声もそう。

 彼らの言葉全てを嘘と断ずることなど、誰にもできない。

「賢人会議は何をしている!?」

「こうならないために情報を統制していたのだろうに!」

「秩序ある世界はこれで終わる。これでは社会など、成り立たん」

 だが、その元凶である男は嬉々とその映像を見つめていた。手元で指示を飛ばしながら、その内容は全力で情報を広げ、封鎖させるな、というもの。

 普段とは逆の指示だが、手足は上手く動いてくれている。

「楽しそうだな。俺は胃が痛いがね、ここからどうまとめるんだ?」

「さあ? それは私の仕事ではないからね」

 クラトスは顔を歪め、アルトゥールは笑みをたたえる。

「ったく、まあ、成るようになれ、だ。ここまで来たら。つーか、このタケフジっての良い貌してやがるぜ。戦いが好きで好きでたまらないって貌だ」

「君たちの好きなタイプだろ?」

「まあな。生まれる時代をな、間違えちまったんだよ。俺のご先祖様も抗おうとしたが、時代の流れには勝てなかった。……旧い時代の生き物だわな」

「戦士という生き物は理解に苦しむね」

「だから相容れないのさ。純度が高ければ高いほど、不器用なほど、羊の群れに混じるのは困難になる。ニケと同じだな、こいつは」

 狼の理を羊に理解せよといっても不可能であろう。彼らにとって羊は喰らう者であり、喰らわれる側に理解を求めるのは無意味。同じ人であっても、そこまで性質が違えば別の生き物なのだ。彼らは戦士という生き物。

 闘争の中でしか生を実感できない。

 スポーツなどの代替は存在するも、その枠を突き抜けた彼らに居場所などなかった。そういう意味で彼らもまた時代の被害者なのだろう。

 英雄の時代であれば、輝ける才であったはずで、求められていた存在であったのだ。彼らはあまりにも遅過ぎた。あまりにもズレ過ぎた。

「対する葛城善もまた性質こそ異なれど、戦いに浸り過ぎて枠にゃ収まらねえ。どんだけ実戦を積めば、こうまで戦い慣れるのかねえ。どう思う、爺さんは」

 クラトスは背後に控える専門家、二龍李白に問う。

「彼は常にクレバーに立ち回っております。思考があり、工夫がある。それらを濁さぬため、最大出力から一割、二割を制限しているのでしょう。死地にあっても完全に己を律している証拠。我らもまた技を生かすために同様の制限を己に課しておりますれば、個人的には貴方方御兄弟よりも好ましいと思うのは必定かと」

「ちゃっかりディスを入れてくるねえ」

「武人にお二人を好きになれ、という方が難しいでしょうな」

 そう言いつつも、李白は少しだけ羨ましそうに映像を見つめていた。生き物、性質は異なれど、彼ら武人もまた平時は自らを縛っていることに変わりはない。時にそれが煩わしく感じるのもまた事実。それらを振り切り、思うがまま暴力を振るう側、それを防ぐため同様に全戦力を解放する側、どちらも羨ましい。

 自然、拳を握る手が熱くなってしまう。

「人間には闘争心がある。現代はそれに蓋をすることを是とする風潮はあるが、そりゃあ目を背けているだけだ。戦士が生業だった時代もあるんだからよ」

「そうだね。さあ、この闘争の果てに世界はどう転がるかな?」

「本当にノープランか?」

「役者たちが動かなければ、あるいは私が立つ必要もあるだろうがね」

「……役者、ねえ」

 クラトスの脳裏に浮かぶ人物とアルトゥールの想像する役者、それがズレているとは思わない。ただし、アルトゥールは複数人であることを示唆した。

 ならば必然、もう一人もまた勘定に入っているのだろう。

「あの人の愛は重過ぎるんじゃねえか?」

「かもしれない。でも、それが正しい可能性もある。決めるのは我々ではなく、世界が決めるべきだ。その頃には、私という機能は存在しないだろうが」

 彼らが最初考えていた第三の男、もしくはニケのように加納恭爾に呼ばれる可能性もある。ゆえに手が出せなかった。彼もまたカテゴリーエラー、世界がどう裁定するのかアルトゥールですら読めず、二人とも手が出せなかったのだ。

 彼らよりひと世代上の、王の歴史を知る男。


     ○


「……素晴らしい。剥き出しのエゴ、美しいものだ」

 男は片手でドローンを操作し、自前の映像を見て悦に浸っていた。隣に立つ少年とも青年とも言える側近は訝し気な視線を主に向ける。

「貴方にとってエゴイストは唾棄すべき存在かと思っていましたよ」

「ふっふ、違いますよ。これを美しいと思う心は否定してはいけない。だからこそ、危険でありシステムには組み込めないだけで。そう、今、君が抱いている感情は否定すべきではない。受け入れたまえ、そうしないといつまでも時が止まったままですよ、我が友。恐れているだけでは、何も始まらないのです」

 巧みにドローンを飛ばしながら、もう片方の手では絶えず文章での指示を世界各地に飛ばしている。目は映像に、口は彼の友である男に。

 これがフィラントロピー代表、アールト・ラ・ネーデルダム。二つの大国の血を引き継ぐ、元賢人会議のメンバーであり、方針の違いから脱会しミノス・グレコの傘下に入る。そして彼が崩御した際に一部を引き抜き、今の組織を設立した。

 当時は一部、派生でしかなく本隊をそのまま喰らったクラトスの結社と比較するのも馬鹿らしくなるほど、何枚も落ちる組織であったが――

「どちらが勝つと思いますか?」

「……ゼン」

「あはは、そういえばお友達でしたね、君の」

 アールトは自身と同じ髪色、金髪碧眼の男を見つめる。

「では、私はこう予想しましょう」

 アールトはコインを明後日の方向に投げる。

「見てきますか?」

「いいや、見る必要はないですよ。何故なら、どちらでも一緒ですので」

「……ああ、そういうことですか」

「勝負がどう転んでも、最後に笑うのは人間なのです」

 戦士たちの戦いを見つめ、アールトは微笑む。


     ○


「アンサールがタケフジを手元に置きたがった理由が、今になってようやくわかったぜ。杭が出ないように見張ってやがったのか……扱いが違うとは思ってたがよ。あ、旦那、火ぃ、くれ。口寂しくてさァ」

「イチジョーさん、ここ火気厳禁ですよ!」

「うっせえ。煙草は別腹って知らねえのかよ。つーか俺に注意する前に旦那を注意しろよ。こいつ種族からして火気じゃねえか」

「そ、それは」

「いやいや、おいちゃんを巡って喧嘩しないで。照れちゃうから」

「「…………」」

「冷たい空気、沁みるねえ」

「何でもいいから火、くれ」

「喫煙者の絆が勝る、許せよグゥ君」

「あ、アカギさんまでイチジョーさんを甘やかす!」

 火気厳禁の空間で煙草をくわえ悦に浸る二人。それをジト目で睨む女性はため息をついた。喫煙者は肩身が狭い分、同族の肩を持ちがちである。

 非喫煙者である彼女は通算何度目かわからないため息を重ねるばかり。

「そう言えばアンサールってイチジョーさんのボスでしたよね?」

「ああ。真のクソ野郎だな、ありゃ。あれがくたばった記憶だけで未だに白飯三杯はいけるからな、俺。落ち込む時はあん時のこと思い出してるし」

「うーわ、暗ぁ」

「うっせえ覚醒して即自殺した陰キャに言われたくねえんだよ」

「……アカギさん、僕、傷つきました」

「おーよちよち」

「ケェ、あほくさ。あー、煙草うめえわ。つーかマジでタケフジ強ェ。こう成る可能性を理解してたら、そりゃあ飼い殺しにもするか。素知らぬふりして死んだ時も妙に嬉しそうだったしな。危険視してたわけだ、この喧嘩馬鹿を」

「その可能性を見出してる時点で、そいつも化け物だと思うけどねえ。少なくとも出涸らしのおいちゃんじゃ、人の出来不出来なんてわからないよぉ」

「それじゃあ出涸らしじゃなければ、って聞こえるぜ、旦那ぁ」

「おっと、日本語は難しいなぁ」

 付き合いは長くないが、煙草が二人の絆を深めた。まあ、同期ゆえあちら側でもちょくちょく絡みはあったため、こちらで初対面というわけではないが。

「なあ、グゥ。ここ携帯繋げられねえの?」

「今見てる映像みたいに軍事衛星と直結していいなら出来ますよ。許可を取っていない以上、もれなくスパイ容疑がかけられると思いますが」

「……んだよ、あの馬鹿ボロクソに言われてねえか、タイムラインでも見ようと思ったのに。まあ、いいけどな。相変わらず元気みてェだし」

「心配せずとも大丈夫ですよ。最後に丸く収めるため、僕らは此処にいるんですから。イチジョーさんもギィのことだと素直じゃないですねえ」

「だねえ」

「心配なんかしてねえけど!?」

 三人は三者三様の想いを抱き、映像を見る。

 二人にとっては同期で、一人にとっては同僚だった男の奮闘を、見つめる。

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