最終章:偽善対暴力

 青ヶ島、赤坂、両人とも春日武藤という男に惚れこみ、彼と同じように暴力の世界に生きてきた男たちである。それなりの修羅場は超えてきたし、あちら側の世界でも最後の相手が悪かっただけで場数は踏んでいる。

 その彼らが困惑していた。

 眼前の男から感じる内蔵魔力は決して高くない。自分たちとさほど変わらないレベル。であれば身のこなしは、と見ても特筆すべき点は見えない。

 強者は皆、立っているだけで芯が通っているものなのだ。センスで突き抜けた者も、努力で超越した者も、強き者の姿勢と言うのがある。

 それは、無い。

 それなのに――

「……なんだ、こいつは」

「俺が聞きてえよ」

 強者の雰囲気をまとっている。圧を感じる。

「何故、人を襲う?」

 紐を解き、地面に散らばるは日曜大工に使うような道具たち。

「何故、人を傷つける?」

 だが、道具に囲まれた瞬間、感じる圧の質がさらに変化する。まるで、ここが自らの領域だと主張するような、この中であれば負けないと雰囲気が語る。

「殴って、倒して、手に入れて、何が悪い?」

「犯罪だ」

「知らねえよ。んなもん、俺らが生まれる前に勝手に作られたルールだろーが。それは絶対なのか? 本当に正しいのか? 馬鹿な俺らにゃわかんねー」

「弱肉強食、俺らはそれに沿って生きているだけだ」

「ならば、より強き者に潰されるだけだぞ」

「「本望!」」

 青ヶ島、赤坂、両名は魔獣化する。二本角の青鬼と一本角の赤鬼。

 蒼き炎と紅き炎が燃え盛る。

「俺らが許せねえのは、俺らより弱い奴の言葉に従うことだ。俺らよりも弱い奴が群れて、自分たちこそが強いとしたり顔で言い放つ。反吐が出る!」

「お前の強さを示せ。お前が強ければ、俺たちは喜んで敗れ去ろう。その先にタケさんが、春日武藤がいる。まずは、軽く捻ってみな」

 今まで戦ってきた者の中で、決して強い相手ではない。だが、力に溺れているわけではないことは見て取れた。力というものをフラットに見て、文明が進むほどにくすむその価値を見て、それでもなお彼らは力の信奉者となったのだ。

 強き者こそがルールだと、彼らの眼が語る。

 問答に、意味はない。

「やるぞ、ギゾー」

 自然と、口についた言葉にゼンは苦笑する。

 もう、彼はいないのだ。それでも戦うと決めた。今日だけではなく、これからも含めて。自分の足で立つと決めたのだ。ゆえに、進む。もう、立ち止まらない。

 ゼンは地面に落とした鉈をふた振り拾い、駆け出す。

「憤!」

 二人の間に踏み込み、大振りにて間を裂き、広げる。

「おっ、良い踏み込みだ!」

「こっちも警戒されている、か。戦い慣れているな!」

 そして、常に立ち位置を入れ替え、どちらか一方とだけ戦う位置取りを心掛ける。出力はほぼ互角、三人とも戦い自体には慣れている。甘えはすぐに咎められるだろう。ゆえに徹底する。知恵をフル活用し、弱者の戦いに徹する。

「悪いが、手段は選ばん!」

 ゼンはポケットの中に仕込んでいた鉄釘を投擲する。魔力が込められたそれは銃弾のような勢いで赤坂の腹回りにいくつも突き立った。

「ぐ、は、やるねえ! でも、本当に手段選ばねえ奴は――」

「――悪いなど、言わん!」

 入れ替わり、青ヶ島が蒼い炎をゼン目がけて放つ。

「オークドリル!」

 それをゼンは穴あけ用のドリルでかき消した。青ヶ島は「なんだそりゃ」と笑う。それもそのはず、そのドリルは日曜大工に使うような小さなもので、炎を消し飛ばせたのもまとわせたオドが回転によって効果を増したから。

 あとネーミングセンスが致命的である。

「オークハンマー!」

 お次はこれまた日曜大工用のとんかち。用途は当然叩き付ける、である。

 見た目は笑えるが――

「……切れ味の悪い鉈よりゃ怖ェな」

「バトルオークの特性、強いと思ったことはなかったが、これほど厄介とは」

「ほんとそれ」

 拳の延長線、硬い材質に魔力が乗るのだから弱いわけがない。

「いっでぇ!?」

「当たり前だ、ハンマーだぞ」

 とんかちの一撃を素手で迎撃した赤坂が苦悶の表情を浮かべる。如何に鬼種、オーガ族とはいえ、魔力無しで鉄を超える硬度を持つわけではない。

「あの、馬鹿」

「オークバール!」

「ちょ、それは普通に凶器だろ!?」

 不良漫画でおなじみ、釘を抜いたり、引っぺがしたり、何でもござれの万能工具バールの出番である。攻撃力は鉄の塊なので当然強い。

「ふんが!」

「いっでェ!?」

 それでガードごとドタマをぶっ飛ばすゼン。相手の強靭さを信頼しているため、躊躇などひとかけらも存在しない。無情の一撃である。

「くそ、おい、最初に地面にばら撒いた中に、ヤバいのあるか!?」

「アオ、あれは、やべーわ」

「あれ? おい、そりゃあ洒落にならんぞ」

「オークチェーンソー……降参しろ、これは強いぞ」

 どるるん、と動き出すはエンジン式大型チェーンソー。排気量は50ml。ハイパワーで高重量、素人には取り回しがし辛いものであり、山内の祖父は使いこなせずに電動式のものを再度購入したらしい。よってほぼ新品である。

 青ヶ島と赤坂は互いに目配せする。

 彼らのボスである春日武藤とは大きく異なる強さだが、次々と戦い方を変化させ、巧みに戦い立ち回る力は彼らがどうこう出来るモノではない。

 出力は近いのに、戦力が違う。戦いの引き出しが違い過ぎる。

「……どんだけ戦えばこうなるんだか」

 二人がかりでこの差は、デカすぎる。

「降参か?」

「ああ。前座は、まあこんなもんだろ」

「なら、よかった」

 特別戦闘センスに秀でているわけではないのだが、天才たちが自らの五体で演出する緩急を、この男は武器を取り換えることで自然に生み出していた。

 力が抜けているわけではない。速くもない。

 それでも強い。ただの魔人クラスでは――届かぬほどに。

 しかもまだ、無意識か意識的か、出し切っていない。温存している。

 だからこそ、彼らは退いた。

「……満足か?」

「はい。少なくとも、俺らより強いんで」

「あとは、勝った方に従うまでです、タケさん」

「なら、良い」

 あとは主が、春日武藤が貪り喰らえばいい。

「おい、葛城善。うちのボスは半端ねえぞ!」

「ああ。知っている」

 二人の鬼の間を抜け、春日武藤が威風堂々、現れる。

「あの眼が武器の出し入れの種だったか」

「ああ」

「俺たちは裸一貫、こちらにあれは持ち込めなかったということか」

「そうなる」

「それで、俺に勝てるのか」

「わからん」

「わからんのに来たのか」

「そうだ」

「くっく、大馬鹿だな、貴様は。一つだけ問おう、何故、貴様は戦う? 情報を元に、こうして網を張った。だが、理解は出来ん。赤の他人だろうに」

「助けを求められた。その声を聞いた」

「だから来たと? 勝てるかもわからん相手に、死ぬ可能性もある戦いに、誰かに救いを乞われたから、来たと言うのか? 意味が分からん、誰でも良いのか?」

「ああ。誰でもいい」

 堂々と言い切るゼンに武藤は眉をひそめる。

「やはり理解できんな。理屈無き正義と言うのは」

「理屈はある。たくさん、考えた。死ぬのは逃げだと、ある人が言った。俺もそう思う。生きねばならない。ただ、生きた。無為に揺蕩い、知った。結局、罪悪感は消えない。犯した罪は拭えない。痛みは、去ってくれない」

 何を言っているのか、理路整然としておらず誰にも理解できない。

 中継先のほとんどが彼の言葉を理解できていないだろう。

「ただ、一周回って気付いただけだ。これが俺にとって一番楽な生き方なのだと。こうしている間は、逃げられる。正しいことを、誰かのためにしている間だけは、俺は俺を許すことが出来る。ただの自己満足、俺は偽善者なんだ」

 春日武藤もまた理解はしていなかった。

 ただ、彼が言葉を重ねるたびに、存在感を強固としているのだけは感じることが出来た。迷いなき眼、揺らぐことなき信念。美しい、汚い、ではない。

「俺は俺の手が届くところ、俺の耳が捉える範囲、救いの声が聞こえたら守る。それだけだ。それが大局的に正しいかどうかは知らん。どうせ考えても分からんからな。俺は馬鹿で、正直そんなもの興味もない」

 それが葛城善、というだけ。

「その途上で死んだら?」

「それが俺の終着点、ただのゴールだ」

「く、くっくっく、そうか、全然、これっぽっちも共感できなかったが、最後だけは同感だ。俺も同じだ。暴力を振るい、その果てに散る。そこが己の限界で、そこに至ることが生きる意味。はっはっは、気が合いそうだなァ!」

「いや、全然理解できないんだが」

「理解など、捨てろ。ここからは、本能による、闘争の時間だ!」

 どちらも自分の理屈で動いている。長き旅を経て削ぎ落とし、シンプルな『偽善』という答えに辿り着いた葛城善。自分の力に憧れ、勝手に集まり集合体となった者たちを背負い、縛られていた本音を剥き出しにした春日武藤。

 全く異なる二人だが、彼らだけの理屈が、彼らを突き動かすことだけは同じ。誰に理解などされなくていい。自分が、ただ、そうするのみ。

「まずは、軽く遊んでやる」

 春日武藤の周りが歪む。重く、苦しい、濃密なる死の気配。

 世界が悲鳴を上げるほどの、重さ。

「遊びで、死んでくれるなよ」

 タケフジが、牙を剥く。

「ぐッ!?」

 ただの、何の工夫もないパンチ。それをゼンは全戦力を込めたチェーンソーで受け止める。空気が、さく裂する。手に跳ね返ってくる、桁外れの重さ。

 大型のチェーンソーが悲鳴を上げる。巨木を断ち切る刃が、男の腕一本、薄皮一つ、切り裂くことが出来ない。圧倒的差が、あった。

「俺が暴力だ。俺は征く先全てをねじ伏せる! 悲鳴など、歯牙にもかけん! 俺が歩む道を、歩いた不幸を呪え! 俺は、俺の自由を謳歌するッ!」

 全ての楔を、鎖を断ち切り、暴力の化身は笑う。

「必ず、ここで止める!」

「やってみろ、葛城善! あの時、そうしたように。俺を止めてみろォ!」

 偽善対暴力、衝突。


     ○


 世界中が、彼らの戦いを見つめていた。

 誰も、理解はしていない。

「これ、葛城、なんだよな」

「わけわかんねえ」

 かつての葛城善を知る者は戸惑うだけ。

「善、頑張れ!」

「神様、あの子が無事でありますように」

「兄貴は良いから九鬼さんが無事なのかカメラ映せよ!」

「明!」

 家族は画面を見つめることしか出来ない。

「秀一郎、勝算はどうだ?」

「正直、今の戦力だとゼロに近い、です」

「お、お前、やれるって言ったよなァ?」

「……ギゾーさんがなくとも、もっとやれるはずだと思うんですがねえ。不調、なんでしょーか? あっしとやった時はもっと強かったはずでさ」

「竜二ィ、お前飛んで応援行け」

「ここからじゃ遠過ぎでさ」

 若き警察たちは固唾を飲み、見守る。

「……手の届く範囲の、正義ねえ」

「ああも言い切られては、我々も立つ瀬がありませんね」

「それを偽善って言い切るんだから、ふふ、厳しいじゃないか、自分に。本当に、諦めた僕らには刺さっちゃうんだよねえ、彼」

「……ですね」

 古き正義は彼の偽善が刺さる。

「ったく、馬鹿は死んでも治らないって?」

「サヤちゃん辛辣だよぉ」

「ま、応援ぐらいはしといてあげましょ。一応、同期だし」

 共に戦った同類たちは苦笑して見つめる。

「頑張ってください。貴方ならやれますとも」

 共に戦い、その背に焦がれた男は遠き場所でエールを送る。共に戦えぬとも、出来ることはある。彼は彼なりの方法で、やりたいことをやる。

 今、彼がそうしているように。

 世界中が見つめていた。彼の戦いを。

 そして――

「ゼン、変わらないな。変わらないでくれて、ありがとう」

 彼の背中に感化され、変わった男は静かに微笑む。

「まだ、俺たちは終わっていないさ」

 一癖も二癖もある者たちを引き連れ、終わらせるはずだった男が歩き出す。

 まだ、諦める気はないと彼は言う。

 悪を断つ希望はまだ消えていないから。

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