第4章:揺れる戦局
オーケンフィールドらが違和感を覚えるのにそう時間はかからなかった。今戦っている相手は間違いなく本気である。質、量共に今までにない戦力が投入されている。だが、ニケ、道化の王、そして謎に包まれている闇の王と思しき存在が欠けている。嫌な予感に苛まれながらも、それでもことここに至っては前進しかない。
『おおー、強い強い。やっぱ九龍の人間は強いねえ』
「……やってくれる」
『ま、相手が一龍ならまともにやり合うのが馬鹿だって話よ』
大星の分身が消える。近距離では無双の強さだが、中遠距離戦であればガクッと戦力は落ちるのが第三位の欠点である。もちろん、彼にも搦め手はあるし、まるっきり戦えないわけではないが、それならば戦いようはいくらでもある。
この王クラスもまた闇の世界に生きていた住人。表沙汰にならない特級のテロリストであり、以前の世界では秘密裏に処分された経歴を持つ。
残ったのはこういう怪物ばかり。
今まで伏してきた、と言うよりも切る必要のなかった上級カード。それらを思う存分切ってきている以上、本腰を入れていないとは思えない。
事実、大星や他の上位陣もレベルアップした上で苦戦を強いられている。
軍勢の強さも今までにないもの。空虚さも、だが。
「……何かわかったか?」
オーケンフィールドの問いに第九位『ドクター』は顔をしかめる。
「強い魔族の中に、人間のパーツを組み込んでやがる。キメラだよ、これは。人と魔族の、制限を誤魔化すための造りだ。最悪の発想だな。人間は、呼び出したのもいれば、おそらく現地の拉致したのも混じっている。魔族なんてなお酷い。魔界で強い魔族を数種捕獲し、クローンで量産。だからこその質と量、だ」
「随分高度な技術を持っているんだね」
「……別に高度でもねえよ。倫理的に難しいから、実験含めて出来ないだけだ。つまり倫理が欠如しているマッドサイエンティスト一人で、この景色を生み出すことが出来るって寸法さ。本当にくそったれな連中だよ」
表のルールに縛られない世界の裏側にとって、そういった研究は下手をすると表側よりもずっと進んでいる。この光景自体、魔術のアシストも加味すれば驚嘆するほどではないと『ドクター』は言っているのだ。
「制限を突破することはおまけだな、こりゃ。奴らはこの先を見据えているんだろーよ。魔界侵攻のための実験生物って感じだ」
「最悪だね。尚更、ここで終わらせないと」
「頼むぜ、スーパーヒーロー」
「任された!」
相手の戦力は理解できた。全体的に今までにない強さなのは間違いない。されど、最も警戒していた三柱が不在なのだ。おそらく、彼らの内の誰かはアルスマグナの方にいるのだろうが。全員がそちら、というわけでもないだろう。
もしそうであるのなら――
「……俺たちを舐め過ぎだ」
オーケンフィールドの突貫。最前線が一撃で爆ぜる。
「ハァ!」
気合を入れただけで月が振動するほどの魔力の奔流が発生する。
『こりゃあ無理だ』
『あほくさ』
『キョウジ・カノウがやりゃいいだろ。割に合わんて』
格の違いを見せつけ、オーケンフィールドは堂々とど真ん中を歩く。阻むは意思無き獣たち。軽く小突くようにそれを消し飛ばしながら、英雄の行進は止まらない。癖の強い王クラス上位陣も彼には近づこうとすらしなかった。
それは契約の範疇じゃない、とばかりに他と戦う。
ゆえに自然と道が生まれていた。
『他は契約通り止めさせてる。あれは、僕らじゃ無理だ』
彼らの取りまとめであるミノスは、最奥にて微笑む主に声をかけた。結局のところ自分たちは端役、初めから戦いは世界の選んだ表裏の怪物が行うもの。
だからこそ、魔族側の士気は高くない。
「ありがとう。では彼は、私がやってみようか」
加納恭爾が動き出す。
対するは――
「来るなら来い!」
第三の男、ハンス・オーケンフィールド。
「ふふ、怖い怖い」
世界を砕きて魔王、英雄の前に立つ。
その『重さ』、今までの比ではない。だがそれは、
「終わりにしよう」
英雄もまた同じ。かつてない魔力の高まり、この時を待っていたのだ。抑止力として、あえて動かないことが生存圏を狭めた後の役割だった。それは理解しているし、最善だった。それでも胸の奥に積もったモノはあったのだ。
それは怒り。人々に向けられた絶望に対する憤怒こそ、
「今日、ここで!」
彼の正義を極限まで燃え上がらせた。
「いや、始まりだとも。長く、果てない、永劫を生きる、私の、第二の人生が、今日、この時、完全なモノと化す!」
正義の拳と悪意の拳、戦場の真ん中で衝突する。
「シン・イヴリース!」
「オーケンフィールド君!」
その衝撃、大地を裂く。
○
ニケの再生が進めば進むほど、劣勢に立たされる宗次郎とトリスメギストス。消耗自体はしているはず、重さは相当削れている。それでもそもそものスペックと、怪物じみた戦闘センスが揺るがぬ柱として聳え立つ。
『……バケモノ、メ』
宗次郎は顔を歪める。これほど高めてなお、まだ足りぬのだと『最強』は言葉ではなく振舞いで語る。格下が食い下がっている、この笑みを消さぬ限り構図は変わらない。トリスメギストスの援護がなければとうに殺されている。
これもまた不愉快極まる事実であった。
この男の前に立つ。それで失われる自由が許せない。
ようやく手に入れた自らの足で立つ自由。歩く自由。走る自由。戦う自由。全て欠けていた己が手にした十全なる身体。健康体という幸福。
噛み締め、楽しみ、謳歌した。
『カッカッカッカ!』
それだけでは届かぬ山巓。
『いかん!』
ニケのセンスが、宗次郎のセンスを凌駕した。刃を掻い潜り、再生したばかりの腕で宗次郎の双角、麒麟の生命線である角の片方を握り、
『カッカ!』
へし折る。
『グ、ガァ!?』
嗤うニケ。痛みに腰が引ける宗次郎を追撃しようともしない。この男がそれをする時はお気に入りの相手を堪能した時であろう。
まだ底があるだろう、とニケは嗤う。
「……仕方ない、ね」
だが、その意に反して宗次郎は魔獣化を解く。
『ハァ?』
ニケは意図が理解できず、茫然とする。その隙に背後からトリスメギストスが攻撃を仕掛けるも、それは反応で逆に手痛いカウンターをぶつけられてしまう。
「使うよ。切り札」
一目見て気に入った一振り。本来であれば『斬魔』辺りに渡されるはずだったウィルスの現行最高傑作『無銘之大太刀』。魔術的な特性は皆無。
ただただ、切れ味を究極に追求した業物である。
そこに宗次郎は魔獣化に必要なオドを含めてほぼ全てを注ぎ込んだ。
紫電まといし究極の切れ味。
ニケは反射的に、前進し拳を出した。危険を感じたのだ。『最強』を脅かす何かを。だからこそ、狼の遺伝子は前進を選んだ。
青白く微笑む優男。対するは一撃で消し飛ばす破壊の拳。
されど、彼は第四位『斬魔』と初めて邂逅した際、その圧倒的火力を前に魔獣化することなく捌き切った受けの天才でもある。
受けというよりも、カウンターの、であろうか。
「悪手だよ、それ」
柔らかく、極上のタッチで破壊の拳をそらし、ただ、断つ。
『……ヤル、ナァ』
鮮血が噴き出す。ニケの、最強の身体に袈裟懸けの傷が奔る。
「死地は僕の故郷だ。やろうぜ、殺し合い」
ニケは自らの血を舐め、深い笑みを浮かべた。
『イイネェ』
遠くで膨れ上がるオーケンフィールドの気配。同時に高まるシン・イヴリースの気配。急く気持ちもあったが、今目の前にしている欠けが生んだ新たなる地平。生きる機能すら足りなかったがゆえに辿り着いた天性に最強の興味が向いた。
今はただ、目の前の新鮮なる才能を堪能したい、と。
『わしは、邪魔であるな』
トリスメギストスは宗次郎の変化に自らでは邪魔になると、隣で繰り広げられるアルスマグナ攻防戦へと移動した。
生気の感じない、だらりとした構え。
生気みなぎる威風堂々とした構え。
どちらも我流。どちらも彼らだけにしか許されぬモノ。
「死は怖くない。怖いのは、不自由さ」
『来イ、チビィ』
力の差は明確。されどセンスは――
『アラアラ』
毒の王カシャフは嬉しそうなニケを見て苦笑した。
ミノスの言う通り、彼は善でも悪でもない。ただ競い合う相手が欲しかっただけなのだ。ストライダーという元の世界最高の血統に生まれついてしまったがため、競い合うどころか常に己を律し続けねばならぬことに辟易していたのだろう。
せめて彼の兄が遊び相手でい続ければよかったが、第二の男と呼ばれた彼は第一の男という好敵手を見つけ、戦いの舞台を次のステージに移してしまった。
ゆえに彼はただ一人、取り残されてしまったのだ。
心境とすればお姫様のようなもの。最強の己に比する力を持つ者を待ち続ける。最強ゆえにそれを利用しようとする者は跡を絶たないが。
「ぐっ、当たらん!」
『エイムガバってんよォ。何やってんの!?』
「……偏差考えて、あーもう、ボクの方がマシじゃないかな?」
「……じゃあ代わってくれよ」
後方支援担当のゼンは主にカシャフを火砲にて狙い撃つ。フルアーマーライブラ第二形態という御大層なネーミングのロケットの残りかすと融合し、強力な熱線を照射しているのだが、とにかく当たらないのだ。
カシャフの動きが速いのとゼン自体、並の弓兵程度の技量しかないため、どうにも当たる気配がなかった。とはいえ狙い続けなければ、かの竜が撒き散らす毒にて一気に形成を覆されかねないため、けん制の意味でも撃ち続ける。
それにその他が優勢なのだ、欲を出すところではない。
『コノ程度デスカイ』
漆黒の竜と化した竜二が暴れ回る。攻防、特に防御に秀でた彼は並の攻撃を通さない。しかも生前より培ってきた実戦経験がその厄介さを一回りも二回りも増大させていた。硬い、強い、そこそこ速い。何よりも囲まれ慣れている。
この前自己紹介で特技は鉄砲玉でさ、と盛大に滑っていたのだが、冗談ではなくただの事実だったのだろう。劣勢からが強い。
アルフォンス、ゼイオンは王クラス一歩手前のスペックと騎士時代の技量が重なり、並大抵の戦力では止められぬ勢いであった。これまた硬いゼイオンが最前線を張り、中陣でアルフォンスが銀炎による回復で耐久を底上げする。
超耐久によって無理攻めも何のその。当然ながら士気も高い。
そして意外にも一番この戦いに貢献していたのは――
『ハイ、アンタ、僕ネ』
「はいぃ!」
蜂須賀サヤは女王蜂もかくや、気づけばそれなりの軍勢を寝返らせていた。彼女の能力を針で二度刺した相手の生殺与奪を握れるというもの。死か服従か、敵に意思関係なしに彼女が選ぶことが出来るのだ。
もちろんリスクはある。彼女自身耐久力は低く、戦闘力自体も魔人クラスでは中の上が良いところだろう。格上相手に警戒されながら二度、クリーンヒットを当てるのは容易いことではない。シンの軍勢ではそこそこ有名なのも追い風。
それでもきっちり配下を生み出し、戦局を優位に進めるところは、彼女もまた長年この世界で生き延びてきた魔族なのだと窺い知れる。
そしてもう一人の白木繭子はなお強い。全魔族中最下位、オークよりも遥かに弱い薄弱の存在なれど、その魅了の力は魔族の中でも随一である。
異性を虜にし、自らを守らせる。強制的に庇護欲を掻き立て、溺れさせるのだ。サヤの能力との違いは相当格上でも効くことと、能力の範囲内であれば彼らの戦力を底上げすることが出来るのだ。
敵からすると味方だった時よりも強くなって寝返られる能力。厄介極まる能力であり、嫌でも有名になってしまうだろう。
集団戦において最も厄介な魔族こそ、最弱でありながら最悪の魔族、白木繭子であった。敵同士で潰し合いをさせ、マユは常に無傷なのだ。
嫌われもする。
『ちぃ、厄介だな、相変わらず!』
知っていても対策なしではどうしようもない。同性であればマユを無力化するのは容易いが、それは事前に彼女に対する備えとしてそう言った布陣を組まねばどうしようもないのだ。ゆえに彼らはつぶし合いを強いられる。
最弱の乙女によって――
そして、敵を寝かせつけながらするすると敵陣を突破していくアカギは、気づけば単独である人物の下にたどり着いていた。
『赤城勇樹ィ!』
「……ヒロ」
アカギにとっては大局よりも重要な、戦う理由が眼前にいた。
憎しみの炎を燃やしながら――
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