第4章:いざ開戦

 大質量交換術式。それは今までの転送術とは根幹を違えたものであった。闇の因子を持たず、創造主の権能をも持たぬ一人の魔術師が苦心して編み出したモノ。その心は綺麗ではなかったかもしれない。自らのエゴに塗れた憤怒、憎悪、妄執が生んだ術式である。その原理は等価交換。二か所に存在する同等の質量、重さをずらし、入れ替える。英雄召喚の術式を元にしつつも今までにないアプローチ。

 ロキをしてこの発想はなかった、と言わしめた大魔術師の意地。

 闇の因子を持つゆえロキには必要がなかった。ただの人間だからこそ辿り着いた第四の選択肢。重力、次元、異世界、どれとも違う術式である。

 交換するは蒼き世界、自らの大地。そして己たち自身。

 交換するは灰色の大地と漆黒の空間に存在する、膨大なるマナ。

 質量を、『重さ』を、ずらして、入れ替える。

『え?』

 突如、灰色の世界に緑の大地が現れる。

「よくぞ、よくぞ辿り着きました」

「カスでも鍛えればものになるってか。ぎゃは、悪かねえ!」

 大質量交換術式は各国から結集し、ロキによって最新の魔術を叩き込まれたこの世界の魔術師たち。よくぞ育ったとフラミネスは笑う。当然だとロキは嗤う。

 最終決戦、出し惜しみはない。たとえ結果としてロディナを失うことになろうとも。かの地を支えた術理は、大魔術師フラミネスは、希望のためにここに来た。薄まれど神の血を継ぐ者として、導き手として、責務を果たす。

「ガキどもがやり切った」

「なれば、我らもまた成し遂げましょう」

 ロキと――

『我が意、他が理、昏き廻廊より来たれ、大瀑布ガドル・ナハル』

 フラミネスの――

『我が四肢捧げ、大地に根を張らん。大樹を芽吹けロディナ・ルゴス』

 共同魔術。質量交換によりこの地に現れた緑の大地。そこにロキが宇宙空間のエーテル、マナを水に変換し、膨大な水を顕現させる。地と水、二つの因子を複合し己が最も得意とする形、大樹術式によって彼女自身が世界を侵食する。

 見張りが『え?』と言葉を発した後、状況を報告するわずかな時間。そのわずかの間に、月にもう一つの領域が誕生した。

「ぎゃはは、久しぶりに詠唱なんぞしたぜ」

「ええ、さすがに極大魔術の起動は疲れますね」

 大樹が世界を侵食していく。木々を成長させる命の源、膨大なる水を供給し続けるは魔王ロキ。その水を使って大樹、根によって領域を拡大させるは大魔術師フラミネス。事前に用意した極大魔術の術式、その起動としての詠唱。

 万全の準備と細心の起動。それによって成る。

『ほ、報告! 木が、城を!?』

 大魔王シン・イヴリースの領域を奪取することが。

「さあ、戦いの時だ!」

 ロキとフラミネスがバトルフィールドを形成、そこに攻め入るはアストライアーの英雄及び多種多様なる義勇軍。とうとうここまで来た。

「総員、突貫! シン・イヴリースを討ち果たすぞッ!」

 正義の咆哮が月に轟く。


     ○


「ゼン、がんばって!」

「ああ」

 子供たちの応援、そして彼らの引率であるフランセットの祈りを背にゼンたち別動隊もまた用意を完了していた。本隊の移動が完了し、相手が混乱に陥ったタイミングでゼンたちも動く。本隊をおとりとした動きである。

「おいちゃんもついでにがんばって!」

「あーい、ついでに頑張るよー」

 気楽な魔族組、というのは子供たちと遊んでいたアカギと、新しい剣を試し切りしたくてうずうずしている宗次郎くらいのもの。ちなみに以前プレゼントしたカタナは『斬魔』と遊んでいる内にへし折れたとのこと。

 竜二は気合を入れ過ぎて余人が近寄れる空気ではなく、白木は今更ナーバスになっているのか地面とにらめっこしていた。

 もう一人、蜂須賀サヤは――

「……あんたはあっち見送りしなくていいの?」

「さーちゃんはいいの。あんまりあの人のこと知らないから」

 何故か近寄ってきたちびっこと並んでいた。横に小さな子がいるせいで最後になるかもしれない煙を吸えず、非常にもやもやしている蜂須賀だが、ちびっこはそんなのお構いなしである。意外と小さい子には強く言えない彼女ゆえ黙るしかない。

「さーちゃんは新入りなの」

「あー、だから知らないってわけ」

「そう。でも、お守りみんなで作ったから、あげないといけないの」

「なに、おねーちゃんにくれるの?」

「うん」

 さーちゃんと自称する少女は不細工なお守りを蜂須賀に手渡そうとする。

「え、と、なんでおねーちゃんなの?」

「さーちゃん」

 少女は自分と蜂須賀を交互に指差す。そしてようやく蜂須賀は思い至った。白木繭子がサヤちゃんと呼んでいるのを少女はさーちゃんだと認識していたのだ。

 同じ呼び名だから、ということなのだろう。

「あ、はは。ありがと、さーちゃん」

 浅はかだなぁと蜂須賀は微笑む。でも、このぐらいの軽さの方が気楽でいい、と彼女は思った。重たい荷物を背負えるほど己は――

「さーちゃんのパパとママ、この前死んじゃったの」

「……え?」

 重たい荷物を――

「ここにね、おっきなドラゴンがね、むらさき色のけむりをはいて、みーんな死んじゃった。さーちゃんだけ、木が守ってくれたけど」

 それは、自分の主であった毒の王カシャフが襲撃した時の話である。自分には直接の関係はない。あの時、自分たちは戦場を逃げ惑うので精一杯だった。

 だから、自分たちは、自分は、悪くない。

「よくあるおはなしだから、さーちゃんは泣かないけどね」

「……わ、私は」

 きっと泣いた。たくさん泣いたのだろう。でも、彼女は泣くのをやめたのだ。世界には悲劇が満ちていて、泣いても手を差し伸べてくれるわけじゃない。

 こんな小さな子がそうせねばならぬ世界なのだ。

「だから、お守りあげる。死なないでね、さーちゃん」

 この子の眼が、蜂須賀サヤを刺す。

「え、ええ。ありがとね、さーちゃん」

「いいよ。さーちゃんのよしみだから」

 この子の笑顔が、胸を抉る。

 蜂須賀サヤは生き延びるために多くの悪を成した。命令だから、仕方ないから、ずっとそう思っていたのだ。吹けば飛ぶような己が命、守るためには仕方がない。自己防衛、それに奪われる方が悪いのだと彼女は思っていた。

 だって自分は奪われてこんなところまで引きずり降ろされたから。だから自分は悪くない。元を糺せば自分を引きずりおろした彼らが、彼女たちが悪いのだ、と。そんな浅はかな言い訳が、少女の屈託ない善意で砕け散る。

「サヤちゃん、準備できたって」

「……う、うん」

「どうしたの?」

「な、なんでもない」

 小さく手を振る少女に蜂須賀もまた手を振る。

 でも、善意の針は、抜けないまま――

「準備完了! 見るがいい、この威容を!」

『ライブラのやつ、見るたびに姿かたちが変わってんなぁ』

 デデン、と現れるはフルアーマーライブラ、と自称する巨大なる機構。今は亡きアストライアーの英雄たちが総力を結集し、趣味全開に詰め込んだ世界にただ一つの有人ロケットフルアーマーライブラである。

 凄まじくオーバーテクノロジーなので機構はこの世界の住人達に伏せられているが、その性能は専門家が監修しただけあって間違いない出来。まあ、打ち上げに際し必須の細かな計算を再現する機構は再現不可能なため、あくまでロケット風な乗り物、であるが。ちなみにエンジンは真理の探究者が担当する。

 機構に組み込まれた哀れな老人を見て爆笑する宗次郎とギゾー。

「まさか、直接月に乗り込む、とはなぁ」

『神話の御話だぜ』

「俺からするとずっと未来の話だと思ってた」

『へっへ。怖いねえ人族ってのは。そんな機能ねえのに宇宙に出るんだもんな』

 しみじみとつぶやくギゾーの内心を推し量ることはゼンにも出来ない。

 こういう時、少し不公平だと思うゼンであった。

「さあ、乗り込むがいい。ボクの中へ!」

「ほいほい、お邪魔するよー」

「月旅行たぁド派手でさ。お邪魔しやす!」

「あ、竜二君待ってよー」

 何の躊躇もなくすたこらとフルアーマーライブラの中に入り込むメンバーもいれば、ありえない状況に目を白黒させている者もいる。

 それどころではない者も、いる。

「ゼン様、御武運を。待っています、ここで、皆で!」

「ああ、必ず、勝ってくる」

 フランセットに、子供たちに勝利を誓い、ゼンも乗り込む。その背後には彼を絶対に守り抜く、という覚悟に満ちたゼイオンとアルフォンスが続く。

 そして、打ち上げは――

「……アルファ、殺す」

 竜化した『クイーン』が月めがけてぶん投げるといった超原始的な方法。初速を彼女のパワーで飛ばし、そこから神化したトリスメギストスの炎で加速及び姿勢、軌道制御。彼にはそもそも単独であれば惑星間を往復する機能も備わっているため、その機能を補助、増幅する機構さえあれば問題なく飛べるのだ。

「頼むよ、『クイーン』」

「直陸失敗して、爆ぜて、宇宙の藻屑と化せ」

「辛辣だね。こっちは任せたよ」

「勝手に任せてろ。私は私の、やりたいようにするまでだッ!」

 紅き竜の咆哮。それと同時に、力ずくでその巨体は放り投げられる。一応、簡単な軌道計算は行った上で彼女にはそれっぽい方にぶん投げろ、というアバウトな指示が与えられていた。彼女を口説き落とした者曰く、

『アバウトな指示で責任を負わせた方が、いい仕事しますよ、パラスは』

 とのこと。実際に彼女は計算と寸分狂わぬ投擲を見せた。

「エンジン、イグニション!」

『ラジャー!』

 フルアーマーライブラのエンジン、トリスメギストス、点火。

「……こ、このノリで月まで行くわけ?」

「し、死んじゃうよぉ、サヤちゃん!」

 世界初の有人ロケット『フルアーマーライブラ』、リフトオフ!

「何故人は飛ぶんだろうな、ギゾー」

『久しぶりの虚無っぷりだな。まあ、あれだ、考えるな感じろってことよ』

「なるほど」

 このでたらめな景色を、彼らにも見せてやりたかったな、とゼンは思った。きっと彼らはこういう科学と荒唐無稽が合わさったものが大好きだろうから。

 そんな気が、した。

 アルスマグナ急襲部隊、出陣。


     ○


 天へと立ち上るロケット雲を眺め、手を叩き喜び合うは極北の地で人々を支え続けてきたアストライアーの面々。長き雌伏の期間に組み上げた最後の矢が飛び立ったのだ。きっと、彼らはシン・イヴリースの心臓部を射貫く。

 きっと勝利は――

「ようやく、見つけましたよォ」

「ッ!?」

 突如、彼らの前に現れた道化の王クラウン。それを見てこの場の指揮官第十位『クレイマスター』ニール・スミスは驚愕し、そして――

「おやぁ、何が、おかしいデスかァ?」

 微笑んだ。

「いえ。久しぶりに実戦で活躍できると思いまして。私も畑仕事より実戦が好みなのですよ。道化の王クラウンとお見受けしますが、おひとりですか?」

「十二分でしょう?」

「ふふ、私も侮られたものだ」

 大地が脈動する。勤めを終えた極北の地が聳え立つ。

「アストライアー第十位『クレイマスター』、押して参るッ!」

「我々も微力ながら、戦うぞ!」

 決して戦いが得手ではない英雄たちもそれぞれ能力を発動する。

「……妙、デスねえ」

 決して『クレイマスター』の戦力を侮っているわけではない。アンサールの侵攻時点でさえ厄介な戦力だったのだ。あれから成長したとすれば単独戦闘でさえ警戒に値する。実際に今の彼が見せる『重さ』は王クラスに通ずるもの。

 だが、だからこそ――

「何かこの壁、意味ありますかァ?」

 力の差は理解しているはず。破れかぶれの策を取る輩とも思えない。

「君を逃がさぬための檻だよ、道化!」

 ニールは覚悟を秘めた笑みをもって戦闘を開始した。道化の王もまた土の鎧をまとう『クレイマスター』を前に逡巡は消え失せる。他の能力も実戦不足だがそれなりに厄介な能力が揃っている。戦闘センスがなくとも指揮者次第では――

「んふ、いいデスねェ!」

 道化の王は戸惑いを忘れ、愉悦を求める。

 視界を阻む極北の大地、その死角から伸びるロケット雲を見せぬための檻。そして決死の時間稼ぎ、である。主要戦力の道化の王を食い止める。

 その分本隊が楽になるはずだから。

 だから、ニール・スミスは笑った。思い浮かべるは天より降り注ぐ希望。

「希望は、絶えぬとも!」

 あの悪鬼を射貫いた雷を、彼の背を、思い出しながら――

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