第4章:決起会

 アストライアー本部、狭まった生存圏を守護する者たち全てが映像含めて集う。エルの民やドゥエグ、異種族の協力者たちカナヤゴらも参加している。魔族組は隅で壁に寄りかかっていた。そもそも金の森の一件、その内実を知る者は少ないがゼロではない。彼らからすると仲間の死、その原因である以上、目立たぬようにするしかない。まあ、『斬魔』と共にいる宗次郎と竜二は堂々としていたが。

「よく集まってくれた。何と今回は『クイーン』までも参加している」

『ケッ』

 映像越し、『クイーン』は舌打ちする。それに苦笑しながら、

「最終決戦だ」

 オーケンフィールドは宣言した。

「戦術目標は二つ、一つは彼らの居城を攻略すること。つまりはシン・イヴリースを含めた軍勢をせん滅することだ。もう一つは彼の力、そのストックポイントであるアルスマグナの破壊になる。どちらも重要だね。メンバーは――」

 皆の先頭に立つ男は隅で腕を組む友に目を向ける。

「アルスマグナ破壊を第六位『超希望』ゼンが率いる部隊が担当する。リーダーはゼン、補佐はライブラ、トリスメギストス。その他人員はゼイオン、アルフォンス、ネフィリムを除く魔族組。まあ、皆のお察しの通り過酷な環境下でも生存可能なメンバーだね」

 メンバーに驚きはない。すでにほぼ全員がこうなることを知っていた。

「皆もご存じの通り、彼らの本拠地は月にある。本拠地周辺の城はともかく、月の衛星と化したアルスマグナの破壊には真空下での生存機能が必須。それを備えている者たちが担当することに、異存はないと思う」

 異存はなくとも信頼はない。ゼンやゼイオンらすでにアストライアーとしての活動に従事している者以外に向けられる視線は冷たい。

 それを正す時間も、機会も無いので仕方はないが。

「その他は総力戦に参加してもらう。例外は極北の地で生産活動に従事する者たちと人界全体の守護に従事する者、前者は第十位『クレイマスター』率いるメンバーだね。後者は第二位『クイーン』だ。彼女なら広域を守護できる」

 会場がざわつく。『クイーン』がここにいること自体驚きなのに、彼女が戦術に組み込まれているのだ。今までにない共闘関係。

 不機嫌な女王を口説いた白髪の男は静かに苦笑する。

「彼女たちが最低限、守っている内に我々は奴らの心臓部を穿つ。今回、我らの作戦を可能としたのは協力者であるこの二名、フラミネス様とロキ殿、彼女たちの尽力あってこそだ。ロキ殿は大質量転送術式を――」

「厳密には転送じゃなく交換、だぜェ」

「失礼。大質量交換術式を。そしてフラミネス様は現在ロディナに張っている術式をアップデートした環境改善術式を用いて我らの決戦フィールドを保つ。これでシンの軍勢が月の環境を元に戻したとしても、彼女の術式範囲内であれば人族も生存可能だ。この短い期間で二つの要素を埋めてくれた二名には感謝を」

「さしたることではありません」

「そらそうだ。テメエは既存のものに手を加えただけだもんなァ、フラミネス」

「貴方はアニセトの研究をブラッシュアップしただけですがね」

「……言うようになったな、凡才女ァ」

「売ってきたのはそちらでしょうに」

 睨み合う両者。とかく仲が悪い元師弟である。

「ま、まあまあ、御両人とも」

「「はん!」」

 オーケンフィールドの仲裁も何のその。いがみ合う二人には効果がない。

 だが――

「世界の恥です、黙りなさい」

 音速を超えた張り手が二人を吹き飛ばした。エルの民を率いるエル・メールである。さしもの二人も彼女の前では借りてきた猫同然。そもそも音速でさえ彼女にとっては相当加減している。赤子をあやしたようなもの。

 かつてあやされたことのあるエルの民の面々は顔面蒼白であったが。

「戦う準備は出来た。出来れば金の森での成果を間に合わせたかったが、こればかりは仕方がない。現在、世界は慢性的な食糧不足に陥っている。全体で薄めてきたが、もはや限界。ひと月もしない内にどこかで内乱が起きるだろうね」

 金の森でエクセリオン開発に従事してきた者たちは悔しげに歯噛みする。

「だが、彼らの想いが詰まった武器は既に皆の手に渡っているはずだ。これによってスペック差は大きく縮まった。特に対魔人クラス以上に通りすらしなかった攻撃が通るようになった、加えて相手の再生を阻害する効果すら付与できる点は強みだと言える。有志で集ってくれた人族やエルの民、ドゥエグの戦士たちも戦える牙を手に入れた。王クラスにとってさえプレッシャーだろう。勝ち目は充分、ある!」

 オーケンフィールドの言葉には力がある。皆に自信を、勇気を与える力が。こちらの想定通りであれば勝ち目はある。だが、相手も愚かではない。必ず何か策を設けているはずなのだ。それを加味すれば勝敗は五分以下。

「世界の悲鳴によって俺はここにきた。人々の祈りで呼ばれた者もいる。人の悪意でここにいる者たちもいる。この世界で生まれ育った者もいる。今、ここに集った希望は必ず届く。届かせねばならない。これまでの犠牲のため、これからの希望のため、戦おう。戦って勝とう! 正義は必ず勝つと示すぞッ!」

 皆の咆哮が轟く。力強く掲げる正義は煌めき、勝利を予感させた。

 戦う気力が、抗う気持ちが、沸き立ってくる。

 オーケンフィールドという旗印によって――


     ○


(ゼン)

「ん?」

 皆に囲まれているオーケンフィールドからのアイコンタクト。用がある、という意図だとは思うが肝心の用向きに思い当たる節はない。

 作戦内容に関してはライブラに鬼のように叩き込まれたし、それ以外となると全く思いつかない。オーケンフィールドが忙しい時はゼンが手持無沙汰で、オーケンフィールドが動けなくなった時はゼンがそこらを動き回っていた。

 アストライアー立ち上げ時から一緒にいるが、意外と星の巡りが悪い二人だった。だからこそ、必要事項以外で、というとあまり想像できないのだが。

「まあ、いいか」

 とりあえずゼンはオーケンフィールドの部屋に入っておく。大陸南側でシンの軍勢が暴れている時はほぼそちらに張り付き続けていたため、閑散としたものだった部屋だが、状況が変わりこちらに常駐せざるを得なくなったことからそれなりにモノが揃っていた。ただし、ずらりと並ぶ本をゼンは読めないためどういう趣向かはわからない。ただ、体を鍛えるトレーニング用具と思しきものは見て取れた。

(鍛える意味あるのか?)

『……わかんねえ』

 超パワーを持つオーケンフィールドが体を鍛えたところで焼け石に水、というか誤差程度にしか変わらない気が、と思うゼンとギゾー。

「健全な精神は健康な身体から、だぜ」

「オーケンフィールド」

「やあ、ゼン。約束を果たしておこうと思ってね」

「約束?」

「前に言っただろ、お茶でも飲もうってさ」

「あ、ああ?」

 肯定しつつも思い出せないゼン。当然、オーケンフィールドはそんなこと織り込み済みである。ゼンの返事を待たずにそそくさとお茶の用意を始めていた。

「随分時間が経ってしまったね」

「ん、ああ」

「覚えてないだろ。アンサールを倒した後だよ」

「……あ、ああ」

「くっく、これでもダメか。まあ、弱っていたし期待はしていなかったけれど、さすがに今回の一戦は特別だからね。皆には悪いけど、たまには独り占め、だ」

 オーケンフィールドの発言はたまにわからなくなる。独り占めがどちらにかかっているかもゼンには判別がつかないし、納得したとしてもオーケンフィールドの考えとは真逆の答えにたどり着くだろう。自己評価の低さゆえ。

 そして彼への評価の高さゆえに――

「はい、どうぞ。オークの口に合うかの実験もかねて、ね」

「そういうことなら任せろ。得意種目だ」

「はっはっは」

 二人は向かい合い、茶をしばく。

 そして同時に――

「うん、うまい」

「お茶だ」

 各々の感想を述べた。淹れる側としてはおいおい、という感じの言葉だがオーケンフィールドは嬉々と微笑むばかり。

「とうとうここまで来た」

「お前たちなら当然だ」

「お前たち、ね。最後までゼンは他人行儀だなぁ」

「……事実、俺とお前たちは違う。成り立ちが、動機が」

「まあ、ゼンはそれでいいよ。そのままでいい」

「てっきり説教されるかと思ったがな」

「しても変わらないだろ? そう言った屈折した思いが君の正義を作ったのなら、それは無くしてはならぬものだと思うから。アストライアーのリーダーとしては、ね。一人の友人としては救われてもいいと思うけれど」

「そうか」

「そうだよ」

 本当に、ただお茶を飲むだけの時間。心地よい沈黙が二人の間に形成されていた。オーケンフィールドは基本ぐいぐい来るタイプだが、それはきっと代表者としての仮面なのだろう。本当の彼は静寂を愛し、本を愛し、ゆとりを愛する青年なのだ。体を鍛えるのも、皆を鼓舞するのも、半ば義務、強く生まれた者の責務。

 それが彼、ハンス・オーケンフィールドなのだ。

「元の世界に帰ったら、研究を進めるつもりだ」

「研究?」

「我らが毒舌家『キッド』君と進めていた研究さ。魔族を人に戻す方法だよ」

「……それは、無理だろう。覆水盆になんとかだ」

「あはは。俺たちの見解は違ったよ。変化できたのなら、同じように変化できるはず、という考えだね。もちろん、完全に元の姿に戻すことは出来ない。変化はある。まあ、その辺りは成長と考えてもらえれば、って感じかな」

「まるで研究が完成したかのような口ぶりだな」

「ある程度はまとまっていた。ただ、どうしてもこちらの世界の機材じゃ限界があるって『キッド』は言っていたね。つまり――」

「元の世界に戻れば? いや、無理だ。俺たちは魔術で転生させられたんだぞ。魔術のない世界で同じことが出来るはずがない」

「ああ、その通りだ。魔術が無ければ、不可能だろうね」

「……何を、言って」

「これは内緒の話だ。おそらくアストライアーの中でも知っているのは俺、『クイーン』、大星、あと君の部下のアルファ君、程度だろう。確認はしていないが。魔術は、いや、正しくは大気中のマナは復活しつつある。その機能を進化の過程で失った者たちには感じ取れないだけで。実際に俺が知る限りでも数例、ありえない事件が起きている。大星に確認を取ったらその通りだ、と返ってきたよ」

「まさか、そんな、馬鹿な」

「もしかすると戻ったら案外、それが普通の世界になっているかもしれない。人は適応する生き物だからね。何だかんだ、どうにかしてしまうものだ」

 六、七年、同じ時間が流れていると仮定すれば相当の時が経っている。実際に九鬼巴などと照らし合わせた結果、ほぼ同じ時の流れであることは確認済み。

 世界が変化していてもおかしくはない。まあ、巴たちが魔術に特別な反応を示したわけでもなく、世情の変化もさほどあるように見受けられないので、おそらくそれほど大きな変化はないのだろうが。

「研究の内容は俺にも報告が来ていたし、それなりに理解しているつもりだ。本当は『キッド』君が生きていてくれたら一番良かったんだけどね。結論を言えば何とかなりそう、ってところかな。少し時間は必要だと思うけど」

「……そ、そうか」

 考えてもいなかった選択肢。人に戻るということ。

 そもそもゼン自身、元の世界に戻ること自体あまり考えていなかった。

 戻ったところで怪物、居場所はないだろうと彼は考えている。

「そうなったら、どうする?」

「……突然言われても、考えたこともなかったから」

「なら、考えておいてくれ。元の世界に戻る方法だって、ロキたちの協力のおかげで糸口はつかめてきた。まだこれも内緒だけれど」

「さすがだな。まさかそこまで進んでいるとは」

「さすがなのは皆だ。俺は何もしていないさ」

 改めてアストライアーは凄いメンバーが集まっているのだと、いたのだとゼンは思う。そんな彼らに自分が並び立つとはこの期に及んでも考えられなかった。

 きっと最後までそう思うことはないだろう。

「君に正義を見た、『キッド』君の置き土産だ」

「……偽善だと言っているのに」

「それは受け手次第。彼はね、頭が良過ぎて色々経験する前に大人の嫌な部分を沢山見てしまったんだと思う。大人に対して、組織に対して壁があったからね。渋っていた彼が加入を決めてくれたのは君を見たからだ。君と子供たち、あの家を見て、決めてくれた。ワンダーランドは君の真似だったわけだ」

「……初耳だ」

「彼もまた強い正義より弱くともそこに在る正義に光を見た。シュウさんと同じ。見る目があるよ。ちなみに俺も、だぜ」

「何の話だよ」

「アストライアーに英雄が集った理由の話。ゼンはそのままでいい。思うがままに生きるべきだ。考え過ぎるな。君は君のままで、俺たちの力になる」

 本当に、彼の言うことはわかり辛い。

「勝とう、ゼン。まずはそれからだ」

「もちろんだ」

「大丈夫、俺と君が、いや、俺とお前が並び立つなら、無敵だ」

 笑顔で拳を向けてくるオーケンフィールド。

「……足を引っ張らないように善処する」

 苦笑いを浮かべながらもゼンは拳を突き合わせる。あまりこういうアッパーなノリは得意ではない。ただ、何となくシュウを思い出した。

 シュウだけではなくサラや失った皆を、思い浮かべる。

 最後の戦い、改めて勝たねば、と思った。


     ○


 道化の王クラウンと漆黒に包まれた女性の眼前、玉座に腰掛ける王が目を覚ました。長い眠りであった。長い戦いであった。

 それでも増大する正義を前に必要だと王は感じたから――

「間に合ったかな?」

「無論でございます、我が王」

「…………」

 加納恭爾は神との戦いを終え、目を覚ました。

「どのように克服されましたか? まさかの力押し?」

「ふふ、力押しでは神には勝てぬよ。甘い夢を、見せた。記憶を引っ張り出すのに難儀したが、もうあの女は出てこない。神を騙ろうとも所詮は人、ただの女だった。恋人との逢瀬、永劫の夢を見続けるがいい」

 今までにない力が溢れていた。もはや拮抗することなく十全、戦いに精神を集中させることが出来る以上、スペックはかつての比ではない。

 もちろんオリジナルに比べれば遥か劣るが、それでも今までのシン・イヴリースとは比べ物にならない力に溢れていた。

「ニケは超えたか」

「そのようデスねえ」

「なら、もう必要ないな、あれは」

「おやまあ、さすがはキョウジ・カノウ。唯一無二なる存在」

「あれは私たちと違って悪ではないからね。抑止力という役目を失った巨大な力、世界にとって彼らは邪魔になってしまっただけ。本来ならあちら側だ。だから、そう、そろそろ齟齬が出る頃だろうから、頃合いを見て――」

「承知いたしました」

 悪意の王が立ち上がる。

「嗚呼、何物にも怯えぬ気分は、実に良いものだね」

 そして、世界を嗤った。

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