第4章:総力戦

 その急襲は大胆不敵に行われた。

 敵本拠地の眼前に自分たちの本拠地を構築するなど誰の頭の中にもなかった。もちろんそれは王である加納恭爾にとっても想定外のこと。

「ふっ、素晴らしい引きだ。これ以上ないタイミングでの攻め、か」

 彼らにとっても想定外が二つ、ある。道化の王クラウンの極北攻めが一つ。もう一つは彼らの攻めを後押しするための策である。

 この仕掛けが不発に終わったこと。誘いの妙手が意図せず空かされ、そこに割いた駒を浮かされた以上、最高の攻めと言わざるを得ない。

「さすが英雄。ツイている」

 初手から出し惜しみなしの苛烈な攻め。いきなり備えもなしにオーケンフィールドの正拳突きと『斬魔』の最大火力を放たれれば怯みもする。

 そこから全種族による遠距離火力による飽和攻撃。

 その隙に分裂した『破軍』が城内に攻め入り、かき回す。

「ではこちらも、新戦力をお披露目するしかないだろうね」

 加納恭爾は指揮を取らない。自らが専門家ではないから。素人でしかない己が取るよりも荒事のスペシャリストに任せればいい。出来ればアンサールが生きていれば最高だったが、それが死に絶えた以上、もう一人を使うしかない。

 荒事のスペシャリストを――

 己がいた時代、西側諸国における巨悪と言えば傭兵の国を起源とするマフィアであろう。元々は農園や商隊の護衛として端を発した彼らは、社会情勢の変化に適応し力を増していった。ある時は国家の守護者として英雄視され、ある時は行き過ぎた行動により社会的制裁を受けた。正義と悪、その狭間で生きるモノ。

 国が巨大な暴力装置である警察組織を整備したことで、現代における彼らは表側での役割を失った。今となっては裏側で悪を成すしかない。

 この男はそんな環境で生まれ育った。

 ミノス・グレコ。享年五十八歳。マフィアのボス、その息子として生まれた男はある時を境に成長が止まり、幼い容姿のまま裏社会に生きた。

 誰もが振り向く美少年。生まれ持った病によってそれがそのまま時を止めた。初めから普通ではない環境に、普通ではなく状態で産み落とされた。

 ベビーフェイス、文字通りのあだ名であり、聞く人が聞けば裸足で逃げだす悪の王。母を知らず、父を喰らい、世界の裏側を統べる怪物。

「道化のおもちゃに頼る日が来ようとはね。世も末だよ」

 幼き容姿、されどその奥に宿るは長年闇社会に生きた男の悲哀。

「まあ、やれと言われればやるよ。仕事だからね」

 ミノスは怪物の群れに指示を出す。細かな命令など受け付けるようなモノではない。シンプルに、ただただ物量で圧殺する。

「滅ぶか滅ぼされるか、それだけさ」

 黄昏の時は来た。

「皆、僕の指示に従ってもらうよ。王の命令だ」

 並み居る王クラスが皆従う。単独の戦闘力が突き抜けているわけではない。生まれた瞬間から飛びぬけた悪意を備えていたわけでもない。

 ただ、彼が成した実績。積み上げたモノが彼を形作る。

『ここからは魔族の言葉のみを使え。相手に気取らせるな。下手くその駆け引きよりもポーカーフェイス、カオナシの方が使えるからねェ』

 西側諸国最大の巨悪、ある男が築いた新興勢力によって敗れるまでは国家すら手出しできなかった裏の王国、その頂点に君臨した男こそ、

 牛の王ミノス。生まれついての怪物は哀しげに嗤う。

「お祭りだ。精々派手に暴れて派手に死ねェ!」

 結局己たちはどこまでいっても奪うことしか知らぬのだから。

 その生き方しか、知らぬのだ。


     ○


 誰よりも先行していた『破軍』大星は、城ごと吹き飛ばす空からの火砲にさらされていた。明らかに自分『たち』を意識した遠距離戦。武人では届くまいと嗤う魔人クラスたち。正面からやり合う王クラスよりもある意味厄介な敵である。

 しかも、続々と進路を阻む意思無き魔獣たちが押し寄せる。今までは人の意思は感じられずとも生物的な、魔族としての意思はあったように思えたが、此度の敵軍にそれはない。ただただ命令を遂行するだけの肉人形といった印象。

 それらを意に介すことなく意思を持つ魔族は攻撃を続ける。

 戦い方が今までになく整備されている。

 何よりも、今まであった烏合の衆という印象が薄れていた。少なくとも意識を持つ魔人クラス以上は今までにない統率を見せている。

「……ここまでだな」

 大星は吹き飛ばされ、消える。

 突撃した大星全てが撃破された。だが、本体は健在。フラミネスらの近くで胡坐をかいている。目を瞑り集中して分身を操っていたのだ。

「どこに潜んでいたか、大量の魔族が城の奥から押し寄せてきた。あの規模の城に隠せる量ではない。おそらくは、誰かが別地点より転送しているのだろう」

 目的は偵察。出来ればシン・イヴリースにまで辿り着きたかったが、そこまで叶わずとも敵の陣容を把握できるだけでも戦術的に価値はある。

「意思はないが、スペックは高い」

 大星は顔をしかめる。拳を打った手応えは王クラスに近い圧を感じた。

「しかも、見た目がどれも似通っている。異常なほどに」

 吐き気を催す、何か。

 大星は知っていた。世界の裏側には想像を絶するほどの悪意が渦巻いていることを。彼らを討つために磨いた拳である。この世界に来てしばらく感じていなかった人の業、欲望を濃縮したような異臭をあの怪物から感じていた。

「オーケンフィールド!」

「ああ、見えているよ。精々千体くらいと思っていたんだけど、まだ増えるか。俺たちが前衛を張るぞ! 奴らをこちらに近づけるな!」

「承知」

 正義の旗印、オーケンフィールドが豪速で敵軍と接敵、大地ごと吹き飛ばす。大星もまた分身し、一体一体丁寧に屠っていく。

 アストライアー上位勢が前線を支えていた。

「キリがないでござる!」

 第四位『斬魔』キング・スレードが顔を歪める。

「ったく、どーなってやがるんだ! 敵さん、明らかに城に収まりきらねえ戦力がボコボコ出てきやがるじゃねえか!」

「黙って戦え、球蹴り男」

「へーへー」

「馴れ馴れしいぞ! デカ女!」

「うるせーよクソチビ」

「仲良くしろよ、お前ら」

「「嫌だ」」

 第七位『ヒートヘイズ』、第八位『轟』、そして彼らと共に戦うは王クラスの魔族ネフィリム。特に彼女が巨人化した状態の撃滅範囲は特筆するものがあった。

 ただ、『ヒートヘイズ』を挟まねばいがみ合い続ける欠点はあったが。

 彼らが辟易するほどの大戦力、さらに増える意思無き魔獣たち。

「エルの民は空の敵を狙い打ちなさい。私は露払いをして参ります」

「エル・メール様、我らも参ります」

「……では、弓隊はライラに任せます。出来ますね?」

「はっ!」

「戦士隊は私と共に。ドゥエグの皆さまと協力するように」

「「え?」」

「それが突貫する条件です。互いの欠点を補い合い、集団で一敵に当たるよう」

 エル・メールは有無を言わさぬ表情で彼らに命じる。長年、木々を愛するエルの民と鉄を愛するドゥエグはいがみ合ってきた。今はそれを捨て並び立て、と彼女は言っているのだ。双方嫌そうに顔を歪めるが――

「貧弱の連中を守ればいいのだな! 任せておけい!」

 ドゥエグの先頭に、勝手に躍り出たカナヤゴの一言で――

「ハァ!? 上等だ丸チビども! 我らエルの民が守ってやらァ!」

 歪に集団がまとまった。それを見てため息をつくエル・メールであったが、かすかに微笑んだのをライラだけは見逃さなかった。

「では、参りましょうか」

 エル・メールが消える。

「あっ」

 誰も追従できない速さで、大樹の領域を超えて跳ね回る。彼女もまたトリスメギストスと同じく宇宙空間での生存、戦闘をすることも念頭に置いて作られた存在。特化しているわけではないが、重力による縛りを煩わしいと感じていたのも事実。

「エル・メール・インゴット、押して参る」

 光が幾重にも煌めいた。

 その後に凸凹の種族は互いの穴を埋め合い、戦いを始めた。

「我らも行くぞ、ウィルス」

「ああ、レイン!」

 緩急自在の捉え難き風が、斬ったことすら気づかせずに断ち切っていく。その切り口は雷鳴の如し。これぞ当代のストライダーオリジナル。

 そして、レイの一閃が王クラスに近い存在を切り伏せる。

「いい切れ味だ。切った感触がしない」

「そっちは俺の作品じゃない。カナヤゴ作『きづかずの剣』だそうだ」

「……銘はどうにかならなかったのかね」

「あいつにそれを求めるな。思い付きで動くし、思いついたらテコでも変えん」

「まあ、いいか。気が抜ける感じで、考えたら悪くない」

 気の抜けた様子にウィルスは顔をしかめる。

「無駄口は――」

「――ここまで、かな」

 人族最強クラスの二人が新たなる牙を振るい戦う。

 大地でも激化する戦場。空もまた制空権を左右する撃ち合いが続いていた。エルの民を中心とした弓隊。ただ、その中でも特筆するは三人の存在。エルの民の次代を担う女、エル・ライラ。さすらいのハーフエル、ルー。そして英雄として召喚された男、アルファの三者である。特にアルファは必中必殺。

 無駄撃ちは一つとしてない。

「……あの男、怪物か」

 エルの民をしてそう言わしめるほど、卓越した弓術である。

 あちらの世界では大して役に立たなかった技術が今、活きていた。

「光り輝け、スタァな私!」

「はいはい、守ってやるからガンガンエネルギー奪いなさいよ」

「スポットライトに照らされるのは私で、君はいつも端役だねえ」

「今は、ね!」

 麗人、貴人コンビはいつも通りやるべきことを成す。

 そして、地上戦では人界全種族より選抜された一万の腕利きの戦士、騎士たちが集団で一匹を撃滅する戦いを繰り返していた。かつては通ることすらなかった剣も新工夫などで生み出された新たなる刃は通る。彼らの代表千人に配られたそれらで傷をつけ、その傷を他の戦士たちが穿つ。そうやって格上を撃破するのだ。

 まさに総力戦。全ての力を結集した急襲である。


     ○


 そして、別地点に浮かぶアルスマグナを狙い打つは――

『到着である!』

「意外と普通だったね、竜二君」

「あっしは感動しやしたが」

「へー、変な竜二君だねー」

 別動隊。有人ロケット魔人組、である。

 当然、シンの軍勢側にも備えはある。

「かっか、ロケットとはな。おもしれえが、さっさと終わらせて、あっちの祭りに参加しねえといけねーんでな。速攻ぶっ殺すぜ、カスどもォ!」

 迎え撃つは最強、ニケ率いる軍勢。

「な、なんでニケなのよ!?」

「…………」

 二人ほど泡を吹いて倒れそうなのはいるが――

「借りは返すぜェ! ねえ、竜二君ッ!」

「当然でさ!」

 着陸フェイズに入る前の外壁を蹴飛ばして、魔獣化した宗次郎と竜二が飛び出す。ライブラは「ぐえ!?」と噴き出していたが痛覚は存在しない。

「……ヒロ」

 アカギはただ一人を見つめ、静かに跳ぶ。

『相手は最強!』

「誰が相手でも、今日は退くことなどできない!」

『上等だな。ハッハー! 征くぜ相棒!』

「ああ!」

 ゼンは空いた外壁からフルアーマーライブラの上に立ち――

「二人とも、力を貸してくれ!」

『うむ!』「派手にね!」

「『もちろん!』」

 フルアーマーライブラの主兵装、砲手兼砲台のゼンが今、創り出す。

「『シン・ガンブレイズ!』」

 人類を滅ぼしかねない二つの炎を束ね、人類救済の光と化す。

 穿つは最強――

「かっか、イイねェ!」

 希望対最強。今、ぶつかる。

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