第4章:道化の王、急襲

 突如、昼休憩を取っていた英雄たちを襲ったのは一筋の凶弾。

 先祖代々鉄工所を営む一族の男、彼が知り得る限りの金属加工で最適な知識を提供してくれた。長年の蓄積には皆、多くを得ることが出来た。

 その男の頭に風穴が空く。

「!?」

 目視できる速度、威力もさほどには見えない。跳ね返る様から見ても、ただのボールである。何かの間違いか、と思ってしまうほど緩やかで――

 殺意に満ちていた。

「は?」

 またしても英雄、受け止めようとして腹に風穴が空く。

『気ィつけろ! 見た目以上にクソ重ェぞ!』

「ぐ、ォォオ!」

 危険と判断し、ゼンが両手で掴み取る。魔人クラス中堅上位、スペックだけで見ればブースト前でもアストライアーの中では相当上位である。

 そのゼンが、歯を食いしばってやっとの威力。

「な、なんなんだ、これ」

 呆然と謎の球体に立ち尽くす彼らは、やはり戦いへの嗅覚がなかった。能力自体戦闘に転嫁できないモノばかりではないのだ。単純に適性がないから、本人たちもそう理解した上でオーケンフィールドが後方に回していた。

 だから、遅い。危機への判断が鈍い。

 これが作業中の事故であれば素早い判断が出来たのであろうが。

「全員、逃げろォ!」

 敵の急襲に対応する術を彼らは持たなかった。

 そもそもとして――

「……どこに?」

 金の森、木々をなぎ倒しながら跳ね回る無数のボール。仕掛けが発動した段階でいつの間にか包囲されていたのだ。逃がす気がない。

 逃げる手段が、ない。

「ボールに触れるな! 見た目より遥かに危険だ!」

 ゼンの指示が飛ぶ。しかし、時すでに遅し。

 金の森中から悲鳴がこだまする。

「くそったれ」

『相棒、敵の急襲だ。問題は、ロキのセンサーが反応しなかったことだぜ。次元操作、超重力、どちらであっても来た瞬間わかるはずなんだ』

「わかっている」

『相手が王クラスなら、なおさら検知しやすいはずだ』

「わかっている!」

『冷静になれってんだ! 頭燃やして勝てる相手じゃねえぞ!』

 ギゾーの一喝、ゼンは顔を歪める。悲鳴が消えない。まだ蹂躙は続いているのだ。これだけの重さを持つ攻撃、それを複数に展開できる以上、相手は王クラスなのだろう。ならばこの、どうにかなりそうな速度もまた、相手の仕掛けの内。

 止めようとした者へ二次被害を与える、人を馬鹿にした罠。

「おや、心外ですねえ。頭が冷静でも、私に勝つ余地は皆無だと思いますが?」

 金の森の中心、年若き木の上、枝の下、逆さまに立つは道化。

 それを見てゼンは目を見開いた。

 ゼンはあの男を知っている。いや、転生ガチャでこちらに来た者であれば知らぬ者などいない。あれの司会進行を執り行う怪物こそ、この道化である。

「道化の王、か」

「はい、そうデス」

 ぽん、と道化の王が手を叩くと、姿が消える。

「はじめまして、ゼン・クズキ」

「ッ!?」

 そして、ゼンの背後に寄り添うように、現れる。

「我が王、キョウジ・カノウが貴方を少し気にされていたので見に来たのですが。ふぅむ、特段抜きん出たモノは感じませんねえ。このレベルに至ったこと自体、驚きに値しますが、それでも貴方はウコバク君を破った。だから、見せてください」

 足の裏を打ち鳴らし、またしても道化は消える。

「貴方の実力を」

 先ほどとは別の木、その枝で寝そべる道化の王。

「私の名は道化の王、クラウン」

 滑稽なメイク、その下に存在する貌が、歪んだ笑みを見せる。

「私、結構強いですよ」

 仰々しいシルクハット、その中からハトでも出すかのように、異形の怪物が次々と飛び出てくる。魔獣の姿、それを無理やり切り貼りしたような痛々しい見た目である。そしてそれを労わる余裕などないほど、全部が強い。

「魔界でペットを捕まえてきたんデス。ああ、心臓部、コアはガチャでノーマル、カスだった者を使っていますので、制限は受けないですよ。悪しからず」

 道化の王クラウンは退屈を紛らわすようにジャグリングを始めた。

 ボールが無数に舞う。本来であれば円環になるはずのそれすら、歪んでいる。そもそもあのボールがどこから来たのか、それがわからないのだ。

『相棒!』

「わかっている!」

 振るうは暴風の槍、ウェントゥス。王クラスに近い異形の怪物を相手取る以上、周囲への二次被害は避けられない。それでも七つ牙であれば魔族以外に致命傷は与えない。今はこれで戦うのが最善手であろう。

「ゼン!」

「ウィルス、カナヤゴと共に生存者を避難場所まで誘導してくれ」

「しかし、君一人では」

「……単独戦闘には慣れている。今は、それがチームワークだ」

「……わかった!」

 つぎはぎの魔獣、その包囲の外側から声をかけてきたウィルスへゼンは逃げろと指示する。誰かを守りながら戦う余裕はない。周囲を気遣う余裕もない。

 だが、それを一切考慮に入れなければ――

「俺も、そこそこ強いぞ」

「あはァ。今の眼、結構いいデスねェ」

 この程度の修羅場、今までも経験済みである。

 かつての己であれば絶望しただろうが、幾多の困難、数多の協力によって打ち鍛えられた今の己ならば、切り抜けて当然。本来ならば今日、亡くなった者たちを守らねばならなかった。失ってしまった、こぼしてしまった自分に腹が立つ。

「勝つぞ、ギゾー!」

『応ともよ!』

 第六位『超希望』、押し通る。


     ○


 エクセリオンを製造する以上、敵に狙われる恐れはあった。事前に避難場所は周知しており、有事には対決戦用の防御術式も気休めながら展開しており、そこへの避難訓練もしている。だから皆、危機に瀕してなおここに集まることが出来た。

 ウィルスとカナヤゴ、それに探知役兼警備責任者のエルの民、セノイはそれぞれ自責の念に駆られていた。

 ロキのセンサーを信じ過ぎていた、というのは言い訳にもならない。相手はそれを掻い潜り、森のエキスパートであるエルの民すら欺いた。

 無臭、今でこそ濃厚な血の匂いを漂わせているが――

 ボールの出現までは存在していなかったのだ。

「突然、現れたとしか思えない」

 エルの民でも有数の実力者であるセノイ、探知能力ではエル・メールやエル・ライラ、導き手である彼女たちよりも上である自負があった。

 そこにかからなかった以上、歩いてきたとは思えない。

 しかし、次元操作など従来のワープ手段ではロキのセンサーにかかる。

「それも気がかりだが……おかしいぞ」

「何の話だ、リウィウスの末裔」

「ぶは、よぉ見ろ。エルの民、ドゥエグ、元々金の森にいた住人、全員生存じゃ。逆に英雄たちは全部殺されとる。偶然、と思えるほどお気楽か?」

 吐き捨てるようなカナヤゴの言葉に、セノイもまた気づいてしまった。

 あれだけの惨劇。至る所で血が流れたのに――

「……相手にされていない、か」

 偶然、無傷だったわけがない。ならば、あのランダムに、無秩序に跳ね回っていたボールは全てミリ単位で操作されていたことになる。

 意図して彼らを避けたのだ。そうとしか考えられない。

 その理由までは測りかねるが。少なくとも脅威には感じていないのだろう。戦闘面で歯牙にもかけていないから出来る舐めた芸当である。

「であれば、相手の強さは想定よりも遥かに――」

「ああ、底知れない」

 改めて知るは力の差。それでも何の対策も打たず悠長に構えるほどここにいる者たちは愚かではなかった。急襲への対策は当然ある。

 本来はセンサーないしエルの民の狼煙が上がって起動する策であるが。

「合図は?」

「とっくに出している。それしか出来ん己の無力が、歯がゆいが」

 セノイは歯を食いしばる。おそらく、この世界で多くが味わってきた無力感。時に人を狂わせるほどのそれは普段凪いでいるのエルの民すら波立たせてしまう。

「あそこで戦うと言えなかった俺もまた……同じだ、セノイ」

 一匹であれば何とか喰らいつけるかもしれないが、あのレベルが複数体となれば防御が脆弱な己では邪魔にしかならない。冷静な判断であるが、それを選択できたとしても心まで冷えているかといえばそうはならない。

 舐められているし、危険と認識すらされていない。戦闘能力のない専門外の英雄たちは削ったのに、戦闘能力を保有しつつエクセリオン開発の専門家、鍛冶師である己たちは生かされたまま。その他として括られている。

 虚しく展開し続ける防御魔術は当然無傷。

 攻撃が来るような様子すらない。

 これがウィルス、カナヤゴ、この場にいる全員への敵からの評価。

 お前たちは敵じゃない。突き付けられた答えに、今はただ歯噛みするしかない。


     ○


「驚きました。危機に対する反応が尋常ではありませんねえ」

 血の匂いが充満する空間、そこに仁王立つゼンは敵勢力を一掃していた。同時に木々はなぎ倒され、黄金の森は見るも無残な姿と化した。

 残っているのは運が良かった背の低い若木程度のもの。

 木を愛し、彼らに寄り添うことを是とする住人には悪いが、それでもゼンは人命が勝ると判断する。守るために破壊をまき散らした。

 そして勝利をもぎ取った。

「随分余裕だな」

「まあ、戦力を測るための安価なおもちゃですので。もっと強いのもいますし。まだまだ全力じゃないんでしょうけど、地力は理解しました」

「ではま、やりましょうか」

 消える、道化。ゼンは咄嗟に背後をウェントゥスで薙ぎ払う。

「学習してますねえ」

 しかし、それをジャグリング用のクラブで軽々と受け止めるクラウン。そのゆとりある表情を見て、相手が圧倒的な格上だとゼンは理解する。

 それはそれで問題ない。ある意味格下よりもやりやすい。

 今までずっと格上相手の戦いを強いられてきたのだから。

「本当にウコバク君、倒しました?」

「まぐれだ」

「あは、嘘、下手くそですねェ」

 格上相手に欲はかかない。やるべきことを粛々とやるのだ。強くなり、ウコバクを撃破してつけた自信はニケに敗れ、イヴァンたちと対峙し消え去った。

 自分は弱い。その考えがゼンをここまで生かした。

「それなら少し、ペースアップしますよォ」

「いや、しなくていい」

「ん?」

「もう終わりだ」

「……ッ!?」

 知らぬ間に、透明な鎖がクラウンを拘束していた。

 それは七つ牙アイオーニオン。アンサールをも封じたそれは拘束さえしてしまえば魔族相手に絶大な効果を発揮する。最近では未然に対応されることが多くなったための工夫こそ、透明化である。

 エクセリオンを探求する過程でゼンは七つ牙の改良すら可能としていた。

「お前は俺たちを、舐め過ぎた」

 たち、その言葉にクラウンは目を見開いた。

 彼の通り道には炎が見える。大地を焼き、観衆の目を焼き、人々を魅了する世界最強のストライカー。フットボールの申し子――

「ジャーマ・ディズパーロ!」

 第七位『ヒートヘイズ』、炎が彼方より襲来する。その蹴り足は鉄壁の牙城をいくつも打ち壊してきた。ボールが頭に変わっただけ。

 頭蓋を砕き、首を引き千切る。炎をまとい吹き飛ぶ首。されど、『ヒートヘイズ』は欠片ほどの隙を見せず、追撃を敢行する。ディズパーロ(シュート)、ディズパーロ、ディズパーロ、ディズパーロ、あらゆる姿勢、状況、角度から『ヒートヘイズ』は蹴り抜く。ここはペナルティエリア、王クラスの、死の領域。

 ならば、此処が己の住処である。

 超速の連撃。音を遥かに超えた炎の道が刻まれる。

「どっちでもいいぜ、道化の王!」

 『ヒートヘイズ』が首を振り、視線に入れたのはゼンが拘束する身体。その前に悠然と現れた身長二メートル近い女傑、ネフィリム。

 魔獣化せずに素であのサイズである。

「昔からテメエは嫌いだったんだよ。ピエロ」

 その長身から放たれるかかと落とし。アイオーニオンごと大地を割る。残っていた若木も大地ごと根こそぎ吹き飛ばす破壊の嵐が巻き起こる。

 地形を変えてしまう一撃。正真正銘王クラスの攻撃がさく裂した。

「くたばれ」

 むん、と格闘技のかの字すら知らぬ素人パンチ、思いっ切り勢いをつけただけのそれを、かかと落としで真っ二つに割れた胴体に向けて放つ。

 その途上で腕だけが巨大化し――

「パッセ、だ!」

 二つまとめて吹き飛ばす。そこに丁度、『ヒートヘイズ』の蹴りによって吹き飛ばされた頭部が叩き付けられる。同時に『ヒートヘイズ』もまた其処に飛び込み、炎と巨人の一撃、それが交わる。逃げ場のない破壊は唯一の活路、天へと上る。

「そして俺自ら、ゴラッソォ!」

「死ね」

 破壊の衝撃が天を衝く。

 ゼンは微笑む。これが、これこそがオーケンフィールドの結成したアストライアー。その力である。正義は勝つのだと、確信にも似た何かが――

 この光景には在った。

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