第4章:クリエイターの森

 金の森、そこには今、多種多様な種族、人種が入り乱れていた。

 剣鍛冶リウィウスの一族とこの森の守護者である剣士たち。伝説の鍛冶一族による声掛けで集った鍛冶師たちも大勢でおしかけてきた。アルザル、ヴィシャケイオスのドゥエグたち。護衛のために森の専門家であるエルの民もいる。そして、召喚されたはいいが戦闘向けの能力が発現しなかった英雄もちらほらと。

 そういった特殊な能力に目覚めている層は、どちらかというと研究開発やデザイン分野、アーティストなど、少し独自の世界観を持つ者が多い。

 戦いが主であったアストライアーではうまく機能していなかった彼らだが、モノ造りという世界においては全員が一騎当千、開示する情報を絞らねばさすがに不味いのでは、というくらいこの時代においてありえない発想がバンバン出てくる。

 魔族にとって当たり前であるアルスマグナ、魔力の結晶化を元に魔術の多層化を実現。一つの回路では不可能だった高度な術式、命令の極小化に成功する。

 これを思いついた人物は半導体関連の専門家であった。

 曰く「魔術的な意味でのクリーンルームさえあればもっと精度を上げられる。魔素配合率を変えればエッジングもスパッタも伸びしろしかないと思う」だそう。

 やれこうすべきだ、カタチはこれが効率的だ、魔術は不確定要素が多いからケミカルで行こうだ、それならガスだ、まずは重油だろ、あえて銃を作ろう、いや戦車だ、等々行き過ぎた結果ウランが欲しいに行着くバカ者ども。

 しかして発想は多彩。戦闘には寄与しないが彼らはその職能、才能、研究、開発の積み重ねによって此処に呼ばれた英雄なのだ。今まで事務的な面で支えてきたが、ここに来てようやく彼らは本領を発揮する場を手に入れた。

「アストライアーの面々も表に出てなかったヤバいの多いけど、やっぱ突き抜けてるのはあの三人だよなぁ。閃き、応用、そもそもの技術、何よりも製造力が桁違いだ。思いついたらバーッと作っちまうんだもん。職人として嫉妬する気も起きねー」

 金の森を出奔していたリウィウス、ウィルスとヴィシャケイオスの破天荒問題児カナヤゴ、一日平均ひと作品の異常なペースで作品を生み出し続けている怪物たち。迷いなく、失敗作もあるが一つとして同じ作品はない。

 独創的で個性的、エゴ剥き出しの武器。

 他分野の者から見ても秀でている、というのが透けてしまうのだ。

 さらに他分野の知識をも貪欲に喰らう、もはや手が付けられない。

 そして最後の一人は――

「……あ、あああ」

『相棒、呼吸だ、呼吸をするんだ。ふっ、ふっ、はー、ふっ、ふっ、はー、だぞ』

「ふー……」

『相棒が息を吐いたまま気絶しちまった!?』

 魔界から帰ってすぐのゼンが隅っこで倒れ込んでいた。

 サボっているわけではない。気力体力魔力の限界に達しているのだ。

 それもそのはず――

「ぶはは、なんぞこれ! なんぞこれ!」

「滾るッ!」

 竜族の宝物庫で見た様々な失われし秘宝。それを帰ってすぐに吐き出せと脅され、ブーストまで使わされ、空っぽになるまで吐き出した結果抜け殻が生まれた。

 しかも連日である。カナヤゴから「ぶはは、まだあると見た! 出せ出せーい。観念しろー!」と振り回されているのだが、当然誰も止めない。

 何故なら全員、新しいものに飢えているから。

 何なら出し切るまで創作しなくていいよ、まず出し切って、という創意がひしひしと伝わってきていた。とはいえ、しないのもあれなので――

「お、夜になって起きたぞ、おいヴァルカン! こっちで爺どもと飲むぞ! ぶはは、仕事をした後の酒は格別じゃァ! たまらんぞ!」

「……一本、創ったら、もっかい寝る」

「若いのになよちんだなぁ。そんなんじゃ立派なドゥエグになれんぞ」

「……別にいい」

 多くが寝静まり、ドゥエグと一部の体力馬鹿が飲み会に耽る中、ゼンは明日への魔力を残しつつ新たなる道を模索する。ウィルスとカナヤゴ、彼らが切り開いた道をも喰らい、さらに新しく、深く、遠くへ、制限があるからこそ――

「今日は、これで寝る」

『ウェーイ! 今日も一日おつかれちゃーん!』

 その新しさは多くの眼を引く。

 ぐがー、と眠るゼンを足蹴にカナヤゴはその剣を握った。

「……酒の不味くなるもん作りよってからに。酔えんし寝れん!」

 先ほどまで上機嫌だったカナヤゴが、不機嫌極まる顔つきで酒を捨て置き工房へ向かう。カナヤゴが酒を捨て置いたことに驚いたドゥエグたち。

 ウィルスもまた起き上がり、それを見て悔しげに工房へ向かう。

 この世界に生まれし者、別世界より出でし者、彼らの発想と技術を喰らい高まったカナヤゴとウィルス、をもゼンは喰らいモンスターと化しつつある。

 ここでの積み重ね自体が彼のためにあるかのような、そんな錯覚に陥るほどに。ただし、それを良しと出来る人間ならばクリエイターなどやっていない。

 誰もが自分こそ一番だと思っている。

 謙虚であることに美徳などない。クソでもミソでも優れた結果を出した者が優れたクリエイターである。寝る間を惜しんでも、それ以外の全てが欠落していても、作品(結果)こそ全て。それがクリエイターという生き物。

 一番を生み出すまで、彼らの戦いは終わらない。

「……いつの間にか、あの小娘が一丁前の面になっていた、か」

「なんじゃ、しみじみと。気持ち悪いのお、タタラ」

「あれから笑みを消すドゥエグは我が里にはおらず、才能を研磨する環境がなかった。ようやく巡り合えたのでしょうな。削り合う生涯の敵を……友を」

「よい娘じゃな」

「ええ。ヴィシャケイオスの誇り、です。内緒ですが」

 彼らは暖かい視線を若き彼らに向けていた。

 その眼はとても嬉しそうで、

「……それにしても、この剣、ううむ」

 とても、

「いいもん見て、すごい、立派、と言えるのは、モノ作りへの執念が足らん証拠じゃ。その口ごもる感じ、よぉわかるぞ、タタラよ」

 とっても、

「少し、工房をお借りするとしましょう」

「賛成じゃ」

 嫉妬していた。まだまだ若い者には負けんと立ち上がるタタラ、トヴァのお爺さんズ。まあ、タタラはドゥエグ換算だとおじさん程度なのだが。

 そんな感じで――

 朝が来る。

「あああああああああああああああああ!」

「まだあるんじゃろ!? もっと吐き出せ! そいやそいや!」

『なんだろーな、この光景』

 寝不足のクリエイターに囲まれ、急かされるゼンがいた。

 そんな日々、そんな積み重ねの果て、奇跡が胎動する。


     ○


「……頼めるかな、我が友」

「無論でございます。我が王」

 闇の中、道化が微笑む。

 彼らの眼下では今まさに転生ガチャによって阿鼻叫喚の絵図が広がっていた。普段は司会進行とノリノリの男であったが、王の言葉となれば普段は心地よい音楽である悲鳴も、ただの雑音、雑言と化す。当たり前のように外ればかり。

 明らかに当たりの封入率が減って来ていた。

 これだけ試行回数を重ねた以上、作為を感じるのは当然の事。

「アストライアーは強いよ。強くなった。今の私では少し荷が重いほどに」

「なればこそ、私がおります。私はニケ様とは違い――」

 道化は歪んだ笑みを浮かべた。

「王と同じ、アブノーマルですので」

「ふふ、任せるよ」

「御意」

 軽やかに、ステップを刻みながら道化の王は自らの主、仕えるべき存在のそばから離れる。ようやく自分の出番が来たのだ。

 王の苦境によって――

「嬉しそうだな、ピエロ」

「ええ、ええ、ようやく舞台に上がってよいとお言葉を賜りましたので」

「ハッ、何がそんなに嬉しいかね」

「貴方にはわからないでしょうね。ニケ様、性癖ドノーマルだからなァ」

「あ?」

 反射的にニケは手を出してしまう。いつもなら道化はそれを甘んじて受け『失礼しました』と慇懃無礼に頭を下げるのだが。

 今日は、ジャグリング用のクラブでそれを受け止めていた。

 ニケの一撃を、である。

「私のようなド変態にしかわかりませんよ。あの御方の偉大さは。成した功績の大きさは。唯一無二の存在デス。シン・イヴリースという神を屈服させる作業にリソースを割いているがゆえ、今は我らよりも弱い存在ですが。本当はシンなどと気安い口を利いていい存在じゃねェんだよォ。ただ強いだけの、ノーマル野郎が!」

「ここで死ぬか、おい」

 喧嘩を売られたと判断し、ニケは応じる。

「ったく、悠長デスね、ほんと」

 道化の王はにやりと微笑む。

 その瞬間――

「ッ!?」

 あらゆる方向からボールが発生し、超スピードで跳ね回る。城の壁を、天井を破壊しながらボール同士も反発して複雑怪奇な攻撃と化す。

 しかもその威力、一発喰らえばニケの顔が歪むほど、である。

「さすが、頑丈ですます。くっく、こっちから喧嘩売ってるんだから、仕掛けの一つや二つ当然あるでしょーよ。頭悪いなァ、これだから嫌いなんですよォ」

「いってーな、おい」

「……獣を相手にするのは」

 全てが唐突、そして全ての攻撃が複雑に入り組む。

 道化の手には何も握られていない。ボールもクラブも、何もかも。

「それではまた。ほとぼりが冷めた頃にでも」

 今度は唐突に消える道化。

「ちィ」

 ニケは、あえてそれを追おうとしなかった。追うこと自体が無駄だと理解しているかのように。道化を相手に真面目に対応するほど馬鹿なことはない。

「だー! 何してんだピエロ野郎! せっかくデカいの出てきたのに! ボールではじけ飛んじまったじゃねえか! 僕の部隊に入れようと思ったのにィ!」

「別にいいじゃない。ナリがデカいだけの伊達でしょう?」

「見た目がデカければ良いんだよぉ。観賞用だからァ」

「ほんと、馬鹿ねぇ」

 道化の王がニケに行使したボール攻撃は城全体、つまりは転生ガチャ中の人間や生まれたての魔族、果ては観賞していた者たちまで巻き込んでいた。

 それだけ範囲を広げねば知覚し、対応される。

 あの小競り合いですら咄嗟にそう判断し、実際に行使する実行力と、ニケの本能すら凌駕する圧倒的殺人センス。初めから王クラスとして転生したナチュラルボーン王である彼らはあえて口に出さないが、道化の王は能力も込みで特別製である。

 だからこそ、今まで切られなかったカードである。


     ○


 金の森、その入り口に道化は立つ。

 美しいとされる森を見ても男の心に響かない。むしろ醜悪にすら映る。だってそうだろう。自分が理解できぬのに美しいと持て囃されているのだ。

 不快にもなる。

「さーて、ショウタイム、といきますか」

 気を取り直して、ささやかなる開幕の証を一つ。

 挨拶代わりの、ボールを一つ、放る。

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