第3章:『六位』
久方ぶりの全体会議。映像も含めればほぼアストライアー全員が参加していた。生存者の中ではいつもの『クイーン』、『轟』は瀕死の重傷を負い『ドクター』治療中、共に欠席。応援にやって来てそのまま修行継続のため魔界へ戻った『銀星』シャーロット・テーラー、主だった者はこれくらい。
主な議題は今後の対策。
想定通り、シンの軍勢は世界各地に現れ、一斉に攻勢を仕掛けてきた。
事前の仕込みが出来ていたため、この規模の進撃に対する被害としては軽微と言えるだろう。
アストライアー、エルの民、現地の騎士や魔術師、出来る限り散らし、迎撃を果たした。全員死力を尽くし、多くを守ったのは間違いない。
だが、それでも被害は出た。落ちた都市は小さいところも含めれば五十近く、それによって機能停止、つまり亡国と成った国は六つ。
「――人類の生存圏をさらに絞る必要がある」
オーケンフィールドは沈痛な面持ちで告げる。
「イヴリースの進撃を待たずして人同士の戦いが始まりますよ。それが、狙いなのでしょうが。想定通りですが、厳しい局面ですね」
人の代表として大魔術師フラミネスが語る。彼女もまた二度目のロディナ侵攻の際も、大樹によって多くの敵を撃滅していた。相性にもよるが王クラスにも比肩する怪物である。ただし、この場から動くことは出来ないのだが。
しかし、今回の問題は個の強さではどうしようもない。
「増え過ぎた対価です。受け入れなさい、フラミネス」
エルの民の代表はエル・メール・インゴット。彼女は現存する最も古き神族であり、エルの民最強の武力を持つ武人でもある。王の血を守る『護光』、滅多にその力を振るうことはないが今回の戦いに関しては戦ってくれている。
そのおかげで救えた命はゆうに万を超えるだろう。
「ハッ、ババアは年寄りの癖に焦り過ぎなんだよ。俺様の対次元操作用ホムンクルスが量産できれば多少状況はマシになる。マシになる程度だがな」
自称魔王のロキも参加している。工房の中からの映像参加であるが、ぼさぼさの髪に簡素なツナギ、汚れても良く動きやすい恰好である。
ニール辺りとファッションセンスは噛み合いそうであった。
「量産と言いますがロディニア全土、全ての都市に配備する数を揃えるのにどれだけの時間が必要なのですが?」
「百年くれ」
「話になりません」
「ハッハ、まったくだな。全部それで守るのは非現実的だ。色々と組み合わせてく内の一つ、程度だな。俺の魔術を仕込んで人造魔力炉に刻んでやらにゃならん。何より素体が仕込みに時間がかかる。あんまり期待してくれるな。っても十やそこらならひと月で用意できる。秘匿した工房に素体のストックがあるからな」
「フラミネス」
「……調査不足、でした」
エル・メールの叱責、フラミネスは渋面を浮かべる。それを見てロキはけらけら笑い、トリスも腹を抱えて笑っていた。ちなみに怒られた理由はロキが魔界へ攻め込んで負けた際に、二度とこのような悲劇を起こさぬために全ての工房、痕跡を消すべきとのエルの民などから意見が出てきて実行したはず、なのだ。
世の魔術師よりも魔王が上手だったというお話。今更であるが。
まあ、ライブラが残っている時点で徹底はしていない。
人類にはそんな余裕もない。
「今は出来る限り、諸国にお願いするしかありません」
「もちろん、私からも王たちに話を通しておきましょう」
生存圏の話、これに関しては様々な事情が入り組んでしまう。誰かが損をせねばならぬ状況下で、誰がそれを負うのか。ここからは押し付け合いであり、切り捨て合いの様相を呈してくる。そこで生まれる悪意を肴に魔王は哂うのだろうが。
何よりも――
「今回の侵攻、我らもまた相応の手傷を負っている。『轟』はほぼ相討ち、王クラスを追い詰めたがすんでのところで逃げられている。山は越えたが今も『ドクター』が診ている。他にも死傷者は多数。手傷を負っていない者は少ない」
「悪かったな、七位なのに無傷でよ」
「俺も空かされている。奴らに情報が渡っているのか、それとも予測が当てられたのか、五分五分だろうが、今重要なのは慢性的に戦力不足、ということ」
「まあ、な。英雄は減っていく一方。召喚は、無理にはさせられねえしよ」
顔を歪める『破軍』と『ヒートヘイズ』。
「どちらにしろ召喚士が足りないんでしょ? 無いものねだりしても仕方ないし。つーか雑魚量産されても無意味。もうさ、弾切れなんじゃない?」
嘲笑うように『キッド』が言葉を紡ぐ。
「弾切れ?」
「英雄になり得る人材がもういないってこと。明らかに回数を重ねるにつれて当たりが減ってる。能力的には当たってても難アリの人材も増えてきた」
お前が言うな、とこの場のアストライアー全員が思う。
「私はともかく『水鏡』と『銀星』は素晴らしい活躍と聞いていますが」
ニール、『クレイマスター』が擁護する。
「難アリでしょ、メンヘラじゃん?」
「……ふぅん」
青筋を浮かべるアリエル。しかし『キッド』、これに気付かない。何と彼、この悪口を悪気無く言っているのだ。ある意味で才能であろう。
「今ある手持ちでどうにかするべきだって僕は思うけどね」
「その手持ちが減っていると言っている。シュウも死んだ」
『破軍』の大星の言葉で全員が押し黙る。
この状況下でこそ彼のマネジメント能力が活きるはずであったのだが。
「代わり、いるじゃん?」
「……ふっ、結局それが言いたいだけだな?」
「そ、王クラスふた柱撃破。うち一つは単独撃破だ」
笑う『キッド』。分かってるだろ、お前らと獰猛な笑みを向ける。
「実績十分、ではある。が、本人は何処にいる?」
大星が問う。それにオーケンフィールドが困り顔で――
「あはは、呼んだんだけどね。撤退が間に合わずに取り残された敗残兵の群れと戦っているよ。残しておくのも厄介だからね」
やはり、と言う空気が流れる。実際に上位陣以外は掃討戦の途中に通信している者が多い。彼らを残しておけば略奪、殺戮の芽を残してしまうことになる。
敵対し続ける限り、討つ以外の選択はない。
「相変わらずでござるなぁ。拙者、好きでござるよ。大和魂を感じるでござる」
純アメリカ人の『斬魔』が頷く。
「黙って正義を成す。私もかく在りたいものです。私は賛成です」
ニールは穏やかな笑みを浮かべていた。
「いいねえ、ロックだぜ。俺も賛成だ。熱いだろ、ハートが」
目の当たりにした奇跡、何の言い分があろうか。己よりも席次が上に来るのは当たり前、それが七位『ヒートヘイズ』の考えである。
「言い出しっぺだ。僕も賛成」
当然のように『キッド』も応じる。
「俺も賛成しておこう。総合力を問えば制限時間付き、かつこういった場で発言及びアイデアは望めない。至らぬ点はある。が、それでも彼には引力がある。俺は元の彼を知らないが、十分英雄に値すると考える。賢人ではないがね」
最後に注釈をつけるも賛成の意思を示す『破軍』。
二位は不在にて沈黙、一位は当然賛成だろう。
この流れを理解できていないアストライアー外部の者たちは訝しげな視線を向けていた。アストライアー内に流れる空気。かつて彼が現れるだけで緊張を帯びていた本部だが、今の彼に対しその感情を向ける者はいない。
人は付き合いが浅いと『見た目』で判断するしかない。元シンの軍勢、魔族、オーク、人を殺したことがあると隠そうともしない露悪的性格、しかも上位陣が謎に評価している、これでは良い印象は持たれないだろう。
だが、彼はある意味で最強の『見た目』を手に入れたのだ。
実績と言う名の。
「かつて彼はシンの軍勢としてそれなりの人を殺している」
突然、オーケンフィールドは皆に語り始める。
そしてそれを『コードレス』が繋げた。本部の人間、裏方の皆にも伝わるように。
「彼は隠さない。そして語らない。魔獣でしかない者に意思などなく、ただの操り人形でしかなかったのだと。罪は己ではなくその操り手であると、語ろうとしない。何故なら、彼はそう思っていないからだ。だから今も戦っている」
ニケとの死闘を終えて、彼もまた半死半生の身で帰還していた。『ドクター』がいなければ五体満足では済まなかっただろう。精神的支柱であり、英雄たちの力の象徴、彼の言葉は重い。それでもかつてなら通らなかったであろう。
「彼は己に道を贖罪だと言っている。いつか裁かれるべき存在だと。嫌味なくらい露悪的だ。だってそうだろう? 悪とはいえ俺たちもまた人を殺している。操り人形でしかない元々人だった存在、魔族に転生させられた哀れなる人々を」
禁忌中の禁忌。アストライアーにとっては触れるべきではない事柄。
「と、こうやって惑いを与えることがシン・イヴリースの目的なのだろう。おそらくは彼にとって一番重要な、心を乱すための要素、だ。だから俺はこう言っておきながらも、一切手を抜く気はない。取捨選択を違える気はない。ただ、少しだけ考えてみて欲しい。今、一緒に戦う選択をしたかつての敵のことを。人を取り戻し、ただ一人何もないところから彼はやり直した。たった一人で子供を守り、破裂しそうになっていたところを俺は見た。当時の彼では勝てない相手に向かって、誰かのために命を投げ出す彼を見た。俺は、決して贔屓しているつもりはないんだ。だってそうだろう、俺はその時、負けた、と思ったんだから」
場が騒然とする。絶対のリーダーがこぼした本音。彼を元々支持していた『キッド』でさえ驚愕する。それだけの発言なのだ、これは。
「俺はね、正直に言うと負けた経験なんてほとんどない。元の世界でも上手くやっていたつもりだし、こっちに来てからはこんなスーパーパワーを貰っちゃってさ、まさにスーパーマンだ。自分のことを優しい人間だと思っていたし、正義を成すのも当たり前、人に手を貸すのだって当然の行い。力ある者の責務とさえ思っていた」
オーケンフィールドの言葉はこの場、英雄として呼ばれた彼ら全員に刺さるものであった。彼らのほとんどが同様の意識であったから。
「ノブレスオブリージュ」
アリエルはぼそりとつぶやく。彼ら全員の根底にある想い。
それを言語化すればこうなるだろう。
高貴なる者の責務、と。
「豊かな者が貧しき者に手を差し伸べるは容易い。だが、貧しき者がそれを行おうとすれば、その苦難は計り知れないだろう。彼は持たざる者だった。貧しくとも持っていたモノをイヴリースに奪われ、全てを失ったところから彼は正義を志した。この際、理由は問うまい。どうせ彼は嘘つきだからね。贖罪のため、とか嘯くに決まっている。もっと分かりやすい理由があるんだけどね」
富める者、オーケンフィールドが微笑む。
「俺たちと彼は違う。だからこそ、アストライアーには、いや、このロディニアには彼が必要だ。アストライアーにおいて席次に意味はない。特権があるわけではないからね。でも、俺はあえて彼に座ってもらいたい」
かつて見た衝撃。救われるべきはずの男が救おうとしている奇跡。
それをオーケンフィールドは美しいと思った。
「六位、我らが友、シュウさんが座っていた席だ。彼もきっと否とは言わない。いいや、彼こそが推すと思う。皆も知る通りに」
オーケンフィールドと同様、彼を評価してはばからなかった男、不破 秀一郎。彼もまた同じ気持ちだったのだろう。出来ない者の気持ちが分からず切り捨ててばかりだった男に、出来ない者でも出来ると示して見せた彼に対して。
「反対の者がいれば、挙手願いたい」
誰も手を挙げない。実績が、振舞いが、その上で今の話が、彼らから反意を除いた。彼ら全員がオーケンフィールドらと同じ気持ちになったわけではない。あくまで反対しない程度の者もいるだろう。それでも変わった。変えたのだ。
「すまないね、この世界のお歴々。でも、俺たちにとってはとても重要なことなんだ。いつかきっと分かってもらえる。俺はそう信じているよ」
オーケンフィールドはこの場全員に頭を下げた上で――
「葛城 善、彼を我らアストライアーの正式メンバーに迎えると同時に六位の座についてもらう。彼には彼にしか出来ないことをやってもらうつもりだ。考えない代わりにブラック企業もびっくりの酷使だ。かつての彼は持たざる者だったけど、今の彼はまさに高貴なる者、富める側なんだから頑張ってもらわないと」
いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「コードネームを決めねばならぬでござるな」
「……毎回思うが必要か、コードネーム」
ウキウキの『斬魔』に対し顔を歪める『破軍』。
「大事だよ、正義の組織なんだから」
当たり前でしょ、とオーケンフィールドは首をひねる。『斬魔』もひねる。『キッド』もひねれば『クレイマスター』もひねる。
女性陣は皆、真顔。
「んー、そうだなぁ。公募制にしようか! どうせゼンに考えさせても考えないだろうし、押し付けないと嫌だとか言いそうだからね!」
オーケンフィールドは今日一番の笑顔を浮かべていた。
「そろそろ良いかよ? ごっこ遊びみたいだぜ、英雄さんよォ」
ロキの言葉にやはりオーケンフィールドは笑みを浮かべたまま――
「正義の味方をやってるのさ。大人ってだけじゃダメでしょ。熱さが要るんだ。かつて在ったはずの、いつの間にかすり抜けてしまった熱さが」
それは少しだけ大人っぽい笑みで、ロキは押し黙ってしまう。
「正義を成そう。皆の力が要る。今まで散った者たちの想いも背負って戦わなければならない。ここからが正念場だ。厳しい戦いになる。それでも勝つ。正義は勝つ。正義は勝たねばならない。相手が純粋なる悪意ならなおさらだ!」
オーケンフィールドが手を掲げる。
「勝つぞッ!」
「応ッ!」
アストライアー全員が叫ぶ。その熱量、明らかに先ほどまでとは違う色合いに外部の者たちは目を白黒させている。
(……なるほどな。あの男の話を出汁に士気を上げたか。ここでも、違和感だ。どう考えても、こっちだろ。こっちが最善で最高のはずだ。それなのに、何故か居もしないあの男が中心になっていた気がする。何故だ、何を俺は見落としている?)
ロキは燃え盛る炎を見て、顔を歪めていた。
理屈に合わない何かがある。それが見えないことへの苛立ち。
「のお、アポロン様たちは何を想い人を創りたもうたと思う?」
「あン? んだ爺」
トリスメギストスは微笑んでいた。まるで消え入りそうな雰囲気で。
それを横目で見るエル・メールもまた――
「考えると良い。貴様には時間など腐るほどあろうよ」
「まるでテメエには見えているみてェだな」
「それが正か否か、その答え合わせこそ我が最後の望みよ。かっか」
ロキはさらに顔を歪める。やはり自分は何かを――
「個では辿り着けぬ。個ではどこまで行っても究極の一止まり。人を知れ、貴様の半分を感じよ。心の赴くままにのぉ」
「ハッ、テメエこそ、あのガキ使って『シン』を創ろうとしてんじゃねえか。ナァ、究極の一を創ろうとしてんのはテメエだろ?」
トリスは笑みを歪めた。
「……必要である」
「お決まりのやつね。へいへい」
『黎明末期を乗り越え、父上が望んだ明日に辿り着くために』
ロキの耳には何も聞こえていない。それを介したのは古き神族エル・メールのみであった。神族同士の共振、それによって彼女もまた何かを掴む。
「……人、柱」
探求者トリスメギストスの視点を、共有してしまう。
○
「へっくち」
『オークも風邪ひくのかね?』
「わからん。今まで引いたことはない」
『知ってる』
「それもそうだな」
まさか本部での会議で自分が議題に上がっているとも思わず、それどころか正式にメンバー入りして六位になっていたなど露知らず、ゼンはいつも通り戦い、改めて己のスペックアップを知る。あの時は必死であったが、冷静に己を見る。
「強くなった」
『ああ、もう最下級とは言わせねえ! でも、ブーストは気軽にゃ使えなくなったなぁ。今まではとりあえず打ち得技だったがよ』
「仕方ない。伸び幅を考えれば安過ぎる代償だ。感謝しないとな。今度ライブラに土産でも持っていくか」
『ちなみにライブラちゃんってなに持っていったら喜ぶんだ? 飯食わねえだろ? 服とかも適当だし、アクセサリーとか?』
「なら、指輪にでもしとくか」
『……ネックレスにしとこ、な』
「どっちも一緒だろ?」
『まあ、ライブラちゃんにとっては一緒だろうけど、周りが、な。大人になろうぜ相棒。もう実年齢三十路越えてんだからさ』
「……え?」
『……相棒、とうとうおめえ、算数すら』
「いや、算数は出来る、はず。ただ、改めて考えると恐ろしいなって」
実年齢を実感し、改めて震えるゼン。大人ってこんな体感時間なのかな、とゼンは一人思いにふける。ギゾーはあえて否定しなかった。
否定してしまえば向き合う必要が出てくるから。
今のゼン、彼がどうなりつつあるのか、を。
「ん、連絡が入ってるな。次の任務か。場所は――」
『もう一個のは開かなくていいのか?』
「任務の連絡以外は後回しで良い。オーケンフィールドからの連絡で件名をぼかしているのは重要じゃないんだ。俺も過去に学んでいる」
ふふんとドヤ顔のゼン。されどそれを見る者はいない。
話し相手は自分の目玉なのだから。
『さよか。じゃあ次の目的地に向けて行こうぜ』
「ああ」
『ちなみに目的は?』
「とある武器の探索、および剣鍛冶の捜索、らしい」
『ベースアップした相棒ならパクれる幅も増えてるしな。面白そうだぜ』
「……人聞きが悪いな」
『事実やん?』
「まあ、そうなんだが」
釈然としない思いを胸に、ゼンが新たなる戦いに向けて足を踏み出した。
次なる舞台は戦いの都。あらゆる想いが交錯し戦いは加速していく。
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