第3章:戦勝広がる
「ティラナ、ゼン、『炎の王』ウコバク討伐」
短く、それでいて絶大な文言がアストライアー全員に広がった。
十字架を見た者、見えなかった者、地域によって様々であるが衝撃には変わりない。
「やるじゃない」
アリエルはその報せに微笑んだ。彼女も魔人上位を退け、都市を守り抜いていた。まだ余力はある。
自分とて相まみえれば、なども思うが今は素直に祝福していた。
「ふっ、お見事だね。さすがはゼン、だ」
ちゃっかり帰還していたシャーロットも賛辞を贈る。
ちなみに、状況に気付いたきっかけはフェネクスの帰還であった。戻ってきた彼女から情報を聞き憤慨したシャーロットは例の如くレウニールをびんた、無理やり一番の激戦区に転送させ八面六臂の活躍を見せる。
その活躍はまさにスーパースタァだったそうな。
「彼女の能力は素晴らしいのですが、使うと光輝くのはどうにかなりませんかね」
「僕に聞くなよ、阿呆らしい」
ニールと『キッド』が認めるほどの実力。無駄に発光しているのだけは勘弁してほしいと願っているが、まあそれ以外は文句のつけようがない実力を示した。
「葛城君が?」
以前までの戦力、評価からのギャップもある。
「やるなぁ! 俺も頑張るぞぉ!」
それでも実績は何物にも勝るのだ。
○
「……さすがだね」
「あン?」
何人も立ち入れぬ領域、オーケンフィールド対ニケの死闘。その最中にオーケンフィールドは微笑んだ。最高の報せ、嫌でも奮い立ってしまう。
ようやく彼が彼に見合ったステージに立った。
「英雄の条件って分かるかい?」
「強さだ」
「はは、それも一因だ。けどね、俺は誰かのために頑張れること、だと思う」
「ハッハ、くだらねえなァ」
「過程に意味はない。結果、そうなったことに意味がある。分かるかい? 分からないだろう? それがそのまま君の成長限界だ」
オーケンフィールドの言葉にニケは笑みを消す。生まれついての強者、最強の才を受け継いだ己にとって限界など最も遠い言葉である。
「俺に限界なんてねェよ」
「そうかな? 俺にはとうに行着いているように見えるけど」
ニケの周囲が爆ぜる。内蔵魔力を膨張させただけで景色が変わった。
「テメエに何が分かる?」
オーケンフィールドもまた、力を入れた。金色のオーラが吹き荒れる。アストライアー最強にして次元違いの戦力。
「分かるさ。最初から恵まれ過ぎている者の悲哀なんてね。たった一人、行着いた先には何もない。分かち合う友もおらず、笑うしかないほどに、空虚だ」
ニケは笑みを深める。オーケンフィールドも、同じく――
「「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」」
狂ったように笑い合う。彼らだけの空間。
突き抜けて環境を置き去りにして、それゆえの痛みを知る者同士。
「再開だ」
ニケは魔獣化、異形と化す。
「ああ」
それに応じオーケンフィールドもまたスーパーパワーをフル解放した。
英雄と魔王二つ、堂々と歩み寄り、思いっきり殴り合う。
「ごぶっ!?」
「ゴバッ!?」
殴られたら殴り返す。避けない、かわさない、だから当たる。単純にして明快、当たるつもりで殴る。本能をねじ伏せて、己が強さを誇示する。
「押忍ッ!」
ニケのローキックをカットし、その足で踏み込みて放つはシンプルなる正拳突き。オーケンフィールドのスタイルはフルコンタクトの空手である。数多くの習い事の一つ、決して大星のような超絶の技巧があるわけではない。
だが、当たる。そして――
「ウォラ!」
当てられる。
フルコンとは世にも珍しい当たることを前提とした格闘技である。ボクシングや伝統派空手など、当たらないことを是とする格闘技とは根幹が違う。当てさせて当てる。鍛えに鍛えた五体で受け、その五体にて破壊する競技である。
無論フルコンにも受けの技はある。先のローをカットしたのもその一つ。だが、それも回避ではなく軽減、当たること前提の受け方である。
ニケの我流は戦闘の特化した血が導き出す最適解を嗅ぎ取り、外すというやり方。それはストライダーと戦ってきた数多の武芸者、血にまで染みついた戦闘回数によって刻み込まれたものである。つまりは、究極の経験則。
しかし、最強の血統ゆえ知らぬ者がある。より強い雄を、雌を求め、代を重ねるほどに色濃くなり、他種とは隔絶していった圧倒的素体。最も顕著なる最強の骨格、体格、正面から攻めてくる者など皆無。だから、反応しない。
己を相手に逃げない挑戦者など、皆無であったから。
「ぷっ」
血が混じったつばを吐き、どっしりと構えるオーケンフィールド。避ける気なし、打ち合おうという意思表示である。ニケは嗤った。オーケンフィールドという人物の在り方に。世界の英雄として呼ばれる前から、彼は数多ある格闘技の中でそれを選び取った。彼の才能であればもっと在ったはずなのだ。
簡単に勝てる競技が、痛みなく勝利を掴めるモノが。
おそらく彼は、これだけのフレーム差を前にしても、あちら側の世界でも同じように構え、そして向かってきていただろう。もちろん、そうなれば己が勝つのは自明。本当に、最高の状況であった。弱さをねじ伏せ、自らの前に立つ存在。神か悪魔か、こうして同じ地平に立たせてくれた。心身ともに、これ以上ない。
ニケは胸の高鳴りが抑えきれなかった。
「カッカ、逃げてくれるなよ、俺様からよォ」
「それは、俺のセリフだ」
拳が交錯する。互いに血を吐く。
そして世界が激震する。すでに四方八方、全てが更地と化している。敵も味方も生存不能の領域、世界に選ばれた英雄と闘争のサラブレッド。
余人に立ち入る余地なし。英雄であっても、王クラスであっても――
「ニケェ!」
「オーケンフィールドォ!」
現状では、ニケの主であるシン・イヴリースでさえも。
○
シン・イヴリースの欠片を持つ男は苦笑していた。
オーケンフィールドとニケのじゃれ合い。本当に可哀そうで可愛らしい男である。何をしても、何を命じても、『首輪』のおかげで嫌とは言わない男が、彼との戦いだけは邪魔をするな、死んでも殺すぞと脅してきたのだ。
おかげでオーケンフィールドを排除し辛いのはご愛敬。
「ふっ、やはり分からない。強過ぎる人の気持ちは」
己は凡人である、と加納 恭爾はそう思っている。実際に彼らのような人を引っ張り、引き摺って行くほどの力はないだろう。欲しいと思ったこともない。
こうして客観的に見ても、やはり欲しいとは思わなかった。
今欲しているのは完全なる不死と脅威から逃げる足、のみ。力は副産物であるし、大き過ぎても絶望がたんぱくになってしまう。他者が絶望の淵に墜ちる瞬間、あの時の達成感を味わうためにも群れの中にいるべきなのだ、己は。
ゆえに彼は思う。今の状況、脅威から己を守るために作った組織、そのトップなど本来の居場所ではないと。いつか捨てる。そして大衆の中に潜り込み、楽しく人生を謳歌しようと思っていた。絶望の華を、多様なるそれを、余すところなく味わう。永い人生はそのために、そして最後は逃げる。味わい尽くした世界の滅び、最後の姿を見るのもまた一興だろう。その先は気の向くまま、楽しく生きるだけ。
そのための芽は、摘む必要がある。
「……バトルオーク、設計を、私の意図を超える、か」
自らの力で生み出した亀裂、王を送り出すための亀裂からひと矢が降り注いできた。彼にそんな意図はなかっただろう。たまたま、己が射線上にいただけ。
運命のいたずら、そう言ってしまえばそこまでだが。
「葛城、善、か。物語としてもありきたり、当時はさして興味もなかったが。何が彼をこうした? 何故こうも、修造さんとも違う。この前の男とも、誰とも」
掌に焼き付いた炎雷の傷痕。すぐに治る。まだ、己には届かない。
だが、あの時の予感は近づいている。アンサールを討ち取った時の、悪寒。六大魔王の力を、ロキを得るついでに確認し、やはり気のせいだと思っていたが。
今日、確信する。
「摘まねばならないな。ゆっくりと、確実に。私の第二の人生、謳歌するために」
オーケンフィールド同様摘むべき存在である、と。
ついでに絶望の淵にも叩き落そう。吹けば飛ぶような存在がへし折れ、粉々に砕けた何かを彼は時間をかけて、叩き直した。それをへし折るのは実に愉快だろう。まずは周囲、じっくりと削り、香り立つ絶望を味わうのだ。
彼は得意であった。絶望を創るのが、それを演出するのが。
彼は悪意のエンターテイナーである。彼だけが楽しむためだけに多くの人生を喰らってきた。今回も同じようにやるだけ。一度目の人生同様。
「あと、厄介なのは彼、か」
亀裂があったはずの場所、其処を見つめ加納は哂う。
○
「……相変わらず見事な魔術です」
「ハッハァ、もっと褒め称えていいぞババア」
エル・メールはロキに対し青筋を浮かべていた。それを見てケタケタ笑うロキはいたずらを開帳した子供のようであった。
ただし、やったことは凄まじいものであったが。
「ったく、フラミネェス、テメエが不甲斐ないから使えもしねえ魔術師が増えるんだ。全員ジョブチェンさせろ、召喚士にして有効利用しとけ」
「……彼らも努力しております、御師様」
「バァカ、努力しましたなんてガキでも言えるんだよ。なんで前回やられたことの対策が出来てねえ? 分かりませんで諦める? 突き詰められねえなら魔術師やめろ。才能がねえよ、魔術師のな。何のために魔術師してんだ?」
誰も彼もが口をつぐむ。彼は正論しか言っていない。
復興で忙しかったなど魔術師ならば言えない。
「ま、俺にしか出来ねえ対策って時点で、俺も偉そうなことは言えねえがな。どうにか五属性でどうにかしてェんだが、状況が状況だしな」
ロキの対策、それは亀裂の座標に『ゲート』を発生させることであった。砕け、繋がった世界を重力にて歪め、異空間に繋げてしまう。
それによって敵は意気揚々とよく分からない場所に転送されてしまうのだ。相手が世界を砕いた力を利用するため、従来よりもお安めに発生させられるのも好ポイント。問題は現状ロキしか運用出来ないことであるが――
「とりま、それに特化させた十四号以下を急造中だ。しばし待て」
あらゆるジャンルに精通している魔王ロキ。その名は決して伊達ではない。
「その素晴らしい力を正義だけに使ってくれたなら」
「ババア、そりゃあ無理だ。俺の中にある半分の血がよ、俺に極めろと囁くんだ。前にも言っただろ? 俺は、魔術師だってなァ」
正義も悪もない、魔術の探求者ロキ。
その真価は未だ底知れない。
「そういやテメエの作品、かましたみてぇじゃねえか、十三号」
「はい」
「……テメエの作品だ。テメエが見届けろ、ライブラ」
「……はい!」
ロキはライブラを製造番号ではなく名前で呼んだ。初めてのことであり、其処に秘められた意図を読み違えるほど彼女は創造主と浅い関係ではなかった。
一つの、一人の魔術師として責任を持てと言っているのだ。
それはこの魔王に認められたということ。
「さて、お次はどうする、シン・イヴリースさんよォ」
かつて世界の脅威であった男は今度は正義の側に立つ。正義のためではない。自分が魔術を極めるために邪魔だから、それだけである。
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