第3章:次なる舞台

 世界中から闘技者が集いし都市、エーリス・オリュンピア。

 この都市では主に二つの人種に分けられる。闘技者か観戦者かそれ以外か、三つの区分しかない。

 闘技者以外が都市に入ろうとすると厳しい検閲を擁し、一見の業者はよほどのコネクションがない限り弾かれるほどである。『観戦者』であればもう少し緩いが、行動範囲や出来ることが著しく制限されてしまうため調査には向かない。

 つまり、都市内を調査する以上、闘技者になるしかないのだ。

『闘技者は都市内だけで有効な刻印が必要なんだと』

「なるほど」

 闘技者とは――

『いかついおっさんとかマッチョとか、目が肉汁で腐りそうだぜ』

 闘うことを極めんとする者たちの総称であり、武でも魔術でも剣でも拳でも何でもありの強者を指す。

「腐ってもらったら困るぞ」

 彼らを集め、彼らの中で最強の存在を決めるため、とある大富豪によって建造された都市、それがエーリス・オリュンピアなのだ。

『比喩表現ってやつよ』

「そうか」

 刻印を施され、タップすると空中に数字が浮かぶ。

『15231位、何とも言えない順位だな、相棒』

「ああ、別に上げる必要もないしな」

 特にやる気はないゼン。

『相棒よぉ。どうやら順位、上げる必要があるみたいだぜ』

 しかし、ギゾーは目聡くとある文言を見逃さなかった。

「なになに……五千の壁、千の壁、百の、なるほど、ランクを上げないと入れない場所もある、と。とても面倒くさい」

 ゼン、意気消沈。シンの軍勢ではなく人と戦う、その時点で気乗りしない。

『でもよ、順位かランクか知らんけど、こんだけ人が集まってるとこ見ると、上がるとちやほやしてもらえるぜ。たぶんチャンネーにもモテモテよ』

「興味ない」

『男の子の癖にー』

「オークのな。雌でも探すか、魔界で」

『……悪かったって。そんなに拗ねないでよ、相棒』

 ゼン、闘技者の都、エーリス・オリュンピアに踏み出す。


     ○


 オーケンフィールドは渋面を浮かべて地図を見ていた。

 どの国も土地を放棄することを渋った。当たり前のことであるが、やはりそこは人、損得勘定が絡んでしまう。自ら申し出たのはティラナぐらいのもの。それとて充分な代替を用意することが条件であり、やりくりは難しい。

 ここでシン・イヴリースが手を止めたのはこちらの混迷を加速させるためであろう。追い込めば一丸となり、魔王軍が間引けば問題は解決してしまう。

 あえて手を止めて様子を窺う嫌らしい一手。

 アストライアーの英雄たちを分散せざるを得ない状況下、リスクしかない盤面を見れば嫌でも顔を歪めるしかないだろう。

「一か八かで仕掛けても良いんじゃねえか?」

「それも手ではある。だが――」

 ロキの言葉に頷くオーケンフィールド。だが、やはり顔は晴れない。

「勧めんがの。わしの見る限り、そういった備えはいの一番にやる手合いじゃろ」

 トリスが代わりにそれを断ち切った。

「ま、俺もそう思うぜ。でもよ、八方塞がりって奴じゃねぇの、これ」

 ロキはけらけらと笑いながら地図を見つめる。

「この局面を恐れ、一番目と二番目は短期決戦を仕掛けたのじゃろうな」

「ハッ、でも、爆死したんだろ?」

「しかり。ゆえに最善手は――」

 トリスとロキはそうすべきと目で訴えかける。綺麗ごとではないのだ。世界を担い戦うということは。彼らの眼が言う、間引け、と。

 選別し、守るべき者だけを守れ、と彼らは語る。

 それが正しいのは分かる。今の布陣、どこから崩されてもおかしくないほど拡散し過ぎている。精一杯縮めてなお間延びした状況がある。

「……それをすれば、それこそ戦争が起きる。人同士の」

「そうすりゃもうちょい絞れるじゃねえか、人口」

「必要な犠牲もあろう」

 彼らは人交じりであるが、やはり人を超越した存在なのだ。大局に情を持ち込まない。必要であれば容易く切り捨てるし、其処に迷いはない。

「まだ、人を割る局面じゃない。それは最終手段だ。そして、それをするくらいなら最終決戦を選ぶよ、俺たちは。少しでも勝算を上げてから、ね」

「ま、好きにすりゃ良いさ」

「ああ、そうしよう。拘束した魔族からは?」

「抜ける情報は大体抜いたぜ。身体もある程度調べ尽くした感あるな。これ以上ってんなら廃人、いや、廃魔になっちまうけどどうする?」

「それで有益な情報が抜けるなら。抜けないなら懐柔してみて欲しい」

「……たぶん、ねえなあ。懐柔は他にやらせろ。俺の仕事じゃねえ。牙は抜いてあるし、首輪も外してる。もうあちらさんの強制力はないはずだぜ」

 ご勝手に、とロキは話を断ち切る。

 たぶん彼としては隅々まで調べ尽くしたかったのだろう。何しろ下位とはいえ王クラスの魔族である。容易く捕獲できる相手ではなく、拘束したままにするのも相応の手順は踏んでいる。これもロキがいなければ不可能であった。

「わかった。こちら側の首輪は?」

「そりゃあぬかりなく。暴れ出したらボカン、魔力炉が爆散して死亡だ」

「……頼りになるね。敵の手に落ちなくて心底良かったと思うよ」

 彼女が暴れ出さないのは『状況』を理解しているというのもあるのだろう。彼女たちは悪意に敏感なのだ。その中でも最も恐れるのは、無自覚なる悪意。

 無邪気なるそれにこそ――

「して、ゼンは?」

「エーリス・オリュンピアに入ったようだよ。貴方の助言通りに」

「ハッ、剣鍛冶なんぞ探してどうするんだよ」

「切り札が必要だ。俺の戦力は先の戦いで開帳してしまった。皆の力もある程度見せてしまっている。隠し玉なしに仕掛ける気はしないね。いや、仕掛けに相手が受けてきた時点で、対策済みだと考えるべきだ。ゆえに、要る」

「この時代のエクセリオンがのぉ」

 ロキは胡散臭そうな目でトリスを、オーケンフィールドを見る。

「もう天界はねえんだぜ?」

「天界はなくともあの眼がある限り可能性はゼロではない。そして、技術が継承されておるのはドゥエグの王を除けばかの血統のみ。会ってみるべきであろう」

「無駄足でも良いんだ。今のゼンはフリーで世界中を歩き回って、彼らにとってのジョーカーとして機能して貰いたいと思ってる。ギゾーは拡張性のある力だからね、世界中歩き回る価値がある。その上で抑止力になってくれれば文句ない」

 オーケンフィールドはゼンを遊ばせておく気はなかった。上手く機能させるため、ひとところで守護させるのではなく、動き回り予想を外すためのジョーカー。

 それだけの力はある。そしてその過程で強くなってくれたら一石二鳥。

「それに、あの都市には他にも面白い人材がおるからのお」

「あん? ついでに仕込んだ『水鏡』だけじゃなくてか?」

「うむ。こちら側の人材じゃよ」

「……俺と爺、ババア以外、クソしか残ってなくね?」

「かっか、急くでない。成長するのは異世界の者の特権ではあるまい」

 ロキは首を傾げる。

「勇者の血統、未だ惑うておるがのぉ」

「ああ、今更あれに期待してんのか。クソウケる」

「人は時に、突然化けることがあるからの。それ以外にも、おるともよ」

 トリスメギストスは『視』る。

 これより絡み合うであろう運命たちを。


     ○


「……引っ付いてこないでよ」

「葛城君がいると聞いて」

「ハァ、もう介護しないからね」

 ため息をつきながら闘技者をなぎ倒し上を目指す二人の英雄。


「宗さん、どうにもきな臭いですぜ」

「あはは、遊びに来てよかったねえ。少しは退屈せず済みそう」

 制御不能、魔人最上位の二人組。


 そして――

「くぁ」

 天を仰ぎぼうっと空を見つめるは偉大なる勇者の血統、

「今日も眠い」

 レイン・フー・ストライダー。

「いつまで寝てるんだ」

「いつまでもー」

 もう一人は、闇に落ちたドゥエグの名工を師と仰ぎ、技を研鑽し続けた剣鍛冶の末裔であり、最強の剣士の末裔でもあるウィルス・レイ・リウィウス。

 彼らが絡み合う舞台こそ、エーリス・オリュンピア。


 今、第三章が幕を開ける。

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