第2章:最強の饗宴

 その男の登場で時が止まった。

 それほどの衝撃、ポケットに手を突っ込みながら悠然と戦場の真ん中を歩む姿に、誰もが息を呑む。どうにかなるかもしれない、そんな思いが消え失せる。

「よォ、いつぶりだァ?」

「十年と三ヵ月、十三日ぶりだ」

「カッカ、テメエ、けなげにもこっちの世界まで計算に入れてんのか。ほんと、武人ってのは面白いなァ。どんだけ努力してもよ、俺には勝てねえってのに」

「試してみるか? あの時よりも俺は強いぞ」

「無駄だ。ストライダーに勝てるのはストライダーだけだ。アルカディアに勝つ気がねえ、あの片割れとは違う。本物のな。つまァり――」

「……問答無用!」

 地面に今までと比較にならないクレーターが生まれる。其処から放たれる拳は螺旋を描き、相手を射貫く。過剰なる破壊である。

 相手が人間ならば。

「カカ、いじましいねえ」

 相手が、ストライダーでなければ。

 大星の先制攻撃は、容易くニケの掌に止められた。全員が目を剥く、あっさりとした所作。ため息を吐きながら、ニケは哀れな者を見る目で大星を見る。

「オーケンフィールドは何処にいる?」

「俺が、教えると思うか!?」

 蒼く、さらに深まる呼吸。嵐のような連撃である。王クラスとて破壊可能な攻撃が無数に飛び交うのだ。幾重にも、複雑に絡み合い、そして――

「凡夫は哀しいなァ」

 その全てが、ニケに届いていない。

 アストライアー勢はオドの差かと思った。巨大な力の前に小さな力は飲まれるだけ。だから、通じないのだと。そう思った。

「アリエルさん」

「なに?」

「あの人じゃ勝てません。いえ、武人じゃ、勝てません」

「どういうこと?」

「知識なのか、本能なのか、私にはわかりません。でも、あの怪物は技をすべて空かしています。あの人は達人です。凄まじい使い手です。極限の点、限りなく究極に近いところにいると思います。そしてだからこそ、あの怪物には勝てない」

「ちゃんと当たっては……嘘、でしょ?」

「はい。ミートポイントを全弾、僅かにずらしています。瞬間、引き上げるための工夫です。あの独特な戦い方は。だから、当て所をずらされると、技は刹那で鮮度を失う」

 アリエルもまた武ではないが正解を模索する舞踊を嗜む身であった。常人よりもそう言ったものを見切る眼は鍛えられている。

 部下の言は正しい。正しくて、残酷。

「ハァ、俺にもあれだ、良心の呵責って奴はあるんだぜ?」

 大星は一人では勝てぬと悟り、三人の自分を出す。四方を囲み、空間を制覇する。手数を増やし、点を掴み取る。あちらの世界ではなかった手札。

「悪いと思っている」

 なのに、当たらない。いや、当たっている。ずらした攻撃にはどんどん当たっている。しかし、それがダメージになることはない。元々スペックに大きな開きがあるのだ。それを埋めるための工夫を殺されては、サイズ差が全てと成る。

 その差は階級違いなどと言う生易しいものではない。

「くぁ、ストライダーで、強過ぎて悪かったな、凡夫」

 力が渦巻く。ニケが初めて攻撃に転じた。大星は眼を光らせる。ここが勝負所、相手の攻撃を転用して自らの流れに組み込む。それで挽回を――

「嗚呼、哀れだ」

 拳が、加速した。おそらくは八分目で打った拳を、全力稼働させてギャップを作ったのだろう。見切った点は虚しく過ぎ去り、大星を破壊する。

 当たった瞬間、煙と消える虚像。

「本当に、哀れだ」

 今度は本気から、七分に落とす。またもずれ、刹那を過ぎ去った死んだ拳ごとニケの暴力が飲み込んだ。同じことが、さらに二度。

 全てが、消える。

「分かっていたんだろ? だから全部、虚像だ。弱さが透けてるぜ、雑ァ魚」

 技が通じない。

「本当に哀れで可哀そうな生き物だぜ、人間ってのはよォ」

 そしてこのニケと言う怪物は、決して努力した結果この力を手に入れたわけではないのだ。天賦の才、などというモノではなく、あくなき強さへの渇望が今のストライダーを形成していた。より強く、より強大に、時の権力が誤った舵取りをしていれば正すための力を彼らの一族は磨いた。

 強き才を、猛き種を、丈夫な苗床を、世界中から集め、繋いできた。戦いに身を投じ続け、生き残ったストライダーだけが残った。直系は一つだけ、多くの大戦を駆け抜け、血に積み上げられた業が彼らに天才を与える。

 遺伝子が彼らを強くする。事実、ニケは生まれて一度も強くなる努力などしたことがなかった。争いの中で培ったものはあるが、鍛錬という概念自体がない。

「……キング、手を貸してくれ」

「承知仕る」

 存在感を消していた大星本体が『斬魔』のそばに現れた。額には大粒の汗が浮かび、呼吸は荒い。大人数の展開は彼を消耗させ、ニケの登場で完全に折れていた。それも仕方ないことだろう。

 積み上げたすべてが通じないとわかっていたのだから。

「マジでオーケンフィールドがいないのかよ。ハァ、つまんねー。スペックがよ、近くねえと話に成んねえんだわ。ほんと参るぜ。退屈でよォ」

 彼と戦うには同程度のスペックでシンプルに殴り合うだけしかない。少なくとも武、暴力にて抗しようと思えばその手しかない。

 だからこそ、彼はオーケンフィールド以外に興味がなかった。

「斬り捨て、御免ッ!」

 何故なら――

「そこの凡夫よりマシだが、マシって程度だな」

 この場において最強の出力である斬魔の大太刀ですら、ニケのスペックには届かないのだから。片手で、紅き斬撃を掴み、へし折る。

「……怪物め」

「で、また四方からってか? ほんと、馬鹿にされたもんだぜ」

 キングの攻撃をおとりに、大星は再度突貫する。拳に込めた届けと言う祈りは、ニケの足踏み一つで足場が消し飛び、踏み込む地の利を、失う。

「消えろ」

 へし折った大太刀を振るい、大星の虚像を消し飛ばす。

 その勢いのまま、剣を振るった状態のキングめがけて大太刀の欠片をぶん投げる。攻撃力最強の彼自体は決して速くなく、武人たちのような見切りを持っているわけではなかった。気づいた時にはすでに致命の距離。

「マミー、パピー」

 眼前に迫る死、キングの顔が歪む。

「させるかっての!」

 しかし、其処に突っ込んできたのは『ヒートヘイズ』。全速力でキングめがけて突っ込み、僅かも減速することなく体当たりを敢行する。

「ごぶっ!?」

 吐血しながらも致死を回避。されど窮地には何も変わりない。

「痛いでござる」

「痛いですんでよかったな、エセ侍」

 アストライアー上位陣が子ども扱い。三位の技は通じず、四位の力も届かない。

 その時点でこの怪物を止める方法がなかった。

「もっと強い剣、出せるか?」

「……気合で出すしかあるまい、が、自信なし」

「ちィ、こんな化け物とオーケンフィールドはやり合ってたのかよ。嫌になるぜ、その辺の王クラスがカワイ子ちゃんに見えてきやがった」

「で、ござるな」

 ニケ一人で戦局が転じた。

「めんどくせえ、全部ぶっ壊しちまえ! それがシンの命令だ。テメエら雑魚どもにとっては絶対なんだろ? さっさとやれ、遊びは、終わりだ」

 そして彼の登場で、様子見していた王たちが一斉に動き出す。

 全員が同時に魔獣化する。

 世界が塗り替わるような景色、絶望の絵図がアストライアーの前に広がっていた。毒竜が辺り一帯を毒に沈め、巨人たちが闊歩する。炎の魔獣に雷の魔獣、百の手を持つ怪物に全てを射貫く眼を持つ単眼の化け物。道化がケタケタと嗤う。

 巨大な蛇が大地を割り、空を巨大な翼竜が舞う。

「つまんねえ世界なんて全部ぶっ壊れちまえ」

 ニケは呪詛を吐く。誰も自分に勝てない。唯一勝てるはずの兄は己に興味を示さずに、動物として弱いアルカディアに夢中。彼らの掲げる使命が理解できない。

 自分を受け止めきれない世界に何の意味がある。

 結局、この世界も同じだった。

『ニケ、この世界は――』

 二番目にあの男が来た。二番目、それが許せなかった。

「テメエらが後生大事に抱える世界を俺がぶっ壊せば、俺に興味を示すかよ、クソ兄貴、クソアルカディア、全部まとめて俺様が――」

 雷光が、ニケの左目を貫いた。

「あン?」

 ニケの探知範囲には誰もいない。彼らの本陣よりもはるかに遠くから射られたのだろう。凄まじい超射程である。如何にニケが精強であろうと、探知外からの雷速は止めようがない。そして、最も防備が薄い眼球ならば、防ぎようがない。

「誰だ?」

 オドを拡張し、探知範囲を広げるも、まだ、いない。

「どうなって、る!?」

 雷光がさらに同じ軌道で、同じ場所に直撃する。

「継ぎ矢ァ!?」

 誰かが叫んだ。

 それは弓道における超絶技、射った矢の筈を二の矢が捉えること。しかも、雷光は二つに終わらない。ニケが逃げではなく探知に力を使ったのが裏目と出る。

 雷光三連、ニケの頭蓋を突き破り、それは地面に巨大なクレーターを生む。

「……誰だ、テメエ」

 それと引き換えに、ニケは敵を目視した。

 弓を構え、翡翠の髪をたなびかせる青年を。何処か一番目の男に似た、雰囲気を持つ男。そしてもう一人、どこかで見たはずの老人。

 その微笑みを見て、

「……シン、テメエ、担がれてんぞ!」

 状況を、理解した。ニケは決して愚かではない。考える必要がないだけで、頭は切れる方である。その男が、無敵の男が、退く動作を見せる。

「逃げる気か?」

 大星の安い挑発。ニケは嗤う。

「いつからだ?」

「最初からだ。あの男、トリスメギストスは必要な時に現れ、必要なことを成す。お前たちは見せ過ぎた。あの男に察しを与えてしまった。勝ち過ぎだ、ニケ」

「今回ばかりは、素直に称賛してやるぜ。その上で、全部ぶっ殺す!」

「俺の技が貴様に通じないように、生物である以上、あいつには勝てん」

 雨が降る。快晴のはずの空、王たちが、アストライアーが、上空を見た。

 一隻の船、時代遅れ、いや、この世界としてはむしろオーバーテクノロジーである帆船が宙に浮かんでいた。浮かぶというよりも、道のように敷かれた水の上を滑っているのだ。全部、ただ一人の能力である。

 無駄で、遊びが多く、それでもなお、対生物最強。

「トリスが眼をやってくれるなら、僕が水辺に張り付く必要はないわけよ。全部、掌の上だ。そりゃあそうでしょ、英雄とクズ、頭の出来が違う」

 少年の名はピーター・ディヴィス。十二歳で博士号を取り、サイエンス誌に論文を幾度も掲載した天才ケミスト。彼の研究テーマは化学的アプローチによる生命の拡張、端的に言えば、究極の生物を生み出すための研究である。

 だから、彼は生物学者以上に生物の中身を知る。

「シュウ、君のことは嫌いだったけど、でも、そうだね、君なしでこの組織は生まれ出でなかったのは認めている。安らかに眠れ、これが僕からの、鎮魂歌だ」

 船の舳先に立ち、彼は地獄絵図を睥睨する。

「暗いのは趣味じゃないだろ? 派手に行こう!」

 彼がタクトを振るう。

 そして――

「え?」

 王たちが破裂した。中身をぶち撒け、大量の鮮血が噴き出す。

 大音量の、雑味たっぷりのレクイエム。

 冗談みたいな景色。派手で子供じみた、遊びである。

「面舵いっぱァい」

「あいあいさー!」

 ちなみに彼の部下である子供たちが舵を切ろうと帆を畳もうと、船を動かしているのは彼なので何の関係もない。気分である。

「ガ、ハ、じょ、冗談でしょ!?」

「ミノちゃん、三途の川が見えたぜ。クソ、これが、オーケンフィールドを除けば最も危険な、英雄。最強の能力を持つ、クソガキ!」

 血まみれと成った王たちは苦々しく空を仰ぐ。

 こんな攻撃、如何に王とて何度も受けられるものではない。

「さあ、反撃開始だ! 僕に続けよ、凡才ども!」

 最強の能力、水を操る能力者――

「この僕、『キッド』様のお通りだァ!」

 第五位『キッド』ロバート・キッド・ノイベルグが空から舞い降りる。

 ポケットに手を突っ込み、悠々と水の滑り台から滑り落ち、鼻歌交じりに地獄へと向かう。彼にとっては生物である以上、ニケでさえ例外なく獲物である。

「痛そうだな、ニケ」

「大したことねえよ、雑魚がァ」

 防ぎようがない、内部破壊。ニケの腕もまた先ほどの能力行使によって爆ぜていた。外側から抑え込んでなお、この有様である。

 アストライアーの最終兵器、降臨。

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