第2章:最強襲来
シンの軍勢側にとってまさに不測の事態であった。
最大の計算違いはクンバーカルナと渡り合う怪物が増殖したこと。今まで実力を伏せていた大星というカードが彼らに大きな衝撃を与えた。
だが、それで手詰まりとなるほど彼らは生易しくはなかった。
「あらら、なら、私が出ても構わないかしら?」
「……うげェ」
「オイラの玩具下げる時間ある?」
「ないだろ。つーか血を吐きながら味方引き連れて戻ってきた『轟』に吹き飛ばされたのって」
「ああ!? オイラの玩具がァ!」
「そんなに気に入ってたのか」
「ぶちゃいくで可愛かったのに。あいつマジ許せねえェ」
ふた柱の王クラスが壁から降りる。魔獣、魔人クラスがどれだけ死のうと気にすることすらない。
それこそ強さ以外で何か『面白く』なければ何も感じないだろう。
「カワイイ、私の部下たちが怖がっているみたいだから、さっさと終わらせるわよ」
「好きにしなよ。オイラは『轟』をぶっ殺すから」
「あら、『破軍』はやらないの?」
「ああいうの苦手だし、キリないじゃん。誰かやるっしょ」
誰が死のうと気にしないし、自分は死なない自信がある。
だから彼らは平然としていた。
クンバーカルナのような無駄なこだわりは、彼らにはないから。
「まとめて死んだらごめんなさい」
「そしたらテメエを殺すよ、カシャフ」
「あらぁ、そうしたら二度と会えないわね。残念。貴方、死ぬもの」
ケタケタ嗤いながら互いに殺意を向ける王の二人。魔獣化していないため完全な人型ではあるが、一皮むけばただの化け物である。
身も心も。ゆえに王クラス。
『さァ、美しく染め上げなさい! 我が美の領域!』
女が手をかざすと、そこから紫色の煙が出てきた。時を経るごとに勢いが増して、煙が増大していく。
壁の前に布陣する魔族たちが何かに気付いた時には――
『え?』
煙が彼らを飲み込んだ。そして、その中で彼らはもがき苦しむ。
吸えば呼吸器をじわじわと侵し激痛を与え、皮膚はどろりと蕩け激烈なかゆみを与える。
そしてひとしきり苦しんだ後、絶望の表情を浮かべ死ぬ。
死んで、それが大地に還るならまだ救いもあるが、そのまま凝固し奇怪なオブジェとなるのだ。
それが彼女の特性、絶望の毒を吐く怪物。
「……まずい、か」
大星らが一斉に距離を取る。これは武の領分にあらず。
「ウッラァ!」
ヴォルフガンクは衝撃にて煙を吹き飛ばすも、一部分だけ削れても煙はすぐに覆う。ガーンとショックを受ける第八位。
見かねてニールが土の壁を起動しようとするが――
「邪魔」
たん、と軽やかに舞台へと躍り出るは序列外、『水鏡』のアリエルであった。
ニールを止めて、彼女が起動するのは、
「広域展開」
ぐるりと剣を回し、生まれ出でた水鏡は一瞬で拡大する。
「自分の毒で死になさい、おばさん」
あらゆるものを跳ね返すオー・ミロワールである。
それは当然、煙をも跳ね返す。
「……アア!?」
ビキ、跳ね返されたことよりも自らを指した言葉が気に入らなかったのか、『毒の王』カシャフは青筋を浮かべてアリエルを睨む。
跳ね返された毒が自分の玩具を侵すことを嫌い、彼女は大きく息を吸う。
煙全てをぺろりと飲み込み、ハンカチを当てながらゲップをする。
「あーあ、天敵じゃん」
「別に、特性無しでも殴り殺せばいいのでしょ?」
「魔獣化するならさすがに宣言しろよ。テメエが魔獣化したらこの辺全部毒沼だ」
「あんな小娘に魔獣化する必要ないわ。このまま、殴り殺す!」
凄まじい形相でアリエルに向かっていくカシャフ。さすが王クラス、単純なスペックも破格だが――
「あいつより、遅いし弱い!」
スペックお化けであったアンサールを知る彼女にとって、それを目標に研鑽を積んだ今――決して届かない場所ではなかった。
「……あら、やるじゃない」
「どうも、おばさん」
「……小娘ェ」
水鏡の強度も上がった。何も出来なかったあの時とは違う。
全身、つま先から頭のてっぺんまで完全にコントロールして相手の攻撃を受ける。体の、オドのコントロールがずば抜けていた。
水鏡が強い能力である点は、受けだけで攻めまで成立する点であった。
自らの力が跳ね返ってくる。強度さえ足りていれば、彼女さえ反応できていれば、この能力は攻防において隙のないものとなる。
相手に己の攻撃に対する受けすら強要できるのだから。
「……肉弾戦向きでないとはいえ、王クラスと渡り合うか」
「やるでござるなぁ」
上位陣も驚くほどの成長速度。これが挫折を知った天才の成長である。
あの日失ったもの、彼女の『軌跡』がここまでアリエルを高めていた。
「ハッハ、相変わらず人状態だとカシャフは弱いなァ」
「うぬ!?」
「オイラはあいつほど、不細工になるのに抵抗ねえのさ」
ヴォルフガンクの背後に降り立った少年は、歪んだ笑みを浮かべて怪物と化した。
巨躯の牛。暴力に特化した二足歩行の魔獣である。
『ミノちゃんだ、当たると痛ェぞォ!』
魔獣の咆哮が戦場に響き渡る。
「俺、最強!」
『は? 草生え散らかすぜバァカ』
迷いなく撃ち込まれた『轟』の拳は『牛の王』によって相殺、否――
『テメエが最強ならオイラは神だボケ』
圧倒。
出力的にはアストライアー最高クラスの『轟』ですらあっさりと退ける力。
肉弾戦に特化した王クラスと正面からやりあうのは自殺行為に等しい。
それこそ大星のように尋常ならざる使い手でなければ。
「へぶっ!?」
またも激烈な勢いで吹き飛んでいくヴォルフガンク。もはやお家芸である。アストライアー本陣に吹き飛ばされ、カエルがつぶれたような声を上げた。
皮一枚、千切れかけた腕をだらんと垂らし、本陣でしゅんとするヴォルフガンク。痛みに関してはあまり頓着していないようである。
「まずは痛がれ」
「俺、痛いのは得意。元の世界じゃ毎日色んな場所が痛かったから」
「そーかい。ヤブに当たっちまったんだな、ご愁傷様」
「うぬぅ」
「手ェ出せ。くっつけてやる」
「戦いは?」
「五秒待ったら暴れていいぞ」
「ひゃっほい!」
すぅ、と『ドクター』アーサーはヴォルフガンクの腕に触れる。
彼の能力は『オドの発展』。
例えば内蔵魔力であるオドを活性化させ、自身ないし他者の回復力を高めることもできれば、オドを変形させ医療器具とすることもできる。
そして彼は元の世界において世界最高の医師として名高く、また、より多くの患者を、現場を経験するために世界中の病院、戦場を渡り歩くスーパードクター。
世界で最も多くの人を切り、世界で最も多くの人を直接殺した男でもある。
それゆえに――
「雷針、十秒神経を騙す。酒で消毒、洗浄。糸形成、縫合術式を開始する」
彼は誰よりも肉体に詳しい。
そしてオドにより身体能力の強化、『発展』による応用は彼の知識、経験と結びついて死ななきゃ治すと豪語出来るだけの『力』となった。
「おー!」
誰よりも早く彼は糸を操る。
そのために彼は瞬発力に特化して肉体を強化していた。素早く、正確に、早送りのようにその手は動く。
「はいよ、死ぬんじゃねえぞ」
痛み止めからきっちり十秒で縫合終了。縫合糸も『ドクター』の魔力で形成されており、自然治癒力を劇的に向上させ、治癒後消滅する。
「やるぞー!」
「元気だねえ。ま、死なないように頑張りな」
五秒、と言われたことなど『轟』の脳内に留まっていなかった。すぐさま飛び出して突っ込んでいく。
目標は敗れたばかりの王クラス、治した男はため息をついた。
「ま、この世界ああいう生き急ぎタイプが長生きするんだがなぁ」
第九位『ドクター』アーサーが見守る中、突撃し衝突寸前のところで――
「御免!」
第四位『斬魔』が怪物の腕を断ち切った。
『おいおい、痛いじゃねェーか』
切ったそばから腕が生えてくる。強力な再生力である。
「ふむ、再生力も高い、シンプルに強いタイプでござるな」
「あっ」
轟、ヴォルフガンクの拳が王の顔面に突き立った。『斬魔』もびっくり、『轟』もびっくり、殴られた当人もびっくりしている。
「「『……』」」
一瞬、気まずい空気が流れた。
まあ次の瞬間には――
『殺すわ』
「「さあ来い!」」
戦闘が再開されていたが。
〇
第七位『ヒートヘイズ』は敵陣で暴れ回っていた。
圧倒的速度に強力な火力、これまたシンプルに強い能力でありストライカーとして培った本人の力と相まってとらえどころなく敵陣を切り裂いていく。
王クラスでなければ止められない、敵も味方もそう思っていたが――
「……へえ、随分とロックなのがいるじゃねえか」
木の上で転寝する男とその横でぶら下がっている年若い男。木の下には付き人のようにいかつい男がいるも、『ヒートヘイズ』の眼を引くのはあの二人。
「何か見られてるよー。あー頭に血が上ってきたー」
「おいちゃんパス。強そうだもの」
「そういうわけにも、いかねーだろっと!」
炎をまき散らして超加速、閃光の如く奔り、激烈な蹴りを放つ『ヒートヘイズ』。
「はぁ、嫌だねえ」
その蹴りは、男の正拳突きにて止められる。
「……ロックだなおい!」
「ポップスの方が好みだねえ」
空中で、制止する二人。双方、出力には大きな差がある。にもかかわらず、結果は同着なのだ。
極小に絞られた力。点が生み出す破壊力で『ヒートヘイズ』と拮抗する。
「テメエか、シュウの言っていた空手マンは」
「ああ、あの天才君か。おいちゃんも要領良い方だけど別格だったねえ。戦闘しながら強くなるんだもん」
「あいつがガチれば、もうとっくにテメエは抜いてたと思うぜ」
「おいちゃんもそう思うよぉ」
言葉に力感なく、されどその拳は金色のレフティと呼ばれた男の足を止めていた。足から伝わる力強さは本物である。
その事実が男の底知れなさを窺わせる。
「おっと、どうやら動くみたいだよ、山が」
「あン?」
「王クラスもピンキリってことだねぇ」
そう言って男は『ゆっくり』と距離を取った。そう、『ゆっくり』である。つまり、『ヒートヘイズ』の加速を殺し切ったタイミングで手を引いたということ。
全てを見切らねばこんな芸当――
「くぁ、眠ィ。退け、雑魚ども」
その瞬間、『ヒートヘイズ』は自身の死を予感、否、確信した。
ただ、何かが近づいてきただけ。まだすれ違ってすらいない。
「ふ、ゥ!」
それはいつもの、ペナルティエリアでの動きではなかった。彼はいつも攻めるために、勝つために動いていたが、今この瞬間、マリオ・ロサリオはただ相手から距離を取ったのだ。
つまりは逃げた。
「ハッ、どいつもこいつもカスばかり」
遠く、かすかに映った怪物の威容。
マリオはアスリート故知っている。人間のサイズというのは運動機能とトレードオフであることを。巨体は小兵の機動力にはかなわない。同じサイズに換算すれば大概ちびの方が上に立つ。
だが、あの男は違った。圧倒的巨躯に、どのサイズで換算しても破格な運動機能を備えた怪物である。
身長2メートル30センチ、体重180キロ。人状態であるため、彼は素でその体格を備えている。
計算上肥満体系であるが、そのシルエットはむしろ細身。
「久しぶりに、身の程知らずのチビちゃんを潰してやるか」
凄絶な、獣の如し笑み。
「大星ちゃァん」
男の名は――
〇
第七位『ヒートヘイズ』は折れかけた心を叱咤し壁を乗り越えた。
そして叫ぶ。
「ニケが来るぞ!」
敵味方、どちらも騒然となる。
「……ちィ」
四位と八位を相手取り戦っていた王も、
「……巻き込まれたらたまらないわね」
相性最悪であるアリエルにあえて力勝負で攻め潰そうとしていた王も、
「ここまでだな、大星。あの血統が来た」
あれほど大星に執着していた王も、腰が引ける。
王としての矜持など意味がない。あれは怪物なのだ。彼らの眼がそう語る。
壁が、吹き飛ぶ。奥から現れるは人の限界点。
「強き血を掛け合わせ、代を重ねるごとに力を増す、時代最強。幾度かアルカディアを差し置き、賢人会議の頂点にも立った偉大なる先駆者の血統」
クンバーカルナは人状態に戻り、身をひるがえした。
「終わりだ、大星」
圧が、押し寄せてくる。
誰もが言葉を失っていた。この場の全員、対面したことすらない圧倒的存在感。
「オーケンフィールドがいねェなら、テメエら死んだぞ」
シンの軍勢、最強の魔王。
「知ってるだろ、大星ィ」
嗤う、最強。
「……ニケ・ストライダー」
大星は初めて顔を歪めた。かつて己が敗れた二人の内一人。
どちらも同じ血統、全く同じ血統から分かたれし双星の獣。
偉大なる先駆者の名を冠しながら、力に溺れた悪鬼である。
名を、ニケ・ストライダー。
「今度は優しく殺してやる」
最強にして最狂の男である。
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