第2章:最強の能力

 第五位『キッド』が空からするすると滑り落ちてくる。

 水を操り、流れ、うねる滝の上で優雅にくつろぐ少年は、小ばかにした笑みを浮かべながらも彼我の戦力を冷静に分析していた。

『再生力に自信がねえ奴は下がってろ』

 王クラスは肉体の損壊であればオド次第だが再生可能な個体が多い。

『飛べるやつちょっかい出しに行けや』

『ふざけんなボケ、テメエが跳んでけカス』

 翼があれば空も飛べる。

 悪くない状況として、押し付け合いが発生しているということ。彼らにチームワークという言葉はなかったことが大きい。

 無論、ノーリスクな魔族なれば――

『キッド、覚悟!』

 いの一番に攻めてくるだろうが。

「まあ、そうくるよね」

 幽鬼、霊体ではなくオドの身体を持つ魔族。俗にレイスよ呼ばれる種族であるが、生物ではない以上『キッド』にとっては天敵中の天敵である。

「王クラスだったらヤバかったかも、ね」

 だが、そんな分かりやすい欠点を残しておくほど天才少年は甘くない。

「船乗りはチームワークが大事なのさ」

 ケタケタという笑い声と共に上空の船から――

『なっ!?』

 砲撃が降り注ぐ。この時代に存在しない、大砲という兵器。先の時代にとっては骨とう品であるが、この時代にとってはオーバーテクノロジーであろう。

 まあ、レイス種にダメージを与えている時点で、ただの大砲ではない。

『魔術、か』

 重要なのは魔術を増幅させる装置としての機能である。見かけはあくまでイミテーションでしかない。

「あの子たちは賑やかしじゃない。キャプテンである僕の欠点を補ってくれる、最強クルーだぜ?」

 派手に、鮮やかに、色とりどりの魔術がレイス種の魔族を射抜く。

『や、め――』

 子供ながらの冷酷さ、笑いながら虫を潰すかのように大砲から放たれた魔術がレイス種を消し飛ばす。

 妖精族や、神族、果ては魔族まで居場所のないマイノリティの子供たちをかき集めた集団こそ、キャプテン『キッド』の船員である。

 共生関係と保護を両立させた子供たちのワンダーランド。

『ち、魔人クラスじゃ数揃えねえときついな』

『レイス種自体レアだからね。あの砲撃を掻い潜っている内に手駒全部なくなっちまう』

 容易くはない。

 最強の能力、その欠点をつける種族があの砲撃を潜り抜けるのは容易くなく、最強の能力自体に挑むのは当然至難。

 となれば誰もが二の足を踏む。彼らは聖人君子ではなく生粋のクズ、仲間のために犠牲になってもいいなどという殊勝な心掛けは持ち合わせていない。

「ハッ、どいつもこいつも、つまらねえなァ!」

 ニケは一部を魔獣化させ、翼を生やした。

 最も強く、最も再生回数に余裕がある己が行かねば埒が明かない。

「……馬鹿は苦手なんだよ」

 最強の能力者、『キッド』はニケが飛ぶ寸前に翼の根元、その血管の流れを停止、圧をかけて破裂させる。

「ハハ、止まんねえよ!」

 だが、ニケは止まらない。無理やり跳躍し、再生しながら推進力を得る。

「さすがに、格別だね」

 再生速度、再生回数、痛みへの耐性、イカレ具合の桁が違う。

 血管を、臓腑を、何度破壊しようがすぐさま再生し、意にも介さない。

 戦いなのだ。痛みは当然。それで足を止める生き物ではない。

「くそッ!」

 最強の能力でも最強を止めきれなかった。

 多くの損傷を与えつつも、怯みもせず瞬きもしない怪物相手には本来絶大なはずの抑止力も働かない。

「ぶっ殺してやるよ! 『キッド』ォ!」

「悪いけど、野蛮なのは嫌いなんだ。インテリなんでね」

 突っ込んでくるニケ、その直線上から『キッド』は滝、もとい水路の流れを操作し、射線上から外れる。

 翼は二の足に比べ機動力に難がある。それは魔族であっても例外ではない。

「クソガキが」

「血だるまにしてやんよ!」

 幾度も破裂し、その度に血をまき散らしながらも攻め手を緩めないニケ。

 キッドの顔に渋面が宿る。

 その理由は――

『キッドも怖いがニケも怖い。どっちが怖いかと言えば――』

『――ニケだ!』

 空戦可能な王クラス、魔人クラスが一斉に『キッド』を狙って押し寄せてきていた。

「総員後退しながら弾幕展開! 撃ちまくりながら撤退だ!」

「あいあいさー!」

 数的有利、彼らはをそれを容易に作れる。

 先ほどはあくまで奇襲ゆえ、広範囲での能力展開を可能としたが、そもそもが彼だからこそ可能な精密作業であり、決して広い能力ではない。

 その点に関して言えばニールの方が圧倒的に優れている。

 当の本人は地上からの援護射撃を大展開、土の槍が魔人クラスを貫いたりいぶし銀な活躍をしていた。

 それでも外的ダメージである以上、ニールのそれは王クラスへの有効打足りえない。

「ビビッて引いちゃくれないか。ま、王クラスなら首輪の一つ、ついてるだろうしね」

 水路の操作は小回りこそ利くが、それは早さがないから、である。

 空の魔族、特に王クラスの速力には到底及ばない。

「そんなにニケが、シン・イヴリースが怖いか!」

『同類だからこそってやつさ』

 眼前で破裂する王クラス。血潮をぶちまけながら、『キッド』に迫る。

 するりと抜けた先にも別の魔族。破裂し、さく裂した血潮を掻い潜って滑り落ちていく。

『逃がすか!』

『追え、追え!』

 魔人、魔獣クラスを壁として、生贄として、空を潰していく。

 俯瞰されている状況は如何に再生力に自信がある王クラスでも洒落にならない。まずは彼から高さの利を奪う。地に落として視界を、範囲を狭める必要があると彼らは判断した。

「しつこいね」

『とりあえず落ちとけ!』

「やなこった!」

 襲い来る巨大な八枚羽根の王クラス、その爪牙をかわすために『キッド』はあえて水路から飛び降りた。

 攻撃を回避し、過ぎ去っていくその背に向かって能力を行使する。

 丹念に血管を潰し、丁寧に臓腑をかき混ぜる。

『ゴブァ!?』

 穴という穴から血潮をまき散らし、滑空不能となり落ちていく魔族。

 その飛び散った血を足場に『キッド』は敵の穴を模索する。

『キッドォ!』

 複数の魔族が一斉に、死に物狂いで押し寄せてきた。

「……あいつらを潰して――」

 刹那の判断、『キッド』はその場で取れる最適解を選んだ。群れとはいえ魔人、魔獣クラス。軽く突破して体勢を整え、より長く敵を削る。

 その僅かな緩み、欲が――

「ここだろッ!」

 魔獣、魔人、その壁の向こう側から気配を薄めていたニケが顔を出した。あれほど存在感を出していた男が、他に紛れて気配を消していた。

 無数の魔獣、魔人クラスで視界を奪われ、他の王クラスの圧が気配をも上書きする。結果として『キッド』はニケ以外を見過ぎてしまったのだ。

「この、爆ぜろォ!」

「ハハ、クソ痛ェ」

 破裂しながら、血をまき散らしながら、それでもニケは笑顔で拳を叩き込んできた。勝利への執念、勝ちへの嗅覚、勝ち取る握力、全てが規格外。

「ッ!?」

 拳が、『キッド』を捉える。

「ハッハー! ぶっ飛べやオラァ!」

 豪速で吹き飛ぶ『キッド』。おきみやげによって爆散するニケであったが、その貌にはやはり笑顔が張り付いていた。

「カッカ、やるねえ、アストライアー」

 血と砂が、確殺の手応えを消した。

 眼下でニケを睨んでいるニール。圧倒的広さを持つ彼の能力は空にまで及んでいた。探知を細かくすると戦場のあちこちに砂の眼が、薄いオドの回路で結ばれてニールまで集約していた。どれだけの精度か不明だが、索敵のためのそれであろう。

 多くのゴーレムで地上戦、対空攻撃、そして味方のサポート。王クラスには届かずとも全体の底上げと言う意味では彼が一番この戦いで活躍している。

 実際に――

「ってぇ。クソ、こっちはインテリなんだよ」

「大丈夫かぁ、クソガキ」

「元気いっぱいだよ。とりあえず黙って治せヤブ医者ァ」

 ニケの拳、その直撃を受けたにしては軽傷極まる損傷である。人族が原形を保っている時点で十分受けきったと言える。骨が折れ、あばらが内臓に突き立ち、口の端から黒い血が流れて止まらない、という重傷であっても上々なのだ。

「あいよ」

 そしてアストライアーにはこの男がいる。『ドクター』アーサー、異世界で自身の理想を体現する能力、医療道具を得て躍動する天才外科医。

「無事か?」

「偉そうにして通用しなかった大星ちゃんじゃん。さっさと三位僕に寄越せ」

「いつでもくれてやるから死ぬな。お前を欠けば詰む」

「それは治療中のヤブ医者に言ってよ。僕ァ原形を留めていたことだけで褒めて欲しいね。ああ、ニールは良い仕事だったよ。褒めてあげる」

「どうも。まあ、広いだけが取り柄なので」

「取柄すら役に立ってねえポンコツ侍がいるんだし別に良いじゃん」

 天才少年『キッド』唯一にして最大の欠点、口が悪い。

「はいよ、治療完了だ。そこそこ重傷だったから無理はするなよ。だが、無理しない程度に戦ってくれ。お前さんがいなきゃ勝負にならん」

「あいあいさーっと。さーて、とりあえず僕を守れよ凡才ども」

「口は悪いが頼りになるでござるなぁ」

 最強の能力を全員で守る。

 気づけば主力全員が本陣で『キッド』の周りを囲んでいた。勝つために彼を守り、彼が容易く外相を与えることが出来ない王クラスを削る。

 他は露払いと防衛。それが現状の最善手。

 両陣営、一旦矛を収め、互いに退いて睨み合う構図。

「随分削られたわねぇ」

「半分以上持ってかれちまったよ」

「ニケも突っ込まないってことは相当消耗させられちまったみたいだな」

 一連の攻防で王クラスたちは軒並み『キッド』によって複数回体を破壊され、再生するため相当のオドを消費させられていた。

 完全回復していない個体もおり、ほぼ空となっている王クラスも混じっていた。消耗していない者はいない。ニケほどの再生力を持つ王ばかりではないのだ。

(群れとしての精度が違うな。地力はまだこっちに分がある。俺様がいるからな。だが、組み合わせた総合力で言えば五分、か。さて、勝つにはどうすべきだ?)

 ニケは彼我の戦力差を互角と認識していた。

 総力戦ともなれば互いにただでは済まないだろう。

「ふっ、腐ってもストライダーだな」

 大星は遠くで軍の先頭に立つ男を見つめていた。彼は血統が育んだ力によって暴虐の限りを尽くすが、あの血が積み重ねてきたのは決して個の力だけではない。

 そうでなければ、先駆者など呼ばれるはずもない。

 いつだって先頭で、誰よりも速く駆け抜ける。

「来ないな」

「勝敗が奴の天秤の上で揺れているのだろう。怪物だが愚かではない。勝てない戦いに固執することはないし、勝てる戦いを落とすこともしない」

「つまり?」

「五分、だ。俺もそう見る。だからこそ、難しい」

 勝てる戦いは押し、負ける戦いは退く。

 迷いがあるならば、そういうこと。

「よーし、子分たちも無事逃げ切れたみたいだし、あとはまあ流れに任せるとするかな。やるからには勝つ。勝つためには僕を守る。オッケー?」

「へいへい、お前が王様だ。ロックじゃねえが守りに入るとしますか」

「俺、守るの、苦手だ!」

「安心しろ暴走小僧、お前にそんな器用なこと求めてねえよ。派手に暴れてこい」

「おう!」

 ここで勝ち切る。アストライアー側にとって、こうして全員が集うことなど今後あるとは限らない。相手は今回の戦で総力戦を嫌うようになるはず。

 次からはチームワークを発揮させないよう立ち回ってくる。

 ここは好機であるのだ。だが、負ければ絶望一直線でもある。

 惑いの中、両軍をひと時の静寂が包む。


     〇


「何でお互い立ち止まってるんだろ?」

 へらへらとコインを玩ぶ男は暇なのか思ったことをぽつりとこぼす。おそらく、さほどこの男は戦況とか気にしていないし、興味もないのだろうが。

「勝利か全滅か、難しい局面じゃからのう」

「迷っていますが、おそらくニケは退きません。ここで退ける男ならああなってはいない。あれはただの残滓、偉大なる血統の残り香が足を止めているだけのこと」

「手厳しいのお。わしは嫌いではないよ、彼のことは」

「私は嫌いですよ。力には責任が伴うものです。それを彼は意に介してもいない。多くを背負うための力であるはずなのに、何も背負わないなど」

「あはは、真面目ぇ。僕はどうでもいいと思うけどね。背負いたい奴は背負えばいい。そのための特権だ。背負いたくないなら背負わなくていい。そのための自由さ。どちらにも責任は発生する。だから、好きにするべきなのさ。人間だもの」

「……気が合わないですね」

「そりゃあそちらさんの系譜と僕の系譜じゃ永劫噛み合わないでしょ。僕は自由とギャンブルを愛するパイ家だぜ? クズであることに僕らは誇りを持っているのさ」

「心底合わない」

「僕は意外と好きだぜ、そういう不器用なとこは。尊敬もしてる。僕らの家訓でね、背負いし者へ感謝しながら今日も一発ギャンブルだ、って知らない?」

 噛み合わぬ二人組。それを見てトリスメギストスはため息をつく。

 そして、遠方の空を見た。

「終局じゃな。均衡が続けば最終決戦になる可能性もあったが」

「へえ、これまた大物だ」

「三つの血を継ぎし者、か」

 紅き、何かが空を奔る。双翼が雲海を裂く。

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