第2章:大獄へようこそ

「何なんすかね、ここ」

「何なんだろうね」

「何なんだろうなぁ」

「…………」

『青い空、白い雲、燦燦と降り注ぐ太陽に、広大な緑の草原』

 何故か体育座りで並ぶ四人組。

 控えめに言って天国のような光景に地獄を覚悟していた四人は拍子抜け、辺り一面高低差はあれど草、草、草。遠くに山は見えるが散歩するには少々遠すぎる。

 他には草と空しか見えない。

「空気も澄み切っているっす。魔界の空気とは大違いっすね」

「下手すると人界より綺麗かもな」

「綺麗すぎて気持ち悪くなってきた」

『相棒、おめえ、身も心も魔族に成り下がっちまったな』

 適当な雑談に興じる四人組と一個であったが、ものの数分もしないうちにみずきが野原を駆け回り始めた。駆け回る範囲が徐々に広くなり、視界から消える。

「単独行動はまずいんじゃないか?」

「まあ、あの子の能力なら大丈夫だろうよ。人の何億倍も鼻が利くんだ。あの子以上の感知能力はそうないからな。自由にさせても問題ないだろ」

「なるほど」

「全員能力は使えるよな?」

「おそらく」「さっきから使っているよ」

「俺も使える。で、今は使っていない。快適だよ、ちょうど過ごしやすい気候だ」

 シュウは魔界の環境に適応するため、常にオドを薄く噴出し続けていた。それで無理やり適応させていたのだが、大獄の中はその必要がない。

「草も、まあ見た目は草だな。千切ってみたら青臭ぇ」

「雲の流れも特段私たちの世界と変わりないね」

「空の青みはちょっとだけ違和感ある、気がする」

「そうかい? 私はむしろ召喚された世界よりもしっくりくるけどね」

 ゼンとシャーロットの会話。

「俺にはどっちも同じに見えるけどな。些細な違いだ」

 それを遮るようにシュウが言葉を発する。

「さて、と、そろそろ探索を始めるかな。こっから先は計画通りみずきの鼻を使う。ロキの私物はライブラから借り受けている。彼女の能力なら半径五キロ程度は網羅できる。どれだけの広さか見当もつかないが、地道にやるしかないだろ」

『大獄に収監された魔族がいてもおかしくなさそうなんだが』

「気配はないな」

『逆に不気味だなぁ』

「違いない」

 噂をすれば何とやら、みずきが爆速で駆け戻ってきていた。

 何故か必死の形相である。

「ゼン、あれ、何かに追われてるよな?」

「ああ、銀色の、何だ? よくわからないし、見えているのに気配が、しない」

「温度も感じない。ゼロ度じゃない。無いんだ」

「……ゼン!」

「もう出してる」

 シュウの指示の前にゼンは偽造神眼を起動し、エルの民から学んだ弓を生み出す。強力な増幅効果を持つ弓であり、遠距離戦におけるゼンの十八番でもあった。

 矢を番えるゼン。

「何故撃たない?」

「まだ遠い。みずきに当ててしまう可能性がある」

「……冷静だね」

「能力、というよりも自分の性能は把握している」

 そして確実に当てられる射程に入った瞬間、ゼンは矢を放った。

「さ、さすが先輩っす!」

 それは確実に謎の物体をとらえ、矢が突き立つ、はずだった。

「ッ!?」

「消えた!?」

 当たるはずだった矢が消えた。消えたのだ。砕けたのでも、爆ぜたのでも、ましてや当たらなかったわけでもない。当たった瞬間、矢が消えた。

 理解できない事象である。

「威力を!」

「ああ、そのつもりだ!」

 乾坤一擲。

 通常射る際よりも多くの魔力を消費し、虹の奇跡を生むエルの民の弓、アステール最大火力。テリオンの七つ牙を除けば最大火力であるそれも――

「な、何なんすかこれェ! 匂いもしないし、気配もなかったすゥ!」

 当たった瞬間、消える。

 当たったのか、当たる前なのか、どこかのタイミングで忽然と消えるのだ。

「……みずき! 横に跳びたまえ!」

「ふ、ふぁい!」

 シャーロットの指示でみずきが横っ飛びした瞬間、謎の物体を氷が包む。

「ふ、ふぉ!?」

 驚愕するみずき。

「これが彼女の」

「ああ、銀幕のスタァらしい能力だろ?」

 シャーロットの能力は温度をマイナス方向に操作する能力である。空中の水分を凍らせて謎の物体の足を止めて見せたのだ。

 しかし、多少足が鈍った程度、すぐさま動き出しそうな気配があった。

「ちっ、薄皮一枚じゃ意味がない、か。全力で退避したまえ、みずき。加減できる状況じゃ、なさそうなのでね!」

 さらに能力を重ね掛けし、その度に急速に周囲の温度が低下していく。それでも謎の物体は少しずつ動いているが、シャーロットもさらに周囲の熱を奪う。

 その度に彼女自身の輝きが増していく。

「良い役者は一瞬を永劫刻み込む」

 みずきが全力で離脱した後、シャーロットは輝きと共に能力を最大行使した。

「私を、見ろ!」

 気温の低下が著しい。ゼンたちがいる場所でそうなのだ。

 あの中心部はいったいどれほどの温度となっているのだろうか。

「ふっ、私の能力はね、氷結ではないよ。私が奪い、私が輝く能力なのさ」

 謎の物体がまるで手を伸ばすかのように、輝けるスタァへと物体を構成する一部を伸ばすも、僅か手前でそれは停止する。その瞬間、まるで花が咲いたかのように謎の物体の周囲を白い何かが覆う。

 雪月花、美しき麗人が咲き誇る。

 一瞬の芸術、白き花は幾重にも重なり、その輝きはよりスタァを際立たせる。

「……綺麗だ」

 ゼンが立ち尽くすほどに彼女は、美しかった。

 だが――

「ぶっは、し、死ぬ。げ、限界」

 刹那の輝きに全員が見惚れていたが、疲労により彼女の役者魂が根負けした瞬間、皆にかけられた魔法が解ける。ゼェ、ゼェ、顔が土気色になるほど全力を絞り出して成る。やせ我慢もまたスーパースタァの真骨頂。

 空気を固体に変えるほどの熱量の操作、否、簒奪である。

 あの花の主成分は窒素、彼女は密閉されていない空間で極低温を作り出していたのだ。信じ難い能力である。

「さっすが期待の新鋭。聞きしに勝る良い能力だ」

「半端ないっす! やっぱ女優さんは違うっす!」

『アステールの勝率悪くね?』

「弓が悪いんじゃない。相手が悪いんだ」

 周囲を固めたことでようやく停止した謎の物体。とはいえいつ活動を再開するかもわからない。本来であればこうなった時点で倒したと判断してもいいはずだが、この場全員あくまで時間稼ぎにしかならないとの見解を持っていた。

「観察したいが、一旦移動しよう。こいつが複数いた場合、全滅しかねない」

「もしかするとこいつがここに魔族がいない理由、か」

『ハハ、謎の生物に喰われて……いやぁSFだねえ』

 四人ともできる限り素早くこの場を離脱した。

 人間にとって過ごしやすい環境下では、空気など固体になったその場で液化し蒸発していく。一度固体化した以上、すぐさま解凍されるわけではないが――

「急ぐっす! でもペース配分はきっちりするっす」

「任せとけ。三十路でも体力には自信あり、だ」

「オークは継戦能力に優れている」

『つまり相棒も体力に自信ありってことだぜ』

「ふひ、はひ」

『スーパースタァ?』

「普段は、ランニングもしてるし、役柄に合わせた運動もしている。人並み以上の体力は、あるんだが、ちょっと、能力を使い過ぎた。体が、重い」

「……いやー、でも自分体格的に背負って走ったら引き摺りそうっす」

「セクハラで訴えられないかな?」

「……こんな場所で、どこに、訴えるって言うん、だ」

 みずきは正論、シュウは大人の嫌な面を垣間見せる。

 そんな中――

「気を悪くしたらすまんな」

 ゼンがひょいとシャーロットを、肩で担ぐ。

「……あ、はは、こんな美女を前にして、ふふ、もっとあるだろうに」

「おんぶが良かったか? 胸が当たりそうだから避けたんだが」

「おい、ゼン。そりゃあセクハラだぞ。このご時世気を付けないと」

「……?」

「セクハラ気にしすぎな方が嫌っすね」

「ぐはっ!?」

「ペースを上げるぞ。少しでも距離を稼ぎたい」

「お、マラソン勝負っすか!? 上等っす! ぶっちぎってやるっすよ」

『おいおいみずきち、それでバケモン連れてきたこと反省してくれよ』

「ぐはっ、面目ないっす!」

 何だかんだと体力に自信がある三人組はかなりのペースで平原を駆け抜ける。マラソンランナーのみずきは能力を度外視しても走り慣れているし、ゼンは種族的にも素早い行軍を可能とするため秀でている。

 シュウはそもそもこのメンツの中では頭一つ出力という点で抜けており、彼にとっては歩くのとさほど変わらないだろう。

「くんかくんか」

『どうしたよみずきち』

「何か匂いがするっす。ちょっと古いんすけど、でも、街の匂いっす!」

 どうするか、問いかけるようにリーダーであるシュウに目を向けるみずき。

「行かない理由はないだろ。案内頼むぜ」

「任せてほしいっす! 汚名挽回っす!」

「その意気だ」

『相棒、おめえってやつは』

「……?」

「汚名を挽回してどうする、ということじゃないかい?」

「「ハッ!?」」

『馬鹿が二人だ。先が思いやられるぜ』

「ハハ、そのくらいの方がいいさ。行き当たりばったり、アドリブで決めよう」

 行き当たりばったりアストライアー選抜チーム。人材難なのか、はたまたこれが最適解なのか、とにかく彼らは走る。

 まあ何もわからない状況下、動き回ってなんぼでもあるが。


     〇


 転生ガチャの様子をつまらなそうに眺めるニケ。

 シン・イヴリースの軍勢で最強の武力を誇り、幾度もオーケンフィールドと交戦しその度に勝ち負けつかず、拮抗する力を示していた。

「お気に召さないかい、ニケ」

「雑魚ばかりだ。どーせものにならねえよ、そうだろ、シン」

 人の姿であっても怪物じみた巨躯のニケが振り返った先には、自身の主でありこの軍勢の王であるシン・イヴリースの姿があった。

 上半身は影にかかって見え辛いが、サイズとしては中肉中背であり、ニケのような生来の威圧感はない。

「別に使い物になるのを求めているわけじゃない。要はこの退屈した狭間の世界に多少の娯楽があればそれでいい。愉快じゃないか? 一丁前に、生きることに固執するクズの醜悪さは。癖になるよ。ずっとガチャを回していたいものだ」

「ハッ、つまらねえな。俺ァ、強い奴と戦えればそれでいい。オーケンフィールドと戦わせろ、次は俺が勝つ」

「……君のシンプルさは私が持ちえないものだが、それゆえの強さなのだろう。好きにするといい。君が力だけを信奉する限り、私と君は友達、だ」

「心にもねえことを」

「本心さ。君には理解できないところで、私は君を楽しんでいるのだから」

 ニケは舌打ちをしてこの場を去る。

 残ったスーツ姿の男は眼下に広がる醜悪な人間の本性を見て笑みを浮かべた。彼にとって人々の不幸は最高の燃料、生きる糧であった。

「さて、ここは勝負所。私は怖がりでね、自分よりも強い獣たちにおびえながら過ごすのは存外ストレスなのだ。ゆえに、使わせてもらおう」

 男は目を瞑り、もう一つの眼を見開いた。

「サードアイ起動。シン・イヴリースの認証コードでアクセス。さあ、シュバルツバルト、私に、未来を見せろ」

 黒き森、その深奥にたたえし泉、超高度流体演算装置、シュバルツバルトにイヴリースの欠片を持つ男は踏み入れる。

 かつて二度、必要に駆られてそれを使った。

 そして二度、世界の英雄を屠った。

 今度はもっと大きな足掛かりを得るために裏技を行使する。

 シンなる者のみに許されし、失われし超文明の御業を。

「くく、なる、ほど。そうだな、返してもらおう。元は君の力だった。ならばそれは私の力だ。そうだろう、我が愛しき相棒よ。君の愛は理解できないし、君の妄執は滑稽だと思うが、空回った君は最高に美しく、愉快だ」

 ぐにゃりと貌を歪め、王は嗤う。

「私は君が大好きだよ。シン・イヴリース」

 そして彼は未来を導き出す。都合の良い、明日を――算出した。

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