第2章:地獄絵図

「くそ、この道も駄目か」

「にゃ」

『意外といるもんだな。見張りって感じじゃねえけど』

 アリの巣のような構造。うねうねと山の中に掘られた通路は方向感覚をマヒさせる。侵入者に対して有効、と彼らが考えて作ったわけではない。あくまで偶然の産物なのはこの道中痛いほど理解できた。

「……ここどこだっけ?」

 適当に掘ったから彼ら自身よく分かっていなかったのだ。迷うゼンたちはこの小一時間の間に数名同様の迷える魔族を見た。ただ、特に焦ることもやることも無いのだろう。平然と迷い続けるベリアルの軍勢。とても居城の兵士たちとは思えない。

『驚くほどザルだが、正しい道が分からねえことには何とも出来ねえな』

「せめて出入り口か宝物庫か、どちらかが分かれば居場所も分かるんだが」

『深刻そうなつぶやきだけど当たり前だからな、それ』

「……む」

「ふにゃあ」

 宝物庫にすんなりと辿り着けたのは運が良かった、と言うよりも魔族の思考は極めてシンプル。外で取ってきたモノを仕舞うなら出入り口から近い方が良い。ゆえにゼンたちはあれほど容易く宝物庫と言う名の倉庫に辿り着けていたのだ。

 想像よりも巨大で複雑な城。加えて――

「掘ればどっかに繋がるだろ」

 いきなり壁をド突き始める魔族。

『……そりゃあ複雑にも成るぜ』

 物凄い勢いで壁を削り、抉り、道なき道を進む魔族の姿にギゾーはため息をつく。迷ったなら別の道に行く魔族もいれば、迷ったのでその場で寝る魔族もいる。このように迷ったから分かる場所まで掘り進めようという魔族だっている。

「シンの軍勢とは違って色々いるんだなぁ」

『のんびり屋さんかよ!』

「自由で、憎めない、こっちの魔族は、結構好きなんだ」

『……まあ、分かる気もするけどな』

 しんみりするゼンとギゾー。これだけ魔族が全員可愛げのある馬鹿であればこの世界はもう少し良い世界になる気がする。そう考えたところで、そもそも自分たちもその創造主も人間であったことを思い出し、げんなりした気分に立ち戻った。

「どこを目指しているんだにゃ?」

 退屈極まったのか久方ぶりに意味の有る言葉を発した猫娘、ミィ。ニャ族と言う非常にお気楽な魔族出身で、全員とりあえず笑っている頭脳が愉快な一族らしい。

「……宝物庫だが」

「ミィ、そこ知ってるにゃ」

『マジ?』

「マジにゃ」

「……案内、頼めるか?」

「合点承知にゃ!」

 てってって、と警戒に、曲がり角を警戒せず走っていくミィ。

「『この馬鹿!』」

 ゼンとギゾー同時に制止も何のその、暴走猫娘がその真価を発揮する。


     ○


『信じらんねえ』

「……誰一人遭遇しない、だと?」

「にゃはははは!」

 適当に走っているようにしか見えない。実際、豆粒ほどの思考すら感じないのだ、彼女の背中からは。何度聞いても「にゃ?」と首をかしげるばかり。

『いや、結構いただろ。さっきまで何度か鉢合わせそうになったし』

「気配は感じる。ただ、全部避けているんだ、ミィが」

『考えて?』

「たぶん、違うと思う」

『同意見だぜ相棒』

 あとで聞いたことだが、ニャ族は魔族最弱の種族であるがゆえ異常なまでに危機察知能力が発達してしまったらしい。ゴキブリのいない魔界におけるゴキブリ的存在。過酷な環境の魔界で何故か絶滅しない魔族ナンバーワン。それがニャ族。

「にゃにゃにゃにゃにゃ!」

『ここを曲がるのか?』

「同じ景色が続くとは言え……全然違う場所な気が」

『……同意見だぜ、相棒』

「嫌な予感がする」

『そり!』

「にゃはははは!」

 されどミィの爆走は止まらない。ゼンたちは考えることをやめた。

 だって、元いた牢屋すら戻れなくなっていたから。

((ここどこだ?))

「にゃ!」

 迷えるゼンとギゾーは自信満々のミィについていくしか出来なかった。

「ついたにゃ!」

「いや――」

『――全然違う部屋なんだが』

「ここにお宝があるにゃ」

『俺たちの狙っているお宝はガープの眼って言って――』

「よくわかんにゃいから開けるにゃ」

『聞けよォ!』

 ミィは牢と同じ材質の物々しい扉を開ける。施錠されていなかったため、あまりにもあっさりと、あまりにも躊躇なく、その扉は開かれた。シンプルな空間である。奥には椅子が一つ、其処に鎮座しうたたねする痩躯の男が一人。否、一柱。

(バ、おま、バ、このバッ!)

「…………」

 ギゾーの焦りがゼンの心中を駆け回る。普段であればうっとしいと思うゼンであったが、今この瞬間においては同じ気持ちであったため、ただただシンクロしてしまった。

「にゃはははは! 見ーつけた。アなんとかにゃ!」

『こ、この馬鹿。まさか、よりにもよって狙いは――』

 ミィが指さす先、其処には椅子の上に煌く一つの宝石があった。七色に、あらゆる模様を浮かべるそれは、凄まじい魔力を内包しており、一見して理解してしまう。

 これは余人の手に余る、と。

 だが――

「にゃはははは!」

 ニャ族にそれを理解する脳みそは無かった。


     ○


 牢屋を見張りに来たアバドンは嗤う。

「ハッ、やっぱり逃げたか。スラッシュの野郎も宝物庫で張ってるし、こりゃあ楽しみに成って来たぜ。まだあんだろ、なァ。俺を欺けると思ってんじゃねえぞ」

「おーいアバドン。こっちの牢屋も空いてるぞ」

「んあ? そんなわけ……マジか!?」

「この前侵入してきたニャ族だっけ?」

「アバドン担当だったよな? もうとっくに処刑したと思ってたぜ」

「いや、雑魚の血で拳を汚したくなくて、つい」

「あれの狙いって何だっけ?」

「覚えてねえ、つーか知らねえ」

 アバドンだけは一応担当であったから覚えていた。『寝所』ギリギリで捕捉し捕まえたネズミもといネコ。アなんとか、という不明瞭な回答であったが、あの場所であの雑言とくれば誰でも理解出来る。

「……アルス・マグナ」

「……マジ?」

「うわーお、やっちまったなアバドン」

「頼む! お前も魔族の端くれならその馬鹿を止めてくれ!」

 アバドンの祈り。されどそれは――


     ○


 馬鹿には届かなかった。

「にゃ!」

 気圧されていたゼンは疑問に思う。何故このプレッシャーの中、ミィは何の躊躇いも無く飛び出すことができるのか。一歩、踏み出すことすら出来ぬこの状況で、何故彼女はああも笑っているのか。何故わからない、あれを起こしてはならぬことが。

 答え、馬鹿だから。

「ゲットだにゃ!」

 ミィが宝石、アルス・マグナを手に取った瞬間、ギゾーの声なき声がゼンの脳髄を右往左往していた。絶対に触れてはならない。何も知らないゼンでさえそんなこと分かり切っているのに、純魔族であるあの娘は何故毛ほども理解出来ぬのか。

「綺麗だにゃあ。これで一人前だにゃ!」

 てくてくとアルス・マグナを小脇に抱えゼンの方へ戻ってくるミィ。

「くぁ」

 欠伸が一つ。

 ゼンの全身が総毛立つ。ミィは笑顔でスキップしながら戻ってくる。

「あるす・まぐな?」

 鮮烈な声が脳髄に響き渡る。ただの声が、此処まで圧を持つ。耳元で呟かれていたなら、それだけで絶命してしまいそうなほど、それはただの一言で理解を超えて――

「いたいにゃ!?」

 実感させてしまった。ミィの両耳から血がこぼれ出る。咄嗟に両の手で耳を塞ぐミィ。至極当然、アルス・マグナはその場に転がって、何の引力か痩躯の男の足元まで戻っていく。

「あ、ミィの!」

 それを取り戻そうと動き出すミィはゼンが止めた。

『おめえってやつは本当に、心底、超馬鹿だぜ! 頼むから大人しくしろ!』

「わかったにゃ!」

「アルス・マグナは諦めろ。あれはお前の手に余る」

「わかったにゃ!」

『本当に分かってんのかよ』

「とりあえず足止めする! ギゾー!」

『あいよォ!』

 ミィを抱えながらゼンは鎖を発現させた。それが痩躯の男を縛る。それの名はテリオンの七つ牙が一つアイオーニオン。魔を縛る鎖である。

「てりおん……ぎぞう、しんがん……にんげん、ああ、ねむい。おもしろそうなのに、ねむい、ねむいねむいねむいねむいねむいねむい!」

 それが、ほんの僅かに力を込められただけで、千切れ飛ぶ。

「……なん、だと?」

『さすがは第一世代ってか……逃げるぜ相棒!』

「言われずともッ!」

「ふにゃ!?」

 脱兎の如く逃げ出すゼン。背後で膨れ上がる悪寒に身震いしながら、抗戦の意志はとうに砕けていた。万全のアンサールですら魔獣化込みで、もう少し縛ることが出来たはず。それを児戯だと言わんばかりに破壊した異様。

 戦える相手ではない。

 戦っていい相手では、ない。

「ねむいねむいねむいねむいねむいィィィィィイイイイイッ!」

 ゼンは扉を閉めて、それでも逃げた。あれは魔力を通さない材質であるが、力づくでの突破は先ほどの鎖で見せたように容易く適うだろう。ならば、いったいどこまで逃げれば、どうすれば安全地帯まで逃げられるというのか――

「ィィィィイイイアアアアアアアァ!」

 閃光が、ゼンの背後で炸裂した。魔力を通さないはずの扉が、魔力によって生み出された熱線によって消し飛び、そのままの勢いで城の外へ伸びていく。

 天を焼く一撃。

「……うっそだろおい」

『相棒、勉強になったな、これが六大魔王だ』

「熱そうだにゃ」

『感想が頭悪いなオイ!』

「どこまで逃げれば良い?」

『そりゃあ相棒、魔界以外の何処かだ』

「善処、する」

 足を動かそうとした矢先、先ほどと同じような熱線が多数、あらゆる方向に伸びていく。それは大地にも突き立ち、その熱量によって居城であった山が、膨張し、融解。

 爆散する。

「……空、飛んでるのか」

「にゃはははは! たーのしーにゃー!」

『母ちゃん、俺、生き残ったらラッパーになるYO!』

 吹き飛ぶ城。その瓦礫と共に舞うゼンとミィ。

「あっちの足場が良いにゃ」

 大量の瓦礫。その一部分をミィが指さす。

『この馬鹿の生存本能に賭けてみようぜ』

「そうする、か」

 まるで映画の一ページ。空を舞う瓦礫、それを跳んで、駆けて、また跳んで、別の瓦礫を目指すゼン。昔、イメージしていたカッコいい映画のシチュエーションそのままの行動であったが、いざ自分が其処に直面して思う。普通に怖い、と。

「これで良いんだろ!?」

『うーわ、すっげえ必死。すっげえだせえよ相棒。ト○には成れねえな、こりゃ』

「煩い! ミィは!?」

「にゃはは!」

 ゼンの背中目掛けて飛び込んでくるミィ。笑いながら背中にしがみついてきた。おっぱいがバインと当たるがゼンはそれどころではない。ギゾーですらそこまで気が回らなかった。ミィはさっきまでと同様に笑い続けている。

「このまま落ちたら死ぬんじゃ?」

『祈れ』

「誰に?」

『ママ』

「……ジョークがきつい」

 ゼンとギゾーが話している間にも、背後で膨れ上がる怪物と共に、天変地異の規模が跳ね上がる。大地が膨れ上がり、ありとあらゆるところからマグマが噴き出した。

 その結果――

『おいおい、クールじゃねえの! グラトリキメたろか? ああん!』

 ゼンたちが捕まっていた瓦礫の下、膨れ上がった過程で小山が生まれ、着地地点が丁度そこの下り坂となる。着地は凄まじい衝撃であったが、何とか堪え、そのまま瓦礫が滑り落ちるまま身を任せる。華麗なフリーライディングとはいかないが、何とも言えない爽やかな風が頬を撫でていた。背後に吹き荒れる怪物や大災害を見なければ楽しいアトラクションと言えるかもしれない。

「このまま逃げ切れないか?」

『まああれだな――』

 ゼンが遠い眼をしていると、その視線の先、熱線が遠くへ伸びていった。

 そのまま、山が消える。

『――あそこまで逃げても安全圏じゃないな』

「……そっか」

 ゼンは目を瞑る。いつかは来ると思っていた自らの死。何とも間抜けな死に様だが、ある意味で自分らしいとも思っていた。足が動く限り諦めるつもりはないが――

 またも大地が脈動する。そして噴き上がるマグマ。

 空が赤く燃え、大地には血のように赤きマグマが流れ出す。

「……地獄だ」

 まさに地獄絵図。

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